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「女経」の純情

日本映画には全く興味がなく、この年まで来てしまった。

ところが、このところ「日本映画チャンネル」の古い映画にハマっている。

昨日見たのが薬師丸ひろ子の「Wの悲劇」。
最後に薬師丸が歌うユーミンの曲、こんなに良かったっけ。
あの芝居がかった芝居を真似して遊んだものだが、今見ると三田佳子も凄いし、ラストの後味も悪くない。

「探偵物語」は若い頃何度も見たが、今見ても薬師丸が素晴らしい。
顎のラインのボブにワンピースがとても似合って、私はこの映画、衣装も好きなのだ。
これを見て大きな白いイアリングを買った記憶がある。
松田優作との最後のキスシーンがやはり可愛くて切ない。
秋川リサとの大人の関係が松田優作の複雑さを物語っていて、
彼の映画でも、私はこれが一番好きなのだ。

赤川次郎原作ものは大体においてそうなのかもしれないが、
犯人探しなど実はどうでも良い映画だったのだと今更気が付く。
昔見た時には、犯人とその動機に「おぉっ」と思った自分は若かったのだ。

薬師丸ひろ子はある意味肉感的で、なのに清潔感があった。
身体の線が全部出るようなワンピースやタンクトップにスカートであっても、
身体つきはとても魅力的なのに、妙な色気は皆無。
男女両方から好かれる珍しいタイプだったと思う。

「里見八犬伝」では、薬師丸の弾むような若い肉体(私、おっさんか?)の記録映像のようで、
もう「八人の犬士」の話なんか(あの夏木マリのメーキャップでさえ)どうでもよかったんだなと、ようやく納得がいったものだ。

昔は小ばかにしていた「男性目線」が、「美しさ」をいかに的確につかんで映像に残したか、
今更ながら参りました、と思わずにはいられない。

前置きが長すぎた。

「女経」の話を書きたかったのだ。

これは、3監督によるオムニバス映画。
3話とも男よりお金が大事とばかりに生きてきた女たちが、それでも女の幸せをいつか掴みたいと、其々の道で生きていく話。

第1話から、まるでフランス映画を思わせる空気が漂っていた。
お洒落で、切なく、女の優しさが身に染みる。
蓮っ葉な嘘つきで、金の亡者のように生きながら、本当に愛した人から身を引く潔さ。
若尾文子の上手いこと。小悪魔と呼ぶには軽すぎる。
彼女の抱える人生の重みをしっかりと演じ、大人の映画として十分に鑑賞に堪える。

第2話は幽霊か、妖怪かと思わせる不思議な女が、正体を現したとたんに現代的なしたたかな女に変身し、
はてさて画面がガラッと明るくなってコンゲーム(詐欺)の話かと思いきや
「ティファニーで朝食を」のラストのように突然ハッピーエンドを迎える。
たった30分の中のこの充実感。30分だからこその長すぎない絶妙なテンポ。
舞台となる古い日本家屋が、市川崑監督らしい。
3作の中で、一番結末が明るくて好きだ。

第3話、幸せなのか不幸なのか、この女の行く末はわからない。
それでも刑務所に入った男を待とうと決める女心はいじらしくも強い。
しっかりものの京女の純情に、こちらがコロッと参りそうだ。
重態の幸薄い学生への献血を申し出、「栄養はたっぷりなんだから」と着物の袖から白く美しい腕を露わにする瞬間の艶。
素晴らしかった。

「1960年」、日本映画はこんなにも素敵だった。
日本映画がまだ職人の手によって作られていた時代だという。
見事というほかない、一級品ではないかと思う。



Movie Walkerより

「女経」
1960年1月14日公開

村松梢風の「女経」にヒントを得て、「天下の大泥棒 白浪五人男」の八住利雄が三つの物語を構成したもの。「貴族の階段」の吉村公三郎「野火」の市川崑「闇を横切れ」の増村保造がそれぞれを監督した。撮影も「浮草」の宮川一夫、「野火」の小林節雄、「闇を横切れ」の村井博がそれぞれ担当。


第1話〔耳を噛みたがる女〕  監督 吉村公三郎  増村保造

紀美―若尾文子

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 紀美は隅田川にもやうダルマ船の娘だが、貧しい家庭に愛想をつかし銀座のキャバレー・ゴンドラにつとめて男どもを巧みにだましては金をまきあげ、株を買っているという年に似合わぬしたたかもの。
 会社社長の後とり息子・正巳は、この紀美を陥落させて見せると友人の春本と賭けをした。スポーツカーでのドライブ、それからパチンコ屋、ついでゴンドラで飲んだ正巳と紀美はホテルの一室へ落着いた。正巳を好きでたまらないという紀美。そんな紀美を例の手練手管の思う正巳。しかし紀美は、あっさり正巳に抱かれた。
 翌朝、紀美の寝ているうちに正巳はホテルをぬけ出した。ついに賭けに勝った。が、正巳にはどうもスッキリしない後味だった。どうも紀美は商売ぬきで本気に自分を愛していたのではないか……。実は、この日、正巳は父の命令で好きでもない娘と結婚式を挙げることになっていた。昨夜は、いわば自由と恋愛の最後の夜だったのだ。好きでもない女と結婚するより、自分を本当に愛している女と……。正巳は紀美を探しに出た。
 そのころ紀美は友人の五月のアパートで、五月あての正巳の結婚披露の挨拶状を見つめていた。そこへ正巳が飛込んできた。正巳は紀美の心を確かめようとした。が、紀美は、昨夜のお金を頂戴と手を出した。怒った正巳は部屋を飛出した。
 正巳の将来を思う紀美の心も知らずに。今夜からまた男をだまして金を巻上げよう……。紀美の顔に悲しいかげが走った。


第2話 〔物を高く売りつける女〕  監督 市川崑

土砂爪子―山本富士子
三原靖―船越英二


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 「流行作家三原靖氏失踪か! 自殺の恐れあり」と新聞が報じたころ、当の三原氏は空ろな眼をして湘南の海岸に身を横たえていた。その彼の眼前を一瞬よぎった白い顔の女。三原氏はギョッとした。翌日三原氏は砂浜に泣く彼女の姿を見て再びギョッとした。夜、女は燃える手紙の束を見ていた。三原氏は彼女の傍に立った。女は死んだ主人の手紙を焼いていると言った。
 激しく惹かれた三原氏は彼女の眼を盗んで手紙の端をポケットに入れた。翌日、一軒の別荘の前に彼女が立っていた。三原氏は招ぜられて中へ入った。風呂をすすめられた。湯舟につかる三原氏の前に白い裸身の女が入ってきた。上気した三原氏は女の頬に思わず接吻した。女は、主人がお風呂のとき、いつも私に背中を流させました、あなたの背中を主人と思って流させて頂きありがとうございましたと礼を述べた。そして、女は実家も主人の家も東京にあり、この家は売りに出してあると話した。
 三原氏は好奇心にかられ、この家を女もろとも買うと言った。売値は六百万。契約の日、三原氏は百万円持って女の家を訪ねた。売買契約書を持った女の態度は大へん事務的だった。
 翌日、三原氏が女を訪ねると誰もいず、売買契約の事務は不動産がやるとの女の置手紙があった。そのころ、女--土砂爪子は不動産から売買手数料の五万円をもらっていた。彼女は美貌を資本とする住宅ブローカーだった。
 してやったり、ところが彼女のアパートに三原氏が訪ねてきた。驚いて謝る爪子。しかし三原氏はあの家を五十万円儲けて売ったと言った。氏は爪子が燃し残した請求書から、彼女のからくりを知ったのだ。
 “君と結婚すればノイローゼにもならないし、小説の種もつきない”--三原氏はにやりと笑った。


第3話 〔恋を忘れていた女〕 監督 増村保造 吉村公三郎

お三津―京マチ子

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 お三津は京都の修学旅行専門の宿屋の主人だ。昔は先斗町の売れっ妓。碇家に嫁ぎ主人に先立たれてから舅の五助に楽隠居させ、木屋町に酒場、先斗町にお茶屋を経営する働き者である。死んだ主人の妹弓子が恋人吉須と結婚するため金を借りにくるが、碇家の財産を狙ってきたものと思い、いい返事をしない。
 この碇家に名古屋の小学校の団体が宿泊したが、生徒の一人がオートバイにはねられて重傷を起し大騒ぎ。そこへ、お三津の芸妓時代の恋人兼光から電話がくるが、お三津は居留守を使う。何やかやでクサクサしたお三津は自宅へ帰るが、一度関係をつけた五助は、お三津に迫る。五助を突き飛ばして自分の酒場チャイカへ走ったお三津は、そこに彼女を待っていた兼光の傍へ座って泣き伏した。
 が、昔のことを思って訪ねてきたと思った兼光に二百万円の手形を割引いてくれと切出され、お三津は彼との情愛に水をさされた。そのとき、刑事が入ってきた。九州で詐欺をやった指名手配の男、兼光を逮捕に来たのだ。兼光は抵抗も空しく捕った。 
 そこへ碇家から、怪我した生徒が重態という電話。病床に駆けつけたお三津は子供の苦しそうな姿に輸血を申し出た。助かった子供の感謝の眼は、自分のことしか考えずに生きて来たお三津に新しい喜びを与えた。
 東京へ帰る弓子と吉須が挨拶に来た。お三津は気持よく金をやった。そして自分も、刑務所へ入った男を待って女の幸せをもう一度つかみたいと明るく言った。



ただし、いくら映画のストーリーとはあまり関係のない小説のエッセンスを頂いたからといって、このタイトルはいかがなものか。

これではただのピンク映画と間違われる。

こんなに美しいのに。

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Comments 4

kei  
1

市川崑生誕100年記念映画祭「市川崑 光と影の仕草」で観ました。
本当は今日、その感想を書こうと思っていたのですが、時間がなくて……

ところで、映画の紹介、第一話と第三話の監督が逆ですよ。

2016/04/06 (Wed) 23:23 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: 1

keiさま


> ところで、映画の紹介、第一話と第三話の監督が逆ですよ。



訂正しました。ありがとうございました<m(__)m>
いつも俳優の名前を間違えたりが多くて、
コメント欄で教えて頂いています。
ありがたや。


> 市川崑生誕100年記念映画祭「市川崑 光と影の仕草」で観ました。
> 本当は今日、その感想を書こうと思っていたのですが、時間がなくて……


楽しみです。
全然違う視点からの考察、一つの映画を何倍にも面白く見られる気がします。
自分がいかにものを知らずに色んなものを見たり聞いたりしているのか
思い知らされて楽しいんです(^^♪


2016/04/07 (Thu) 08:30 | EDIT | REPLY |   
sona  
1

ご紹介の映画は観た事がありませんが、とても魅力的ですね。若尾文子、美しい。

昔の作品は、それ程観ていないのですが、今まで観た中で、一番印象に残っているのは、市川監督の「ぼんち」です。

10年程前、スクリーンで観る機会があったのです。

スクリーンで観たせいか、市川監督の映像表現のすばらしさを感じました。街中の雑踏の映像で高度成長のエネルギーを感じさせ、古都の映像は、ぐっとカメラを引き、街全体をとらえ、格式や静けさを感じる。このコントラスト。

そして女優陣の華麗な競演。山田五十鈴、中村玉緒、京マチコ、若尾文子、越路吹雪!物語は市川雷蔵演じる船場の老舗足袋問屋のぼんぼんと女たちの逸話ですが、女たちの、恐ろしさ、えげつなさ、したたかさを時にユーモラスに描いていています。山田五十鈴が嫁の中村玉緒をネチネチイビるシーンはなんともえげつなく恐ろしかった。そして忘れられないのが、ラスト近く、戦争で焼け出された女たちが仲良くなり、一緒に風呂に入っているシーン。娘っ子のように嬌声をあげながら湯船につかるその姿の変に美しい事。お肌つやつやで屈託の一切ない風情。

ぼんぼんに共感。女ってすごいな~って思いました。

やはり映画はスクリーンで観たいですね。

2016/04/07 (Thu) 17:17 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: 1

sonaさま


> 昔の作品は、それ程観ていないのですが、今まで観た中で、一番印象に残っているのは、市川監督の「ぼんち」です。

私はその映画、見ていないのですが、そちらも面白そうですね。
豪華な俳優陣ですね、スクリーンでご覧になられたなら迫力も違ったでしょうね。


> やはり映画はスクリーンで観たいですね。


本当にそう思います。

昔の映画のリバイバルを掛ける映画館、少なくなりましたものね。
私が映画館まで足を運ぶ機会は、よほどでないとなくなってしまいました。

2016/04/07 (Thu) 18:10 | EDIT | REPLY |   

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