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「三四郎」

1991年版、集英社文庫の、夏目漱石「三四郎」。

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この文庫の表紙を飾っているのは漫画家の吉野 朔実さん。
彼女の漫画が好きだったのですぐにわかった。
美禰子と思しき女性が日傘を手に佇んでいる姿を、袴に下駄ばきの三四郎が後ろからちょっと間抜けな感じで眺めている。

何故今頃「三四郎」かというと、某所で、エミリー・ディキンソンの「頭の中は空よりひろい」と同じような言葉が、漱石の「三四郎」のセリフにもあるという文章に行きあたったからだった。

この集英社文庫、昔読んだ漱石本とは装丁も違えば、注釈、解説も違って、文庫とは言いながら漱石の写真や年譜の内容も豊富。
「当時の」若者向けシリーズ「ヤングスタンダード」の一冊。

さて、あまりにも有名な漱石の「三四郎」だが、舞台は日露戦争後の日本。
熊本の高校を卒業し、大学進学のために上京する三四郎の物語は、当時の朝日新聞連載で、丁度当時大学の入学時期であった9月に連載が始まり、お正月明けの三四郎の実家帰省の後、再び東京へ戻って来る時期に小説も終わる、という現実と小説の季節や出来事がぴったり一致するという状況を上手く取り入れながら編まれた小説だったそうだ。

このあたり、解説の小森陽一氏の筆の冴えには素晴らしいものがあって、語注も詳細でわかりやすかったのだが、この解説を読むだけでも十分面白い。
絵画の光彩と陰影を、そのまま小説に移し替えた部分を明らかにする解説の鮮やかさに、本編よりも引き込まれたのは私が黒田清輝の絵を思い描いた部分を、そのままそのように評しておられたからだ。
小説世界に散りばめられたその時代の事象と共に、女性の立ち姿の美しさの表現が絵画と重なり、そのまま目に浮かぶように描かれる。
漱石を読む楽しさの一端だと思う。

この解説に続くのが、小説家、三田誠広氏の「鑑賞-十五歳の春」だ。

三田氏の「僕って何」の主人公は漱石の「三四郎」の現代版だと言われたそうだが、
「三四郎」がそもそもツルゲーネフの「初恋」、武者小路実篤の「友情」、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の主人公同様、綿々と続く青春小説の主人公の原型、だという。

漱石の書いたものに関しては、青春小説という読み方では終わらない引き出しが山ほどある小説だと思っているので、却ってこの三田氏の書きかけの小説の形をとった「鑑賞」は読後を爽やかにしてくれるものがあった。
そう、またしても私は、本の中のロマンスの部分を完全にすっとばしてこれを読んでいたのだ。
おかげで、甘やかな気持ちで本を読み終えることができた。

三四郎は、熊本から東京までの長い列車の旅の途中で運命の女性と出会うのだが、他にも幾人かと言葉を交わしている。
列車の中で出会った男は、
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」という三四郎の言葉に、
「亡びるね」と言葉を返し、更に言う。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より・・・。」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中の方が広いでしょう」といった。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」
この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持がした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯であったと悟った。

夏目漱石 「三四郎」 集英社 1991年より



この男は車中から見た西洋人を「美しい」と評し、後に英語教師だということがわかるので、西洋文化に触れた人物として、九州から出てきたばかりの三四郎に含蓄のある言葉を投げかけたのだろうが、三四郎が東京で出会う人々のほとんどが英語を理解し、英文学に原書で触れているというところに、この時代の空気を感じる。
漱石自身が投影される登場人物たちは、坊ちゃんの別バージョンのようでもあり、解説の「新聞小説」という特徴を余すところなく使った作品だったという説にも頷くばかり。
寄席や大きな図書館、電車の路線、事件、芸術文学、その他諸々。
当時「三四郎」が、地方に住みながらこの小説を読む人々にとって主人公に自分を投影しながら都会の華やかさや教養と呼ばれるものに触れた心持になれる、新鮮な読み物であったことは想像にかたくない。


「日本より頭の中が広いでしょう」という三四郎の言葉は、エミリーのそれとは全く違う意味だと思う。
二十年も実家に籠り切りだった女性が描く内的宇宙の深さと、
田舎の国粋主義から抜け出ることのできない若者が、広く世間を知った男との日本でさえ小さい国だと言わんばかりの会話の中でのちょっと虚勢を張ったとしか思えない言葉は、別のものだ。

けれど、どちらも純粋であることに変わりない。

それにしても、一言でつながる小説と一篇の詩。

エミリーの残した詩の世界は、やはり空より広いのかもしれない。

昔読んだ本を違った目線で読めたのは、またしてもエミリーのおかげだった。



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Comments 2

kei  
04

朝日新聞(朝刊)では、もう何年も前から夏目漱石の小説を発表時同様の体裁で毎日掲載しています。
4月から「吾輩は猫である」が始まるので、これは絶対毎日チェック(もしかしたら切り抜きも?)しようかなと考えています。

2016/03/17 (Thu) 10:51 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: 04

keiさま

> 朝日新聞(朝刊)では、もう何年も前から夏目漱石の小説を発表時同様の体裁で毎日掲載しています。

全然知りませんでした。
そうだったんですね。


> 4月から「吾輩は猫である」が始まるので、これは絶対毎日チェック(もしかしたら切り抜きも?)しようかなと考えています。


楽しみですね。
私も職場で探して読むことにします。
ありがとうございます!

2016/03/17 (Thu) 21:48 | EDIT | REPLY |   

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