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正義を水のごとく

1963年、キング牧師が行ったワシントンでの演説の折には、多くの支援者がリンカーン記念堂に集まった。

その中には世界で名を馳せたアルトの歌姫、
「マリアン・アンダーソン」もいた。
この時彼女はすでに66歳。
どんな思いでこの場に立ったのだろう。

彼女は1939年、アフリカ系アメリカ人で初めてリンカーン記念堂で歌った人物だ。


キング牧師の演説で歌った時は、3度目だったという。

marian1.png
youtube、「Nobody Turn Me Around: A People's History of the 1963 March on Washington」1分56秒あたりに、歌う映像が残されていた。


初めて彼女の絵本を読んだ時、
差別に苦しんだ彼女の時代を、知りたいと思った。

彼女は1924年、27歳の時にアフリカ系アメリカ人で初めて、大手レコード会社ビクターで、ゴスペルのレコーディングをしたコンサート歌手だった。
8か国語で歌うことができたというが、その努力は当時の状況を考えても並大抵ではなかった。

余談ですが、私の姉もかつて声楽を勉強していました。
発音、発声、言葉の壁は厚く、しかも文化的な素養の違いもあり、苦労していたことを覚えています。
それを、あの時代に、アフリカ系アメリカ人で、
正攻法な歌い手を目指すという途方もなさを感じずにはいられませんでした。





ヨーロッパでは歓迎されても、自国でのコンサート開催には度々横やりが入った。
そんな彼女を支援する人々の中には、内務長官ハロルド・イックス、エレノア・ルーズベルト大統領夫人がいた。

マリアンは自分の問題がすでに黒人全体の問題になっていることを自覚した時から、白人と黒人の座席を区別しないホールでしか歌わないことを宣言した(1952年)。
自分の後に続く歌い手たちのために。

自らの歌声で、彼女もまた黒人差別により閉ざされた扉を、一つ一つ開いていった。

そしてついに、黒人であるという理由で、彼女が歌うことのできなかったホールは、なくなるのである。

1953年、日本でもコンサートを開いている。
N響が招いた海外からのソリストとして、客演していた。
http://www.nhk.or.jp/fm-blog/200/222106.html←NHK-FMブログより
ピアニストのワルター・ギーゼキングとバイオリニストのアイザック・スターンと共に招かれているが、HPによれば、マリアンの録音は残っていないそうだ。


絵本、というには美しく、重厚でさえある。




「マリアンは歌う 」
パム・ムニョス ライアン (著), ブライアン セルズニック (イラスト)


Amazon(「BOOK」データベースより)

「あなたのような声は、100年に一度しか聞けない」。世界的な指揮者アルトゥーロ・トスカニーニは、マリアン・アンダーソンの歌声を、こういってたたえました。幼いころからマリアンは、歌うことが大好きでした。マリアンは、黒人という理由で、どんな屈辱を受けようと、誇りをうしなわず、心をこめて歌いました。これは、自らの歌声で、自身の、そしてあとに続く黒人音楽家たちの道をひらいた歌手、マリアン・アンダーソンの物語です。



挿画はあたたかなブラウンのグラデーション。


1897年生まれのマリアン・アンダーソン。
「天使の歌声」と言われる声を持っていた彼女は、少女時代に父を亡くしたが
聖歌隊で歌う彼女に、教会は学費を援助すると約束した。

しかし現実は厳しかった。

“黒人に生まれたら、プロの歌手にはなれないのだろうか?”

黒人であるが故、国内では音楽学校への入学は許されず、
なかなか良い先生につくこともできなかった。
コンサートに呼ばれるようになっても、
往復の列車は「黒人専用」の汚れた車両。
彼女が歌うステージの客席は、前の方の良い席が白人、後方が黒人の席、と分けられるか
白人用、黒人用の2回、一日の間に同じプログラムを歌わなくてはならなかった。

ステージでどんなに大きな拍手を貰おうとも、
彼女を泊めてくれるホテルがないこともあった。

彼女は歌の勉強がしたかった。
コンサート歌手として国内を回りながらも、教えを請うために声楽家、ジュゼッペ・ポゲッティのオーディションを受けた。

ポゲッティは気難しい先生だったが、マリアンの歌声に
「今すぐ、きみを生徒にとろう。」と言った。
先生の教えの元、マリアンはイタリアオペラも勉強した。

絵本は、彼女が憧れて、どうしても立てなかった舞台、オペラ「蝶々夫人」についても触れている。
念願かなって黒人として初めてNY、メトロポリタン・オペラに出演した時、ヴェルディの「仮面舞踏会」ウルリカ役で歌ったそうである。



ヨーロッパに渡った彼女は、勉強を続け、歌手として成功を収めた。
しかし本国アメリカでは、歌手としてだけでなく、黒人の代表としても
人生を全うすることになった。

1977年、80歳で国連平和賞を受賞している。

絵本の「マリアンは歌う」には、静かな語り口の中に、つぶされてもおかしくなかった一人の天才の、
強さと思いが選び抜かれたエピソードで綴られている。
彼女は決して自分の主張を貫くタイプではなかった。
政治的に控えめな態度が、かえって白人の支持を受けたのではないかと思う。

1936年、彼女への支援を惜しまなかったエレノア・ルーズベルト大統領夫人のために
ホワイトハウスでも歌っているが、あの時代に
黒人として多くの尊敬を集めたことに驚く。
マリアンの出演を拒否した婦人団体に抗議し、彼女の立つ舞台のために奔走したルーズベルト大統領夫人の勇気にも。

彼女は黒人霊歌を多く歌ったが、その歌が白人を動かした。
彼女に続く黒人歌手に残した「開かれたコンサートホール」は、
まさに「非暴力」で勝ち取った価値あるものだったと思う。



こちらは1939年のリンカーン記念堂での歌声。

天上人の声とは、このような声のことかと思う。

75000人の聴衆を前に、歌うマリアン。

4000人が入る憲法記念ホールで歌うことを拒絶された彼女のために、
多くの人々が抗議し、時の大統領、ルーズベルトが内務省を通じ、
リンカーン記念堂の、リンカーン座像前で歌うように、マリアンを招いたのだ。

彼女が歌う前に、聴衆にはこのように紹介されている。拙訳ですが、大体こんな感じでしょうか。
Genius draws no color line, and so it is fitting that Marian Anderson should raise her voice in tribute to the noble Lincoln who mankind will ever honour.
「才能は白人と黒人の境界線を無くしてしまいます。だからこそ、皆が敬意を払う高貴な人物、リンカーンに対し、マリアン・アンダーソンの歌声は、高らかに響くにふさわしいのです!」

「この当時、“天才”とか、“才能”という意味の言葉を黒人に対して使ったところがすごいと思う。」と、マリアン・アンダーソンを尊敬すべき人だと語ったのは私の隣の席の同僚である。
彼はニュージーランドの人なのだが、なんであーたが彼女のことをそんなに知ってるのよ?と驚いた。
クラッシック音楽ファンの彼は、彼女をゴスペルだけでなく、オペラ歌手として認識しているのだ。
ということで、リンカーン記念堂でのこの前ふりは、マリアンに対する最高の賛辞だと思ってよいと思う。






彼女が歌った歌詞が効果的に、絵本の中に入れられている。
youtubeで残された音源も聞くことができた。

http://www.worldfolksong.com/songbook/spiritual/deep-river.html
「世界の民謡・童謡」というサイト様には
黒人霊歌として知られる「深い河 Deep River」について詳しく載っている。

北部州と南部州の境界に位置する州として、そこを縦断するように流れる河川「Deep river(ディープ・リバー)」は、あたかもヨルダン川のように、自由と隷属、生と死の境として象徴的に解釈されるのだろう



マリアンの「深い河」は、聴くと耳から離れないような魂の歌。
この曲をカバーしたアーティストとして挙がっていたのが、
バーバラ・ヘンドリックス、
マリアン・アンダーソン、
マヘリア・ジャクソン、
アレサ・フランクリンなどである。

マリアンと共にキング牧師のワシントン大行進に参加した
マヘリア・ジャクソンも歌ったこの曲。


マリアン・アンダーソン「Deep River」



こちらはマヘリア・ジャクソンの「Deep River」


マヘリア・ジャクソン

wikiより

リンカーン記念堂での演説の終盤にマヘリア・ジャクソンが「あなたの夢をみんなに伝えて」という叫び声が聞こえたことを受けて、キングはあらかじめ用意していた演説の締めくくりの部分を読まずに、“I Have a Dream” という題について即興で語りだしたという。




1964年7月2日に公民権法(Civil Rights Act)が制定された。これにより、建国以来200年近くの間アメリカで施行されてきた法の上における人種差別が終わりを告げることになった。



奴隷から解放され、法的に認められたはずの黒人の権利.。
それでも南部を中心に、差別が生んだ悲劇の事件はあちこちで続いていた。





映画「グローリー」こちら

selma2.png

「yuccalinaのヨガ的雑記帳」さまの記事に、この映画について、公民権運動の活動家たちについて
詳しく載せておられましたので、大変勉強になりました。

こちらで活動家の面々についてや、キング牧師の有名な演説について知らなかったことを沢山教えて頂いたおかげで、この映画を何倍も堪能できました。

『グローリー/明日への行進』を見た!と『The 60's 公民権運動』のこと
☝リンクしています。

公民権運動は、黒人の運動だけにとどまらず、白人の支援者たちにとっても命がけであったこと。
そこには政治的な駆け引きや、ユダヤ人の協力もあったことなど、一連の流れとして詳しく書いてくださっています。

演説を知っていたくらいで、公民権運動のことなど何も知らなかったのだとつくづく思いました。

そしてまた、
youtubeでマーティン・ルーサー・キング牧師のワシントン大行進の時の演説を見たわけです。

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キング牧師とローザ・パークス―黒人の平等な権利を求めて
ファエル フリエル (著), ザウ (イラスト), 高野 優 (翻訳),


この本は子供向けではあるが、アメリカの公民権運動について
キング牧師とローザ・パークスを軸に、わかりやすくまとめてある。

wikiによると、ローザ・パークスとは

1955年にアラバマ州モンゴメリーで公営バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み、人種分離法違反の容疑で逮捕されて著名となる。これを契機にモンゴメリー・バス・ボイコット事件が勃発。アフリカ系アメリカ人(黒人)による公民権運動の導火線となったことで、ローザは米国史における文化的象徴と見なされ、米国連邦議会から「公民権運動の母」と呼ばれた。

人権擁護運動の共有財産(共有遺産)として、その行動は国際的に高く評価されている。



同じくwikiより
バス・ボイコット事件とは

1955年12月1日、市営バスに乗車したローザ・パークスは、白人優先席に座っていた。運転手のジェームズ・ブレイク(英語版)が、後から乗車した白人のために席を空けるように指示したが、パークスはこれに従わなかった。ブレイクは警察に通報し、パークスは、運転手の座席指定に従わなかったという理由で逮捕された。

ローザの逮捕を知った社会運動家のエドガー・ニクソン(英語版)は、ジョージア州アトランタからモンゴメリーの教会に移ったばかりの若き牧師マーティン・ルーサー・キング・ジュニアらに、バス乗車ボイコット運動の組織化を持ちかけた。

キング牧師らが、バスへの乗車のボイコットを呼びかけると、多くの市民がこれに応じた。結果として市のバス事業は財政破綻の危機に瀕することとなった。1956年11月13日、連邦最高裁判所は、地方裁判所の判決を支持する形で、モンゴメリーの人種隔離政策に対して違憲判決を下した。そして、運動は1956年12月20日に公式に終了した。



キング牧師のwikiから

モンゴメリー・バス・ボイコット事件

1954年以来、アラバマ州モンゴメリーのバプテスト派教会の牧師をしていたが、1955年12月にモンゴメリーで発生したローザ・パークス逮捕事件に抗議してモンゴメリー・バス・ボイコット事件運動を指導する。11ヶ月後に裁判所から呼び出しがあり運動中止命令かと思っていたが、連邦最高裁判所からバス車内人種分離法違憲判決(法律上における人種差別容認に対する違憲判決)を勝ち取る。これ以降、アトランタでバプテスト派教会の牧師をしながら全米各地で公民権運動を指導した。



注:モンゴメリー(Montgomery、モントゴメリーとも)は、アメリカ合衆国アラバマ州モンゴメリー郡にある都市。
私が読んだ本の表記は全てモントゴメリーでしたが、wikiでは全てモンゴメリーになっています。


1963年のワシントン大行進、1965年、映画「グローリー」で描かれたセルマの大行進、
それ以前にキング牧師等が指導したと言われる「バス・ボイコット事件」。

キング牧師の身の安全のために、「キング牧師に先導されてバスに乗らなかったわけではない」と裁判で証言した人々の中には、当時十代だった少女も含まれていた。


公民権運動に関わった人々の中には、光を浴び、
称賛された人ばかりではなく、歴史の影に
葬られた人々もあった。
無残に殺された人々もいたが、生きながらも同じ黒人によって
その勇気を称えられるどころか、表舞台から消し去られた人々がいた。

一部の白人は、公民権運動に命がけで協力した。


その一方、公民権運動では、黒人の支援者だった白人も、同じ白人によって殺されたり暴力にさらされたが、
黒人同士であっても、公民権運動で命を危険にさらすか否かで意見が割れたり、
「黒人である自分を憎む」といったメンタリティーに苦しんだこともあったという。



その繊細な心が語られている、あの時代を生きた一人の女性の証言として、貴重だと思われる一冊がこちら。
Amazon「BOOK」データベースより

1950年代、アラバマ州モントゴメリ。人種差別の激しいこの町では、バスの座席も白人用と黒人用にわけられ、空席がなくなると黒人は白人に席をゆずらなければならなかった。そんな差別にたいして、はじめて「まちがっている」と声に出して言った少女がいた。




席を立たなかったクローデット―15歳、人種差別と戦って
フィリップ フース (著), Phillip Hoose (原著), 渋谷 弘子 (翻訳)


こちらを読むと、モントゴメリでの「バス・ボイコット」に至るまでに、
「ローザ・パークス」以前にも、「席を立たなかった」(白人にバスの座席を譲らなかった)少女が少なくとも2人、いたという。

この本の主人公、クローデットは白人にバスの座席を譲らなかったことで有名になったが、学校には彼女を批判する向きもあった。果てに妊娠を理由に放校になるのだ。

それでも彼女は出産後すぐに、市バスを黒人側から訴えるという裁判(ブラウダー対ゲイル裁判)の証言台に立ち、裁判に勝ったことで「バス・ボイコット」は終わりを告げるのだが、十代で未婚の母となったクローデットは活動の表舞台に立つにはふさわしくないと、活動家の人々からも一線を引かれてしまう。

この本の中で、当時高校生だったクローデットが、黒人ばかりの高校生活の中にもスクールカースト的なものがあったことを語っていた。
白人との混血で、家が裕福な子は学校での頂点に位置し、クローデットのように色も人一倍黒く、縮れ毛も強い子は、下層、というように。
白人に憧れ、女の子達は縮れ毛をストレートヘアにするために必死だった。
クローデットも最初は皆と同じようにしていたが、バスの事件以来、そんな自分達自身がおかしいと感じるようになった。
そして自分の髪の毛をコーン・ロウ(編み込み)にする。
私は私のままで美しい、というように。
ところがそんな彼女に周囲は益々冷たさを増すのだ。

公民権運動は大人たちの人生にも様々な戦いを強いたと思うが、子ども達の心の中にも影を落としていたに違いない。


「ブラック・イズ・ビューティフル」という言葉の記憶を、呼び覚まされるようだった。

自由を勝ち取ることと同時に、自分達の尊厳、プライドを得るための戦いを、彼らはあらゆる立場、あらゆる場所で行っていたのだ。


ローザ・パークスが勇気ある人権活動家と称賛される一方、彼女は未婚のまま2人の子どもを育て、生活は苦しいままだった。
ノンフィクション作家であるフィリップ・フースが情報を得てインタビューを取るまで、彼女の存在は忘れられてしまっていた。




1963年、ワシントン大行進の折、リンカーン記念堂の座像の前で、キング牧師はこう語っている。


“justice rolls down like waters, and righteousness like a mighty stream.”
「公道を水のように、正義を尽きぬ川のように流れさせよ。」
アモス書より

あの何度も繰り返す「私たちは~するまで、決して満足(納得)することはない。」の最後の部分だ。

リンカーン大統領からオバマ大統領まで、公民権運動から連なる様々な本を読んでみた。

人種を超えた友情を描いた本は、翻訳された絵本だけでも数多くある。

実話であっても子供向けの絵本は本編は単純化され、あとがきに簡単な情報が載せられている。
絵本としての完成度、事実をそのまま伝えきっているかなど、大人向けの本のように詳しくない分だけ、興味がわく。


「リンカーンとダグラス」 
ニッキ ジョヴァンニ (著) ブライアン コリアー (イラスト)


リンカーン大統領とフレデリック・ダグラスの人生を絵本の中に短い対比で浮かび上がらせ、
北軍が南軍と戦ったあの戦争に、「奴隷制度」について意見の一致をみた二人(複雑な経緯はありますが)を描いている。
この本の「ダグラス」は合衆国大統領選挙でリンカンーンに敗れたスティーブン・アーノルド・ダグラスではなく、奴隷から身を起こし、アメリカ史上アフリカ系アメリカ人としては初めて副大統領候補に指名された人物だ(本人には知らされていなかったそうだが)。

さて、このリンカーン大統領を尊敬し、「リンカーンと握手した」その手を支えに兵士となった少年の絵本は有名なのでご存知の方も多いかもしれない。



「彼の手は語り継ぐ」
パトリシア・ ポラッコ (著)


こちらも実話である。
南北戦争時、北軍に従軍していたものの、あまりの恐怖と辛苦に耐え兼ね、脱走した15歳の白人少年兵。
足を撃たれた彼は、生死の境をさまようが
同じ北軍の黒人少年兵とその母親によって命を救われる。
北軍には南部からの逃亡奴隷を中心とした黒人部隊が組織され、戦争終結までには18万人もの黒人が参加していたという。
黒人部隊はまともな武器も持たず、それでも「奴隷解放」のために戦った。

残酷にも彼らをかくまってくれた、優しかった黒人の母親は殺され、少年二人は捕虜となる。

同じ捕虜となっても、白人である少年は命を助けられ、黒人であるがゆえに「ピンクス・エイリー」という名の少年は殺された。

のちに結婚して、子供や孫に恵まれた白人の少年。
彼のいのちを救った素晴らしい心を持った黒人の名前を残すために、少年だった主人公は、この話を自分の子どもや孫に語りついだ。



「正義を尽きぬ川のように流れさせよ。」

余談だが、
ミス・マープルが「復讐の女神」の中で、事件解決の依頼主であるラフィール氏から貰った手紙に書いてあったのも
この言葉だったと思う。

ジェラルディン・マクイーワンのドラマの中でも物語を貫く柱のセリフとして使われていた。

「正義を川のように流れさせ」
ミス・マープル自身が、「ネメシス」(復讐の女神)となり、依頼主の遺言を果たしたという話だった。



「正義」とはなんだろう。

自分達だけに都合の良い正義も世の中にはあるのだろうが、
そのために誰かが虐げられ、泣くことがあるのなら、それは正義とは呼べない。

「正義」とは何だろう。

自分たちにだけ都合のよい「正義」がまかり通ってはならない。

「正義を尽きぬ川のように流れさせよ。」



キング牧師の残した言葉の力。

そしてマリアン・アンダーソンが残した歌声の力。

正義は、人を通して、川のように流れたのだろうか。





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Comments 4

chocoacco  
mikaidou さま

こんにちは
ブログを読ませていただくと魅力的な本をたくさん紹介してらっしゃるので、いつも本が読みたくなるし、読まなくちゃ!と思います。
時間が無いのを理由にしちゃいけないな~と思うんですが…

まだまだ本当に知らないことだらけです

今日はとても勉強になりました!
ありがとうございます( ´∀`)

2015/10/22 (Thu) 16:10 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: mikaidou さま

chocoaccoさま

本は、備忘録というか、日記に書いておこう、的な感じなので
まったくまとめられず、困ってしまっています。

それよりなにより、Booさまの回復を、心からお祈りしています!
川村元気さんの「世界から猫が消えたなら」を思い出して、
ちょと涙が出ました・・・。

コメント、ありがとうございます!

2015/10/22 (Thu) 19:34 | EDIT | REPLY |   
yuccalina  
1

mikaidou様おはようございます。

動画を見たり、また、知らなかった人物のことを調べたりしてて、コメントが遅くなってしまいました。

拙ブログのリンクありがとうございます。そして、公民権運動については、マリアン・アンダーソンという素晴らしい歌手がいたことも、「リンカン―ンとダグラス」も自分が知らなかったことだらけで、お恥ずかしい限りです。ブルースやソウル音楽をキッカケとして知り得たことだけで、堂々と語ってしまったことに、申し訳なさを感じてしまいましたが、その辺りはこれから学んで、穴を埋めていきたいと思います。

ところで、キング牧師の「正義を尽きぬ川のように流れさせよ」という言葉と、『Deep River』を聴いて、私はアルヴィン・エイリーの『Revelations』を思い浮かべてしまいました。

https://www.youtube.com/watch?v=-SoXwSE0f7c

アフリカ系アメリカ人の歴史を描いた作品で、約30分あるプログラムの一部(オープニング)ですが、全体としても川の流れを表現したものが多いです。

こちらも『Revelation』の一部で『Wade in the Water』。

https://www.youtube.com/watch?v=l9uEq9Sjefg

音楽もよりゴスペル・ブルース色が強くなってます。

この踊りを見た18年前は、既に黒人音楽への興味が高まっていたものの、私は公民権運動については全くの無知でしたので、今また見直してみたくなっているところです。

と、話が私事になってしまいましたが、mikaidou様が拙記事を受け取ってくださったお蔭で、私に新たな意識とある種の責任感が生まれてきた、とでも言いましょうか。また新たな気持ちで黒人音楽やダンスなどに接して行きたと思っている次第です。ありがとうございました。

また、こちらの記事をリンクさせて頂くかもしれませんので、どうぞ宜しくお願い致します。

2015/10/23 (Fri) 08:46 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: 1

yuccalina様

おはようございます!(^^)!
コメント、リンク承認もありがとうございました!

アルヴィン・エイリーの『Revelations』。
今週末、ゆっくり楽しみに聞かせていただきますね。

> 音楽もよりゴスペル・ブルース色が強くなってます。


マリアンのゴスペルを聞いた時、私はそれほど詳しくないのですが、
「これ、ブルースじゃんっ!」と思ったのです。

源流のような感じなのでしょうか。

マタイ書の川は「ヨルダン川」ですが、
実際にノースカロライナ州にある「Deep River」との関係はともかく

遠藤周作の「深い河」にあるように、人種間、文化間、男女間の間に横たわる越えられないものの象徴であったり、命の源であったり、そういった意味が、「River」に込められているのかもしれませんね。

この記事に載せた本は、自分なりに「黒人&白人」あるいは「黒人&仲間たち」の力が合わさってなされた出来事を扱ったものをテーマに選びました。

yuccalina様の記事のおかげで絞れたテーマなのです。

「バラク・オバマ」など、他に読んだ本の中にはもっと良かったものもあったのですが、そこはさっくり削っています。

たった一冊の絵本でしたが、「マリアンは歌う」のインパクトは、大きかったです。
彼女の声が残されていて、本当に良かったと思いました。

> また、こちらの記事をリンクさせて頂くかもしれませんので、どうぞ宜しくお願い致します。


こちらこそ、よろしくお願いします。
「愛し合ってるかーい!」の元ネタもなつかしくて嬉しかったです!
これからもyuccalina様の記事を楽しみにしています。

ありがとうございました!

2015/10/23 (Fri) 09:28 | EDIT | REPLY |   

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