2015
10.08

面白いのは「気づき」かた

先日お世話になったSちゃんは大変な読書家である。
面白い本や、読んだものについて教えてもらえるので、話をしていてとても面白い。

JOの時にも、「そういえば、こういう話を読んだ」「あれは面白かった」とあれこれ盛り上がったのだが、
今回はどの話も「本」ではなかった。

人様のブログを勝手に載せさせて頂いて、非常に心苦しいのですが、
「これ」も「あれ」もなんと

 「ǑKKANABIKKURING」のぢょん・でんばあ様が書かれた話だったのだ。

「あの話は良かったわあ。」
「あれは面白かったわあ。」

という「話」が、一つのブログ様に集中するだなんて、活字中毒の私たちが読む量から考えれば、すごいことではありませんか。


というわけで、先日読んだコラムの中に、でんばあ様の書かれるものが「何故」面白いのか、腑に落ちるような話があったので書いておこうと思う。

本当はご本人のブログにコメントで残したかったのだが、この長さじゃ無理。

すみません、そういうわけで、自分のところに書きます(;´∀`)


腑に落ちる話、とは「似ているようで違う『方丈記』と『徒然草』」なるタイトルのコラムだ。

法政大学の小秋元教授が「少年写真新聞」発行の9月28日付ニュースに書かれたものである。

そのコラムによれば、
『方丈記』は厳密に言えば、『住居論』、といういわば中国伝来の「自らの住みかと生活について書く文学のスタイル」を手本にしているという。

えっ?
授業で教わった無常感はどこへ?

「住居と生活」って、めっちゃ現実的では?

しかも「方丈記」の文章は型に乗っ取った磨き抜かれた文章だという。

だって、 「日本3大随筆」じゃなかったの?

まさか「型」があったとは。

習ってないよ、そんなこと。


それに対して「徒然草」は現代の随筆に近いもので、多様な内容について思ったことを書くというスタイルは、当時まだなかったという。

ということで、従来あった文学の「既存の枠を破った」のが「徒然草」だったらしい。

では「徒然草」は何故面白いのか?

それは吉田兼好の「気づき」にあるという。

小秋元教授によれば

現代の随筆もそうですが、優れた作品には読者の共感を誘う、著者の『気づき』が記されているのです。
『がっかりだよね』と兼好が言うと、八百年後の読者も『そうだよな』と思えるのです。



確かにそうだ。

でんばあ様のブログが面白いのはその着眼点である。

私たちが見ているものと同じようなものを見ながら、でんばあ様の目を通してそれらを見ると、なぜかクスリと笑ってしまう。

パンも、お菓子も、ネーミングや袋の写真までが、違ったものに見えてくる。

いつもいつも共感しながら、「そうだよな」とポチを押すのだ。

時には胸にじんと響く一行に涙しながら。

時にはパソコンに向かって大声で笑っていることもある。

「気づき」とは誰もが「気づく」もんでもなかろうと思う。

というわけで、私は今日も、「ǑKKANABIKKURING」を楽しみに開くのである。



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コメント
ご紹介ありがとうございます。

そして、過分なるお褒めの言葉も。

mikaidou様と、ご友人のS様、お二人の読み手が面白がってくださった「あの話」とはどれだったのか、気になりますが、同時にまた知るのが怖いような。

「気づき」を大切に、今後もさらに精進してまいりたいと思います。
ぢょん・でんばあdot 2015.10.09 20:00 | 編集
ぢょん・でんばあ 様

優しいコメント、ありがとうございます!(^^)!

事後承諾でお願いしたので、ドちドちしていました。

精進だなんて、そんな、今のまんま、おっかなでびっくりで
変わらないでいてくださいね。

ありがとうございました。



mikaidoudot 2015.10.09 23:30 | 編集
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