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クワタのタイムマシン

紅白でひと騒動あったサザンのクワタ話。

ヤフコメを含め、各所で彼と彼の『事件』についてあれこれ読んだけれど。

しばーらく考えてみると、同じことを20年前にやったとしたら、こんなに彼に腹が立ったのかしら。

私の年代は、戦後自虐史の終わりから新しい時代をバブルそのもののように漂って今にたどり着いている。

勿論クワタの声を散々聞いて、CD買って若い時分をすごしているのだから、彼が昔から別に変わったわけではないと知っている。

変わったのは、私の方だ。

変わったのは、美しい生き方をしたいと心底思った時。

日本人が日本人らしく、大切にするものを大切にしよう、と思えるようになったからだ。

多分、形は違っても、なんとなくそんな雰囲気が少なくともネットの上では広がっていたのではないか。

クワタは周りが変わったことに気が付かなかったのか。

昔だったら面白がってもらえた『ファンサービス』が、こんな事態になった。

これまで『ニッポンのロックバンド』としてトップを走って来たつもりだったのに、オレのファン世代よ、どーしたんだ。

昔だったら、ラジオでネタにこそすれ、『謝罪』なんかしなかった。
だって、ロックなんだから。

クワタはタイムマシンで一気に未来に来てしまったのだ。

日本人が大切にすべきものを、私は親の世代から学んでは来なかった。

私達を通り越し、今、新しい世代が育っていることをなんとなくだが感じている。

それは二分化されている。

先日、その毒々しい何かにあてられた、某国が全ての若く美しい女性であったり、ネットで何でも掘り起こしてくる情報収集野郎どもであったりする。


今頃自分の国を大切に思うことを恥とはしない風潮になったからとて、他の国から見た時に、すんなりそれが受け入れられるかどうかは、今後の日本の政治と日本人の生き方の示すところとなるだろう、と思うのだけれど。

クワタは時代を読めなくなったし、あの表現はもう古い。



外側からではなく、内側から浸食され、コントロールされていくことへの警戒心。

クワタへの批判は、そのことへの拒否反応。

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