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本物とそうでもないもの

そろそろ夏休みの課題図書なる、世にもくだらない選ばれた書物が、子供たちの夏休みの宿題に、と書店に並ぶ季節。感想文や感想画を描かなくてすむならまだいい。けれど面白い本もあるのに、読んだ後に書かなくてはならない、描かなくてはならない宿題のことを思うと、本の面白さも半減するってものよ。
読んだ感想を書かずにはいられない、本に描かれた風景を描かずにはいられないっていうなら、言うことないけどね。

息子が小学生のころ、この「課題図書」からどれほど苦しめられたかわからない。
本を読むのが大嫌い、字も感想文書くことも大嫌いな息子と、とりあえずプリントに書かれた宿題だけは出さなければと必死だった愚かな母親は、好きな本を選ぶこともできず(学校の方針で、課題図書以外はだめだったのよ)くそ面白くもない(失礼)本の中から仕方なく本屋で1冊選んで買ってきて、泣きながら感想文を仕上げたものよ。

その時の怨念を胸に、とりあえず、あれこれ読んでみる。
素人が勝手なこと書いて実に申し訳ないのだけれど、私は批評家ではないので、あくまでも私見、ですが。

本は本である以上、くだらないなんて思っちゃいけないとはと思ってきたけれど、これだけ数を読むと、否応なしにある種の押しつけがましさを感じる本もありゃ、どれだけ読んでも何も伝わってこない本もある。
これは事実。

中身のない、けれど道徳的なお話もある。上っ面だけ大人の都合で書かれたって、子供は主人公の気持ちには到底なれっこないだろう。
同じテーマを描いているのに、なぜあの本とこの本はこんなにも違う?
同じ状況下での子供の気持ちを描きながら、鮮烈にその子供の気持ちがまるで生の檸檬のような酸っぱさで残る本。何の技巧も感じさせない自然さで、あり得ない設定も何にも気にならない。
この差は、なんだろう。

どれほど設定をリアルに、過不足なくなぞっても、言葉少ない絵本の中の、ほんの一言に到底かなわないこともある。

言うまでもなく、ミスなく滑ったオリンピックのご存じの演技より、あのソチのあの観衆のあのリンクでただ一人、これまでの人生を賭けた一瞬に、解き放った美しい魂が、より人の心を打ったように。

こんなにも短い絵本なのに、しかもファンタジーの形をとりながら、突き刺さるような作者の視線にぎょっとする本もある。
明確なメッセージ性がありながら、ちっとも押しつけがましくない、道徳のにおいがしないというのはすごいことだと思うわ。書いている内容は子供向けの魔法使いの話でも、書いてる作者の目線は完全に大人。

もう感想文を書かせなくてよい課題図書はなんと面白いものだろう。
良いものも、この一夏で終わり、というものも、それはそれでいいんじゃないのかしら。
読むだけならば。
だけど願わくは、子供の読書にこそ硬くても、筋張っていてもそれをかみ砕き消化するチャンスを。
それは感想文を提出することよりももっと大切だと思うんだけど。

さて、課題図書から離れて別の児童書にも手を伸ばしてみる。
昔話を現代の子供にもわかりやすく書き直し、挿絵も、字体も今、に受け入れられそうに作り直された本も沢山ある。見解は人それぞれだろう。
難解な宮沢賢治をどうよませるか、椋鳩十をどうよみがえらせるのか、作者と、画家と、出版社の腕と目が試される。

それから英語が必修になった小学生のための、英語に翻訳された日本の昔話。
読み聞かせのためにあるそうだけれど、子供たちの知っている話なら、英語で読んでも差し支えないだろうと選ぶ人もいるらしい。
ふーん・・・。

私などにはよくその意味が分からない。英語の勉強がさせたいのか、昔話を読んで聞かせたいのか、どちらなの?
どうせ英語を読み聞かせるなら、海外の良い絵本を、良い日本語訳と共に読んであげればよいのではないの?その方が、その言葉本来の持つリズムや心地よさが、音楽のように伝わりやしないかしら。
韻を踏むのが面白いマザーグースのような本なら、谷川俊太郎の訳をつけてあげれば一緒に読むことだってできるんじゃないの?リズムを損なうことなく。
そんなに英語で聞かせたいなら、「日本の昔話の直訳英語」を聞かせるより、文化と一緒に言葉を丸呑みするほうがなんぼのこと子供の心に残ることかしら。

昨日、スーザン・バーレイの「わすれられないおくりもの 」(児童図書館・絵本の部屋) の原書をたまたま手に取って、一気に読んで、恥ずかしながらほろほろ涙したばかり。
もちろん絵本だから読めたんだろうけれど、いいものは、言葉が何であれ、いい。

日本の昔話には、日本語にしかない素敵な言い回しがたくさんある。
その昔ながらの日本語を、子供にはたっぷり堪能させてあげるといいと思うんだけど。
そして他国の言葉で書かれたものは、きちんとした翻訳をつけて、背景がわかるように少し手助けしながら読んであげればいいと思う。
良い本なら、良い翻訳なら、物語の背景の知識も必要ないくらい、頭の中に勝手にトミーとアンニカやがらくた荘の部屋の様子だって描ける。そんなものではないかしら?

中学生のための課題図書は、数は少ないけれど、面白く読めたわ。
人によっては本の時代背景がわからない、何の戦争時の話なのかもわからなければきっと読む方にも意味が伝わらない、なんて言ってた人もいたけれど、私にはそんなことどうでもよくなるくらい、主人公の疾走感を感じた本もあった。
小さい子供向けの本の方が難しい、とやっぱり思う。
言葉数が少ない。それだけ、言葉の洗練度が要求されるんだろうな。

とにもかくにも、もう「読書感想文」を書かなくても良い、書かせる義務もない、という幸せに浸ろう。








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Comments 2

sona  

本好きです。その原点は子供の時大好きだった絵本のように思います。

ちびくろサンボ 何度も何度も読みました。当時バターはトラからできていると本気で信じていました。ホットケーキが好きなのも、この本の影響かもしれません。20年ほど前、ある事情でこの本は書店から姿を消しましたよね。まったくナンセンス。すばらしいもの、かわいらしいもの、愛される物を否定する人達ってすごく偏っていて文化的でない。数年前から私の愛した ちびくろサンボが復活しましたが、書店から姿を消していた期間は、出会いの機会を奪われたので、出会えない人が沢山いたという事ですよね。とても残念です。

本との出会いは人生の財産。息子さんもこれから良い出会いがあるといいですね。学校の感想文の宿題ってなんとかならないものかしら?

2014/06/28 (Sat) 00:00 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: タイトルなし

ちびくろサンボ、わたしも大好きでした!
私もトラがバターになるところが大好きで、自分もぐるぐる家の中を走って回ってみたりしたもんでした。
懐かしいですね。
あの本が店頭から消えた時には、悲しかったです。ほんとうに。
何が差別なのか、私には理解できず、だけど相手にとっては傷つく内容なのかなあなどと納得しようとしましたが・・・。難しいです。

それにしても、何を見ても真央ちゃんを思い出すので、ついいつも口に出しているらしく、息子の友人たちの間で、私はいつのまにか「真王さま」と呼ばれておりました・・・。ぎゃー!

2014/06/28 (Sat) 17:35 | EDIT | REPLY |   

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