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昼休みの上の空

今日のお昼、私の斜め前に座っている女性が、皆との話の中でふと思い出したように話された。

とある病院の先生が専門的な話をして下さる時に、その内容の載った本を取り出され、その女性に専門書を「読み聞かせて」下さったのだそうだ。
優しく、ゆっくりと、噛んで含めるように。

彼女は言った。「40歳過ぎて、初めて誰かに読み聞かせてもらう温かみを知ったの。難しい話なのに、あたたかいの。私だってその専門なんだから、その本を出して、『読んでみなさい』って言われればすぐに読めるし理解できるのに。でもその時、人に何かを読んでもらうって、その中身の問題じゃなくて、ただそのことが幸せなんだなって心から思った。それは、何かをテレビで見たりネットで見たりするのとは違う、生の感覚よ。舞台もスポーツもそうだけど、その場にいなくてはわからないものがある。人から何かを読んでもらうことも同じ。CDで同じものを聴くこととは全然違うのよ。」

私はその話に、例によって口いっぱい食事をほおばりながら、チクリ、と胸が痛んだ。

確かに生浅田を見たことのない私に、彼女の本当の姿などわかるはずもない。
彼女がショーであっても、まだ氷上にいるうちに、夢は果たしておかなくては。
彼女が放つ「特別な物」を私はまだリアルに受け取っていない。
それは、とても大切なことなのに。

浅田真央がバンクーバーを戦ったシーズン、タラソワがコーチを引き受けたのは、スケート以外にも様々なものと戦わなくてはならなかった浅田に、あのタラソワ自身のパワーを与えるためではなかったのかと今でも思う。言葉の壁を越えて、口伝えに、体全体で、タラソワが浅田に伝えたものはきっと、氷の上でも温かかったに違いない。
だからこそ、バンクーバーの後、浅田真央のそばから離れることになったことで、彼女のそれからの苦難を支えることができなかったことについて、タラソワはその葛藤を後に語っていた。

タラソワから、マスター信夫から、浅田真央はきっとどの選手より指導は難しかったかもしれないが、愛されたのだ。美しさも技術も、ジャンプも表現力ももともとずば抜けていた。それでも孤高の人にならず、愛情を持って支えてくれるまわりの人々がいて、彼女の心は折れなかったんだと思う。

大人だからこそ読んで聞かせてもらえることにあらためて幸せを感じることができる。
同じように、きっと、認められぬ天才という孤独の最中にいたからこそ、まわりの愛情が、選手としての浅田を支えたのだ。

短い昼休み、頭の中は氷上の浅田真央でいっぱいで、その後の話には上の空だったって、誰にも悟られなかったつもりだけど、うまくいったかしら?
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Comments 2

sona  

前から思っていた事ですが、タラソワとローリーに愛されている選手っていませんよね。

スケート界のロシアと北米は水と油。しかし浅田真央というスケーターは水であろうが油であろうが成分に関係なく引き込む魅力とパワーに溢れる媒体なのです。

彼女のたおやかな外見や身内の死という悲劇性も人を引き付ける要素ではありますが、多くの人が何故彼女に惹かれるのかは、彼女の持つ本物の美しさのパワー故だと思います。

2シーズン前くらいのNHK杯で、アナウンサーが実に正直なコメントをしていました。(真央選手がすごく努力しているという話をしていて)「そんな浅田選手をみんな大好きですよね。」

そう。みんな大好きなんです。

2014/06/07 (Sat) 00:28 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: タイトルなし

そういえば、本当にそうですよね。
2大勢力、その両方の振り付け師から愛され、見事に滑りこなしてきた浅田選手。
「仕事だからやる」、プロなら普通そうなんでしょうけれど、きっと浅田選手に関しては、それを超えた気持ちのこもった仕事を、周りもしようとするのかもしれませんね。自分たちも気が付かないうちに、うっかりとっても愛してしまう、そんな魅力があるんですよね、浅田真央って。

2014/06/07 (Sat) 08:32 | EDIT | REPLY |   

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