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ありがたいというのは、有ることが難しいってことよね

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わたくし、この数週間、なんというか、ああ、生きててよかったなあ、と思う瞬間が幾度かありました。

この感覚はなかなか得難いものだと思うのだけれども、こんなこともあるんだなあ、と。だから何しろ有り難いんです。
自分が何者で、何をしたらよいのか、何を役割として生まれてきたのか、そんな難しいこたあ、今もわからないわよ。
だけど、ソチのフリーで浅田真央がやり遂げたあの演技は、完全に私の中の何かを変えてしまった。
あの時の彼女の「自分は自分でしかない」と叫ぶような演技は、ジュピターでの、バラード第1番ト短調での、ましてやシェヘラザードで見せた顔とは全く違っていた。

どのように研鑽を積もうと、経験を重ねようと、それでも突き詰めた先にあるものは最後の最後に残されたコアの部分だけのような気がしてならない。

その彼女の「核」を見せてくれたのがあのフリーだったのだと思うわ。

私は私でしかない。ほかの誰にもなれない。ほかの誰がどう望もうとも。
浅田選手の叫びが自分の気持ちと重なった時、私もきっと、腑に落ちたのだ。
自分の選んだ道で、きっとよかったのだ、と。

あのソチでの、世界選手権での浅田選手を見ていると、少女だった彼女の持っていた才能が磨かれ、花開いたというよりは元々持っていたものが全てリンクの上に露わになったような気がしてならない。特にソチのフリーの演技には、野趣さえ感じたわ。浅田選手はただ美しいだけじゃない。

フィギュアスケートに関しては、恐る恐る思ったことを書くようになってから、これまでよりもっと多くのブロガー様を知ることになった。
これは本当に大きかったわ。別にスケートブログ様とは限らないのよ。
言葉にできないほどの感謝でいっぱい。

こんな気持ちにはなかなか出会えない。感じられない。
だから、ありがとう。
いつも読んで下さる方々にも、拍手を下さる方々にも。
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Comments 4

sona  

真央選手の亡くなられたお母様は「フィギュアは生き様」と常々おっしゃっていたそうですね。パーフェクトな演技や高得点よりもっと大事な事があると。

私もそう思います。フィギュアに限らず全てのスポーツの最大の魅力は選手達のアスリート魂を感じる瞬間なのです。

真央選手はその可愛らしい雰囲気とは相反する熱く燃えたぎるアスリート魂を感じさせます。だから彼女から目がはなせなかった。バンクーバーの前のシーズンから、採点が目に見えておかしな事になり、バンクーバー後も彼女は公正に評価されず、試合の度に、演技には魅了され採点にはイライラさせられる連続でした。

ソチで私が衝撃を受けたのは、「笑顔ってすばらしいんだよ。」という彼女の一言です。人間って、年とってもあまり変わらないんですよね。成長したいと思っても、内的に変わるって本当に難しい事です。気が付くといつも同じ悩みを抱えての堂々巡り。そんなところに彼女の一言で、目からウロコです。彼女はアスリートとしてはとっくに成熟していますが、何と言うか人生の達人とも言えるほど突き抜けた純粋さとでも言うのでしょうか。とにかく素晴らしい人です。長い文になってしまいました。失礼しました。

2014/04/06 (Sun) 00:32 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: タイトルなし

そうですよね。浅田選手を語る時、お母様の存在を抜きにしては彼女のことは語れないと思うほど、大きな方でした。「フィギュアスケートには生き様が出る」これ、真実だと思います。

2014/04/06 (Sun) 10:17 | EDIT | REPLY |   
シカ  

“有り難い”という言葉は日本語を教えるようになって初めて意識し、日本語の深さとそれを考えずに使っている日本人の多さに軽い衝撃を覚えました。この世で誰かが、私ごとき者に、よくしてくださった、それは滅多にはあり得ないことだ‥‥仏教的世界観がそのまま表れた言葉ですね。

浅田真央さんは不思議な人だと思います。ご両親は水商売だったという背景からは想像しにくい品性が備わっています。それはおそらく、職業が、階級がなんであれ、この“有り難い”娘を授かったのだから自分たちのできることを一生懸命やり通すという、ご両親のまっとうさが育んだのでしょう。

名古屋といえばうわべを飾る、軽薄でブランド好きでひらひらとした成金イメージがあります。数あるスポーツの中でよりによってフィギュアスケートが名古屋で盛んなのも、それに関係あるのかしらと思ってしまいます。でも、例え名古屋的な虚飾が多くの親が娘にスケートを始めさせる動機だとしても、その中で浅田真央さんを育て切ったご両親は“有り難い”存在だったに違いありません。

ソチでのフリー演技をサムライのようと評したメディアが海外には少なくありませんでした。栄誉のためでも利益のためでもない、ただよい戦いをするための無私の闘志といった、日本人ならではの品格が感じられたためだと思います。

そのような日本人が、昨今あまりに“有り難く”なっているのは残念なことです。

2014/04/07 (Mon) 05:20 | EDIT | REPLY |   
mikaidou  
Re: ありがとうございます

シカさま

コメントありがとうございます!!
拙ブログにお越しいただき、シカ様のお言葉を残して頂けましたこと、これこそ、有難いことです。
やはり海外では、浅田選手が「サムライ」と評されることが多かったということですが、素直に嬉しいです。
海外に住む方、あるいは日本に一時的に住んでおられる方々からは、時折こちらがハッとするような言葉をお聞きすることがあります。その言葉の数々には、驚きと喜びが多く、励まされることも多いのです。
フィギュアスケートはあちらから「語りかけてくる」スポーツだとどなたかが言っておられました。
例えば本なら探さなければ出会えませんが、スケートは何気なくつけたテレビからでさえ、何か訴えてくるものがありますよね。演じる曲の主人公になることなく、その音楽を表現してしまうことすら起こりうる、純粋に芸術でもなく、かといって純粋にスポーツとも言えない不思議な競技です。
浅田選手のご家族からは、舞さんも含め、自分を鼓舞せず引くことで娘を守るという親の生き方もあるということを感じました。なかなかできることではありませんよね。シカ様の書いてくださったとおり、土地柄などを考えてみても、稀有なご家族、稀有な選手ですよね。
シカ様のブログも楽しみにしています。
シカ様の乾いた文体に訪れたこともないヨーロッパの空気を感じる(気分になっちゃう)と言ったらきっと、笑われますね?
ありがとうございました。


2014/04/07 (Mon) 08:15 | EDIT | REPLY |   

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