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Johnny Weir On His Journey

ジョニ子のインタビューがyoutubeで見られます。
彼が綴った「The ICE」の内容とも被るけれど、最初にフィギュアスケーターで興味を持ち、影響を受けたのがオクサナ・バイウルだったこと、フィギュアスケートは、スポーツであり芸術であり、ショービズでもあることなど、衣装の話も含め、彼のフィギュアスケート観を正直に語っているわ。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=F33kYMXdzvM
ジョニ子の言葉は全部わからないから、ざっくり書き残しておくわ。
超超意訳コンニャク、なので、興味のある方はご自分でぜひジョニ子独特のあの言い回しをご堪能くださいませ。
日本語にはできないけれど、バンクーバーの自分の演技を「ウーハーだった」とか、そのへんの表現、面白いです。
彼は自分のことを「アメリカでも有名なOPフィギュアスケーター(だと思うよ、だって)であり、野次馬みたいなファン(これは超意訳)がいて、一部のゲイ・コミュニティーの祝福を受け、シンガー、作家、アスリート、夫、素敵な子犬ちゃんたちのお父さん、そして幸せな人生を送っている」とまず最初に言ってるわ。自虐的にもならず、ありのままの自分を認め、自分であり続けるジョニ子が、たくさんの人から愛されるのはわかる気がする。
ペンシルバニアの冬場は嵐のような強風が吹いて外に出ることもままならないような環境で生まれ育ち、彼にとって初めてのアイスリンクは家の裏の凍ったトウモロコシ畑だったと話は続くわ。
1994年のリレハンメルOPではケリガン・ハーディングが注目されていたけれど、ジョニ子はオクサナ・バイウルのスポーツとショウビズの融合、それまで見たこともない美を生み出す瞬間や衣装に惹きつけられたというわ。
ジョニ子にとってフィギュアスケートはスポーツだけれども同時にショウビジネスでもある。
「オリンピックは選手達にとってそれはシリアスなものだけれども、フィギュアスケートがとても芳醇なものを含んでいることは時に忘れられがちだ。衣装、ドラマ、音楽、たとえばたった15歳の少女がブロードウェイのトスカから、ロシアの重厚なチャイコフスキー、ラフマニノフまでを演じることもある。フィギュアスケートは多くの人間を演じる驚くべきスポーツなんだ。毎年毎週、違ったもの、変わったものを演じる。音楽、衣装、も含め、フィギュアスケートは僕を魅了してやまなかった。」
「最初にバイウル、そして芸術を見せてくれたクワン、スルツカヤに偉大なロシアのオリンピックチャンピオン、プルシェンコにとてもワクワクさせられたよ。」
プル様に関しては、「ジャンプとスピンだけじゃないよ、その演技の全てに魅了される」と言ってるわね。
そして21歳で迎えた初めてのオリンピックや、ある時期彼を導いてくれたタチアナ・タラソワさんについても話してるわね。
タチアナさんから受けた指導はきっとジョニ子にとって素晴らしい経験だったのね。「とても大きなサポート、絶大なパワーをもらった」と絶賛してるわ。音の息吹まで感じるということ、音楽の徹頭徹尾を理解して演ずる。初めてのオリンピックは「まるでサーカス(良い意味で)だった」と言うのよ。
自分がゲイであることについては、「恥じたりはしていない。自分が白人のアメリカ人で、緑の眼を持っているのと同じことだ、そういう意味なんだよ」と言っているわ。
彼は表現者として、フィギュアスケートでその才能を開花させた。それは歌ったり、本を書いたりするのことや、ゲームのダウンロードでさえ良かったのかもしれない。だけどスケーターとしてのバランス、自分の中のアスリート魂、そして芸術性とその発露、そのようなものが彼をスケーターにした。
そしてあのバラの花束と王冠を身に着けたジョニ子のバンクーバーでの映像と共に、「バンクーバーでの演技は自分の中でもそれまでで最高のものだった。見せたいものを世界中の人に見せることができた。あの瞬間は、どんなメダルよりも僕にとって価値があった」と言うのよ。わーん、今夜男子シングル見るのに、今から泣かせないでよ、ジョニー。
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