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さらけ出せるというコミュニケーション能力

今週はずっと、パソコン見てるか何か書いてるか、飯作ってるかのほかは熱・鼻・咳・咽喉で、「選べるストナ」を「選ばず全部、トリプルで」下さいなって勢いでうんうん唸ってたけど、おかげで夕べもうとうとしながら中国杯とか、NHK杯、半白目で見てたわ。

NHK杯の時のカメラ位置が、ジャッジ席からのショットを挟めてあったよね。
あれは選手の個性がよくわかって、よかったわ。

滑りながら、観客席前でも必ず見せ場を作るのが大輔さんだけど、ジャッジ席へのアピールもやっぱりわかるようにやるわよね。
同じジャッジ席前を滑りながら、なぜかその瞬間下向いちゃってるのが織田選手よ。もったいない。
だけど見てる人を楽しませようっていう愛は、ちゃんと観客に伝わるよね。意識しててもしてないところでも。

Pのことをふと考える。
ま、彼の場合ジャッジ席にわざわざ視線送ってアピールする必要はないと思うけど。
Pにプル様みたいな圧倒的存在感とか「王者」って言葉がしっくりくるよなカリスマ性が感じられないのは、見てる人とのコミュニケーションを取る能力に欠けてるせいなのかしら。

プル様、ランビ、大輔さん、みんな「見られるの大好き男」。
私みたいなにわかスケートファンでも知ってるくらいの人気選手は、みんなEXも素晴らしいわ。
ショーでのランビの映像なんか、何回見ても「っきゃーーーーーっ!」って感じ。
あんな素敵なスケーター、ちょっとなかなかいないでしょ。
自分も観客を愛してるし、滑る自分のクールさを自覚してるし、愛されることを楽しめる人たち。
そしてその気持ちの交流を演技する氷上で普通にやってしまう人たち。

そんな華のある人たちとは別に、演技の中に、一生懸命やってきたんだなっていうひたむきさが一瞬垣間見える選手もいる。
スケート滑ってるのに、その人の人となりが感じられる演技もある。

ジュベにはたまにサムライ入ってたし、人気はあってもカリスマとはちょっと違ってたわよね。
だけど彼の不屈の男気って、あの固い体固い滑りと相まって、こぶし握ってなぜか応援したくなってたわ。
ジェイソン・ブラウンくん、彼はナチュボンで観客を引き込むオーラ持ってるし。
羽生くんも氷上が舞台って人だし。
だけど彼らにあって、Pにないものって?

感情の発露が氷の上でできるかどうか、なのかしら?
うーぴー先生がドラマで言ってたセリフを持ち出すのもなんだけど、「自分の弱さ、もろさ(実際にはハートって言ってるわね)をもさらけ出すことを恐れない表現者」
スケアメでの大輔さんがそうだったわよね。演技上のミスですら美しいと思わせる何か。
自分をさらけ出せるって、ある種のコミュニケーション能力よね。
Pは、さらけ出せないタイプってことなのかしら?
氷の上で、完璧すぎるの?

そもそもあのリンクに一人立って、観客の耳目を一身に浴びた時、家族や友人や、応援してくれてる人たちのことを胸に抱いてそこにいるのか、それとも演技のことのみ考えてるのか?
Pの中のどこか一点にでも、こちらが共感できる何かを掴めれば、もっと「王者パトリック」に敬意を払えるのかしら?それとも、ただあの点数に腰が引けちゃうから演技までつまんなく見えちゃうのか?
私に見る目がないのか、やっぱり。

うーん・・・・。
Pについて、答えは出ないけれど、スケーターのことをあれこれ考えれば考えるほど、じゃ、真央ちゃんは何なんだろう?ってとこに行きつくわよね。
彼女こそ、自分の感情とかより、彼女自身が音楽と同化しちゃってるから、観客が共感できるレベルに彼女はいないのよね。
もっとずっと高いところにいるから。

imagesCAT03DPV.jpg
そういや、言葉もそうなのかなあ。
たとえば、数か国語を話せる技術を持ってたとするわよね。

でもそこに語りたい中身がなけりゃ、バイリンガルでもトリリンガルでもあまり意味はないかも。
決まったことを話すスピーチコンテストで、決まったことを言うにはいいかもしれない。
でも、自由なディベートになったら、どうかしら?
普通に友人たちと話すときにはどうかしら?

伝えたい何か、語り合いたい中身の重さは、練習で流した汗と涙の分、かもしれない。
たとえその「中身」が、「ただ、いい演技がしたい」、「メダルがほしいんだよおおおお~~~!」であったとしてもいいじゃん。

そのへんが連動して全部が動き出した時、Pの演技にもすこし、心動かされる日がくるかも。
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