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「芸術」は演技で語るもの

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実際にtvの画面では、この写真の表情ほど、高橋選手は疲れてはいなかったようにみえた。

このスケートアメリカSP、町田樹選手の演技はパーフェクト、本当に本当に素晴らしかった。

「芸術作品として見てもらいたかった」
みてーなことをまっちーが言ってたが、その言葉、決してビッグマウスではないほどの説得力はあった。

テレビ放送ではその言葉の直後に高橋選手が登場する。

聴覚を失った日本人作曲家「佐村河内守」の「バイオリンのためのソナチネ」に載せたSPに、高橋選手の深い思い入れが感じられる。
この曲の苦悩の中に希望を見出したと語った高橋自身が、今日は苦悶していた。
その苦悩はまさに芸術家のそれに私には見えた。
「僕の演技を観て、佐村河内さん自身に自分の音を感じてもらえたら」高橋の言葉は、今日のSPの演技に見事に映し出されていた。

ジャンプの失敗も、わずかなステップの揺れも、それさえが美しく、研ぎ澄まされていた。
高橋選手、体が絞れているのか、単に痩せたのか。
自分の肉体年齢との戦いでもあるのか。

私は、芸術なんてわっかりませーんな輩ではあるが、ほんとのところ、芸術って、今日の高橋選手の演技を言うんじゃないだろうかって、思うんだよね。

「芸術作品として見てほしい」まっちーの言葉は、まるでフィギュアスケートが「芸術作品」として見られていないように聞こえる。

人は「芸術作品ですよ」と言われて「そっかあ」と芸術をその演技に感じるものではない。

スケートの場合はその演技を観た時、魂を揺さぶられた瞬間、感じる何かに「芸術」って名前をつけるのではないのか。

真央ちゃんのバンクーバーシーズンの演技について元ダンサー、振付師、舞台演出家であるエミリーフランケルさんが語っていた。


「真央は、苦しみもがく芸術家よ」


このインタビューについては、他のブロガーさんたちが多く載せておられるが、何度読んでも心打たれる言葉だ。

今日私は、まっちーの「芸術作品」という言葉には傲慢さすら感じたものの、その直後の高橋大輔に、この「苦しみもがく芸術家」を見たと思う。
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