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横溝正史風 ロマンス(長いです)

姑が亡くなった。

寝たきりになって10年の後
老衰での大往生。
90歳だった。

姑というか
オットの実家というのは
私には異世界すぎて
横溝正史風なドラマでも見ているようだった。

そしてその異世界には
リアルタイムで進行する
ロマンスがあったのだ。

姑が亡くなった今
その長いロマンスについて書いてみたいと思う。


想像していただきたい。

八つ墓村のように山に閉ざされた町。

商家の11人姉弟の7番目の娘だった姑は
悪魔の手毬唄で言うところの「お庄屋」だった家に嫁いだ。

商家とはまるで違う「昔の庄屋」のプライドの高さと
なのに「農家」という仕事の辛さ。
嫁ぎ先では随分厳しくされたと聞いている。

3男坊だった舅は戦争で兄2人を亡くし
戦後、一部残った土地(一部とはいえ今も田畑山林がどれだけあるのかその全貌を私は知らない)と実家を継ぐことになった。

本家とはいえ男性親族の多くを戦争で亡くした家は他に大きな後ろ盾も無く
舅と姑の時代になると
親戚内を牛耳るようになったのは
商家の後継になった姑の弟だった。

姑が産んだ子供は4人。
私のオットは3番目の息子だ。
2人の兄のうち長兄は公務員、次兄が後継になる予定だった。

オットと私が結婚し、続いて妹が結婚した時
兄2人はまだ独身だった。
当時既に30代半ばになっていた長兄への風当たりはそれはそれは大変なもので
私たちが祝福されればされるほど
兄は親戚の集まりごとで一同の前で吊し上げられサンドバッグのごとく早く身を固めろと責められていた。

兄には好きな女性がいた。

大学を卒業してすぐ、職場で出会った年上の女性だった。
互いに独身ではあったが
兄が22歳、彼女が31歳の時に始まった恋愛は
田舎の長男には到底認められないものだった。

特に頑として2人の結婚を許さなかったのが長兄を溺愛していた姑だった。
気の強い姉妹たちと比べれば優しい人だったが
兄の結婚のこととなると口をつぐみ
頑なに年上の彼女の話を聞こうとはしなかった。


オットと私が結婚した時には
2人が恋仲になってから既に15年が過ぎていた。

親戚うちの結婚式でも
毎年大勢の親戚が集まる盆暮正月にも
宴席の広間に長男として上座に座り
大人しく口数の少なかった次兄の代わりに率先してホスト役を務めていた。


口さがない親戚連中の言葉の矢に弁慶のごとく全身を刺し抜かれながら
兄はいつも母親(姑)の顔を伺っていた。

何故長兄がまだ結婚しないのかという皆の問いに
舅は無言で焼酎を煽り
姑はじっと俯いた。

そんなある日

突然死、というのだろうか
後継だった次兄が心不全で亡くなった。

あまりにも急に訪れた不幸に
夜中に車を走らせ駆けつけた私たちの顔を見て

「こんな思いをするなら、生まれてこなければよかった」
絞り出すように姑は泣いた。


通夜の晩、長兄は意を決したように
初めて家族の前で
「明日、あの人を連れてくるから」と言った。

多くの参列者に混じって現れた兄の恋人は
とても美しい女性だった。
そこらでは見ないような垢抜けた
けれど優しそうな横顔。

彼女は誰にも紹介されず
誰に話しかけられることもなく
1人焼香をあげ帰って行った。


歳を取るにつれ、姑の長兄への依存は目に見えて大きくなっていった。

兄は恋人の家と実家の間に1人住まいをしながら
仕事の傍ら毎日実家に顔を見せた。

後継を亡くした姑は
それでも兄と恋人の結婚を許さなかった。

兄の年上の恋人がもう子供を産めない年齢に差し掛かっていたからだ。

親族会議が開かれ
兄は家を継ぐことを拒否。
矛先はオットに向かった。

ところが我が家にも子供ができなかったので
オットが私と離縁し、後継を産める人と再婚するか
妹の次男を養子にするか
どちらかを選べと
今度は私たち夫婦が吊し上げられた。
「神社の境内の木に逆さ吊り」
気分はそんな感じ。

え?嘘だろって?

想像してください。
ここは横溝正史ワールドですよ。

仏間のテーブルに並んだ親類の前で

「子が産めないなら別れろ」

孫たちと家業の自慢が趣味の悪気無い田舎連中が行う親戚会議は
のちにオットが脳溢血で生死の境を彷徨っていた間に
私のお腹にいたゴリオの弟妹の堕胎さえ決定した。

彼らの総意は誰にも覆すことが許されなかった。

ここは長老たちが仕切る獄門島であり「家」が大事な八つ墓村。
屏風に書かれた俳句に見立てた殺人を産んだり
菊人形と首を差し替えられた死体を作り出さなくて済んだのは
ひとえにオットの家族のムラ社会への従順さと
私の心にいた金田一耕助と磯川警部のおかげだろう。


オットは私と別れようとも妹の息子を養子にすることもせず
兄は結婚できないままこう着状態は続き

ようやくゴリオが生まれた翌年、舅が入院した。

舅の病院の帰り道
一緒に行ったデパートで
兄は果物屋に立ち寄った。
よく熟したマンゴーとメロンを包んでもらった兄にオットが何事かと尋ねると
兄は私たちの顔をじっと見てから目を逸らし
「あの人、果物が好きで。乳がんの治療中でね」
そう言った。

それから程なくして舅が亡くなった。

もう後を継ぐも何も
家業を続けていくこともできず
そもそも「家」とはなんなのだ。

ただ建て直したばかりのだだっ広い農家に
姑は息子にも嫁にも孫にも囲まれることなく
ひとりぼっちで取り残されたのだった。


遠方に住む私たちの知らぬまに
兄は彼女と結婚し
彼女の看病をするために
2人で住む家を建てた。

お正月に帰省した私たちを
姑には買い物に行くと言って
兄は自分たちの新居に連れて行ってくれた。

ニコニコと出迎えてくれた義理の姉。
次兄の葬儀の席で見た美しい横顔のあの女性は
間も無く定年を迎えようとする年齢になっていた。

兄は姉のために二階建ての家にエレベーターまで取り付けていた。
年上で、しかも大病をした姉と生涯、最後の最後まで一緒に暮らしたいのだと
笑えるほど仰々しい家のしつらえに胸が締め付けられるようだった。

兄は実家と自分たちの家の両方を毎日行き来し
一人暮らしになった姑の世話をした。

何年も何年も。

決して一緒に住むことはなかった。

寝たきりになった姑は
兄夫婦がようやく探した介護施設で
このたび息を引き取ったのだ。


姑が亡くなった時
兄はガクガク震えて使い物にならなかったらしく
70代半ばになった姉は終始兄と手を取り合い
げっそりとやつれた兄を
姉独特のユーモアで笑わせていた。

21世紀で令和でコロナの時代になっても
斎場で葬儀を行うことを未だ元気に生き残っている親戚縁者は反対したらしい。
信じられないが、姑が寝たきりになってもう10年も誰も住んでいず、兄が通って掃除していただけの実家で料理を作って出し、葬儀を執り行えと彼らは言うのである。

兄は事前に斎場の友の会に入り
親戚内で初のこじんまりとした家族葬を執り行うことに成功した。

家族の中では理屈やで口が悪く、ぶっきらぼうな兄が
親戚の前で道化となって皆を笑わせながら
誰にも葬儀について有無を言わせなかった。

難しい性格で皮肉屋だった兄が
姉と顔を見合わせるたびに笑う。

驚いたことに
魑魅魍魎の親類ともすっかり顔馴染みになった姉は
うるさい爺さん方を軽いユーモアで上手にいなしていた。

未だ横溝正史ワールドの住人で居続ける親類に立ち向かい
兄は長男として立派に勤めを果たしたのだ。


私たちの車は県外ナンバーなので
誹謗中傷の上車に傷をつけられる恐れがあるとして
実家の車庫に隠すように入れられ
妹が斎場まで連れて行ってくれた。

さすが鬼首村。


私を「宇宙人」と呼んだ姑は

遺影の中で優しく微笑んでいた。

その元になった写真を見せてもらった。


兄夫婦に挟まれ
心の底から幸せそうに笑った姑が
そこには映っていたのだった。







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コメント

まずはお姑様のご逝去、お悔やみ申し上げます。

いまだに存在する横溝ワールドに慄きつつ(mikaidou様も怖ろしい体験をされたんですね)、愛を貫いたお兄様ご夫婦のロマンスに心打たれました。
お姑様にも想像もつかないような葛藤があったでしょうけれど、笑顔の写真があって良かったと心から思います。

私の実家も「本家」ということで、昔は盆正月には親戚が集まり祖母や母は大変そうでした。
今は親戚付き合いも大分縮小しているようではありますが…

Re: タイトルなし

きょうこ様

ありがとうございます(^ ^)
今回はコロナが閉鎖的な田舎町に及ぼした影響にも腰を抜かして帰って来ました。
テレビの中の誇張だと思っていたのですが
本当に県外ナンバーの車がいたずら書きをされたり
張り紙をされたりしているんですね。
そんな所で愛を貫き、斎場での家族葬をやり遂げた(もうここから不思議)兄夫婦のラブラブな様子に
今は姑も喜んでいると思います。

いろいろな想いが錯綜しています

こんばんは。

最初にわたしもお姑さんのご冥福を心からお祈りさせていただきます。

それで何と言いますか、あえて同世代の一人として書かせていただきますが、我々くらいの年代になりますとそれが10人居たら10通りの人生、そして10本の濃厚な物語がそこにはあるんだなと思わずには居られませんでした。

mikaidouさんが体験なさったような日々とは毛色もジャンルも違いますが、私もけっこう奇特な人生を過ごしてきましたので(ウチは横溝正史というよりは宮尾登美子の世界に近いかな??( ̄▽ ̄;))こういうお話を読ませていただくとなんともいえない気持ちになってしまいます。

複雑な経路の兄弟が沢山いて、結果的に今では長兄の私は特にお兄さんのお話が一番心に響きました。ご夫婦にはこれから本当の心穏やかな日々が訪れるのでしょうね。

Re: いろいろな想いが錯綜しています

しろくろshow様

こんばんは。
私も今回の記事は、自分の気持ちの整理のために書かせてもらいました。
コメント頂いて、横溝より宮尾登美子ワールドの方が美しいなあ、そっちがいいなあって思いました〜( ^∀^)
ほんと、十人十色の人生ですね。
しろくろshow様も長男でいらっしゃるんですね。長男というのは、私たちの年代ではまだ
家族の中でも特別な立ち位置にいるのかもしれませんね。
いつもは怖い存在の兄が、冗談で姉にやり込められた挙句
「こんな夫婦なんですよ」と戯けて笑った時には笑いながら泣きそうになりました。
ずっと元気で仲良くいてもらいたいなと思います。

Re: タイトルなし

鍵コメ様

コメントありがとうございます。
「愛は不滅」そうですね。
私もいつか心の奥底のマグマが愛と感謝に変わるといいな、と思います。
そういえば、今回実家に泊まるのは厳しかったので、湯治用の格安温泉宿に泊まったんですよ。
湯質が良いのか、すごく温まって肩こりが楽になりました!

恋愛小説

こんばんは

この度はご愁傷様でした

舞台背景は横溝かもしれませんが
mikaidouさまが見事に美しい恋愛小説に仕上げてらっしゃって
お二人の姿が目に見えるようでした

ご結婚されたところでは
ああよかった!とウルっとしてしまいました

素敵な小説を読んだような気分です
ありがとうございました

Re: 恋愛小説

chocoaccoさま

そうなんですよー。
この30年、ずっと気になる連載小説みたいな2人でした。
今回は特に兄のデレデレが見ていて恥ずかしくなる程で
一緒に見ていたゴリオが固まってました(笑)
Secre

     

Thank you

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mikaidou

Author:mikaidou
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