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ひな壇芸人の国

アカデミー賞の話題であちこち賑わっています。

この動画は、文字通り、「明日にはみんなこのスピーチの話をしているよ。」

素晴らしいスピーチでした。



ホアキン・フェニックスのこのスピーチの詳細は英語と日本語でこちらに文字起こししてあります→
https://www.elle.com/jp/culture/celebgossip/a30846239/2020-92nd-academy-awards-joaquin-phoenix-best-actor-speech-so-touching-200210/

「僕は自己中で冷酷、一緒に仕事なんかできそうもない奴だった。」(意訳)
そんな僕にセカンドチャンスをくれた。

前半の差別や環境、動物愛護に対する持論まではそこそこ斜めに聞いていたのですが、後半、それまでの彼自身について言及したときはさすがにグッときました。

「ゴールデン・グローブ賞」のスピーチでも彼は似たようなことを言っていますが、Fワードの連発で、
司会のイギリス人コメディアンのリッキー・ジャーヴェイスにオープニングでこう言われたそうです。

「今夜もし受賞したなら、この場所を政治的なスピーチをする場に使わないでくれ。君たちは何に関しても人々に説教できる立場にない。君らは現実世界のことなんか何も知らないんだから。君たちのほとんどは、(17歳の環境活動家)グレタ・トゥンベリ以上に学校で過ごした時間が少ないんだから。もし受賞したら、舞台に上がって、小さなトロフィーを受け取って、エージェントと君の神に感謝して失せるがいい」

https://www.cinematoday.jp/news/N0113296
痛烈で、残酷ですね。
こんな世界で生きているからこそ、アカデミー批判もするホアキンのスピーチは人の心を打つのではないかと思います。
だって彼の言う通り、他にも賞に値する俳優や作品はたくさんある。でも日の当たる舞台に立てるのは限られた人だけです。

ネットではオスカーなどかすりもしない日本の現状に、『だから日本は・・・』という論調も多く見られますね。
メイクアップアーティストのカズ・ヒロさんのインタビューへの反応にもそれが伺えます。

日本映画は(林遣都さんの)沼の住人になってから真面目に少しずつ観ているのですが、こうして一人の俳優を追って日本映画を観る分にはとても良い映画もあると思うんです。

でも沼から出てみれば。
いつも思い浮かぶのは

「ひな壇芸人」

ワイドショーのコメンテーターだってある意味そうですよね。
壇が1段なだけで。

私はあの雛壇に座って大騒ぎする人たちには耐えられない。

今の日本のテレビ、ドラマ、映画に共通する印象は、あくまで個人の感想ですが、

「内輪受け」

これに尽きます。

観る側も同じ。

テレビの前で俳優のスキャンダルに腹を立てるのは良いのですが、つくづく「スターの不在」を感じます。

昔の大物俳優にはどれだけ家庭を破壊しまくろうとも、芸にものを言わせて黙らせる度量があった気がします。

スター不在でスタッフがちまちまと「内輪受け」する映画を撮る。

内輪受け作品には一定数の需要がありますし、とても良い作品だってある。

問題はその「内輪受け」が日本を代表してしまうところにあるんじゃないんでしょうか。

雛壇に座ってやんやと言うだけの関係者が、丸腰の俳優たちを使って自分たちの内輪だけで面白いと思う映画を作り続ける以上、確かに日本の映像はもうB級に徹していればいいんじゃないのかと思わないでもありません。

あとはアニメで勝負。

局とスポンサーが幅を利かせると途端に映像の質が落ちてしまうところも残念ポイント。

コンテンツを粉々にするテレビの功罪。

映像作品のみならず、スポーツだってそうでしょ?

四大陸のフリーでは、とうとう黄熊まで削って放送しましたよ。

「印象」でそのスポーツの面白ささえ自由自在になると思っている。

そんな局が主導することの多い映像作品に、オスカー級を望む必要もない気がします。





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