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永井路子版『方丈記 徒然草』

今回も他所に保管していた感想文を移した備忘録です。

『永井路子の方丈記 徒然草』

落窪物語は漫画の出来が(編集の仕方が)思いのほか良くて大いに楽しみました。
でも方丈記は永井さん版で。

1方丈は京間の四畳半の1.12倍程の広さとWiki先生に書いてあります。
で、四畳半の部屋そのものは室町時代にできたとも。

『仏教においては方丈に全宇宙が内在しているという考え方が生まれ、そこから寺院の住職が生活する建物を特に方丈と呼ぶようになった。』

これこれ、まさに森見登美彦ワールドの『わたし』が言う所の四畳半の宇宙世界。
そこに『薔薇色のキャンパスライフ』を『並行世界』で繰り広げるという、何という下鴨ワールド。

方丈記は天変地異におののき、政治的にも揺らいだ時代。短い中にこれでもかと災難を見聞きし、体験してきたことが淡々とつづられます。

仏教と古典文学は切り離せないものだと、キリスト教とキリスト教世界の文学同様に感じます。
ケネス・ブラナー版『オリエント急行』の映画からはそこが切り取られていたのです。
この映画が楽しめなかった大きな理由はこれだったのだと改めて思います。

話がそれました。方丈記で胸にしみた部分は
『勝地は主なければ』。

抜粋すると
『またこの山の麓に、一つの柴の庵がある。これは山守のいるところで、ここに少年がいて、ときどき私をたずねてきてくれる。退屈しているときは、彼を友としてあちこちを歩いたりする。彼は十歳、私は六十歳、その年の差は大変なものだが、心はひとつ、楽しみを共にするのである。』

原典ならまたさぞかし美しかったのでしょうが、10歳と60歳が一緒に野遊びに興じ、山から景色を眺め、『楽しみを共に』するという章です。

教えるでも教わるでもなく、世代を越えて『共に』楽しむ。
この心を私も持っていたいと思います。


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