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薔薇の名前(ドラマ)


「I have always imagined that paradise will be a kind of library.」

〜Jorge Luis Borges(ホルヘ・ルイス・ボルヘス)

NY公共図書館に行ったから、と恩師から贈られたお土産に書いてあった一節。

小振りのポーチにはNYPLシンボルのライオンが大きくプリントされ、裏返すと上記の言葉が現れる。

調べてみると、アルゼンチン出身の短編作家、ボルヘスの言葉だそうだ。
ポーチにもその名が記されていた。


ボルヘスはグリム兄弟同様、図書館の司書(厳密に言えばグリム兄弟とは司書の仕事内容、意味合いは同一ではありませんが)をしながら執筆し、不遇の時代を経て母国アルゼンチンの革命後、国立図書館の館長になった。

ショーン・コネリーが主人公のミステリ映画『薔薇の名前』が好きだった。
登場人物の一人、盲目の老修道士ホルヘがこの作家をモデルとしていることはポーチの一件で知った。

『現代文学の神』と呼ぶ人もいるほど、知る人ぞ知る存在なのだそうだが、勿論私は知らなかった。

『薔薇の名前』の舞台モデルと言われるオーストリアのメルク修道院。
以前友人から送られてきたヨーロッパ旅行の写真を思い出した。
この修道院だった。繊細なフォルム、華美では無いが美しい建築物がメルク修道院だった。
フレスコ画、多岐にわたる写本収集、中世の手描き原稿が無数に納められた図書室で知られ、修道院の写字室もまた、写本生産の重要な場となったとwikiにある。

さて、今回観たのはドラマ版の『薔薇の名前』。

AXNミステリエピソードガイドはこちら→薔薇の名前


wikiのあらすじより抜粋

舞台はアヴィニョン教皇庁の時代、フリードリヒ美王の特使としてバスカヴィルのウィリアム修道士が北イタリアの某所にあるベネディクト会修道院を訪れる。ウィリアムはかつて異端審問官としてそのバランスのとれた判断が高く評価されていた。物語の語り手である見習修道士メルクのアドソは、見聞を広めてほしいという父親メルク男爵の意向によってこのウィリアムと共に旅をしている。

ウィリアムの本来の目的は、当時「清貧論争」と呼ばれた、フランシスコ会とアヴィニョン教皇庁のあいだの論争に決着を付ける会談を調停し、手配することにあった。ところがその修道院において、両者の代表の到着を待たずに奇怪な事件が次々と起こる。二人は文書館に秘密が隠されていることを察知し、これを探ろうとするがさまざまな妨害が行われる。修道院内で死者が相次ぎ、老修道士がこれは黙示録の成就であると指摘すると、修道士たちは終末の予感におののく。



原作を読んでいないので何とも言えないが、ドラマ版は修道院の中で起こる連続殺人事件と同時にフランシスコ会とアヴィニョン教皇庁の対立、キリスト教異端派“ドルチーノ派”の苦難をより時間を割いて詳細に描く。
食欲、肉欲に溺れる者と清貧を説く者。
対立し、憎み合う人間達の間で探偵役、ウィリアム修道士の洞察力と忍耐力が事件を紐解いていく。
哀しみを湛えたウィリアムの瞳は信仰を守る揺るぎない強さも秘めていて、彼の表情から目が離せない。

バスカヴィルのウィリアム(ジョン・タトゥーロ)
フランチェスコ会修道士で、元異端審問官。イングランド人。神聖ローマ皇帝の命を受け、教皇派使節団との会談の場であるベネディクト会修道院へ赴く。修道院でアデルモの死因を調査するうちに、文書館に隠された秘密を知ることとなる。

メルクのアドソ(ダミアン・ハルドン)
ウィリアムの弟子。ドイツ人。皇帝軍の将軍の息子。戦いの日々に疑問を抱き、助手としてウィリアムの旅に同行する。ウィリアムと共に連続怪死事件の真相を追いながら、森で出会ったオクシタンの娘にも惹かれていく。



バスカヴィル(もちろんあのバスカヴィルのオマージュ)のウィリアムがホームズを、メルク(メルク修道院から)のアドソがワトソン役という歳の差修道士2人が緊迫したキリスト教宗派同士の会談の場となる修道院で起こる連続殺人事件と『迷宮図書館』の謎を解いていく。
イタリア語で『アドソ』と呼ぶウィリアムの声は殆ど『ワトソン』と聞こえるのがツボ。

ウィリアム役があの名探偵モンクのお兄さんを演じたジョン・タトゥーロだというから驚いた。
この人間的にも優れた修道士役にはショーン・コネリーよりぴったりハマっていてとてもいい。
どう見てもモンクの兄とは別人の目と表情で、とにかく素晴らしい。

観るものの知恵試しでもしているかのように、宗教、歴史、記号暗号、そして本と図書館の役割など各所に扉を付け、『何処からでもどうぞ』と言わんばかりのドラマ。

暗く圧倒的に美しい映像。
ミステリとしては早々に謎が解けてしまう構成ではないかと思うけれど、多分このドラマはwhodunitよりwhydunitに重点を置いたのだろうと思う。
『ダヴィンチ・コード』と『修道士カドフェル』を足して2で割って、込み入った薀蓄だらけにするとこんな感じだろうか。

書物が情報というより神の言葉、人類の叡智、歴史と文化を伝えるツールと呼ぶには余りに重大な宝だった時代。
その書物を美しい文字で写し取り、金や色とりどりの装飾を紙の上に施し、製本して保管する部屋、文書(図書)室。
館長にしかわからない分類。そこで働く者でさえ知らない部屋。
文書の中身も迷宮なら、それらを収める部屋もまた迷宮。

もう1人の主人公は禁断の書であり図書室の迷宮だろう。

その謎を解いていくウィリアムとアドソもまた其々の葛藤を抱えている。

幾重にも話が重なり、登場人物も多く、実に分かりにくい。
それを差し引いても、トリックは正統派ミステリの流れを汲んでいる。

原作を読んでその世界に散りばめられた謎のいくつかを拾える日が来るように、今部屋に積んである本をひとまず読んでいくことにしよう。


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Comments 2

yuccalina  

今年もよろしくお願いします(^^♪

私は逆にボルヘス好きで、映画『薔薇の名前』を見たクチなのですが、長老ブルゴスのホルヘは、作家ボルヘスのイメージとは程遠かったので、アレレ?と思いました。笑いを忌み嫌うとことか、全然違うじゃん!と。でも、書物への畏敬の念とか、迷宮のように張り巡らされた図書室は、確かにボルヘスと重なりますね。

確かボルヘスはヴェンダースの『ベルリン天使の詩』で、図書館のシーンに登場する盲目の老詩人、でもオマージュされてました。作家のみならず、影響受けた方は多いんでしょうね。

『語るボルヘス』や『七つの夜』といった、エッセイや講演集と出会ったのは私が28歳頃だったのですが、書物や時間、不死性に関するお話は、かなり影響を受けました。ちなみに最初に読んだのは『砂の本』でした。小説は短編しかありませんので、比較的読みやすいかなと思います。機会がありましたら是非(^^)

2020/01/07 (Tue) 08:39 | EDIT | REPLY |   
mikaidou
mikaidou  
Re: タイトルなし

yuccalinaさま

私が生き恥を晒すような駄文を日々書き連ねているのは、こういうコメントを時々頂けるからじゃないかと思います。
ありがとうございます(*^▽^*)
ボルヘス、短編、『砂の本』。楽しみにして読みますね。
『薔薇の名前』のホルヘが『アフリカの果て』に隠蔽しようとした『笑い』なんですが。
ウンベルト・エーコの中では人類にとって『笑い』がもたらす影響の大きさ、ことに権威に対して、を見抜く人物こそ偉大或いは脅威だったりしたのではないかと思うんです。だからその役割をホルヘ修道士に託したのではと。
yuccalina様の『笑い』への造詣と映画や音楽に対しての深い洞察力も私は繋がっていると思います。
笑いほど単純で難しいものはないですものね。
ホルヘの話でふと思ったのですが。
図書分類で言う『1類』は哲学、宗教、神話などの分野で、お笑い系の本はざっくり『7類芸術』だとすると。
哲学と笑いが融合すると8じゃなくて『9類文学』。図書館の迷宮を操った人が何を書いたのか、俄然知りたくなりました。

今年もよろしくお願いしますm(__)m

2020/01/07 (Tue) 10:47 | EDIT | REPLY |   

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