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町田氏が語る、ジョン・カリーと選手のメディアリテラシー

http://news.livedoor.com/article/detail/16197815/


町田樹の現在。身体で音楽を表現することで充足している生活、研究。
自ら監修を務める映画『氷上の王、ジョン・カリー』について。
そして、アスリートのメディアリテラシーについて。
かなりボリュームがありますが、とても素敵なインタビューです。

町田 樹というミステリー ――現役引退後の変化と幸せ、フィギュアスケートへの醒めない愛と夢

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フィギュアをめぐる報道の問題点と、アーカイブ化の意義

フィギュアが真に「国民的スポーツ」になるためには、まだもう一歩、というところなんですね。
はい。また、報道のされ方についても問題があると思っていて、いつも「何点で何位」ということしか取り上げられず、演技の芸術性についてはまったく報道されない。過去の演技が見返されることもありません。

これはスポーツの大きな特徴だと思うのですが、結果や勝敗が一番大事な要素として認識されます。勝負事である以上は当然のことかもしれませんが、勝ち負けが判明したら、もうその試合や演技は過去のものとして、忘れ去られてしまう。
たしかに、よっぽどのことがない限り、現在行われている大会の結果しかテレビなどでは追わないですよね。
けれども、やはりフィギュアスケートのような芸術的なスポーツでは――私はアーティスティック・スポーツと銘打っているのですけれども、多々ある演技のなかには、本当に素晴らしく、何度でも味わえるようなものもあります。

こうした名作や名演技を掘り起こし、再評価することによって、フィギュアが文化に近づくのではないか。つまり良質な演技(作品)が、正しくアーカイブされることで、フィギュアスケートの歴史が立ち上がってくる。脈々と続く伝統や歴史の上に、いまのフィギュア界が成立しているということが真に実感できて、初めて「文化的」と言えるのではないかと私は考えています。
フィギュアの成熟と歴史が可視化できるような環境や管理が必要ということですね。
そういう思いもあって、私は雑誌『KISS & CRY』(東京ニュース通信社)で「プログラムという宇宙」という演技の批評コラムを連載していました。そして、何よりもこれから公開される映画『氷上の王、ジョン・カリー』が、フィギュアスケートの歴史を照らし出すことに、大きく寄与する作品だと思います。

素晴らしい作品を生み出し、功績があった過去の偉人を再評価しようという動きは、いかなる業界でも大事なことだと思うのですが、それがフィギュアスケート界では今まで一度もなかっただけに、この映画は大変貴重だと思います。


フィギュアのレジェンドを描く『氷上の王、ジョン・カリー』

では、ここからは5月31日公開の映画『氷上の王、ジョン・カリー』についてお聞きします。町田さんはこの映画で初となる字幕監修と学術協力を務められましたが、どんな映画なのでしょうか。
まず、ジョン・カリーという人は、元来フィギュアスケートにおいて男性が優雅に踊ることが許されていなかった時代に、バレエ・メソッドに裏付けられた芸術性豊かなスケーティングを披露し、フィギュアを大きく変えたスケーターです。

それに加え、確かなジャンプとコンパルソリー(規定の図形を片足で3回ずつ計6回描き、トレースの正確さや美しさを競う競技。国際スケート連盟の大会では1990年まで行われていた)の技術によって、1976年に世界選手権、冬季オリンピック、欧州選手権のすべてを制し、三冠という偉業を成し遂げました。
カリーは、フィギュアスケートの歴史を考える際に、絶対に忘れてはならない人です。映画は、いくつもの困難を超えてイノベーションを成し遂げ、数々の伝説的な作品を世に残したカリーの人生を描いたドキュメンタリーです。

ジョン・カリー以前のフィギュアは、芸術ではなくスポーツ面にほとんどの比重が置かれていたのですね。カリーはその流れを大きく変え、フィギュアの芸術性を大きく花開かせた選手だということで、そこがまず大きな驚きでした。
そうです。それ以前は本当にアスレチックな競技だったというか、男性スケーターは助走をつけて高く跳んでなんぼという、ある意味純粋なスポーツとしてのフィギュアスケートでしたから、カリーの登場は当時、世間に大きな衝撃を与えたと思います。

なおかつこの映画は、再現映像は一切ない、完全なる記録映画、純粋なドキュメンタリー映画です。これは、フィギュア界では非常に珍しいことです。
すごく貴重ですね。ちなみに、町田さんがカリーを意識するようになったきっかけは?
実は私がジュニアグランプリで初めて優勝した大会が、図らずもジョン・カリー記念杯(2007年10月18-21日に英国シェフィールドで開催)でした。

また、私がかつてアイス・キャッスルというアメリカのロサンゼルスにあるスケートリンクを拠点に活動していたときに、フィリップ・ミルズ先生という振付家と出会い、彼と一緒に作品を制作するようになりました。

フィリップ先生は、元ABT(アメリカン・バレエ・シアター)のダンサーでもあった人で、バレエ畑の人です。実は彼がフィギュアに興味を持ったとき、初めて彼をフィギュアの世界に誘ったのが、カリーが師事したカルロ・ファッシというコーチだったのです。
なるほど、町田さんとカリーは、振付家であるフィリップ・ミルズさんでつながっているのですね。
そうです。カリーが冬季五輪や世界選手権で金メダルを獲得したときのコーチであるカルロ・ファッシのもとで、フィリップ先生はフィギュアの振り付けを学び、その後フィギュアの振付家に転身しました。

このような背景もあり、私がフィリップ先生のもとで振り付けを一緒に創作する過程で、カリーのことも聞いていました。今改めて考えてみると、私自身も、フィリップ・ミルズ先生を介して、カルロ・ファッシから続くカリーの系譜に乗っているのかもしれません。ですから、カリーとは運命というか、ご縁を感じますね。
映画を観ると、1976年の冬季五輪などでカリーが披露したフリープログラム『ドン・キホーテ』が、彼の出世作になったことがわかります。町田さんも2011-12シーズンにステファン・ランビエールさん振り付けの『ドン・キホーテ』を演じ、さらに2017年にも同プログラムを振り付けし、演じられていますね。
私が2017年に、自分に振り付けして演じたドン・キホーテは、過去に演じられたフィギュア、そしてバレエを含めた『ドン・キホーテ』の名演技へのオマージュでもあるのです。ですから、カリーの『ドン・キホーテ』も何回も見て、勉強しました。
カリーにとっても町田さんにとっても、『ドン・キホーテ』は忘れられないプログラムなんですね。
はい。とくにカリーを飛躍へと導いたプログラムですが、実は『ドン・キホーテ』はカリー自身が構想し、振り付けをしたプログラムでもあります。

驚くべきことに、このプログラムは興に乗ってわずか数時間のうちに制作してしまったようです。彼にとって特別な作品だったでしょうし、いい意味で彼の出世を後押しした作品だと思います。
カリーは、フィギュアスケーターとしてどんな点が突出していたのでしょうか。
ひとつは、バレエ・メソッドに裏打ちされた身体表現です。その強みを活かして、フィギュア界にバレエのエッセンスをもたらしました。『ドン・キホーテ』にはそのような彼の身体的魅力と技術の粋が最大限生かされています。

具体的には、第一にターンアウト(クラシック・バレエの基本姿勢で、股関節を横に開き、足を180度まっすぐに保つポーズ)がきいたフリーレッグ(自由に動かせる、着氷しないほうの足)は注目に値します。

第二に、これはカリーならではの身体的特性なのですが、左右均等に身体動作が繰り出せるという能力です。フィギュアは、基本的にジャンプやスピンの回転はすべて左回りです。このことから、大抵のスケーターには回りやすい方向や、ステップを踏みやすい足、つまり「利き手」、「利き足」、「利き回転方向」といったものが生じます。
「利き足」は、踏み切ったり、スピンの軸となるほうの足ですね。
そうです。カリーはその点、左右対称に身体を操作できる人で、これはフィギュアスケーターとして非常に稀有な能力です。

フィギュアの傍ら、ダンスも学んでいた人ですから、フィギュアスケーターとダンサーというデュアル・キャリアを歩んだ彼の経歴によって、その身体が形成されたのではないかと考えています。クラシックバレエのレッスンでは、必ず左右対称に身体を動かしていくので。

ぜひ映画を通して、これらカリーのふたつの身体表現技術を堪能していただきたいと思います。

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アスリートにもメディアリテラシーが必須の時代

ジョン・カリーは、メディアによってみずからの性的指向を公表されてしまった選手でもありました。メディアがアスリートたちに与える影響とその問題点について、町田さんはどのように考えていますか。
とても難しい問題ですね。まず、アスリートの言動が世間で大きく批判されることがよくありますが、誰もが当たり前のように心構えをしておくべき「自分の言動に責任を持つ」あるいは「他者を慮る」ということが、たまにできていない人がいて、炎上してしまうのではないかと思います。

もちろん、一方でメディアによって言動の一部分だけが切り取られて一人歩きしてしまうケースは多々あります。そもそもメディアというのは当事者(発言者)と読者のあいだに編集者がいて、そこで発言が編集されるという仕組みがあるわけです。

そうしたメディアの特性を考えたときに、「こういう切り取られ方をされる恐れがあるから、こういうことはしゃべれないな」と、選手側も自制やリスクマネジメントをすることが重要だと思います。
アスリート自身も学び、発言をコントロールしていかなければならない、ということですね。
そうです。私自身も、必ず自分が編集し、校正できるメディアでないと発言しないです。世に出す直前まで責任を持って自分が管理できるメディアでない限り、自分の本当の気持ちを吐露したり、大事な発言をしたりということは絶対にしません。
選手自身が自衛し、身を守っていくべきだと。
もちろん、メディア側にも非を指摘すべきケースは多々あると思います。でも、そこを後になって嘆いても仕方がありませんから、失敗する前に自らで最大限のリスクマネジメントをしておくことが先決ではないでしょうか。

アスリートの言動は常に世間から注目されていますから、いよいよアスリート自身にメディアリテラシーがないと生きていけない時代になってきています。さらには、SNSも普及し、今や多くのアスリートが発信者にもなれるわけですから、やはり私はメディア側に文句を言うよりも、アスリート当事者たちにこそメディアリテラシーの重要性をお伝えしたいです。
町田さん自身のメディアリテラシーはすごく高いように思います。
それは、大学でいろんな授業を通してメディアリテラシーを学んできたり、周囲の方々からのアドバイスがあったりして初めてそういう観点が身についたのであって、自分だけで養えるものではなりません。だからこそ、とりわけスポーツ界には今メディアリテラシーを学べる場が必要だと思います。
最後になりましたが、今年の世界選手権(3月18日~3月24日)には足を運ばれますか?
現在、博士論文を書いている最中でして、一日一日が勝負、という状況下で過ごしていますから、直接観戦には行けません。もちろんテレビでは勝負の行方を見守りたいと思います。

でも、きっと満員の観客のなかで、各国の精鋭たちがスポーツとして死闘を――この言葉をあえて使いますが――繰り広げるのだと確信しています。私はそれをしっかりと見守りたいと思います。




『死闘』

昨夜のネイサンとショーマの不敵な笑み。

本気で勝負しているものしかできないあの表情。

死闘を楽しんでさえいるような、ヒリヒリした緊張感。

解説についても町田氏は語っています。

地上波で副会長の代わりに彼を起用するキー局が出てくる日が、いつか来るのでしょうか。




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Comments 2

すーママ  
町田氏のフィギュアスケート解説を衷心より願い奉ります

町田氏の曇りのないフィギュアスケートへの愛に満ちた解説を聞きたいです。
でもテレビ局は採用出来ないでしょうね。自局とそのスポンサーに都合のいい解説はしてもらえないから。

2019/03/23 (Sat) 22:27 | EDIT | REPLY |   
mikaidou
mikaidou  
Re: 町田氏のフィギュアスケート解説を衷心より願い奉ります

すーママ様

> 町田氏の曇りのないフィギュアスケートへの愛に満ちた解説を聞きたいです。
テクニック的な話をたっぷり聞かせてくれそうですよね。

> でもテレビ局は採用出来ないでしょうね。自局とそのスポンサーに都合のいい解説はしてもらえないから。
ほんとですね。今日も本田さんだからと油断して地上波で見て、心底後悔しました( ; ; )

2019/03/23 (Sat) 23:31 | EDIT | REPLY |   

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