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四畳半のミニマリスト

古文漢文微分積分あたりすべて苦手だった私が、
『方丈記』の詳細など覚えているはずもないのですが。

昨日、訳あって(大した理由じゃないんです)
とある建築家のお話をうかがったんですね。
少人数の勉強会的な。

いきなりマラケシュあたりの建築物から話が始まったのですが、
地中海の街並み、ローマの建築物を過ぎ、
講義も1時間近く経つと、何故か話は『方丈記』の鴨長明の方へ。

京都?
全財産を失い
四畳半作ってそこで全て賄えるように設計した?

森見登美彦の『四畳半神話体系』って、
この流れなんじゃないの⁇

暫し木造家屋の話から、心は京都、下鴨幽水荘へ。

『方丈記』からの『四畳半』は非常に腑に落ちるものがありました。

今、映画『転校生』からの『おれがあいつであいつがおれで』を読み終わり、
『とりかえばや物語』(田辺聖子訳)を読んでいるところなんです。

『転校生』の原作、山中亘の『おれがあいつで〜』を今読み返してみると、
平手打ちや蹴り上げるなどの結構な暴力シーンが異様に多い。
言葉の入れ替えには映画よりもっと苦労しているんですね。
男の子も顔負けの元気の良い女の子だった一美は、いざ本物の男の子になった途端、実にベチャっとした女の子になってしまいます。
一夫は女の子の身体に入ると、反対に男らしさに目覚めたようにぐんと成長するんです。

そこに一種の、多分作者でさえ無意識に書いたかもしれない
ジェンダーの問題が私には大きく感じられたわけなんです。

これが『とりかえばや〜』に繋がったのでした。

この『とりかえばや物語』、シェイクスピアの『十二夜』を思い起こす部分もありますが、作者不明とはいえ絶対女性が書いたよなー、という展開なんですね。
子どもを産んだ女性でも、『女だから』を越えようとする才知。
一方では『男のくせに』と言われる身の情けなさ。
『十二夜』は恋愛賛歌のような、ドタバタ劇のような面白さで、
趣きは違います。

というわけで、次は『四畳半』からの『方丈記』。
果たしてそこに森見登美彦の『わたし』が隠れているのか、楽しみです。




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