2017
11.09

ロビンソン夫人のファースト・ネーム

Category: 映画の話
今話題のダスティン・ホフマン。

若き日の映画『卒業』の曲の数々は、サントラとは別に、ベストアルバムでも本当によく聴いた。
長い年月聴いてきたという方も多いだろう。

『卒業』を久しぶりにテレビで観ると、
もう若い2人に感情移入することも、
今後の2人の行く末を憂う気にもならない。

ロビンソン夫人の砂漠のような心象ばかりが我が事のようにグッとくる。

年齢的に近いものはあれど、美貌、スタイル、色香など、
何の共通点もありゃしませんが。

大学生の娘がいながらも。
あの美しい脚。
崩れ始める寸前で留まっているボディライン。
かと言って今時マダムのような鍛えた身体ではない。


初めてベンジャミンを誘った時の手慣れた様子。
物憂げで投げやりな家庭での姿。
彼が自分の娘に心奪われたと知ったのちの豹変。

自分の娘にベンジャミンをという思惑は元々双方の親同士にあった筈だ。

それでもロビンソン夫人は彼を誘う。

何という心の荒廃。
アルコールに溺れ、夫とは寝室も別。
その夫は芸術を学んだ夫人とは対照的に、
下らないテレビを見ながらゲラゲラ笑う男。

彼女にはファーストネームが無い。

Mrs. Robinsonが、彼女のステイタスであり、存在価値。

美しく洗練されたが故に
自分が舞台から降りる時機を逸した女。

ベンジャミンがエレインに惹かれたのは、
彼女の無垢の涙を見た時だった。

場末のバーの、ストリッパーの前で涙を流す彼女は、
ベンジャミンの心の空洞を埋めるに充分な愛しいもの。

『どっちみちあなたは負けに気付くんだ。』
こうとって良い歌詞が
『負け』というより
『彼女が失ったもの』として響く。

歌詞の符号が奇跡のように思える。

『ジョー・ディマジオはどこに行っちまったんだ?』

どんな栄光も過去になっていく。

Mrs. Robinsonが失った若さと純粋さ。

あの時エレインを身籠りさえしなければ、人生は違っていたかもしれないのに。


ラストのバスの中。
若い2人の表情には色んな捉え方があって良いと思う。

あのバスに乗った時から、彼らからは若さが失われていくように私には見える。
でもまだ何も手にしていない。

手にしていないからこそ持てる幸せ。

少なくとも、彼等の両親程のつまらぬ人生は送らないような気がしたのは、今回が初めてだった。


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