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満員電車は乗り過ごそう

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日本映画チャンネル「市川崑劇場」で見た「満員電車」

ところどころオチに言及しておりますので、あしからず。

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日本映画チャンネルの「あらすじ」には
「ぶっ飛んだギャグの連続は爆笑必死。」とある。

私には全く笑えなかった。
登場人物の名前で辛うじてコメディーだったと気が付く。

作品紹介の様に「ぶっ飛んで」もいず、ギャグという言葉ではとても括れない。
クレイジーキャッツとは全く違うアプローチなのだから。

歯医者といい、社内診療所といい、精神病院といい、
ストレスによる体の不調と医療の関係もストーリーの根幹になっている。
精神科の治療を、「もっと気軽に診てもらえるような精神病院に」と医者の卵が語る場面は、
まるで今の世のことのようだ。



風刺に富んだコメディーだとしても、「非常に上質な」という言葉で修飾したい。
1カットの無駄もなく、際立った個性のスター俳優を随所に配し、
思わせぶりな印象を残しながら脇役一人ひとりに説明不要なスポットライトを当てる。


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主人公 茂呂井民雄 (川口浩)
一流大学を卒業、一流企業(ラクダビール)に就職。
生涯給与の計算など、優秀さはところどころで見せるが、
「茂呂井(もろい)」だけあって、職場のストレスから、人生という満員電車にはじかれる運命だ。

冒頭、卒業式のシーンの土砂降りからすでに雲行きは不安だ。
学生時代のガールフレンドたちに別れを告げ、民雄は社会人への一歩を踏み出す。

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大学でのガールフレンド、壱岐留奈(小野道子)との別れは、いかにもドライな若い男女らしい。
が、この2人も人生の不条理に押し流され、再会した時にはメロドラマか演歌のようなセリフを吐くようになる。
壱岐留奈=(生きるな)って、一番ひどい名前ではなかろうか?

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一種異様な通勤ラッシュが様々な形で描かれる。
狭い商店街を無理に行き交うバス(レトロで素敵)の間を縫うようにして通り抜ける小学生の一コマにゾッとする。


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工場の煙突、ベルトコンベアーで次々に生産されるビール。
この工場がまたとても良くできている。

最先端で、まだ薄汚れた感じはしない。
セットなのだろうが、リアリティーの無さがこの映画の趣にピッタリだ。

それなのに工場の中の騒音とビールが生産されるカットでは一転、
生産効率だけを考えた非人間的工場の無味乾燥さを余すところなく伝える。

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主人公の同僚 更利満(船越英二)
独身寮では珍しく、くつろいだ部屋づくりを心掛け、会社の中では情報通。
満員電車で一人だけ異質な雰囲気を醸し、すいすいと渡り歩く様子が描かれている。
ちょっとオネエっぽい仕草がいい。
「なまけず、休まず、働かず」というサラリーマンの三原則を民雄に説くが、
彼の真の姿もまた、哀れな働き蜂の犠牲者だった。


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和紙破太郎 (川崎敬三)も複雑だ。
孤児として育ち、人生を三段跳びに例え、野心に燃える。
人を手玉に取り、三段跳びをしたつもりが、文字通りその最中にバスにはねられる。
彼の死のあっけなさが、この映画を「コメディー」というより「不条理映画」と呼びたくなる一因かもしれない。

主人公民雄の実家は時計屋。
壁一面の時計が異様に見える。

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父親役の笠智衆の「か」の発音が懐かしい。
「くぁ」と聞こえるのだ。
「かんじょう」を「くぁんじょう」、という具合に。

父は自分の仕事に誇りを持っている。
1分1秒の狂いもないと自負するが、あまりにも言うことがまっとう過ぎて
それ故に世の中と相いれない。
「道理が通らない」ため、
自ら精神病院に入ることで心の安定を図ろうとする姿が、辛うじて哀れに見えない。
妙に共感を覚えてしまうのは、私自身も「世の中と相いれていない」せいだろうか。



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母の杉村春子。
あまりに苦しいことが多いので、
愚痴を言いたくなるたび笑うように心掛けたことを「発狂した」と思われる。

夫を精神病院に置いたまま、無職になった息子の再起に吹き荒れる
文字通り「嵐」にあっても、
息子と一緒にいることに生きる希望を見出している。
吹き飛ばされそうなバラック小屋にしがみつく息子の身体に更にしがみつく母親の異様さが身につまされる。

誰が正気で誰が狂気なのか、この世の中では判然としない。


実に上手い。



これを今作り直そうとしても、過剰な演出でダメにするだけだろう。
テレビ版の「黒い十人の女」なんて、悲惨だったではないか。

元々金田一シリーズの映画位でしか市川崑を知らなかった。

日本映画は昔、こんなにも素晴らしかったのだと、またしても唸る。

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