2016
10.23

逆説 裸の王様

昔々、あるところに、美しい姉妹が住んでおりました。

姉妹の家は、湖のほとりにたっておりました。

冬になると湖には氷がはり、姉妹は来る日も来る日も、両親に買ってもらったスケート靴で、氷の上をクルクル回ったり、踊ったりして、くらしておりました。

ある日、湖の近くを国の大臣が通りかかり、2人は国の代表として世界でスケートを滑って見せるようになりました。



しばらくすると、姉むすめは、その美しさと聡明さで有名になり、家を出て、そのまま町に住むことになりました。

妹むすめは、それでも一人、スケート靴を履いて、跳んだり、回ったり、美しく舞い続けておりました。

いつしか妹むすめは、沢山のメダルをもらうスケーターに成長しました。

ところが、この国にはすでに、世界で一番のメダルを持つ、「スケートの女王」がおりました。
女王はこの妹が、自分より若く美しく、あまりに上手にスケートを滑るため、心の中で憎しみを感じるようになりました。

妹むすめの住む国は、小さな国でした。
隣の国とは、さまざまな事情で、むずかしい関係を続けておりました。
大国の助けを受けながら、立派な人物を育て、国を守ろうとしておりました。
大衆伝達(たいしゅうでんたつ)は、国にとって国民の支持を左右する、大切な手段でした。
けれど、この国の大衆伝達手段は、とても不自由で不確かなものでした。

ある時から、この「大衆伝達」をする偉い人達にとって、妹むすめのスケートは、邪魔な存在となりました。
隣国に、妹むすめと同じ年の、「スケートのくいーん」がいたからです。

妹むすめの国の「スケートの女王」はますます力を持つようになっていました。
妹むすめが妬ましく、疎ましかったので、隣国の「くいーん」を褒めることにしました。


大衆への伝達は、世界的に「くいーん」は素晴らしい、その一色に染まりました。

「くいーん」は、スケートの技術よりも、「表現」を褒められていました。
女の子のスケートは「技術」より「表現」がだいじ、と大衆には伝達されました。

妹むすめは元々音楽にのって舞うことが上手でした。
「表現」は十分に見る人々に伝わっていました。

けれど、そのことは大衆に伝達されず、「跳んで回るだけ」と言われ続け、
娘は人知れず涙をこぼしました。

とくいだった「とぶこと」さえ、「足りていない」と認めてもらうことができず、大人になるにつれ、「とぶこと」さえむずかしくなってきました。

娘に審判を下す人々や、「大衆伝達」について、娘を熱心に見ている人たちは、「どうしてだろう?こんなに上手で、美しくて、むずかしいことをしているのに」とふしぎに思いました。
でも、ほんとうに娘が滑る姿をねっしんに見る人は、大衆の中でも一部の人たちだけでしたので、多くの人々は「伝達」を信じました。

妹むすめは、それでもスケートを愛していました。
来る日も来る日も、世界で一番難しいことを練習しました。
そして、世界一のメダルはもらえませんでしたが、世界中の誰もが、忘れられないスケート
を、人々の前で滑って見せたのです。

その後娘は、1年間、おやすみをしました。
姉むすめは妹と一緒に、肉を焼いて食べたり、スケートを滑って、2人は子どもの頃のように楽しく過ごしました。

「くいーん」がスケートをやめ、妹むすめがおやすみをしている間、こんどは大国の若い娘たちが、次々に妹むすめのように難しいことをするようになりました。
大国の若い娘たちが皆、妹むすめを尊敬していることは、大衆にはあまり伝達されませんでした。

妹むすめが再び大衆の前で滑り始めた時には、「表現」より「たくさん回って跳ぶこと」の方が大事だと「伝達」は言うようになりました。
それまでは簡単なことを間違えずに綺麗に見せることが大切だったのに、今度はそんなに美しくなくても、たくさん回って跳ぶと、メダルがもらえるようになったのです。

熱心に滑り続けていた娘は、滑らかに音もなく氷の上を滑り、高く高く跳び、あまりにも難しい足技で、よその国の人々から「宝石」と呼ばれるようになっていました。
娘の「スケート」は、美術品のような「アート」になったのです。

それでも


娘のスケートに、偉い人達は「娘はへたくそだ」と言いました。

大衆も、偉い人達がそういうのだから、間違いないと、一緒になって「へたくそだ、へたくそだ」とはやし立てました。
ヤフコメでも、むずかしいことを言えば、大衆はすぐに信じたのです。

偉い人たちの言葉は、プロトコルと、すでに何のためなのかわからなくなってしまったルールブックでした。
プロトコルをていねいに説明してくれる人は、なぜかてれびじょんにもあらわれませんでした。
一般の庶民の中には、得意げに説明をする人もいましたが、妹むすめにだけ使われるルールや、
他の娘たちにだけ許されるエッジや回転不足について、どうして同じ説明ができないのか、だれにもわかりませんでした。

キス&クライと呼ばれる場所に座った娘に、偉い人々は尚も、「あれもだめだ、これもだめだ」と言い続けました。



アメリカのキス&クライでも、それは変わりませんでした。

妹むすめの隣で、ひっそりと、目立たない落胆の表情を見せたのは、「マスター」と呼ばれるおじい様でした。
妹むすめの演技がどんなものであったのか、誰よりも、よくわかっていたのが、「マスター」でした。


なぜ、「ゴールポストを移動する」ようなことを続けるのでしょう?
だれにも、わかりませんでした。

妹むすめを讃える一部の人々は、「スケートのルールもわからない、愚鈍なものだ」とさえ言われました。

「陰謀論」を唱える馬や鹿のように書かれました。

偉い人や、ルールに詳しい人がそういうのだから、きっと、そうなのでしょう。
国には、娘を素直に讃えられない雰囲気さえ、霧のように漂いはじめました。

娘は、黒い衣装で微笑みながら、次の日の赤い衣装では、傷ついた心がそのまま足につたわったように滑りました。

それでも、とびました。



////////////////////


大衆の中に、空気の読めない子どもがいました。

「娘はうつくしいよ!だれよりも いちばん!」



偉い人々は慌てました。

「何を言うのだ!」
「フリップは回転不足、ステップはレベル3、3Aも3-3も入っていない構成で、しかも膝に問題を抱えているのだぞっ!」



子どもは空気を読めませんでした。


なおも大きな声でさけびました。


「ブラボー! マオ! ブラボー!」







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コメント
…泣きました。

漠然と感じていたことを、こんな風に表現して下さってありがとうございます。

早速拙ブログでも紹介させていただきました(事後報告ですみません(^^;))


前記事、mikaidouさま多才ですね~
使い勝手が悪いところがあちこちありつつ放置して20年の我が家。mikaidouさまにリノベーションをお願いできたらなあ…
きょうこdot 2016.10.24 10:54 | 編集
きょうこ様

ありがとうございます。

私もきょうこ様のコメントを読みながら、
赤リチュの真央ちゃんを思い出して涙が出てしまいました。

スケ雨の、特に赤リチュを見た後は、
もう何の言葉も出て来ませんでした。

森達也の「王様は裸だと言った子供はその後どうなったか」というブラックパロディ本を思いだしました。
この本の書き出しには太宰の「お伽草子」、「新釈諸国噺」
について言及されていて、言論統制の始まった時代に太宰がパロディを通して書いた1群の創作噺を真似した、と創作のきっかけを記していました。

森達也の王様は裸だと言った子供のその後は何とも後味の悪いユーモア?で締め括られていましたが、私もこの採点について書くなら、もうこうした書き方しかできませんでした。
見ている方がそうなのですから、本人は膝のこともあって、いかばかりか…。
茶番の前年を思い出して、切なくなります。
あの時のように、全日本でかましてやってほしいです。
リンクも、ありがとうございました(^-^)/
mikaidoudot 2016.10.24 14:23 | 編集
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