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ゴリラの生態

我が家にもゴリラがいるのですが、彼はどうにか私が産んだ子なので、一応「ヒト科」に属しているようです。

では、一般的なゴリラとはどのような生き物なのでしょう?

ふとそう思ったのは、キングコングの映画の最後のあたりをチラ見したせいだと思います。
ジェシカ・ラングの1976年版ですね。

king1.jpg


うら若き美しい女性を命をかけて守り、散って行った大きなゴリラ・・・。
んなわけないだろ!
巨大なゴリラを何故美化する?
意味わからん、と、昔映画を観た時は思いましたとも。
ええ、ジェシカ・ラングに一目ぼれだった私ですので、キングコングにはさして興味がなかったのです。
あの時は。

数年後、ジェシカ・ラングの「郵便配達は・・・」にノックアウトされ、
ジャック・ニコルソンのねちっこさが好きだったもので、あれだけは繰り返し見たものですが。

ジャック・ニコルソン演ずるフランクなんて、今にして思えば、ゴリラ以下。
コーラを不幸から救うどころか、ドツボに落としたのは君じゃ・・・と、突然ゴリラ株が上昇しております。

理由はこの本です。
絵本の体裁をとってはいますが、中身は非常に濃い、と思います。

350_Ehon_109708.jpg
『ゴリラが胸をたたくわけ』
文: 山極 寿一
絵: 阿部知暁

http://www.ehonnavi.net/ehon/109708/%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%81%8C%E8%83%B8%E3%82%92%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%82%8F%E3%81%91/

上記「Ehon Navi」に「みどころ」が掲載されておりますので、一部抜粋させていただきます。

ゴリラといえば、両腕を振って胸を叩く勇猛な姿!
その動作を「ドラミング」と呼びます。

敵を脅し、戦いをはじめる合図として鳴らす恐ろしい音……
以前はそう考えられていました。

そう、ゴリラはただ敵を威嚇するために胸を叩ているわけではなかったのです。
そこには、ゴリラのおどろくべき高度な社会性や、平和を愛する穏やかな性格に関係する、実にさまざまな意味が隠されていました。

観察レポートという形をとっている本作、小学校中学年以上を対象としていますが、大人でも楽しめるとても充実した内容です。
なぜドラミングをするのかという表題のテーマ以外にも―

子どもはドラミングをするときに胸を叩かない!?
ドラミングは大人のオスにしかできない理由がある!?
胸を叩く時の手の形はグーじゃない!?

大人にとっても興味深い、ゴリラに関する新鮮な知見がふんだんに盛り込まれています。
一方で、「ゴリラになんてぜんぜん興味ないや」という人にもぜひ読んでもらいたい作品でもあります。
というのも、この作品はゴリラの生態を通して、人間である私たち自身に他人との接し方を振り返らせ、多くを反省させてくれる本でもあるからです。

「仲裁してくれる仲間がいるからこそ、ゴリラたちは自己主張しあい、対等な関係を保っていられるのです」

作中で描かれる、自己主張しつつも互いを認め合い譲り合うゴリラの精神からは、大人も学ばされることがたくさんあります。
ゴリラに興味がないからと知らないでいるにはもったいない一冊!

(堀井拓馬 小説家)



ゴリラのドラミング=ウッホウッホと胸を叩く様子は、ゴリラのことを良く知らないものにとって、「威嚇」あるいは「何か嬉しいことでも?」というようなイメージを抱かせるものです。

この本の作者は元々サルの研究をしている方で、サルとの比較を織り交ぜながらゴリラの生態を追っていきます。

年端のいかないゴリラが、「シルバーバックス」と呼ばれるボス的オスゴリラにすり寄っていくのですが、
それはボスの食べている木の(多分そうだったと・・・)皮に興味を持ち、
食べさせろとアピールするんですね。
これがサルの世界ならいっぺんに撥ね退けられるそうですが、ゴリラはそうしないのです。
わけてあげるんですよ、ちびっこゴリラに。

「絵本ナビ」でも紹介されているように、私もこの本を読みながら驚いたのは、
基本、ゴリラの世界は「争いは避けられないが、決して争いを好むものではない」ということを知ったからなんです。

オスのゴリラは、興奮したり怒ったりすると、独特の匂いを放つそうです。
作者の目の前で、相対峙した2匹のオスゴリラが一触即発になった時にも、
たちまちこの匂いがし始めたそうです。

そこに少しヤングめのゴリラがやってきます。
まだ若いゴリラは、若さゆえの「お調子者」的役割でもって、
喧嘩の仲裁に入るのです。

大人のゴリラ2匹は結局、互いを傷つけあうことなく離れて行ったそうですが、その時にはもうあの「独特の匂い」は消えていたそうです。
いい大人が、中学生くらいの少年に「何やってんの?おっちゃん」と言われ、
「ふん、バカバカしいや。喧嘩なんかやってられっかよ。」ってな感じで出した拳を引っ込めた感じでしょうか。

驚愕の社会性を持った生き物、それがゴリラなのではないでしょうか。

自己主張はするけれど、喧嘩の場に割って入ってきてくれる誰かがいる、ということ。
子どもが大人の懐にスッと入っても拒絶されないこと。

作者は何ら意図なく淡々とゴリラの生態を追っているだけなのに、
何故だか親としての自分を、気が付くと反省してしまいます。

ゴリラと言えど、すんげー高度な調和社会の形成では?

ということで、「キングコング」の「愛」と「散り際」が、俄然リアルなゴリラの生きざまとして私の胸に迫ってきたのでございました。

「ドラミング」を「威嚇」ではなく、「挨拶的なもの」と捉えると、
平和を好む生き物が、ジャングルで活きる術は
人間にもそのまま相通ずる、ということではないのでしょうか。

ゴリラを見る目が変わってみれば、
あの映画『キングコング』の最後の切なさは、
意外に真実を突いたものだったのかもしれません。

人間同士にも、「仲裁役」が機能すればいいのにと、願わずにはいられない昨今です。


追記
これとセット読みしたのが
『学校生活 自分防衛軍』 宮田雄吾/著 という本です。

うーむ。
ゴリラと人間の違いが
【言葉】であることをひしひしと感じます。

こちらの本では、人が離婚したり、誰かが人を刺したりするときには、
「別れよう」という言葉を実際何度も口にしてきた、または心の中で「言葉」として意識してきた、
「やれるもんならやってみろ」と実際に相手に言ってしまった、
そういった経緯が高確率であるそうなのです。

「言葉」「言魂」の尊さと怖さが精神医学の観点から浮かび上がります。


ゴリオ(仮名)の自己肯定感が低いのは、
私のドS発言が彼の中で積み重なった結果では・・・とまたしても反省いたします。

なんだよー。

ジェシカ・ラングとキングコングの話じゃなかったのかよー。

ブログトップの写真でここまで読まれた方、
2転3転するオチでごめんなさいっ

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