2017
07.30

すごい‥‥

Category: 浅田真央
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2017
07.25

共通のナヤミ

Category: 日常のこと
友人のIzuちゃんとヒロちゃん。

40年近い付き合いの間、私たちは様々な悩みを相談し合ってきた。

共通の悩みに突破口を開くのはいつもヒロちゃん。

結婚、子育て、仕事復帰、そして親を看取ること。
ヒロちゃんはいつも果敢に人生を歩く。

彼女がまたしても新しい分野で先陣を切ったのは去年のこと。

私たちの共通の悩みは、「お肌」。
この改善に着手したのである。

効果は劇的だった。

高校生の頃よりピカピカになった白い肌。
すっぴんでファミレスに颯爽と現れた時には驚いた。

肌の悩みは人それぞれ。


ヒロちゃんの悩みは「そばかす」。

私は紫外線による大きくて深い「しみ」。

そしてIzuちゃんの目下の悩みは「肝斑」だ。

ヒロちゃんは大成功。

続いてレーザー治療を受けた私はまだまだボヤーンとした肌。

さて、次はIzuちゃんが「肝斑」に挑む。



これが何とかレンジャーだったら、私たちの名はなんだろう?




「そばかすのヒロ!」

「シミのミカイドウ!」

「肝斑のIzu!」

見栄をきったところで、ちっとも強そうじゃないな。


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2017
07.17

『フラーの舞台袖』

Category: 映画の話
『ザ・ダンサー』

以下は映画の内容に踏み込んで好き勝手に書いておりますので、
未見でこれからご覧になられる方にはネタバレということをご承知おきください。

映画を観ながら、丁度先日読んでいた本の中の
「エトワール、または舞台の踊り子」の話を思い出した。

本というのは中野京子/著
『怖い絵』
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1878年に描かれたドガの踊り子の絵の本当の姿を、中野氏はこの本でこのように書いている。

「この少女が社会から軽蔑されながらも出世の階段をしゃにむに上がって、とにもかくにもここまできたということ。
彼女を金で買った男が、背後から当然のように見ているということ。
そしてそのような現実に深く関心を持たない画家が、全く批判精神のない、だが一幅の美しい絵に仕上げたということ。」
中野京子/著 「怖い絵」p⑳より



それが、怖い、と中野氏は書くのである。

19世紀後半のオペラ座は、オペラの舞台に自分の踊り子を立たせるために金と権力に物言わせるパトロンが舞台横の桟敷席を買った。
ステイタスだった。
ある種の社交場という性質を持っていたからで、現在の様に純粋に芸術を楽しむ場とは違っていたからだそうだ。

ドガの「踊り子」の視点は、その斜め上の桟敷席からの眺めなのである。

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ドガの踊り子はクラッシックバレエの踊り子で、当時パトロンなしでは中央で踊ることは叶わない一種の娼婦。


この画面左側に胸から下だけ見えている黒いタキシードの男。
これこそが劇場の支配人でもダンサーの一人でもない、パトロンの姿。

さて、映画「ザ・ダンサー」は、引用させて頂いたこの一節通りの状況に、まさに革命を起こしたモダンダンスの祖と言われるロイ・フラーを投じた、ヒリヒリと痛い、アーティストの物語だ。

主人公、ロイ・フラーを演じるソーコの熱情的なダンスシーン。
ダンス、というより舞台芸術と言った方が近いのではないだろうか。

ソーコが迫真の演技で、フラーの芸術を再現する。
圧倒的に美しい舞台芸術を、この時代に実現したとは。
息をのむようなシルクと光のショー。

フラーは新しく独創的な舞台芸術を、自分自身が考える斬新な照明と衣装で観客に見せた。
アメリカでの手痛い経験から、その手法に特許も獲得するのである。


ドガの絵の踊り子とフラーには大きな違いがいくつもあった。
それこそフラーが革命家、と評される所以であり、彼女を題材に映画を制作した理由でもあるだろう。

パトロンと踊り子としてのフラーの関係も通常とは違うように見えた。



映画の中で監督はフラーに言わせている。

「私のダンスは衣装だけ」

イサドラ・ダンカンの自由で自然なダンスを見た後、フラーはパトロンに涙を見せて身体の関係をも結ぶのである。
伯爵はあくまでも彼女がされたいように、優しく彼女を愛する。

謎に満ちた男、ギャスパー・ウリエル演じるルイ・ドルセー伯爵は、愛のない結婚をし、放蕩を尽くして死に場所を求めながらアヘンと女に溺れる男。

フラーをニューヨークで見出し、
カーテン生地では重くて思った動きができないと話したフラーに、
薄くて軽い絹と、オペラ座を目指す資金を(その与え方は普通ではなかったが)与えた。


フラーはやんわりと示唆される映像の中で、女性を愛する女だとわかる。
彼女はパトロンになかなか身体を許さず、それでも伯爵とは互いに身を寄せ合うように生きていた。
パトロンにお金を返し、自立したダンサーとして成功したようにも映画では描かれている。
内実は心身共に蝕まれた、激しい苦悩を癒し合うパートナーとして、2人はそこにいる。


オペラ座の舞台に立つにあたって、身体が限界に達していたフラーをそれでも舞台に立たせることができたのは、「パトロンの権力」だと示唆されている。

ドルセー伯爵は言う。

「ふつう、オペラ座の舞台に立つ踊り子は観客に頭を下げるものだ。
でも君は頭を下げない。」




舞台で倒れた彼女が、必死で降ろされた幕を上げ挨拶に立つ。
オペラ座の観客はスタンディングオベーションで応える。
その時、彼女は観客に向かってお辞儀をするのである。

媚ではない、観客と芸術家の間に湧き上がる感情の表現として。

こうして、オペラ座に立つ女性芸術家は、激しい苦悶の中から美しい蝶のごとく生まれ出でる。

(と、私には思えた。ってくらいのことですから、私見です。)



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モダンダンスの先駆者として19世紀末のヨーロッパで一世を風靡したロイ・フラーの物語を、ミュージシャンで女優のソーコ主演で映画化。

フラーのライバルとなるダンサーのイサドラ・ダンカン役で、ジョニー・デップとバネッサ・パラディの娘として知られるリリー=ローズ・デップが共演。

女性のダンスが卑しいとされた時代に、バレエの殿堂であるパリ・オペラ座で踊るという夢をかなえるためアメリカからフランスへと渡ってきたロイ・フラーが、ドレスや光、鏡などを用いて新たなダンスを創作し、自らの信念と夢のために奮闘する姿を描いた。

監督は、写真家としても活躍するステファニー・ディ・ジュースト。

映画.comより



ジョニデの娘、という冠を外した方がむしろ良かったのではないかと思えるほどの魅力で観る者を惹き付けるリリー・ローズが美しく、素晴らしかった。


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2017
07.16

Happy Sad

Category: 映画の話
古き佳き建築物を保存するために活動されている方の町家にお邪魔した。

築140年ほどだろうか。





その古民家が、夕べは映画館になった。





エアコンも網戸もない、昔ながらの畳の部屋に、スクリーンを据え。


上映されたのはアイルランド映画、『Sing street 』。

余りに切なく、只々素晴らしかった。

キーワードは、「Happy Sad」。

哀しみを基調にしながら、主人公の未来を信じたくなる。
おいて行く側、行かれる側の引きちぎられるような心の痛み。

こんなにも登場人物の全員に感情移入でき、
セリフの一言一句に共感を覚えた映画は初めてだった。

心に染み入る、恋する人、親子、兄弟との葛藤と深い愛。

少年の成長が1985年当時の音楽シーンと共に描かれる。

オリジナル以外の全ての音楽、バンド、映画はリアルタイムで見てきた。

バンドのメンバーにはクールな黒人が必要だから、という理由で友人を誘うシーンがある。

この映画の時代を更に20年さかのぼるだけで、時代はキング牧師の時代だったのだ。

それからわずか20年。
ヨーロッパの都市ダヴリンではハリウッドにこれほど憧れを持つようになっていたのか。
そこにまず、驚く。

Duran DuranのMTV、Michael Jacksonの「Thriller」、「Beverly Hills Cop」のワンフレーズ、
「Back to the Future」のダンスパーティーなどなど、
兄の「宿題」でDuran、Spandau Ballet、Hall&Oatesなどを聴き、
影響を受ける主人公の少年のルックスの変化と内面の劇的に尖ってゆくさまが見もの。

あの頃、日本はバブルだったが、アイルランドは困難な時代だった。

今だからこそ理解できるのかもしれない。

小さな町の閉塞感。家族の崩壊。愛するものを失っていく痛み。



特に主人公の兄の存在がいい。

町を出て、文字通り人生の荒波に乗り出す弟を送り出す。

兄は自分の全てを弟に注ぎ、託したかのようだ。

長男に生まれた、その生きづらさ。

いくつもの真実、誰にも迫る現実が『自分の物語』のように、手に取るように、わかる。


『国は違っても、なんかみんな同じなんだなあ』と、誰かが言った。

その通りだと、思った。

畳の上で思い思いに寛ぎながら、こんな映画に出会えるとは。



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『シング・ストリート 未来へのうた』


「はじまりのうた」「ONCE ダブリンの街角で」のジョン・カーニー監督の半自伝的作品で、好きな女の子を振り向かせるためにバンドを組んだ少年の恋と友情を、1980年代ブリティッシュサウンドに乗せて描いた青春ドラマ。大不況にあえぐ85年のアイルランド、ダブリン。14歳の少年コナーは、父親が失業したために荒れた公立校に転校させられてしまう。さらに家では両親のケンカが絶えず、家庭は崩壊の危機に陥っていた。最悪な日々を送るコナーにとって唯一の楽しみは、音楽マニアの兄と一緒に隣国ロンドンのミュージックビデオをテレビで見ること。そんなある日、街で見かけた少女ラフィナの大人びた魅力に心を奪われたコナーは、自分のバンドのPVに出演しないかとラフィナを誘ってしまう。慌ててバンドを結成したコナーは、ロンドンの音楽シーンを驚かせるPVを作るべく猛特訓を開始するが……。

映画.comより


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2017
07.16

ダイエット

Category: 日常のこと
体重を測ることなく、毎日鏡を確認することで

ダイエットに挑戦中。

体重計の数字より、
実物を見た方が
「何とかしなくては」という
切実さが増す。

夜の炭水化物を控え、寝る前にストレッチを十分に。

可能な日は、夕方できるだけ早い時間に食べたいおやつか食事を済ませて家に帰り、
夕食は作っても、自分は翌朝まで食べない。

すると、顔のラインから変わり始めた。

今は背中とおなかだ。

12年ぶりに大好きな友人と会う、ただそれだけのために、
重い腰を上げる気になるものなのだ。







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2017
07.11

my垂涎本

Category:

あかね書房の推理・探偵傑作シリーズは、1975年頃が初版だったと思う。
責任編集にあの『福島正実』が名を連ねる。

黄色い部屋の秘密 (推理・探偵傑作シリーズ 15)


『オペラ座の怪人』を書いたガストン・ルルーの状態の良いこのシリーズの本を見つけて、即買い。
綺麗だと思ったら1997年に再販されたものだった。

シリーズのお仲間には『少年少女世界SF文学全集』もあって、昨日古書店ではこちらのシリーズまで見つける時間はなかったが、次は必ず見つけ出そうと決めている。

私が小学生の頃、このシリーズは出版されたばかりだったはずなのに、誰も来ない図書室の本は、もうすでに落丁があったり傷みが激しかった。
図書室の書架から外れてしまったページを探し出し、1人で補修して読んだ。
推理小説の数ページが欠けているだなんて、残念すぎる。

このシリーズで海外の有名どころの推理作家を知った。

翻訳に勢いがあり、選び抜かれた作家と作品は、私をそのままハヤカワミステリや創元社文庫に誘った。
『各務三郎』の名前を小林信彦の本で見つけた時の興奮といったらなかった。

『World Famous Mystery Stories 』
原題のタイトルが裏表紙に載せてある児童書の翻訳本なんて、今時あるだろうか。

しかも海外大人向けの基本のキ、を児童向けにした一流の翻訳で。
ルビが振ってあることは当然だが、小学生が教わらない難しい漢字はひらがな表記にしてある。

翻訳そのものが子ども向けなので非常にわかりやすい。

挿画は『横山まさみち』と、これまた珍しい。この方の作品では、間違いなく異色の仕事だろう。

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