2016
07.23

夜歩く

Category: 日常のこと
夕べ、いつものようにゆっくりまったりと食事を終えたゴリオ(仮名)。

家でのスタイルはトランクス一丁を冬でも貫くゴリラが、夜の9時を過ぎてTシャツを着はじめた。

何してんだ。

『ヒサジーがさ、今から一緒に行こうって言うんだよ』

『探しに行くのかい』

『頑張ってくるぜ』

『車に気をつけな』




男の子の親は、この辺りは気楽である。

「悪いことはするな」と言っておけば良い。

あのガタイではそうそう被害者にはなるまい。

結局近所の友人4人と11時ごろまでポケモンを探して歩き、クタクタになって帰ってきた。

金曜日の夜間に、住宅街から商店街にかけ、ぞろぞろと人が歩いていたそうだ。

スマホを持って。



これが受験生の親なら、怒髪天ではなかろうか。

南半球は冬のはずだが、そちら出身の同僚の話では、あちらでもその話題で持ち切りとか。

冬の夜も、ポケモン探しに奔走するのだろうか。



全く、あぶねーよ。



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2016
07.22

ランチタイムポピンズ

Category:
『ランチのアッコちゃん』
『3時のアッコちゃん』
柚木麻子/著



「アッコちゃん」は大人にとってのメリーポピンズだ。
次はどんな魔法を見せてくれるのだろうとワクワクしながらページをめくった。

私にも1時間の昼休みが保証されているはずだが。
そんなもん普段から無いに等しく、これからしばらくはその無いに等しいものすら「無い」状況に陥っている。
仕事しながら毎日ゴリオの弁当ついでに作るおにぎりか、何でも挟み込んだサンドイッチを手にするのが精一杯。
「NO」と言えないのはこの本の主人公ばかりではない。
それに周りだって皆忙しいのだ。


「アッコちゃん」は孤独な派遣社員の味気ないランチタイムを冒険と出会いの時間に変えた。
神出鬼没、あらゆる東京と、そこに生きる人々を垣間見せてくれる。
深く立ち入ることはなくとも良い。
これは大人の「夢」なのだから。

主人公三智子の彼(になる人)が経営する古書店で、「アッコちゃん」が所望するのは懐かしい海外児童文学。
「風にのってきたメアリー・ポピンズ」「パディントンのクリスマス」「クマのプーさん」「ライオンと魔女」「不思議の国のアリス」。
そういやみんな映画化されている。

三智子が初めて彼に出会った時に「アッコちゃん」がお使いを頼んだ本はリンドグレーンだった。
なぜリンドグレーンなのか。
やかまし村の子どもたちも、「冷たいジャガイモ」を地下室に取りに行ってお腹を満たしていたではないか。
クリスマスには美味しい料理を村の皆で囲んで。
長くつ下のピッピはおいしいパンケーキをトミーとアンニカにふるまったではないか。

やはり「アッコちゃん」はファンタジー。
美味しいランチや夜食や、おやつ付きの。

アッコちゃんと三智子さん編も、他の短編も、展開はファンタジーであれ詳細はとてもリアルだ。

私も芝公園傍の某社で派遣社員として働いたことがある。
さすがに芝公園で冬に弁当を広げたことはないが、主人公と同じくお弁当持参で、
東京タワー近くへの通勤は胸躍るものだった。


それでも、派遣社員は難しい立場だ。
ランチ時にも社員との格差を見せつけられる。

水道橋で働いていた時は、オフィスのフロアでお弁当を食べる人などほとんどいなかった。
社食は華やかで、お洒落でも若くもない私は気後れした。
ランチ代を惜しまない女子社員と一緒にあちこちで食事することはお財布にも気持ちにも負担で、
途中からは一人でワンコインランチに通った。

その頃にはゴリオ(仮名)がいたので、私はすでにおばさんだった。
昼休みは食事の後に、本屋でゴリオに読む絵本を探すことが楽しみだった。

田舎出の子持ちおばさんの都会でのランチタイムは、すでにそれそのものが冒険だった。

私におかっぱ頭の「アッコちゃん」が訪れることはなかったが、街が私の「アッコちゃん」だったのかもしれない。

「アッコちゃん」を読んだからには夕食はポトフ。
ブーケガルニ抜きなのだから、急ごしらえのただのスープだったが。

それにしても少々憂鬱なランチタイムに
今こそ、お昼休みのメリーポピンズ、求ム。



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2016
07.22

オレンジの太陽

Category:
『さようなら、オレンジ』
岩城けい/著 




第二十九回太宰治賞受賞作品。

アマゾンのレビューはそれぞれだったが、私には共感するものがあった。

最後で書き手の正体がわかるまで、その事情がわかるまでは、何度も翻訳ものじゃないのかと、表紙や奥付で確認した。

作者は意識していたのだと思うが、これは英語で思考するものが日本語で書いた物語だ。
言葉と文化、人種の違いが複雑に重なり合い、徹底的に重なるところのない部分もあり、なのに普遍性を持って女の気持ちに訴えかける。

自分が生きるべき場所を探して。
自分がそこにいるべき場所を探して。
そこにたどりつくにはまず、言葉が必要だった。
言葉を学ぶことは自由を手に入れる一歩。

オレンジは主人公サリマの故郷、アフリカの象徴でもあり、この物語の書き手である「ハリネズミ」の新たな故郷、海、許しの象徴でもある。
サリマは難民。どこから来てどの国に落ち着いたのかは、本書の中の部分的な言葉から推測するしかない。

物語の始まりはサリマの灰色の日常から。彼女にも、読み手にもまだ右も左もわからない。
とにかく彼女はどこからか難民としてとある国に流れ着き、そこで二人の息子と共に、夫に捨てられたのだ。
夫が務めていた精肉工場で働き始めたサリマには、肉から放たれる異臭、滴り落ちる血が恐ろしく、仕事は辛い。嫌悪と孤独、不安と焦燥、怒りと嫉妬。様々な気持ちを塗りこめるようにして働く彼女は、英語圏であるその国で生きるために、英会話学校に通うことにする。
そこで出会う女性たちについても、サリマと読者は最初、ほとんどわかっていない。
イタリアから来た年配の専業主婦、オリーブ。アジアから来た黒くて太く真っ直ぐな髪の毛の、赤子を抱えた「ハリネズミ」。

サリマの物語の合間に、「ハリネズミ」の手紙が差し込まれる。
アジアの物静かな若い母親、「ハリネズミ」の事情がわかってくる。
更に短い英文メールの私信であろうか、そこから彼女たち夫婦が日本人であること、彼女たちに起きた不幸と再び恵まれた命についての詳細が読者に知らされる。
サリマの英語が少しずつ上達すると共に、物語には色彩が増えていく。
サリマの眼に触れるものがあらゆる意味を持ち始めると同時に読者にも彼女が暮らす田舎町の風景が広がり始める。

サリマにとって他国に暮らす困難さや、差別や言葉の克服だけが問題なのではない。

「自分がもともと持っていたものをあきらめて、ごまかして、黙り込んで。」(本文より)

それが嫌なのだ。

「あたしの生まれ持ってきたものは誰も奪えない、そして掴んだものを奪うことは二度と許さない-」(本文より)

サリマは自分が子どもの頃暮らした祖国について、下の息子のクラスでプレゼンする。
素朴な英語であれ、真実は子供の心にも訴えかけた。そのプレゼンに費やした準備期間は英語の先生や「ハリネズミ」と過ごした大切な時間。

「自分の生まれ育ちを知らず誇りにできないで、この先、彼が何を掴めるというのか。」(本文より)

サリマの強い思いは、それを息子に与えることによって彼女に新しい希望を授けることになる。

中編といってもいいような小説で、1時間半もあれば読み終わる。
なのに読後しばらくは様々な気持ちが涙と一緒にあふれ出て、正直疲れた。

何でも浅田選手に結び付けるのもどうかと自分でも思うのだが、やはり考えてしまう。
スポーツである以上、ルールに縛られることは仕方のないことなのだろうが、ルールのために

「自分がもともと持っていたものをあきらめて、ごまかして、黙り込んで。」

彼女はそうしてはこなかった。

もっともっと、彼女は彼女らしく、自分を解き放って良いと思う。

諦めず、こだわるところに拘り続けても良いと思う。

勝ちにいっても、彼女が変わることはないと私は思っている。


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2016
07.16

忘れられない

Category: 浅田真央
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http://mainichi.jp/articles/20160709/k00/00m/050/014000c
スポーツ写真展
「記憶に残る一枚」が開幕

毎日新聞2016年7月8日 17時48分(最終更新 7月8日 20時07分)

長嶋茂雄から浅田真央まで

 一般社団法人日本スポーツプレス協会(AJPS、水谷章人会長)が主催するスポーツ報道写真展「記憶に残る一枚 そしてTOKYO」が、8日から東京都内で始まった。同協会の創立40年を記念したイベントで、延べ246人のカメラマンらが切り取った国内・海外の名シーンが展示されている。

AJPSは1976年に、フリーランスのカメラマン・ライターらスポーツジャーナリストが集まって発足した。1992年には国際スポーツプレス協会(AIPS)に加盟した。

 会場には、長嶋茂雄、王貞治、大鵬といった昭和のヒーローに始まり、ジャック・ニクラウス、ナディア・コマネチ、ディエゴ・マラドーナ、アイルトン・セナ、カール・ルイスといった20世紀の世界的なアスリートたちの活躍を写した写真展示。オリンピック、サッカーやラグビーのワールドカップ、さらにイチロー、ウサイン・ボルト、リオネル・メッシ、「なでしこJAPAN」やラグビー日本代表、浅田真央ら21世紀のスターたちの計313点の写真で描き出した。



サイトの写真を見るだけでも、あの選手この選手、懐かしかったり嬉しかったりいたしました。

新体操の選手でしょうか。
極限の美しさ、よくぞこの瞬間を切り取ったといったような写真も。

ポーズを取っているわけでもないのに、これほど美しい写真を残すことができるアスリートたち。

カメラマンの腕前は言わずもがな。

セナの横顔にはウルッときました。

「記憶に残る一枚」


浅田選手のソチの写真を大きく使ってくださった御方に、感謝です。

ところで、私的には
真王さまの今季
 
 「黒」 の方を特に楽しみにしておりますの。

こんなパワフルなかんじの。

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2016
07.11

アレルギー

Category: TV番組
いやあ、アレルギー症状でしょうか。

もう、駄目なんですね、ちょっとでも触れると。

こういう症状って、改善するんでしょうか。

突然発症することもあるということですが、
最近意欲もわかないし、何かこう、前兆としてはあったのです。

「村」や「スポナビ」を覗く頻度もすっかり減りましたし。
ルールがまたわけのわからぬ改悪。
この日が来るのも時間の問題でございました。

録画していたDOI、副怪鳥の声を聴いた瞬間、うんぎゃーとテレビを消してしまいました。
オープニングの白さっとんは美しく、メドべ子はツインテールで「月に代わって」滑って行きますし。
見たいのはヤマヤマでしたが、もう、アレルギーなんですね。
あの声を聞いただけで。

深呼吸して消したテレビをつけ直し、副音声を探しましたが、ありません。

♪諦めました~。あなた~のことは~。
♪も~う、セーラームーンも、見れない~。

今シーズン、果たして私はスケートを見ることができるのでしょうか。

別にもう、つべで見れば良いのかもしれませんが、
それも他国の解説者で見るしかありません。

なにせ、アレルギーなのですから。


楽しみにしていたウルトラマン50周年はどこの民放かと思いましたわ。
とても最後まで正視できずギブアップ。


選挙速報でさえどこかのバラエティーかと見まごうばかりで、テレ東でさえ見ることができませんでしたわ。

今も、何がしか選挙のニュースを見たくてチャンネルを地上波に合わせると、
どこかの蕎麦のイノシシのニュースなど、
非常にどーでも良い、ノルマかと思うような、
蕎麦ニュースを連発で見せられました。

国内のニュースは流さんのかい。

すぐにチャンネルは変えましたが、
変えた先では
勝った政党より大きく議席を減らした政党の議員の話ばかりに花が咲いておりましたよ。

あからさまですなあ。





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2016
07.09

数行の行間

Category:
和田誠さんが好きだから、和田さんの手になる表紙の本を買ってしまうのか、
それとも好きな本に限って和田さんが表紙を描いているのか?

相当な数の表紙を描いてこられた方なので、
どこかで和田誠の装丁や表紙、挿絵に出会うことは当然と言えば当然なのだろう。

「ほんの数行」 和田誠/著 七つ森書館
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「週刊金曜日」に連載された和田誠さんの「名言に類するものを紹介するのが目的」(あとがきより)というコラム集である。

和田さんの手になる表紙と共に、本の中の「数行」(あるいは一文と言ってもよい)を紹介し、本の内容、その著者との思い出、装丁や表紙の技法についてまでを語っている。

こうして和田さんの仕事の一部でもまとめて本で見てしまうと、
何という「表現者」だろうかと思わずにはいられない。

若山富三郎と勝新太郎兄弟について書いた山城新伍著「おこりんぼ さびしんぼ」の
ユーモラスではあるが、「兄弟」の個性を描ききった表紙。
星新一がなぜ真鍋博と和田誠の二人だけをイラストレーターとして起用したか。
赤塚不二夫のニャロメを和田さんが描いて表紙にした「赤塚不二夫1000ページ」。
和田さんの映画好きがよくわかる映画監督や女優、俳優、舞台関係の人による表紙の数々。
映画関連の本に関する和田さんのコラムは「数行」で泣きそうになる。
「ビートルズの社会学」でのジョン・レノンの描き方。
いくつも描いた絵をコラージュにして一つの表紙にしたものや、
版画家の山本容子さんに教わったばかりの技法を用いたもの、
段ボールや厚紙を使ってライブハウスを作り、自然光で自分で写真を撮って装丁を仕上げたという作品もある。
嬉しかったのは、常盤新平訳のアーウィン・ショー、常盤さん自身の本の表紙も数冊紹介されていることだ。
表紙にまつわる話がまた楽しくて、時に感動を覚える。

表紙絵だけではなく、挿絵から装丁までを手掛ける和田さんは、編集者の次にその本の原稿を読むことができる。
ある意味でプロの本読みだと思う。
本の中身を損なわず、「ネタ割れ」することなく、
本のハラワタを引きずり出しながらユーモアにあふれる表紙の数々。

カポーティの「ローカル・カラー/観察日記」という本は知らなかった。
この本の紹介を読んで買わずにいられようか。


三遊亭圓生、圓楽著の本に其々表紙を描いているのだが、同じ落語家の本でも似て非なる内容に合わせ、趣も違う。
「江戸散歩 上」の圓生、「古典落語」の志ん生の似顔絵など、ゾクッとするほど素敵。
「古典落語」の文庫シリーズはそれぞれの噺家の高座姿を和紙にペンで描いたという。
線が素晴らしく自由自在。

本の中身、作者との思い出、その本が描く世界の話まで和田さんの見識と交友の広さ深さには脱帽ものだ。

都筑道夫「サタデイ・ナイト・ムービー」の表紙の凝り方。
こうして描いた本人が語らなければ、相当な映画ファンでなければ気が付かないところである。
映画にまつわる本が多く紹介されているのは、思い入れが強かったためか。
本の中身だけでなく、その周辺についても詳しく語っている。
戸田奈津子「字幕の中に人生」の装丁の書名を、字幕の文字を書く名人にお願いした話など、
映画に関しては裏話も面白いものばかりなのだが、
装丁を通じた和田さんの映画への心の込め様、敬愛の情に心打たれる。

寺山修司は友人としても語られ、彼の本だけではなく
その詩は「IFの世界」の石川喬司の本の数行の中でも紹介される。

最後の「和田誠 切抜帖」の「数行」は和田さんのお父様の言葉で締めくくられる。
この数行には首を垂れるしかない。
築地小劇場の創立メンバーであり、戦前からラジオ局で音響の仕事をされておられたという。



ひとつ残念だったのは、福永武彦、中村真一郎、丸谷才一の「深夜の散歩」が入っていないことだ。
この本の装丁、
決定版「深夜の散歩」あとがきの中で、丸谷さんが「和田誠さんのおかげできれいな本が出来あがって、非常にうれしい。」と書いているのに!
推理小説の神々が、洒落たタッチで描かれているのに!

「Book Covers in Wadaland 和田誠 装丁集」
「和田誠シネマ画集 」
「Posters in Wadaland―和田誠ポスター集 - 和田 誠」

全部欲しくなってしまった。

追記

書き忘れた。
樋口尚文「グッドモーニング、ゴジラ」に、ゴジラはアメリカの「原子怪獣現わる」をもとに、企画を進めた方々は本家をご存じないまま原作とゴジラの姿を産み出したのではと、ゴジラ誕生のいきさつを本のゲラから推察している。
映画がお好きな和田さんは、リアルタイムで両方の映画をご覧になっているのだ。
和田さんの本を読むと映画が観たくなる。


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2016
07.03

迷子

Category: 日常のこと
今日は天気はともかく、
湿度の高さと暑さで大変な一日だった。

よりにもよってそんな日に。

なんというか、
入り組んだ昔の住宅街の迷路の奥にあるお宅にお呼ばれしたのだ。


途中からは車も入れない道だ。

お土産を抱え、歩くしかなかった。

古い街の込み入った住宅街は丘が連なり、アップダウンも並大抵ではない。

道に迷うこと、ほぼ1時間あまり。

メールの道案内に従って歩いていたのに、途中から家々の塀に記された番地が目的地から遠くなっていく。

しまった。迷子だ。

GPSも途中で私を見失ったらしい。
携帯もここまで入り組んだ道では役に立たなかった。

多分すぐ近くまで来ているはずなのに、自分のいる場所の説明ができないことと、
ここまで来たら何としても自分の力でたどり着きたいという
「何かとの戦い」が私を駆り立てた。

それにしても暑い。

汗みどろで荷物と携帯と日傘を抱えたまま、石段の途中で座り込んだ私を、
通りかかったおばちゃんが恐る恐るチラ見している。

3人に道を訊ねたが、
目印もなく番地だけではわからない。
車の通る道まで戻ってタクシーに乗ったが、ナビで住所を見た運転手さんからも
「車で行けるのはやはりここまでですよ。」と降ろされてしまった。

もう歩けない。
来た道を戻るだなんて、到底無理。

なのに何だろう、この「ここで負けたくない」という気持ちは。

とうとう、絶対この近くだ、というところまで道を戻り、約束の時間をとっくに過ぎてしまったところで先方に電話した。

「多分近くだから、庭から大声で名前を呼ぶわよ。」

迷子の挙句に、大声で名前を呼ばれる・・・・・。

致し方なく、午後の静かな住宅街で自分の名を呼ぶ微かな声をたどり、
ようやくたどり着いた先には、
紫陽花の咲く庭が待っていた。


行き倒れになる前にたどり着いてよかった( ;∀;)


ところで、10人足らずの集まりに、遅刻したのは私だけではなかった。

これまでに唯一、携帯を頼りに一人でその家にたどり着いたという強者の到着が遅れていた。

私が着いてから30分ほど後、強者が汗だくで到着。

いつもはずっと歩いてくる道を、
初めて途中までタクシーに乗ったばかりに道を見失い
彼もまた遭難しかけていたのだった。

「いや、何か負けたくなくて。」

電話しなかった理由を、彼はそう語った。

それからわかったことは、奇しくもその人と私は同じ誕生日で、同じ日に同じマカロンを手土産に持ち、
同じように道に迷って同じ人にお呼ばれしたということだった。

何の接点もない御方だが、
不思議なシンクロニシティである。




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