2016
02.24

呼吸を合わせる

Category: 浅田真央
仕事がらみでオペラ「蝶々夫人」の歌曲を生で聴けるというので、劇場でも大きなホールでもなかったが、行ってみた。

「ある晴れた日に」の曲に入るともう、浅田選手の蝶々夫人の振付の一つ一つ、ここで跳んでここでスピン、ここであの美しいイーグル、スーッとスケーティングがここで伸びて・・・とかもう頭の中で映像が同時進行して、気が付いたら泣いていた。

それにしても、歌い手の息継ぎの複雑さ。

音楽だけでなく歌が入ることで歌い手の呼吸が伝わる。

この呼吸に合わせて跳んだり回ったりあのステップを踏んでいるだなんて、信じられない。

どうやって息継ぎをしているのだろう。
どう音楽に呼吸を合わせていくのだろう。

聞いているだけでも「ん?・・・すーはー・・・んんん?」ってなるのに。

普通のリズムでは拾いきれない。

とても難しいことを、あの優雅さでやってのけていたんだなと、色んな思いがこみ上げてきた。

浅田選手は、ジャンプまで全て音楽に寄り添うように跳ぶ。

だから音楽を聴くだけで振付が鮮明に思い起こされるのだ。










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2016
02.21

パトリックがががあ~~~!

えーっと、まだ混乱しています。

今日は確定申告に行って、わけのわからない職員につかまったために20分で済むはずの申告に2時間もかかったという体たらく。
それからあれこれ用事を済ませ、持ち帰りの仕事を終えてテレビをつけたのがさっき。

は?男子シングルの優勝がパトちゃん??????????????

なにがあったの?
どしたの?
パト~何をした~~~~!
てか、ボーやん、しょーま~何があった~~~~!



エキシから見ているのですが、シブタニズの月の光で再び「ほぉおおおおう」と嬉し泣き。
もう今季のこの2人の素晴らしいこと。
ワールドでもぜひぜひぜひ頑張って!

そして、やはりしょーまのエキシの素晴らしいことよ。
私の中ではピカイチでした。
あ、やっぱりシブタニズが一番ですが。
もう本当にスケートっていいっ!

あ、忘れちゃいけない。
今季、パトのエキシはこれまでで最高に彼の素を感じさせるイイヤツなんでした。
音楽も、振付も、パトの持ち味が初めて全部、見えるような素晴らしいエキシ。
散々意地悪言ってごめんなさい。
上半身棒だと思ってたし、ちっとも人間味が感じられなかったし。
パトリックの演技にこんなに泣く日が来るだなんて、本当に今でも信じられませんわ。

さっとん、今日も「翼をください」で白さとこでした。
ヤマトよ、今日は泣くがいい。
キミが守ったさっとんは、こんなに美しい選手になったんです。
ヤマト先生もハマコー先生も、きっとワールドに向けてメラメラ燃えていることでしょう。

さて、男子のフリーはとてもまとめきれません。

ボーやんの演技、まだ少年のあどけなさが残っていながら
あの高い高いジャンプに目を奪われました。
ただボーやんの演技を見ていると、
なんというか、4回転を4つ入れたからといって、
この滑り、このスピン、このステップで優勝してしまったら、
それはフィギュアスケートとしてどうなんだろうと思ってしまったのでした。

そこに最終滑走でパトリックがあの演技。
見たかったスケートを、見せて貰ったその満足感の上に、
点数が出たことでまたホッとしたのです。

これまで私にとって、加点とPCSはジャッジの裁量でどうにでもなる
アマーノな奴でした。
でも、今日だけは、正直、初めて救われた気がしました。

パトリックだって器用な選手ではないと思うのです。
だからこそ、どんなにスケーティングが良くても、まだジャンプが良かった時も、
おばちゃんコーチが不評でも、踊れない自分を磨こうとしてきた。
演技後のインタビューで、彼は今季やってきたこと、ストレスに苦しんできたことが報われた、こんなにいい結果になるとは思っていなかったけれど、と言っていました。

けれどそれは「僕」じゃなかったのです。
「僕もコーチも」。
そう言いました。

パトリックは、おばちゃんと二人三脚だった。
彼が目指すスケートに向かって、ダンスが本業だった(らしい)おばちゃんとここまで来た。
孤独に見えた彼が変わったのは、あのおばちゃんのおかげでしょうか。

とにかく今日は、おめでとうパトリック。

19の時からおっさん言われてきた君が、今日はとっても若く見えました。

スケートは、ジャンプだけじゃない。
ましてや顔芸でもない。

本当に、おめでとう。

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こっちのパトリックも好きなんです。

追記

演技を見直すと、やはりパトリックは以前と違って上半身の力を上手く抜けるようになっているように思います。
ダンスに関してのセンスはもう生まれ持ったものなので其々だと思うのですが、一年の休養がプラスに働いた演技だったと思います。

動画主様、感謝してお借り致します。




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2016
02.21

忌まわしき花嫁と黒い十人の女

Category: 映画の話
ゴリオ(仮名)の部活が無い休日はめったにないので、昨日は貴重な一日だった。

朝から仕事の勉強会。
面白くてあっという間に時間が過ぎた。

昼食を摂る間もなく映画館に急いで、ギリギリに上映時間に間に合った。



「SHERLOCK シャーロック 忌まわしき花嫁」


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ベネディクト・カンバーバッチ主演で世界的人気を誇る英BBCドラマ「SHERLOCK シャーロック」の特別編。舞台を現代から1895年ビクトリア朝のロンドンに移し描かれるスペシャルエピソードで、本国イギリスとアメリカでは2016年元日に放送される作品を、日本で劇場公開。映画館では「忌まわしき花嫁」本編(90分)に加え、特典映像として「脚本家スティーブン・モファットと巡るベーカー街221Bの旅」(5分)、「シャーロック製作の裏側 主要キャスト・スタッフとともに」(15分)が上映される。
本編後に約15分のメイキング映像が上映されます。



なるほど、BBCお正月の特別篇「SHERLOCK」だったものを映画館で見たということですね。
これで納得。

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2人とも本当に素敵だった。

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ワトソン博士。
ベイジル・ラスボーン版のナイジェル・ブルースを意識したというが、うーん、可愛い!

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レストレードは驚きのハマり方。
昔のホームズ本の挿絵のもみあげがそっくりだし、これは懐かしい!
衣装も!本当に子どもの頃読んだホームズの挿絵!

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クリスマスシーズンの番組だったということで、まるでクリスマスキャロル。

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素敵だけど、コスプレに見えなくもない・・・。

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このまま本の挿絵になりそう。

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ハドソン婦人のセリフは伏線になっているのだが、うーん、結末はお粗末。


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この立ち姿には鳥肌が立った。
ホームズ!まさに本の中のホームズ!


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最高。

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ホームズを普通に演じていたら、稀代のホームズ俳優と言われたかもしれない。




ここから先はネタバレですので、これからご覧になられる方はご遠慮くださいませね。


本編前の約5分の撮影美術特典映像。
これがモファットさんが語る、ファンのための小ネタでもうニヤニヤが止まらない。

シカのヘッドフォンと補聴器。
スリッパの中のタバコ。
ナイフの刺さった手紙の束。
遠くから見るとスカル、近くで見ると鏡を見る女性に見える絵画。
原作に忠実な部分とスタッフの遊び心。
ホームズの時代、男性は料理をしてはならなかったという。
だから221Bの二人の部屋にはキッチン部屋はあってもキッチンは無い。
蘊蓄がたまらなく愛しい。

本編は約90分。
前半はヴィクトリア朝時代の誰もが知るホームズとワトソン。
お話は最初ゴシックホラーかと思わせるつくり。
ワクワクしていたが、やはりこれは劇場用ではない。
後半にきてドラマの続きが出てきた時は正直がっかりした。

なぜドラマ版とのミックスにしたのだろう。

普通にヴィクトリア朝時代のホームズにしておけば、後々まで残るTV映画の一つにもなったかもしれないのに。

それでも、大画面で見るベネディクト・カンバーバッチはまさにホームズ。

後半、虐げられてきた女性たちの秘密結社の会合に乗り込むホームズとワトソン。

冒険も危険もないまま話は進み、動機が上手く描かれない。
しかも何で黒いヴェールの女で始まってオレンジの種5つなの~~~?
元からファンって人にしか楽しめないのはちょっとどーなの~~~?

女性達が自分等を苦しめた男達に復讐するというのに、それを示唆する映像もなく、結局ホームズがモリアーティというゴーストに苦しめられ、過去と現在が交差する中で自分を取り戻していくクリスマスキャロルで話が終わってしまう。

先日同じように、自分たちをもて遊んできた男への復讐劇を描いた市川崑監督の「黒い十人の女」をテレビで見たばかりだった。
こんなにクールで洒落た日本映画があったとは、と参った。

ネタは男が殺される場面からすぐにわかるような話だったが、映像もセリフも、すれっからしな感じも雰囲気も衣装も何とも言えずモダン。
女たちとあの船越英二が対照的で、「卍」の時同様、平凡でも品のある船越が際立たせる女優陣の魅力が満載の映画だ。

イトイ対談のバレエの話ですっかり〇〇な女だと露呈したが、それまで私は岸恵子が好きだった。
彼女のドラマも映画も見ている方だと思ったが、これは初めてだった。
岸恵子最高の作品だったのではないだろうか。
それでも最後の最後にもうひとひねり欲しいと思った。
「郵便配達は2度ベルを鳴らす」みたいな。

この「忌まわしき花嫁」も女性が一団になり力を合わせて男に復讐しようとする話のはずだったが、
メンバーはいつものレギュラー陣以外は誰だかわからず。
最後の一捻りが欲しいどころか、「花嫁」なんか結局どうでもよかったのねで終わってしまったのが残念だった。動機としては斬新だったのに。
「ホームズを心身ともに最も疲弊させた事件」だなんて、ワトソン博士よ、大げさすぎ。

とはいえ、十二分に休日を楽しいものにしてくれた「SHERLOCK」。
正統派ホームズを堪能できただけでも、ファンには嬉しいのだった。


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2016
02.20

しょーま、滑空

四大陸の男子SP、宇野選手の演技はそれはもう、宙に浮いてるんじゃと思うほど、滑っていました。
彼の体の中から音を奏でているかのようなリズムのハマり具合。
いつもほどの調子ではなかったとはいえ、本当に素晴らしかった!
いつ見ても、目がいい。
FSも楽しみです。

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パトリックが試合後のインタで「氷の具合が毎日変わるから難しかった」ってなことを話していましたので、選手たちはみなリンクに合わせるのに大変だったのかもしれませんね。
何でしょうか、製氷の具合が良くなかったとか?

パトちゃん、SPは後半に行くにつれ伸び伸びと軽やかになっていきました。
ボーやんが4回転2つをきめ高得点を出したその後、やりにくかったかもしれませんが、
普段着のチョッキ(短め)でも十分魅せて頂きました。

さて、蕎麦国の男子選手3名。

SP10位、12位の選手しか見ておりませんが、2人ともコーチが日本人。
あのユタカ先生と無良パパですね。

一人は振付もケンジ先生でした。

蕎麦国の国内大会のチャンピオンだというだけで、「王者」と呼んだのはさすが蛆。

キスクラではコーチと選手、非常に良い関係のように見えました。

スケ連は選手専用のリンクひとつ作る気もありませんし、
日本の選手を本気でこれからも育てようという気はなさそうです。
選手の数は頭打ち、コーチも振付師も蕎麦国からでさえオファーが来ればどちらにとっても良い話なんでしょうね。

その国に。

要するに、選手を育てるノウハウを渡しますよ、と。
今度はそういうことなんでしょうね。
ミノルだって、生徒引き連れて行きましたものね。

みんなあの世界で生き残っている人たち。
仕方ないのでしょう。


それでもあのキスクラを見て、選手に罪はないにしても、
とてもじゃありませんが、気持ちの良いものではありませんでした。
吐き気がするほど。

それほど、あの国がフィギュアスケートにしてきたことは、
トラウマになっているのです。



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2016
02.15

「三四郎」

Category:
1991年版、集英社文庫の、夏目漱石「三四郎」。

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この文庫の表紙を飾っているのは漫画家の吉野 朔実さん。
彼女の漫画が好きだったのですぐにわかった。
美禰子と思しき女性が日傘を手に佇んでいる姿を、袴に下駄ばきの三四郎が後ろからちょっと間抜けな感じで眺めている。

何故今頃「三四郎」かというと、某所で、エミリー・ディキンソンの「頭の中は空よりひろい」と同じような言葉が、漱石の「三四郎」のセリフにもあるという文章に行きあたったからだった。

この集英社文庫、昔読んだ漱石本とは装丁も違えば、注釈、解説も違って、文庫とは言いながら漱石の写真や年譜の内容も豊富。
「当時の」若者向けシリーズ「ヤングスタンダード」の一冊。

さて、あまりにも有名な漱石の「三四郎」だが、舞台は日露戦争後の日本。
熊本の高校を卒業し、大学進学のために上京する三四郎の物語は、当時の朝日新聞連載で、丁度当時大学の入学時期であった9月に連載が始まり、お正月明けの三四郎の実家帰省の後、再び東京へ戻って来る時期に小説も終わる、という現実と小説の季節や出来事がぴったり一致するという状況を上手く取り入れながら編まれた小説だったそうだ。

このあたり、解説の小森陽一氏の筆の冴えには素晴らしいものがあって、語注も詳細でわかりやすかったのだが、この解説を読むだけでも十分面白い。
絵画の光彩と陰影を、そのまま小説に移し替えた部分を明らかにする解説の鮮やかさに、本編よりも引き込まれたのは私が黒田清輝の絵を思い描いた部分を、そのままそのように評しておられたからだ。
小説世界に散りばめられたその時代の事象と共に、女性の立ち姿の美しさの表現が絵画と重なり、そのまま目に浮かぶように描かれる。
漱石を読む楽しさの一端だと思う。

この解説に続くのが、小説家、三田誠広氏の「鑑賞-十五歳の春」だ。

三田氏の「僕って何」の主人公は漱石の「三四郎」の現代版だと言われたそうだが、
「三四郎」がそもそもツルゲーネフの「初恋」、武者小路実篤の「友情」、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の主人公同様、綿々と続く青春小説の主人公の原型、だという。

漱石の書いたものに関しては、青春小説という読み方では終わらない引き出しが山ほどある小説だと思っているので、却ってこの三田氏の書きかけの小説の形をとった「鑑賞」は読後を爽やかにしてくれるものがあった。
そう、またしても私は、本の中のロマンスの部分を完全にすっとばしてこれを読んでいたのだ。
おかげで、甘やかな気持ちで本を読み終えることができた。

三四郎は、熊本から東京までの長い列車の旅の途中で運命の女性と出会うのだが、他にも幾人かと言葉を交わしている。
列車の中で出会った男は、
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」という三四郎の言葉に、
「亡びるね」と言葉を返し、更に言う。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より・・・。」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中の方が広いでしょう」といった。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」
この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持がした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯であったと悟った。

夏目漱石 「三四郎」 集英社 1991年より



この男は車中から見た西洋人を「美しい」と評し、後に英語教師だということがわかるので、西洋文化に触れた人物として、九州から出てきたばかりの三四郎に含蓄のある言葉を投げかけたのだろうが、三四郎が東京で出会う人々のほとんどが英語を理解し、英文学に原書で触れているというところに、この時代の空気を感じる。
漱石自身が投影される登場人物たちは、坊ちゃんの別バージョンのようでもあり、解説の「新聞小説」という特徴を余すところなく使った作品だったという説にも頷くばかり。
寄席や大きな図書館、電車の路線、事件、芸術文学、その他諸々。
当時「三四郎」が、地方に住みながらこの小説を読む人々にとって主人公に自分を投影しながら都会の華やかさや教養と呼ばれるものに触れた心持になれる、新鮮な読み物であったことは想像にかたくない。


「日本より頭の中が広いでしょう」という三四郎の言葉は、エミリーのそれとは全く違う意味だと思う。
二十年も実家に籠り切りだった女性が描く内的宇宙の深さと、
田舎の国粋主義から抜け出ることのできない若者が、広く世間を知った男との日本でさえ小さい国だと言わんばかりの会話の中でのちょっと虚勢を張ったとしか思えない言葉は、別のものだ。

けれど、どちらも純粋であることに変わりない。

それにしても、一言でつながる小説と一篇の詩。

エミリーの残した詩の世界は、やはり空より広いのかもしれない。

昔読んだ本を違った目線で読めたのは、またしてもエミリーのおかげだった。




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2016
02.11

男子高校生の(かかあの)日常

Category: 日常のこと
「男子高校生の日常」というアニメがあるのを、ご存知でしょうか。
ゆるくてなかなか好きなんです。

つべで第1話が見られます➡こちら

最初や最後にちょっとだけ「女子高校生は異常」という小ネタも出てきますが、こちらもありえない展開でまあまあ。



で、彼らの「かかあの日常」は、どーなんだ、と。

ゴリオ(仮名)という生物を育てている私の場合を言えば、その日常とは・・・。




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弁当



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捕食捕食捕食


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買い物買い物買い物



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夕飯はイメージです。


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夕食前のおやつ

そして

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洗濯機がしますが。イメージです。




この合間に働いて、働いて、鏡もろくに見ずに、気が付くと眉毛がイモトになってたりするんですわ。

何しろ、この生活を続けるにはPCという道楽を減らし、寝るしかありません。
ということで、
更新は減っております。



さて、丁度ゴリオ(仮名)の部活も大きな試合は終わり、試験休みに入ったはずでした。

ところが夕べ突然、「試合に出てもらいます」と有無を言わさぬ電話が。

選抜のテスト試合っちゅうもんです。

結果はもうわかっているんです。
これまでの試合で、選ばれるべき選手は十分にそろっているはずなのに、
「一応、平等に選出した」という名目がいるんでしょう、とりあえずあちこちから集めた選手を試してみるわけです。

大人の事情は大人にはわかるのですが。
ま、本人にもわかってるでしょうよ。

そう思っていたら。

なんと。

ゴリオ(仮名)はめちゃくちゃ緊張していたのでした。

選ばれる可能性なんて、1000%なくても、選手は試合になると、やっぱり、頑張るんでした。

他の選手も、みなそうでした。

全力でやるからけが人も出る。

それでも、結果はわかっているのに、そこでプレイできることが、やはり嬉しいんだなと。

スポーツするって、こういうことなんだと。

どんな競技も、星の数ほど選手がいて。

その中から、全国区で頭角を現すのは、ほんの一握り。

しかも、世界の一線で現役として戦い続けられる選手などどれだけおりましょうか。

だからスター選手は星にも太陽にも例えられるのでしょう。

私の星であり、太陽である選手は、
ワールドに向けて今日も頑張っているのでしょう。

選手は、どんな選手も、試合に出られるならば万全を尽くしたい。

そんな彼女を、弁当作って働いてるだけのおばちゃんも、心から応援しているんです。

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2016
02.06

一冊~にさつ~

Category:
この1週間、仕事に追われていた。
PCを開くと疲れてくるので、夜は本を読んでいた。

面白かったのは

山ン本 眞樹
「怪の壺 復刻版: あやしい古典文学」

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とにかく一つの話が短い。
短いが、とびきり怖いし不気味。
みな参考文献や資料が残されている話の書き起こしである。
こりゃドッペルゲンガーじゃん、という話や、
え?もしかして地球外生命体?円盤?宇宙人?とか。
海の生き物と人間の交じわる話とか。
日本人が大自然と「夜」「闇」をいかに恐れていたかが伝わる小編集だ。

小川未明にも似た話があるが、
あんなにロマンティックでもない。

人間と人間でないものが逢魔が時に出会う一瞬、
それがごくごく短い逸話の中に次々に現れる。



重松清
「卒業」

瀬尾まいこ
「図書館の神様」

浅井リョウを2冊。
「桐嶋、部活やめるってよ」
「少女は卒業しない」(再読)

あとは、西加奈子「サラバ!上・下」。

重松清はともかく、自分より若い作者の作品は、どうしても粗の方が見えてしまう。

ただ、浅井リョウの「桐嶋」も、西加奈子の「サラバ!」も、書かざるをえない気持ちは伝わる。

もう一つ、
映画「2001年宇宙の旅」を思わずまた見直してしまうことになった本が

徳井いつこ
「ミステリーストーン」
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こちらも参考文献の多さに驚く。
世界は石でできていて、石によって回っているのかもしれないと思ったほど、
石の世界にグッと引き込まれる。

宮沢賢治の描く世界が石のキラキラに満ちている理由、
ユングと錬金術への開眼、
インディアンの伝説、
そして
「2001年宇宙の旅」で超強力な信号を送ったとされる「1:4:9」で出来た板状の巨大石「モノリス」。
この映画の難解さはアンサイクロペディアに面白おかしく書かれているが、
本書的見解によれば、このようなことらしい。

“この映画が二十世紀を代表する作品になり得たのは、人間と石板の関係が、ユングの言葉を借りるなら人々の心の「元型的なるもの」を強く喚起したからにほかならない。”

徳井いつこ 「ミステリーストーン」 筑摩書房より



普通にあの圧倒的な映像だけで永久保存版にしておきたい映画になったのではないかと思っていたので、驚いた。

他にもかのマリーアントワネットを悲劇に導いた(かもしれない)宝石の話や薬になる石、
とにかく石、石、石のありとあらゆる逸話が飽くことなく語られる。

あとがきは映画「ベルリン・天使の詩」が象徴する石の話。

何かを徹底的に好きな人の書くものは、もうそれだけで面白い。

という、なんともオチのない読書録。






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