2015
02.27

知られざるウイスキーの世界

Category: TV番組
『現代のマッサンたち~知られざるウイスキーの世界~』
NHKBSプレミアム 2.26(木)22:00~

もはやドラマは先が見えてしまってつまらないので、マジメに見ていない『マッサン』だが、
これは見ておこうと思ったら、意外に真面目に作ってあって驚いた。

私がウイスキーを知らないがごとく、多分作り手もそんなに詳しくはなかったのだろう。
丸々1時間の番組が2時間にも思えたほど、内容は多岐にわたり、冗長で、しかも結論はぼやけていた、と思う。
でも感想はと聞かれたら、良かったよ、としか言えない。


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連続テレビ小説「マッサン」は、国産ウイスキー開発に心血を注いだ竹鶴政孝と妻リタの半生を描いて好評を博している。それから100年近い研鑽を経て、いまや日本のウイスキーは世界5大ウイスキーのひとつに数えられ、国際的な賞を数多く受賞するに至っている。現代に生きる“マッサンの後継者”たちはどんな思いを込めて、ウイスキー作りに挑んでいるのだろうか。
そして、製品作りに長い歳月が必要なために新規参入がほとんどなかったウイスキーの世界に、この10年、新たな挑戦者が次々と登場している。『マイクロディスティラリー(小規模蒸留所)ブーム』と呼ばれる動きである。そのブームを担う“21世紀のマッサン”はどんな戦略で製品を世に送り出しているのか。本場スコットランドと日本の作り手たちをめぐり、その熱い思いを描くとともに、その製造プロセスを化学的分析もまじえてつぶさに見つめることで、琥珀色の風味がどのようにして育まれるのか、その秘密を紹介する。



『挑むのは、時間という壁』というナレーション通り、どんなお酒より時間のかかるウイスキーに挑む人々を番組は次々に紹介していく。

マッサンの挑戦がいかに困難を極めたかは、ドラマにも描かれてはいるが、やはり理解していなかった。

スコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、そしてジャパニーズ、これが、現在の5大ウイスキーの産地だそうだ。

大阪と京都の間にある山崎工場でウイスキー作りが始まって90年。
初代工場長マッサンから数えて20代目の現工場長がウイスキーができる工程を説明する。

仕込み→発酵→蒸留・・・ここでドラマでも登場したポットスチルが出てくる・・・
初めて聞くミドルカット→そして熟成に至る。

カメラはスコットランドのキャンベルタウンへと移る。
かつてマッサンはエリーと共にこの街に住み、当時30ほどもあった蒸留所の中でも最大だったヘーゼルバーン蒸留所でウイスキー作りを学んだそうだ。
今では更地になっている蒸留所跡だが、この街は今でもウイスキー作りの街であるという。

更にカメラは海を渡る。向かった先はスコットランドの西側にある『アイラ(アイレイ)島 ISLAY』。
スコッチの伝統をもっともよく伝える場所として紹介されている。

いつも楽しみに読ませて頂いているブログの主様がこの島(NHKではアイラ、シカ様はアイレイで呼ばれてましたが、同じ島ですよね?多分?)の旅行記を書かれていたので嬉しかった。

島の一軒のバーで、ウイスキーを楽しむ人々のテーブルには、何も食べ物が乗っていない。

後ほど語られる、日本人はどんなお酒も食事と一緒に飲むので、楽しみ方が全く異なるという話。

島の人々はウイスキーの香りを大切にしているから食事は一緒に取ることが少ないという。
独特な風味を好む。

なので飲むのはストレート。グラスに氷も入ってはいない。
アルコール度数を弱めるために、ほんの少し水を足す場合はあるらしい。

ここで一瞬、オチは日本の『ハイボール』かと思ったが、最後まで番組は『マッサン』目線を貫いた。

この島の8つの蒸留所。
今もピートを燃料に使う昔ながらの方法が取られているそうだ。

ブルックラディ蒸留所ではウイスキーへの愛情あふれるブレンダ―が出てくる。
敬愛するダイアナ妃の名を付けた樽を前に、この樽だけはずっと取っておくようにと後継者に言う。
自分が天国へ行っても誰にも譲らず天国にも送ってくれ、と。

ウイスキーの熟成過程には謎も多いと、分析を行う研究所も紹介されていた。
人の手、舌で培ってきたものの正体を明らかにするのだ。

1890年代にはスコッチウイスキーの正式な定義すらなかったという。
第一次世界大戦中の1915年、最低の熟成期間を決めたという。
最初は2年、それから3年に。
年数が増し、『天使の分け前(ウイスキーが熟成の過程で少量ずつ蒸発していくこと)』で減った分、樽の中のウイスキーには何が与えられるのか。

研究所で使われたのは樫樽である。
樫樽の中で、それまでなかった成分が増える。
中でも重要なのが
・エラグ酸(草や木の香りの成分)
・バニリンと、バニリン酸(甘さになる成分)

特にバニリンとバニリン酸はバーボン樽に含まれ、バーボン樽を使ったウイスキーの熟成に深く関わっているという。

でも結局のところ、分析はできても、同じ酒を同じように作ることはできない。
同じ樽は一つとしてなく、同じ味の原酒も二つとない。


荒涼とした土地。
ここで長い時間をかけて作られた酒を日本に持ち帰り、日本の土地で作ってみようと思った竹鶴氏の夢は、大きかった。

今、日本のウイスキーは国際的な賞をいくつも受賞するようになった。
世界一、とも評されると番組では言ったが、本当だろうか。

私は酒飲みではないが、日本酒も、焼酎も、流行に乗せられ、破壊されたものもあると思ってきた。

特に『チューハイ』の功罪と、銘柄によっては焼酎の値段を法外なものにしてきたバブルの名残りには今も居酒屋に行くのが嫌なくらいだ。

昔ながらの造り酒屋で製造される酒のうまいこと。
大手がぶち壊してきたものを、伝統を守ることで繋いだ人々もいる。

番組ではここでようやくニッカウヰスキーの余市工場が登場する。

スコットランドには100近いウイスキー蒸留所があるため、それぞれの原酒を交換し、ブレンドすることもできる。
日本のウイスキーは蒸留所が少ないため、個性のあるウイスキー樽を沢山自社で持っている必要がある。
原酒のバリエーションは多いほど良い。
ブレンドした酒の完成度が高まる。

先ほども書いたように、この番組が『ハイボールの流行』に足が向けば、すぐにテレビを消すところだった。

日本では食事と共に飲まれるウイスキー。
これを日本のウイスキー会社は、『薄めても、味が割れてこなかったり、バランスが崩れない進化をさせた』
『邪道とも思える飲み方に応え続けた努力が、今、世界一の評価を手繰り寄せた』番組は淡々とそう述べるに留まった。

ここからウイスキーの作り手にも世代交代が進んでおり、個性ある小さな蒸留所ができ始めているという話になっていく。

話はアイラ島に戻り、日本の小規模蒸留所(マイクロディスティラリー)の話へと進む。

小さな会社で個性の際立つウイスキーを作りたい、という秩父の蒸留所のオーナーの話はおもしろかった。

マッサンのごとく、造り酒屋の息子として生まれたが、実家は倒産の憂き目にあう。
その時廃棄されるところだった実家のウイスキーの原酒を引き取り、サラリーマンを辞め、秩父に小さな蒸留所を作ったという。
そこで作られたウイスキーは、海外でも高い評価を受け、賞も受けた。
だが実家の残した原酒もいつかは底をつく。
そのための原酒作りに、このオーナーも苦心している。

これからのウイスキー、というところで番組は最後にドラマ『マッサン』に戻る。

「自分たちの作ったウイスキーは、どんな味になるのか、そのウイスキーはどんな世の中に出て行くことになるのか、答えはわからないけれど、やるべきことは、目の前にある。」

琥珀色のウイスキーの映像と共に番組はこう締めくくった。




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2015
02.24

Lady Gaga!

Category: TV番組
贅沢にも風邪を引いて、仕事から帰っても何もできずにウトウトしていると、テレビから天使のような声で『サウンド・オブ・ミュージック』が聞こえてくる。

誰だろう?

ハッと目を開けると、そこには驚くべきかな『ガガさま』の神々しいお姿が!

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スカーレット・ヨハンソンの紹介に続き登場したというレディー・ガガ。

そのへんの記事もとはこちらhttp://www.billboard.com/articles/events/oscars/6480254/lady-gaga-sings-sound-of-music-medley-oscars

レッドカーペットとは違う衣装に変えたという白、というか銀白の衣装で、あの、声。

歌い終わった後のスタンディング・オベーション。

ガガ、こんなに歌えるんだ・・・。

歌唱力、もだが、歌い方に驚いた。

素晴らしい。

子供時代、『かぶれていた』母から何度も何度も映画館に連れていかれ、長時間菓子すら与えられず、「ああ、あとあの山を越えてあの歌を歌ったらこの椅子から解放されるんだ」、と思いながらトラウマになるほど見せられたジュリー・アンドリュースのミュージカル映画である。

しかもメドレー。

最後はご本人の登場で、なんだか『モノマネ』の番組かよと思わせる演出ながら、さすがに泣きました。

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記事にもなっていました。
http://news.aol.jp/2015/02/23/ladygaga/

レディ・ガガがアカデミー賞で披露した「サウンド・オブ・ミュージック」が素晴らしすぎる
Posted by AOLニュース編集部 機動サイバー班 2015年02月23日 15時30分

ハリウッドのドルビー・シアターで22日(現地時間)開催された「第87回アカデミー賞」の授賞式で、レディー・ガガが「サウンド・オブ・ミュージック」のトリビュート・パフォーマンスを行い大きな話題となった。

純白のドレス姿で登場したガガが熱唱したのはミュージカル映画不朽の名作「サウンド・オブ・ミュージック」のサントラから「サウンド・オブ・ミュージック」「マイ・フェイヴァリット・シングス」「エーデルワイス」などをメドレーで熱唱。ポップで奇抜なガガしか知らない人には難度の高いミュージカル曲を歌い上げる姿は正に驚きのパフォーマンスといえる。

近年ポップスだけでなく伝説的シンガー、トニー・ベネットとのデュエット作品など、ヴォーカル作品にも積極的に挑戦しているレディ・ガガだが、今回のイベントでは歌手としてのポテンシャルを十分に発揮した。最後には映画でマリアを演じたジュリー・アンドリュース本人がステージに登場し抱擁を交わすなど、音楽的な見せ場も多かった今回の授賞式で存在感をしめした。



いやもう、存在感を示したどころの話じゃないでしょ。

すべてをさらけ出しても自分は自分、みたいなガガしか知らなかった。

ジュリー・アンドリュースとレディーガガ、この二人の歌のハマり方は何?

Lady Gaga In The Oscars 2015 87th Academy Awards - Music Julie Andrews Full Video




あの映画の楽曲がみんな嫌いになってしまっていた私のトラウマは、夕べ、消し飛んだと思う。
チャチなトラウマですことよ。

ちなみに同じジュリー・アンドリュースでも、メリポピを一切認めなかった母とは、親子でも全く趣味が違う。
おかげで私はメリー・ポピンズには最初は本で、それからディズニーの映画絵本で、そしてビデオでようやく出会えたのだった。
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2015
02.23

貝殻鳴らそ

Category:

『貝殻』
新美南吉

かなしいときは
貝殻鳴らそ。
二つ合わせて息吹をこめて、
静かに鳴らそ、貝殻を。

誰もその音を聞かずとも、
風を悲しく消ゆるとも、
せめてじぶんをあたためん。
静かに鳴らそ
貝殻を。



坊主頭の可愛い息子が、小学校の文集にこの詩を写して書いていたと友人が相談に来た。

『一体あの子の中に、どんな寂しさとか、悲しみがあるのかしら。
親としてはもう、心配で心配で・・・』

文集のトップを飾るその詩には海辺の絵が付けられている。

それは美しい虹のような海の色と、その海の色がそのまま貝殻の形になった、とても素敵な絵である。
坊主頭め、なかなかやるではないか。


残酷な少年事件が起きたばかりである。

彼女の心配も尤もだと思うので、全ページをめくり、しばし考えた。

良く読んだら、文集、というより、詩や物語に絵をつけるという課題の作品集じゃないか。

正直、坊主頭の作品は抜きんでて素晴らしいと思った。

彼がなぜこの詩を選んだのかといえば、多分きっと、その光景が一番目に浮かびやすかったからだろう。
絵にしなければならないなら、ビジュアルで頭に浮かばなくては描けない。

かなしい時、その悲しむ自分をパッと突き放したくなる時がある。
悲しむ自分を実に客観視した詩ではないか。

貝殻をすり合わす音のように、ざらっとガリっとする気持ちを、眺めているもう一人の作者がいる。
やり場のない悲しみを、おもちゃのように鳴らすもう一人の自分がいる。

新美南吉の気持ちも、その詩を選んだ坊主頭の気持ちも知る由もないが、客観視できるうちは大丈夫だ。
ましてや坊主頭はこの詩を美しい虹色の絵に描いている。

はて、友人にどう伝えたものか悩ましいところだったが、
結局、いつもの毒舌でばっさりやってしまった。

「考えてもみてよ、あんたの子だよ。あんだけ飯食ってて、『かなしみ』もへったくれもあるかいな」
そう答えるのがせいぜいであった。

相談する相手を、間違ったのは友人の方である。



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2015
02.22

花の雨

Category: 浅田真央
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一雨ごとに、春になってゆくという季節にはまだ少し早い。

何度見てもあまりに素晴らしいので、やっぱり今日も見てしまっている。

花の雨を降らせた彼女は、ユーロ解説に『彼女はもはや神の領域です』と言わしめた。

『彼女の生涯最高のショートプログラム』

色んな意味を含めて、この言葉に今、ようやく頷ける。



競技者としてではなくとも、彼女は滑り続けるだろう。


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2015
02.21

自らを語る

Category: 浅田真央
たとえば、人の書いた物を読み語る人がいる。

読み語りは、作者の意図をそのままに、一言一句変えてはならぬとよく言われる。
大げさな声色を使うことも良しとされない事がある。

勿論読む本の内容、語る相手の年齢にもよるだろう。

すると、それは表現ではないのか。
ただ本を読んで聞かせるという行為は、聞いている人に作品を紹介していながら、その人自身を表していないのか。

私はそんなことはないと思っている。
どんな本を選び、どの部分を読み語るのか、それだけでも、その人となりがわかると思う。

でも実は本の場合、そこに作者がいる限り、読み手の声は作品を伝えるツールでしかない。

今更だが、私は某国選手の演技は、そこまでのものだった、と今見ても思う。
ウィルソン嬢がひねり出したものを再現するツールではあったが、それ以上にはなりえなかった。

昔囲炉裏端でお爺さん、お婆さんがしてくれた『伝承話』はそれとは違う。
それは心を込め、知恵や願いを伝えようとする、その人その人の語りであったろう。
その語りは経験値であり、自分たちの生きざまがその話に盛り込まれる。

そこに語り手の内部にまで聞き手が入り込んでしまうかのような精神的交流が起こる。



フィギュアスケートは音楽に合わせ、技術の限りを詰め込んだプログラムを『表現』する。
おなじ音楽、おなじ振付を滑っても、必ず一人一人違うだろう。

決められたエレメンツを、どれだけ間違いなく再現できるのかということはスポーツで点数をつけられる限り最重要ではあるだろう。
エッジも回転も、『ただしい』ことは良いこと、とされる。

フィギュアスケートは確かにスポーツだが、では人の心に残るのは、『正しいエッジ、わずかも不足のない回転のジャンプ』だろうか。

スピンのレベルが取れているから美しいと思うのだろうか。

もうひとつ言えば『高得点』を出したから、『正確で、技術も高く、心に残る演技』だったろうか。

浅田真央が素晴らしかったのは、高い技術をできうる限り正確な技術で、しかも完全に音楽をものにしながら、見るものに訴えかける何かを放ったからだと思う。

音楽と振付、技術を正確に、浅田自身の『語り』として、それでも彼女そのものを過剰に押し出すことなく、再現した。

こんなことは奇跡に等しいと思う。

彼女は演技を再現するだけの道具にはならなかった。

作曲家や振付師、コーチがいたとしても、あの演技だけは、彼女のものだった。

彼女が『もがき苦しむ芸術家』と称賛されたのはバンクーバーの後だったが、あの『鐘』をも超えた演技を、4年後にやり遂げた浅田を、1年たってもブログに取り上げる人が多いのには、やはりちゃんと理由があるのだ。





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2015
02.19

理系のアーティスト

Category:
またヤマト先生の話なんですが・・・。

http://www.jsports.co.jp/skate/yamato/fs1415/post-153/
全米男子についてもブログに書いていました。

2位のリッポン選手についての話からこのようなことが語られています。

リッポン選手に限らず、他の選手にとっても、2日間揃えるというのは大きな課題です。
選手にとって、それがどんなに難しいかと言うと、

まずSPはジャンプが3つしかない分、
1回でも失敗すると、そのウエイトが非常に重くなってしまいます。
1つのジャンプは、約34%の比重なのに対し、
フリーは8本ですから、1本失敗したとしても12.5%。
仮に1本失敗しても、残りは90%近くですから十分挽回が効きます。


ただ、体力的にも8本のジャンプを跳ぶのは大変ですし、
どんなに調子が良くても、
8つのジャンプ全てを完璧なタイミングで踏み切れることはほとんどありません。

例えベストのタイミングで踏み切れなかったとしても、
着氷まで持っていけるだけの強さが求められます。

もちろん、ステップやスピンも大切ですし、2日間通した精神状態もまた重要です。
SPでうまく行った時、フリーでどう戦うのか考えすぎて自滅することもありますし、
あるいは、リッポン選手のようにSPで失敗した分、
フリーで開き直っていい結果を出せることもあります。

フィギュアスケートは、格闘技のように相手と直接対決するわけではありませんので、
自分の身体と精神をしっかりとコントロールできればいいのですが、
やはりライバル選手を意識してしまいます。

それだけに、練習を積み重ねることで、
どんな状況にも対応できるようにしていくことで、
初めて2日間揃えることができるのだと思います。



選手としての経験と、コーチとしての分析能力で説得力があり、わかりやすい。

数字をパーセンテージでちょっとだけ出してみる、
これが効いている。

有名な児童書に『エルマーのぼうけん』というのがある。

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作者の『ルース・スタイルス・ガネット』は元化学者で電波探知機の研究所で働いていたリケジョ。
彼女が初めて書いた作品は、広く世に受け入れられ、出版から70年近くたった今も読み継がれている。

父はヘラルド・トリビューン紙の批評家、
父と再婚した義理の母はこの本の挿絵も担当する著名なイラストレーター。
ついでに結婚相手もアーティストだったというバリバリのアート系一家。
にも関わらず、彼女が化学の道を一端選んでいたことは興味深い。

このエルマーシリーズが子供たちに人気となった理由の一つは、数合わせにある。
子供は数を数えるのが好きだからだ。

福音館の作者紹介には、『豊かなユーモアと現実味あふれる細部描写をナンセンスと融合させることのできる作者』とあるが、原文そのものは淡々とシンプルな文章。
ナンセンスな展開に数字を組み込むことで面白さを生み出している。

最初の冒険で、みかん島に持って行くエルマーのリュックの中には

チューインガム、ももいろのぼうつきキャンデー二ダース、輪ゴム一箱、黒いゴム長靴、磁石1つ、歯ブラシとチューブ入り歯磨き、虫メガネ六つ  ~中略~
ピーナッツバターとゼリーをはさんだサンドイッチを二十五、りんごを六つ。



数をきっちり揃えて入れられる。

エルマーにどうぶつ島のことと、持ち物について情報を与えたのは冒険野郎だった野良猫である。

この持ち物が後で使われていくさまが非常に面白いのだが、話にひとつの綻びもなく辻褄があっていくのが爽快だ。

ヤマト先生と同じことを、ロボコンに出したらうっかり優勝しそうな副会長様が書いたとしても、辻褄合わせの言い訳にしか読めないのはどうしてだろう。
前提になるものの辻褄が合っていないからか。
その時によって、選手によって、言うこと書くことがコロコロ変わるからか。

ヤマト先生の方が、現役選手を抱えているからこそ、書けること、書けないことの制約も多いはずだけれど。

こんな文章が書ける人だからこそ、選手に対する採点のおかしさには黙っていられないこともあったのではないか。

私の好きな宮原知子選手の夢は医者になることだそうだ。
理系のアーティスト。

世界選手権やオリンピックで活躍した選手が、お医者さんになるなんて、頼もしい。
海外には超有名大学で真剣に勉強しながら競技を続けた選手もいるが、選手としては早々に引導を渡されたケースが多くはなかったか。『フラット社長』とか。

選手としても、将来の夢も、現実にできるリケジョを、ヤマト先生、どうかよろしく。



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2015
02.18

雑談の中身

Category:
皆でお茶を飲んでいた。

また年齢雑多で不肖な女子会であった。

丁度、『ウソつき』、の話題から大江健三郎の『「新しい人」の方へ』の話に移っていたところだった。
「ウソをつかない」という話の中にディケンズの『デイヴィッド・コパーフィールド』にユライア・ヒープという登場人物がちょっと出てくるよね、とかいう話をしていたら。

突然、上品なお婆様である『つう様』が、『あら、近々BSで風と共に去りぬがあるじゃないの!』と彼女に似合わぬ大声を出した。

その場の全員『?』

つう様はそのおっとりと優しい見かけとは違い、頭の回転が光つうしんである。

多分私達などとは脳みその成分とか、何とかファイバーの数が違うんだな。

何回同じ映画を見たって、なーんにも覚えていない私などと違い、彼女は記憶していたのだ。

『風と共に去りぬ』の中で、スカーレットとは対照的なメラニーが、皆の前で本を読むことにした時に取り上げたのが、『デイヴィッド・コパーフィールド』だったことを。

はい、ここでwiki登場。

『デイヴィッド・コパフィールド』(David Copperfield)は、チャールズ・ディケンズの長編小説。1849年から1850年にかけて、雑誌に月刊連載された。カタカナ表示だと、デヴィット・カッパーフィールドの方が英語発音に近いのでそう表記されることもある。

デイヴィッドは幼少期に辛酸を嘗めるが、大伯母に助けられ作家として成功する。個性豊かな人物が数多く登場し、また前半部は自伝的要素が強い。



これですな。

『風と共に去りぬ』が出版されたのが1936年。映画化がその3年後。
風と共に・・・の舞台が1860年代であったことを考えると、イギリスから流行の小説がアメリカ大陸に渡ってそれほど経っていないといった時期であろうか。

皆で時代の計算をひとしきりした後、やはりメラニーは只者じゃあなかったよなと思った。
メラニーは見かけ天使のようではあったが、あのスカーレットを結局思うように操っていたふてえ奴ではないか。


にしても、この婆様は一体どのように記憶を折りたたんで隠し持っているのか。


『風と共に去りぬ』で私がせいぜい覚えていることなんか、
戦火の下でメラニーのお産の時にとんでもなく役立たずだった、
スカーレットのお付き女中(奴隷ですね)プリシーのモノマネがすごく上手だった友人のことくらいである。




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2015
02.17

乗り換え案内ください

Category: 日常のこと
ホルモンが人生最高の水準にあるような独特なニオイを放つ家族の一人
の希望により、
とりあえず携帯会社を変えることとなった。

乗り換えるわけだが、これが難しい。

三太郎とか、1Dとか、犬とか、他にもSIMカードを差し込んでOKとか。

うちには単細胞が揃っている。
ことは簡単に済むはずだった。

ところがキャンペーンと更新月の関係で、微妙な感じ。

各社キャンペーンがありすぎて、何が何だかわからない。
店舗によっても万単位で色々違ったりするのでうっかりできない。

いかに『お得』に乗り換え、
いかに『お得』なサービスを受けるか。

人間欲をかくとドツボにハマる。

あっちの代理店で引っかかり、
こっちの販売店で捕まる。
と、思うでしょ。

ところが、今は売り手がいい気になっているのである。

特に大手でバイトを沢山雇ってる店。

こちらは必要なサービスも、機種も、スペックとやらも、とりあえず決まっている。
ネットで全部シュミレーションも済んでいる。

そう伝えたはずなのに、小難しく細分化されたサービスを1から説明し、
わかっていたはずのことをわからなくされてしまう。


乗り換え方がわからないカモ一家。

それとも乗り換えの選択肢が多すぎるのか、案内が悪いのか。

もしかすると皆同じようなものかもしれないが。

結局話のサクサク通じる小さな店舗のベテランさんに
『こちらの希望はこれだけ。後はいいようにしてください』
と、白旗を上げるのである。





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2015
02.16

ヤマト先生の読書

Category: ヤマト先生
田村岳斗先生のブログによれば http://www.jsports.co.jp/skate/yamato/fs1415/post-154/

「まだまだ勉強中」とのことで、読書に励んでおられるご様子。

田村岳斗ブログ
「華麗なる舞」より

ところで、最近、他のスポーツの方がどんな考えを持っているのか知るために
フィギュアスケート以外のスポーツの監督や指導者が書かれた本を読むようになりました。
本を読むこと自体、意外と思われる方も多いかもしれませんが(笑)、
少しでもスケートの役に立つヒントがあればと思って読んでいます。
その中でも、野村克也さんの本には、なるほどと思うことがいくつもありました。
指導者になってから10年。まだまだいろいろ勉強していくことがあるんだなと、
改めて思っています。




私は読書する男子に弱い。
読書する自分に酔う奴は別。

必要に迫られ、片っ端から手に取る書物に軽い衝撃を受けつつ、どんどん謙虚になっていく。

読んだからって、自分はいきなり変わらない。
本来読書は人を横柄にはしないと思う。

一つの答えだけが欲しいのに、本は他の情報も「関連して」教えてくれる。
そのどうでもいいような関連情報が一番役に立つと思う。

そうして積もった点と点がいつかどこかで繋がった時の喜びは大きい。


四大陸の間は、木原選手を連れドイツに遠征とか。

例え月見草の本でもいい、チームB嬢の本なんか参考になさらなくって、本当にようございました。

ヤマト先生、応援してます。

蛇足ですが、今朝のyahooのトップにも(スポーツ欄にさえ)載りやしなかった四大陸の結果でしたが。

宮原選手に期待してる素振りなど全くなかったメディアが、いきなり

「女王の重圧…宮原、“守り”裏目に「悔しい」2位/フィギュア」(サンケイスポーツ)
このタイトルはどうよ?

本人は悔しがっていようが、メダリストのうち2名は日本人選手だったのよ。

おめでとうも、快挙の言葉もない報道は相変わらず。


ところで、全日本で女子選手のメンタルを思い切りつぶしにかかったスケ連ですが、ちゃんと結果を出してます。
当のスケ連のHPにはそれとわかるような「お知らせ」はありませんでしたけどね。

http://www.sanspo.com/sports/news/20150213/oth15021321180008-n1.html

真央休養…五輪支援ランク、フィギュア女子が最低のCに降格
SANSPO.COM 2015.2.13 21:18

 文部科学省は13日、五輪でメダル獲得が有望な競技を重点支援するマルチサポート事業で2018年平昌冬季五輪に向けてターゲット競技を見直し、昨年のソチ五輪後に浅田真央(中京大)が休養したフィギュアスケート女子を、金メダルが期待され、最も力を入れて支援する「A」ランクから新設した最低の「C」ランクに格下げしたと発表した。



勿論、選手に責任はありません。
浅田とも何の関係もないでしょう。
ただ一つ言えるのは、スケ連が浅田にしたこと、しなかったこと、それを後進にもしようとしていること。
その結果の一つが、この有様。

浅田はスケートが好き。
それでも尚、現役選手を続けることに躊躇するのは、上部組織がこれだもの、当たり前の話じゃありませんか。

今は男子に良い選手がわんさかいるから、それでもいいんでしょう。
でもこのまま続くのかしら。

全日本の女子の採点が、他のどの国際試合とも同じ傾向の採点だったならいい。
エッジエラー、回転不足、スピンのレベルでも。
どの試合でも、どの選手でも、同じように採点されるならどんなに厳しいジャッジでも、誰も不思議に思わない。

女子は実入りが少なくなった分、王者羽生選手への縛りはきつくなる一方でございましょう。
選手生命は長いほうがいい。

選手の使い捨てが自分たちの足場も揺るがすと、気が付かないで現在を貪る。

貧しい組織。



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2015
02.15

さとこちゃん、銀メダルおめでとう!

銅メダルの本郷選手と共に女子は大健闘でした。
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とにかく無事に終わってよかった。

ワールドの前哨戦として戦った選手も多かった四大陸。

その中でも別格の世界を見せてくれたのがテン君。
次の試合、本当に楽しみ。

ファリス君はJBとは逆にフリーにクワドを持ってきて大正解でした。
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JBはジャンプにまだ安定感がない。
ワールドはどう出るか、また考えるんだろうな。
Figure Skaters Onlineの記事のインタビューを読む限りでは、JBはワールドへの良い経験になったと言っているので、前向きに捉えているのね。
http://figureskatersonline.com/news/2015/02/14/kazakhstans-denis-ten-wins-gold-team-usas-joshua-farris-wins-silver-at-four-continents-championships/

ダイスも昌麿君も、悔し涙でした。
でも、あの悔し涙に彼らの本気を見せられたような気がするわ。


ポーリーナは優勝したけれど、演技全体は、うーん、失敗はしなかった、くらいで。
李子君ちゃんはちょっと残念でした。

PCSはGGが一番高かったけれど、それも仕方がないかな。
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女子フリーはエッジエラーや回転不足をとられた選手も多かったわね。

eとか<とか、!とか、それでも今回控えめなジャッジスコアを見てると、あの全日本がアホらしくなりますわね。

ワールドの傾向はまたしても読めないのでした。



さて、自分の部屋で地上波を堪能しているオットから「しくじり先生 ゴールデン 妹が天才でグレちゃった」情報が。

舞さんの暴露、というか、自虐話・・・?

あんまり聞きたくはなかったけれど、やはり天才浅田真央に対する葛藤はあったんだな。

選手時代、荷物を部屋の外に全部放り出されたり、いじめ的なこともあったとか、さらっと言っちゃいましたけど。

真央ちゃんのお姉さんだからということで、ずいぶんコンプレックスと戦ったんだね。

最後の真央ちゃんへの言葉は涙・・・。

でも、そのあとの尾木ママにはその涙も吹っ飛ぶほどですけど。

すっかり話はぶっ飛びましたが、とにかく、次はワールドで!



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2015
02.14

ooo!JB!

夕べ、蛆で男子の最後の部分しか見ていなかったことに気が付いた。

一応⒚時からやってたのね。

JB、撮り損ねてしまった。

今更ですが、動画とジャッジスコアに驚いたわ。

ついに4回転を解禁したのね。

子供の頃から共に戦ってきた仲間(と全米後に語っていた)ファリス君は完成度でJBより上へ行ったけれど、JB、ワールドに向けて頑張ったのね。

ジョニ子が全米フリーの時に絶賛したリッポンのクワド。
難しいクワドのコンビネーションに挑戦した彼を惜しみなく称賛してたわ。

SPでのリッポンポンの4Lz、JBの4T。
クワドの難しさを目の当たりにした。

その中で昌麿君、クワドを降りたばかりか、他のエレメンツへの評価も高かった。
テンくんは全てが素晴らしかったな。

無良選手は果敢に攻め、4-3に挑戦して13点以上を稼いだけれど、クリーンとはいえず他が惜しかった。

JB,クワドに挑戦すると共に3Aも崩れた。
多分4回転を入れるにあたって、振付も少し変えている。

冒頭のジャンプだけでかなりの体力を奪われるのね。

トップ選手になる、そのためのクワド。

彼の持ち味を殺さず、4回転を安定して跳べるようになるかどうかが分かれ目。

JBの挑戦、私は応援したい。
その心意気が、好き。

今夜が楽しみ。

チャンネルが八番ってーのがね、すっごく嫌だっていうだけで。





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2015
02.13

4CC、うっふんで行こう

ブログは公開してるくせ、実は自分の備忘録として重宝している。

出先で自分のブログ名を入れてびっくり。

どう見ても「エロ嬢の鼻眼鏡」ではございませんか。

どうりで画像検索から来てくださる方が増えたはず。

ただでさえ過疎ブログですのに、こんなお手間をどなたかにおかけして。

ただの日記をいかにも面白そうに書き換えて下さるとは、なんとご親切なお方がいらっしゃることでしょう。

あんまり面白かったんで、すっかり読みハマってしまった。

検索で出てくる記事モドキに負けないように、うっふん記事でいこう。


さて、四大陸です。

副会長の個人的好き嫌いは相変わらず。

なんでこんなにわかりやすいのかしら。


男子のショートに関しても、あらかー副会長のどーでも解説も、視聴者を決して裏切らない素敵な番組でした。
凄いのはyahoo記事の「あわせてよみたい」の誘導記事の方なので、あれに比べりゃ何でもございませんわ。

胸躍る宮原選手の「魔笛」に妖怪が憑りつかなかったことだけでもOK。

GGが何度も繰り返していたOKとは違うけど。

インタビューを聞く限り、知子ちゃんは最初の3-3に回転不足がついてたかって思ってたのね。
ほんのわずかなミスでもバサッと叩き落されそうな加点の少なさとPCSではございました。

GGと本郷選手は背中が固いのね。
勿体ない。二人ともあんなに華がある選手。
背中が使えないと、腕だけ優雅に見せても、振り回しに見えかねない。

婚約したというヴォロトラ組、インスタ写真の肉体美にもう惚れ惚れして旅行中の海辺の写真とか、芸術品のようでございました。
二人とも、よ。アスリートの身体って、本当に美しい。

特に背中。

演技者は、360度見られている。

その背中がものをいわなければ、永遠に2Dのまま。

どの瞬間の立ち姿も美しくなければ、演技中のあの美は生まれないと思うのだけれど。


それにしても、選手によって「この選手は演技構成点が出る選手です」とハッキリ言ったり全く触れなかったりするのは、ジャッジの傾向が間違いなくそうだと決まっているということなのかしら。

副会長がそんな解説だから「選手は最初から仕訳されてる!」とか言われるんじゃございませんの?

男子、勿論これから動画探しに入りますが、昌麿君がエン・カンの上にいっちゃったとは!

昌麿君、もうね、完璧ではなかったけれど、感激でいっぱいですの。

4ccuno.png

そうそう、JBとリッポンポンに何が起こったのかも、見なくちゃね。













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2015
02.09

ザイちゃんチカちゃん出番です!

最近、お見かけしたブログ様で面白いお話やコメントがございましたの。

ブログ村在住や旅行者の皆様なら、お気づきの方もいらっしゃるでしょう。

〇〇ちゃんって、やっぱりスケート上手だったよね~。
みたいな。

せっかくですので、その証拠となるに相応しいザイチカちゃんの解説を再びご紹介いたしましょう。

作者は「あわさま」。
こちらのブログ様です。 ぶくぶく

こちらは拙ブログに転載させていただきました。
初心者の私のつぶやき入りです。

教えて!ザイチカちゃん!その1
教えて!ザイチカちゃん!その2

超おすすめ!ザイチカちゃん 「表現力とバレエ編」1
超おすすめ!ザイチカちゃん 「表現力とバレエ編」2
超おすすめ!ザイチカちゃん 「表現力とバレエ編」3
超おすすめ!ザイチカちゃん 「表現力とバレエ編」4
超おすすめ!ザイチカちゃん 「表現力とバレエ編」5





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2015
02.08

徹夜明け

Category: 日常のこと
この年になって完徹はツライ。

しかも、やった仕事を見直すと、ちょっと変。

気を取り直してブログめぐりをして、笑ったり、唸ったりしてみれば、はたと符号する記事が。

BBの覚醒記録さまのこちらの記事→http://edokkoisho.blog.fc2.com/blog-entry-297.html

タイトル見て、なーるほど、と思いました。

なぜかというと、新聞のみならず、色々出してる出版ブツもかなりキテル感じが最近怖いほどなので。

なりふりかまわず、牙むきましたか。

・・・・・

さ、あまりに美しいアルソワ浅田さんで目の保養。

画像、お借りいたします
arusowamao.png

この人はなんて、うつくしいのだろう。

美人と「美しい人」とは違う。

『バベットの晩餐会』で、一夜のために宝くじで当てたお金は全部使ってしまったと言ったバベット。

「また貧乏暮らしをするつもりなの?」との問いに、彼女は澄んだ目で答えた。

『芸術家は貧しくありません』


誇らしげにそう言いつつ、国に戻っても待つ人はいないと語る彼女のバックグラウンドに思いを馳せずにはいられない。

自らをシェフではなく、芸術家と理解しているバベットの強さ。

浅田のスケートは、メダルが授けられなくてもバベットの料理と同じ。

金メダルは欲しかっただろうけれど、いつか彼女も、自分の成したことを、豊かに享受できますように。




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2015
02.04

福は内

Category: 日常のこと
夕べ、とっぷりと日も暮れたころ、そういえば豆まきの豆がなかったことに気が付いた。

夜道をスーパーへと歩く途中、暗がりにぼうっと浮かぶように、もう白梅の咲いているお宅があった。

思い切り寒いのだが、やはり春は近い。

スーパーで一番賑わっていた『恵方巻』コーナー。

別名『丸かぶり寿司』も、今年は小型化が進んでいると見た。

世の中のニーズに敏感なことといったら、少しはテレビ局も小売業を見習えばよいのに、と全然関係ないことを考えながら豆を探す。

が、見当たらない。

店員さんの案内でようやく見つけた豆は、鬼のお面もついていないごく普通の煎り大豆であった。

売り切れたのか、実入りのいい寿司が主役に変わったのか、何しろピンクや白の甘いお豆すら混じっていない、ただの大豆を買うこととなった。

家に帰る途中、近所から聞こえる『福は内、鬼は外』の声。
可愛らしい子供たちの声だ。

考えてみると、オットは残業、息子は塾で、家に帰っても私一人。

豆類に目がない私は、豆まきが好きではなかった。
特に『福は内』をやった後の、床に散らばる大豆の片付けが大嫌いなのである。

昨日は色々なことが重なって、考え事も多かった。
ストレスはいい具合に溜っている。

『よし、今年こそやってやろうじゃないの』

不意にムラムラと湧き上がる感情を抑えられず、早足で家に帰った。

『好きな食べ物を投げる』という行為そのものが嫌だった私だが、ついにやった。

外から丸ミエなので家中の明かりを消し、窓という窓を開け放ち、口の中で『福は内、鬼は外』と呪文を唱えながらありったけの豆を一人でまいた。

いや、渾身の力でたたきつけた。

ふん、鬼め、参ったか。

あばよ!


鬼退治に特化した一人きりの豆まきではあったが、なに、うちにはちゃんと福の神がついている。


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2015
02.02

唐獅子源氏と恵方巻

Category:
こんな記事が上がっていた。
http://www.nippon.com/ja/features/h00097/

「恵方巻」ブームと日本の伝統的食文化の危機
節分になると全国のスーパー、コンビニで大々的に売り出される「恵方巻」。このブームは伝統食の普及なのか、それとも伝統の破壊なのか。

何が「大阪の伝統的風習」やねん!!!

——私たちが紫色の絨毯(じゅうたん)を敷きつめた書斎に通された時、女中が現れて、「少々お待ちください」と言った。
「いま、皆さんで巻き寿司(ずし)を食べてらっしゃいます」
女中は笑いをこらえている。たぶん、関西の生まれではないのだろう。
節分の夜に、家族そろって、巻き寿司を、一本ずつ、無言で食べると、その年は無病息災で過ごせるという言い伝えに、私たちは従っている。年によって、方向が変わるのだが、今年は、たしか、北北西に向かって食べるはずである。
「おまえ、巻き寿司、食うたか」
私は原田にきいた。
「ぼく、寿司が苦手でして、マシュマロですましました」
「すました、て、えらい違いやないか。巻き寿司は、長いまま、食うのやぞ」
「知ってます。けど、恰好(かっこ)悪いものですよ、あれは」——


小林信彦の小説『唐獅子源氏物語』の一節である。

大阪の近郊都市にある、全国組織のヤクザの大親分の家に呼びつけられた主人公である傘下の組のボス「哲」の述懐で、子分の原田ともども関西人という設定である。どうであろうか、この小説が書かれた段階で、節分の夜に巻き寿司を丸のまま食べるという「風習」が、全国的には全く知られておらず、のみならず関西人の間でさえ奇異なものと見られていた、という前提でお笑いのネタになっているのがよくわかる。この小説の刊行は1982年。ちなみに小林信彦は東京・日本橋の生まれ、つまり生粋の江戸っ子である。



この後、記事は地元大阪でさえ根付かなかった『恵方巻』がなぜ今頃コンビニの参入で成功したかのように見えるのかを考察し、日本の食文化の風化を憂いている。



さて、以下は私的な戯言ですので、恵方巻の行事を大切にされていらっしゃる方には申し訳ございません。

この記事にあるように、小林信彦は唐獅子源氏の中で恵方巻(の食べ方)を
「恰好悪いものですよ、あれは」
と言わせている。
これを大真面目にやっている親分だから面白いのだ。
原田が「マシュマロですませた」というくらいだから、別に巻きずしなんかでなくてもいいんじゃないかと、作者も思っていたに違いない。


一方「ドジリーヌ姫の優雅な冒険」の一篇、『アボカドの街角』ではアボカド料理の詳細に、えらく熱が入っていたのを思い出す。
まだアボカドが今のように馴染みの食物ではなかった時代だった。
小林さんには珍しく(クロワッサン連載だったらしい)料理小説短編集の一篇だが、アボカドは当時作者にとってもまだ未知の食材であったと思う。
ドタバタ劇ではあったが『格好悪さ』とは無縁、いつかはこの緑色の気持ち悪いものを食べてみたい、と思わせるに十分な筆致だった。

アボカドは食材だが、恵方巻は食文化だ。

恵方巻をその年の方角に向かって、丸一本、多分立ったまま無言で食す。
唐獅子の任侠一家のごとく、人数が多ければ多いほど、奇異で笑えるかもしれない。

コンビニの「恵方巻のぼり」が珍しくなくなった昨今、大真面目にこれをやった年の自分たちの姿を思い出し、笑ってしまった。

今年は堂々と、節分に巻きずしを用意しない。
豆でもまけば、それでいいじゃないか。
例えスーパーの特売に負けて巻きずしになってしまったところで、きれいに切って食べることにすればいいじゃないか。




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2015
02.01

火の手水の手

Category: 日常のこと
世に言う「火の手・水の手」。

火の手の持ち主は料理上手らしく、
水の手の持ち主は植物を育てるとぐんぐんと育つらしい。

明らかに火の両手を持つ私の家に、生き残る植物はほとんどない。

火の手の唯一の長所、料理でさえ怪しいのだから私の手に取り柄はない。


以前、『私の手元で育つ植物はないんですよね』と言ったら、

『大丈夫!コケなら!』

と、美しく鉢に盛られた『コケ』を分けて下さった方がいた。

1年後、どんなに水をあげても、茶色く変色し、2度と蘇ることのないコケと、立派な鉢だけが残った。

現在我が家で生息する唯一の植物も、1年ベランダに放置していたのでようやく生きている感満載だった。

見るたびにチクチクと胸が痛み、『ごめん、私が触ったらあなたは枯れてしまうのよ』と目を背け続けた。

が、ある日小さな花の蕾が見えたので、日向に移動し、水をあげ、いらない葉をブチブチと『剪定』してみた。

すると数日後、枯れかけに見えた蕾が膨らみ始め、あっちにもこっちにも蕾がピンクを主張し始めたではないか。

・・・生きてたんだ、こいつ。

嬉しくてうれしくて、毎朝うっとり眺めつつ、息子に自慢した。

『ふーん、生き返って花でも咲くかもしれないんだね。俺のコップのおかげで。』



私の『水遣り』とは、いつもその辺にある息子のコップに水を入れ、それをドバっと植物にかけることであった。

火の手が毎日様子を見に行き始めたということは、この観葉植物の命も、先が見えたということだろう。

ごめんなさい。




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