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2014
09.29

ももイルカ

Category: TV番組
今朝、TVの地上波をなんとなくつけていたら、ももクロが南こうせつとイベントで一緒に何かやっているとかいう映像が。

見るともなく見ていると、「南瓜色」(ハロウィンと言ってもいいかもしれない)のももクロっぽい衣装の女の子が歌っている。
「・・・・・・・・!!!!!」

 「もも、もももクロがっぁあああああっ!」と叫ぶ私。

息子は、「何このメンバー?」と言いつつ別段驚きもしない。

「ちがうっってば!この子はメンバーじゃないよっ!孫がいるっ!あのなごり雪のっ!」

「へ? 孫? んなわけねーだろ」

画面が「木綿のハンカチーフ」、太田裕美も映し出す。
こっちは昔の「木綿のハンカチーフ」のまま、列車ではなく時を止めて歌っている。

「昭和の人が、ももクロと一緒に歌ってるんだよ!
わかる?
音楽の教科書になごり雪のってたんじゃなかった?」


そしてまたテレビにはハロウィンのメイドみたいな衣装で何の違和感もなくももクロと同化している「イルカ」が。

丁度テロップには「イルカ(63)」と出ているではないか。

「ほらっ!63歳だよ!」

息子は歯磨き中だったのだが、ちょっと気の毒なありさまになった。

「うそ・・・・・・・。」
「魔物?」


「今は美魔女っていうんだよ。」

あの「イルカ」さんが、美魔女としてももクロと歌っている。

私は俄然、年を取る気になってきた。

こんな風に世間をビックリさせる「婆さん」になれたら、どんなに楽しかろう。

しかも若く美しい、という路線とはちょっと違っていい。
別に賀来千香子にならなくてもいいわけだ。

「イルカ(63)」になら、髪を二つ結びにしてなれそうではないか?

出勤前のユンケル飲みながら、「元気いっぱつ」、今日もやれそうな気もしないでもなかったわ。

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2014
09.28

JB in ネーベルホルン杯

ネーベルホルン杯、ジェイソン・ブラウンくんが優勝したわね。

フリーの 「トリスタンとイゾルデ」、これから練れて来たら好きかもしれないプログラム。
エキシ動画も上がっていて、オーバーオールにチェックのシャツ、古き良きアメリカを楽しげに踊る「コットンアイジョー」。
SPの「ジューク」と同じく少しキレがないというか、昨季のはじける元気が影を潜めて、何か考えながら演技してる印象。

先日丁度CSでソチ前のUSナショナルがあってて、杉爺が解説だったと思うんだけど、JBを大絶賛してたわけよ。
でも、あの時のブラウン君の3Aでも、これが認定で、どうして真央ちゃんの3AがUR取られるのかわけわかんないって思ったわ。

この二人の3A、ちょっと、似てるのよ。

で、こちら ポニーテールと4回転にも少し書いたんだけど、彼はソチOP前からクワドの練習をしてるんだけど、それが今季のジャンプ全体の調子にどの程度響いてくるのかちょっと心配だったのよね。

そして、やはり、今回のネーベル杯で、試運転の新ジャッジシステム(詳細は黒猫様のところが詳しいわ)と相まって、3Aを含めてジャンプは、特にフリーは刺されまくってたわね。
4つも。
それでも昨季からの好印象か、相変わらずの難しいつなぎを感じさせない演技全体のクオリティの高さか、PCSで2位のブレジナのTESをひっくり返しちゃった。

4回転の練習でジャンプ全体が崩れがちなのか、元々持ってた問題の表面化なのか。
ま、ジャンプが転倒なしでもあれだけ刺されてPCSで逃げ切ったってことは、何かとこれからも言われちゃうんだろうけど。
プログラムも昨季が良すぎたから、周りの期待が高くなるし。
何しろクワドが入れられなければ彼のこれからは大変厳しくなるんだろうな。

それにしても、杉爺、昨季のUSナショナルの解説で、このJBのつなぎやジャンプの流れるような入りをとてもほめてたわ。
どうしてこのJBをこれだけ褒める爺が、真央ちゃんに対しては時折「あ、またチート、これも〇○・・・」などと(一昨年くらいかしら)重箱の隅をつつきまくってみたりしてたのかしらね。
地上波の解説よりましってだけで、思い出してもいまだに腹立つわ。

それはともかく、JBは素晴らしい選手。
昨季は同じ3A飛んでも認定されてたのに、今季はだめとか、試合と、出場メンバーやジャッジによって認定が変わるとか、そういうのを何とかしなくちゃ話にならない。
選手をつぶすも生かすも、ルールとその運用にかかってるわ。

JBのコーチはおかしなジャッジシステムに、はっきりモノ申してた人だけど、今はどう考えてるのかしら?
彼がPCSの「一軍」に上がった途端、黙っちゃったりしちゃ、いやだわ。

ほんと、見たくないよな見たいような、GPSが始まったら、どうするんだろう?





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2014
09.28

給食

Category: 日常のこと
私の作る夕食は、学校の給食とよくかぶる。

ちゃんと給食献立表を見て作るお母さんなんているんだろうか?

とりあえず冷蔵庫にあるものでちゃちゃっと作る、それで精一杯。

ところがうちの息子の不満は、「かぶり献立」というより、「夕食が給食そっくり」という一点に集中している。

私は学校給食ほどありがたいものはないと思っているので、毎年学校からくるアンケートには給食絶賛を表明しておく。

ところが息子曰く
「味も中身も病院食みたいなんだよな」
「しかも、あらゆる汁物は薄味で、めちゃくちゃに野菜がぶっこんであってさ」
「カレーに大豆だぜ、大豆。シチューにも。肉でいいんだよ、でっかい肉で。」

息子の不満は、これが夜も続くことである。

私もやる。
でかく切った野菜と大豆はお腹を膨らませるにはぴったりなんである。

使いたい野菜を先に考えて何か作ると、結局そうなる。
しかも息子の怪獣の腹をとりあえず満たすには、汁物は「汁」であってはならず、「具だらけ」でなくてはならない。

ご飯と汁物である程度「腹一杯」になってもらわなくては破産する。
メインのお魚か肉料理は、お楽しみのデザートみたいなもんである。

給食がなくなったら、私は弁当を作ることになる。
その日が怖くて仕方がない。

朝早く起きるのも苦手。
作るより食べる方が得意。
不器用なのでキャラ弁作る人が芸術家に見えるほどである。

汁物が使えない弁当は私にはもう、どうしてよいのかわからない。
今でさえ弁当を持たせる日には、でかい一人分の弁当タッパーを2個、3個と持たせて、クラスメイトをおののかせている。

とにかく米がどっさりの台所、冷食でパンパンの冷蔵庫になることは間違いないであろう。

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2014
09.27

花子さん最終回

Category: TV番組
NHK朝のテレビ小説 「花子とアン」も、なんじゃかんじゃ言いながら、終わりましたな。

私は朝からBSで見るので、あのコシノ3姉妹の「カーネーション」とセットで見ていた。

「カーネーション」、特に後半夏木マリに主人公が変わってからは特に登場人物も多かったこともあって、いくつにも重なり合った様々な人の人生に飽きることがなかった。

そして同じ15分枠とは思えない次のドラマが始まると、もう、いかに村岡先生とはいえ、突っ込みどころが多すぎて・・・。

こんな風にして、自分の手元にも数十年(姉のお下がりの本だったので軽く半世紀、と言うか)、アンの本があるんだよなあ、と小学生のよな感想で終わった。

それにしても、ねえ。

演技とか、表情が作れないならせめて年齢相応のメークくらいできねーのか?

もう花子はあきらめがついたとはいえ、都会で文化人として暮らす蓮子さんと、山梨で兄やんとブドウかなにか作って暮らしてるはずの醍醐さん、醍醐さんだけ変わってねぇえええ!

コシノ3姉妹の成功っぷりだって、演技力以前に、セリフ、衣装、化粧とヘアスタイルだけでもわかるようになってたじゃないよ。

花子さん、脚本が遅れて、俳優のスケジュール調整がつかなかくて時々変だったってのがほんとなのか?

何しろ同じ15分の朝ドラでこの違いは何?

こうして私が初めてじっくり見た朝ドラは、「花子とアン」ですらなく、「糸子と花子」だったことにふと気が付いた最終回だった。

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2014
09.23

Hickory, Dickory, Dock

この週末から今日のお休みにかけて、まだまだ続くポワロシリーズ三昧。

「愛国殺人」“One, Two, Buckle My Shoe”
「ヒッコリーロードの殺人」“Hickory, Dickory, Dock”
2作ともマザーグース絡みのクリスティお得意のプロット。

私はヴァンダインの「僧正殺人事件」(文庫本でもあれは分厚かったわね)で、ほとほとこの手の話にはうんざりしていた。
これも大昔、読み終わった後の日記に書いた感想まで覚えているくらいだから、強烈ではあった。

「ポケットにライ麦を」“A Pocket Full of Rye” の「六ペンスの歌を歌おう」のような「見立て殺人」ではなかったけれど、2作のポワロドラマは、十分面白く、マザーグースの生かし方では、クリスティは推理小説家の中でも随一かと思うのだけど。

AXNミステリのポワロの「ヒッコリーロードの殺人」中、「Hickory, Dickory, Dock」は効果音のごとくわずかに流れるのよ。
なんだか妙な感じだったわ。
小説の中では学生の一人が口ずさんでいたという話だったわね。

ドラマの演出上も、マザーグースは不気味さを増すには効果的。

「五匹の子豚」“Five Little Pigs”は、「フレンチミステリー」のラロジエール警視版。
これなんてドラマ中のマザーグースの歌がくど過ぎて好きになれなかったけど。

学生時代は遠く過ぎ去った昔ではあるが、やっぱり「マザーグース」は言葉のリズムをつかむための教材で、今も「寿限無」同様、そらで言えるマザーグースの歌がいくつもある。
口で覚えたことは、忘れないもんなのね。
他のことは全部忘れてしまうのに。

マザーグースの「Hickory, Dickory, Dock」は短くて簡単だったので、ズルして楽することばかり考えていた私のお気に入りだった。
でもドラマとしては「愛国殺人」の方が面白かったかしら。
“One, Two, Buckle My Shoe” なんて、小説の中身から言ってもとてもうまいタイトル。

「そして誰もいなくなった」“Ten Little Niggers”
「ねじれた家」“Crooked House”(これは覚えたくても舌が回らなくて苦手だったわ)などなど、クリスティの物語の中には、多くの人に懐かしさを抱かせ、ヒントを与える閃きが沢山。

エラリークイーンの「靴に棲む老婆」(創元社版タイトル)
私には「生者と死者と」の方になじみがある。
こちらも“There was an old woman who lived in a shoe”が題材。
でもねえ、いかにクイーンが好きな私でも、これはねえ。
ニッキー・ポーターはこの話と切り離せば好きなんだけど。

このあたりはクリスティの腕に軍配を上げたいわ。


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2014
09.22

やりたいと思えばやればいいのよ

Category: 浅田真央
サンスポさんからの記事。

http://douga.nikkansports.com/entertainment/entertainment_108678.html

真央ちゃん、どこに行っても幸せ顔です。
舞ちゃんとの旅行の写真もいっぱい出てたわね。

私は真央ちゃんの福耳とふっくらした手が大好き。
その福耳とふっくらとした可愛い手で、幸せをぎゅっと抱きしめてほしいもんです。

選手としての今後については急ぐこともないし、もう十分、やりきってくれたと思うのですが。

SANSPO.COM 2014.9.21 15:36
真央、プロジェクトリーダーに就任!「元気いっぱいにできたら」/フィギュア


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 今季休養するフィギュアスケート女子の浅田真央(23)=中京大=が21日、東京・渋谷区の恵比寿ガーデンプレイスで行われた、住友生命が若者の社会貢献活動を応援するプロジェクト『YOUNG JAPAN ACTION』の概要発表に出席した。真央はプロジェクトリーダーに就任することになった。

 「学校で学級委員もやったことがない自分で大丈夫なのかなと思ったけど、助け合いながら元気いっぱいにできたら」

 住友生命は平成24年度から『MAO ASADA 応援プロジェクト』を実施。この活動を発展させ、同社の若手社員と真央がタッグを組むことになった。「スケートばかりしていて、同世代の人たちと会うことがなかった。うれしい」と充実した表情。採用されたプロジェクトには、自身も参加する予定だ。

 プロジェクトとして東日本大震災の被災地を訪れることや、海で拾ったゴミでアートを作る案を話し、早くもリーダーシップを発揮していた。

2014.9.21 18:38

真央「やりたいと思えばやるし、目標がなければやめるのでは」/フィギュア

project2.png

 今季休養するフィギュアスケート女子の浅田真央(中京大)が21日、東京都内で開かれた若者の社会貢献活動を支援するプロジェクトの記者発表会に出席し、東日本大震災の被災地支援に意欲を示した。「たくさんの方に応援してもらったことを実感している。今度は皆さんを元気づけたい」と話し、プロジェクトの一環で被災地を訪問するアイデアを明かした。

 25日に24歳の誕生日を迎える浅田は、進退について「ハーフハーフ(半々)」とこれまでの姿勢を変えていない。氷上練習を再開する時期も未定で「今の生活の流れに乗って、もしやりたいと思えばやるし、次の目標がなければやめるのではないかと思う」と話した。(共同)



ところで、

2014.9.22 11:53

ロンバルディア杯で宮原優勝、無良は2位/フィギュア


 フィギュアスケートのロンバルディア杯は21日、イタリアのミラノで行われ、女子は宮原知子(大阪・関大高)がフリーで125・78点を挙げてショートプログラム(SP)に続いて首位となり、合計183・90点で優勝した。男子はSPトップの無良崇人(HIROTA)はフリーで154・64点で2位となり、合計235・79点の2位だった。(共同)



さとこはん、やっぱり今の彼女にとっては精一杯を演じてるな。
SPもFSも見たけど、素人目には素晴らしかったわ。
客席の声援と拍手だってそうだったわ。
ミス・サイゴン、赤い衣装はクワンや「ご存じ」と同じでも、なんというか、アジアのノリでは括りきれないものがあるのは真央ちゃんと同じ。
アジアンビューティーを前面に出さなくても美しい滑り、堂々と世界で戦える、さとこはんはそういう選手。

ロンバルディア杯とか、知りませんでしたけど。

でも・・・・・・・・。

やっぱり、しぶいGOE、低すぎるPCS。
さとこはんのフリーの点数出るまでの時間の長かったこと。
どこから削ってやろうかって、手ぐすねひいてたのかしらね。
ここで優勝できたからって、この点数は・・・?

何なんでしょか。本番のメジャーな大会が、どうなんでしょうか。
採点の配点加減とか、とりあえずもう見たくないような見たいような。
ああ・・・・・・・。


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2014
09.20

ミリーのすてきなぼうし

Category:
先日ジョニ子の触覚ビヨンビヨンの衣装の帽子に軽くパンチを食らった私ですが、そんな週末、こんな絵本を見つけたのでございましたよ。

miri.png
「ミリーのすてきなぼうし」 きたむらさとし著 BL出版

AMAZON 商品の説明より

内容(「BOOK」データベースより)

おきにいりのぼうしがほしいミリーですが、おかねをもっていません。でも、ミリーはとびきりすてきなぼうしをてにいれました。ミリーだけのとくべつなぼうし!そのぼうしとは…。



帽子屋さんは、お金を持っていないミリーに、とっておきの帽子をかぶせてあげるのよ。
ミリーは大喜びでその素敵な帽子をかぶって外を歩く。
その帽子はどんどん広がって、クジャクの形になったり、他の人の元へ飛んでいって、また素敵な帽子になったり。

気づくとミリーが歩く公園や街中は、それぞれ自由な形の帽子をかぶった人たちでいっぱいになっている。

誰もが美しく、自由な帽子をかぶって思い思いに歩く様子はこの絵本の醍醐味だ。

ジョニ子がかぶった触覚のついたような帽子だって、彼の表現のひとつ。

誰だって想像を広げてどんな帽子をかぶって楽しんで生きていって良いはず。

想像の翼ならぬ、想像の帽子、ね。

maoboushi.png

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2014
09.18

ジョニ子、虞姫になる

Record Chinaより
http://www.recordchina.co.jp/a94190.html

フィギュアスケートに京劇の要素、日本でも人気のスケーターと―中国メディア
2014年9月12日、京劇は中国の伝統だが、米国のプロフィギュアスケーター、ジョニー・ウィアーはこのほど、中国人選手の張昊(ジャン・ハオ)と組み、京劇の要素をフィギュアスケートに取り込み、氷の上で「霸王別姫」を演じた。

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「氷上のレディ・ガガ」と呼ばれるジョニー・ウィアーが京劇のファッションで登場すると、会場はファンからの歓声に包まれた。(提供/人民網日本語版・翻訳/YH・編集/TF)



ひゃー!
「氷上のレディ・ガガ」はともかく、
頭がちょっとだけビヨンビヨンの虫の触覚だけど、季節的には秋だもの、○よ、OKよね!
男同志とはいえ、ちゃんとペア!まじペア!
スロージャンプ、ポンって、投げられて(?)飛んだわよね?
スピンもポジション美しいわ。

劉邦軍により垓下に追い詰められ、四面楚歌の状態になって自分はもう破滅だと思い込んだ項羽は

力拔山兮氣蓋世 (力は山を抜き、気は世を覆う)
時不利兮騅不逝 (時利あらずして騅逝かず)
騅不逝兮可奈何 (騅逝かざるを如何せん)
虞兮虞兮奈若何 (虞や虞や汝を如何せん)

wikipediaより


と歌ったという。
史実ではともかく、小説では項羽の足手まといにならぬために虞美人は自殺したと言われている。
虞美人の伝説はヒナゲシに「虞美人草」という別名がつけられる由来になったそうな。

「京劇」というこの挑戦に脱帽。

こんな演技を開拓していくなんて、やっぱ、男だわ、ジョニ子。


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2014
09.18

パンストとパンスネ

「名探偵ポワロ エッジウェア卿の死」を見ながら、そういやこの話の謎解きのヒントにも、「鼻眼鏡」があったわねえ、と思っていたら、ポワロはそこのところ、「ピンハネ」だか「パンスト」だか何しろ何とか 「glasses」とは言ってないのよ。
「ぱんすね」って何よ?と思ったら、要するに、それこそ「鼻眼鏡」だったのだ。

Weblio英和対訳辞書によれば、


(a pair of) pince‐nez
鼻眼鏡

Pince-nez
鼻メガネ

鼻メガネ (仏:Pince-nez)は、19世紀から20世紀初頭の欧米で流行した眼鏡の種類


とある。

ポワロはさすがにおフランス語でオシャレに表現したわけね。
流行だったのね。これが。
確かに鼻をつまんでしまえば、私のような「鼻骨が最初から肉に埋もれて行方不明な団子鼻」でもずれないでしょうよ。
ホームズの「老女の鼻眼鏡」の夫人も、私と同じ「団子鼻」だったわ。

これからまたこの「パンスネ」が流行る時代が来た日には、一度ためしてみたいもんである。

こちらhttp://eyewear-info.dreamlog.jp/archives/3589773.html
渋谷のメガネ屋さんのサイトですが、こちらから画像をお借りしてみました。

ba42674a.jpg

何やら鼻を挟んで使うタイプのメガネだそうだが、折り畳みもできる優れものだったようで。

c14976f3.jpg


私の老眼鏡は4つほどあるのだが、お気に入りはつるの部分がクネクネ曲がったり、首に直接引っかけたりできる可愛い赤いヤツ。
私は元々遠視に乱視が老眼になってるので、メガネだけはしっかりしたのをと思っていたのに、結局使っているのはお高いものより東急ハンズのその便利なヤツなのだ。
何しろチェーンやホルダーで首からぶら下げなくても、蝶ネクタイ状に首に付けられるのは仕事中便利。

時々首に付けてるのを忘れたまま外を歩いて振り向かれることもあるが、ま、コナンの蝶ネクタイに比べたら可愛いもんかもしれないわ。

ということで、このブログ名も、正式名称は、「老嬢のパンスネ」ってことになるかしら?
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2014
09.16

時々うっかり読んでしまう本

Category:
元々忘れっぽい上に、だんだん加齢と過労で何でも忘れるようになってきた。

老眼が怖いほど進んだおかげで、ずいぶんホコリにも無頓着になった気がする。
良く見えないので、鏡の中の自分の肌でさえ、「毛穴レス」に見えるという利点もある。
老化というのは体のあちこちに出るものだが、あちこちに起こるために、トータルで丁度良い加減になってゆくものらしい。

忘れやすいということは、何度も同じ本を読めるということであったりもする。

ただ、そこにあったからつい手に取ってしまい、ああ、またこの本読んじゃった、とか。

この夏にも、ある日カフカ(しかも変身)にうっかり手が伸び、何度読んでもやっぱりわけがわからず、後味も悪かった。

今日、隙間の時間に読んでしまったのはコクトーだった。

老眼鏡をかけてコクトーを読んだのは初めてかもしれない。
「恐るべき子供たち」の文庫版だが、本編より読み応えのある「コクトーの人生」の方が面白いくらいだった。

やはり本は若い時に読むに限る。
「恐るべき子供たち」は、今の私にとって、「恐るべき大人たちのネグレクト問題」としてなんだかやるせない気持ちになるのだ。
親になって読み返したサガンだってそうだった。
時代の先端でも何でもない、今だって繰り返されている「大人」の問題を多く孕んでいる。

早熟の天才、しかも早くから世に認められてしまった天才たちの生涯は、それほど幸福ではない場合も多く、早世した才能はどれだけあったろうか。

まして純然たる子供時代がなかった天才はやいつまでも大人になりきれず、まっしぐらに破滅に向かったりする。

コクトーが74歳まで長生きできたのはアヘンと手を切ることができた(と言われている)からだと思うが、長生きした天才は長い人生の分だけ多くを成している。

若い時でなくては噛み砕けない本もある。
消化できない内容もある。
ヨーロッパの文学は元々苦手なんだから、手元におかなければ良いのに、なぜにこう、うっかりするのだろう。

浅田真央本をうっかり読み返しても別の意味でムラムラくる。
いつか、これまでの「困難な道のりを、頑張って成長してきた」とかいうどこまでも自虐でMな話じゃない内容の真央本を読みたくてウズウズする。
真央ちゃんが成した演技の内容の素晴らしさを緻密に描いた、ひたすらブラボー浅田真央な本。
審判もスケ連も認めたくないふんわりジャンプのエアリー価値とか、絶品スピン、美ポジすぎるスパイラル、超絶ステップ話なんかでいっぱいの本。
文才青年ジョニーでいいから、いつか、書いてください。

というわけで、今日のコクトーの後味は、さっぱりと岡田淳著、太田大八が挿絵を描いた「二分間の冒険」で洗い流して寝ることにするわ。
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2014
09.15

逆敬老の日。

Category: 日常のこと
この3連休は、ポアロ三昧で楽しくてしょうがない。
夕べは「アクロイド殺人事件」、今朝は「青列車の謎」を見ていた。
それぞれ原作と照らし合わせても、2時間ドラマとしてはかなりなレベルで豪華だったわ。

「アクロイド」は物語の構成上、あれは仕方ないにしても、犯人の暗い情熱や、ポワロの孤独で複雑な感情がきちんと描いてある。
ポワロはデビュー作ですでに警察を退職したという設定なので、ドラマでも結構な年配のはずである。
「アクロイド」では探偵業も引退し、ロンドンから移り住んだ独り者の年配者としての生活の中でわずかに見出した友情が壊された悲しみや。
「青列車」ではパパポワロと若いお嬢さんに呼ばれ、ちょっと嬉しそうだったり、人生を知り尽くしているポワロにとって、その無垢なお嬢さんの行く末を思いやる気持ちが切なかったり。
何しろ本来なら敬老の日に労われる年齢のポワロが、事件を解決しているのだから天晴れなんである。

こうして年配者であるポワロに、作品で楽しませていただいた後、家の用事でバタバタしていると、外は秋晴れ。
すでにウロコ雲に変わった空は、テレビとPCの電源を切らせるには十分だった。

ということで、散歩に出かけることにした。
友人たちは家庭や介護で忙しい。
仕方ないので、夫と出かけた。

私たちの散歩とは、ちょっと辺鄙な観光地的なところをぶらぶらすることである。
だからよく、「どちらからですか?」と地元の人に聞かれる。

今日は足腰強化のために神社めぐり。
アニメに出てきそうな神社の階段をうさぎ跳びならぬ、カメの歩みでヨタヨタと登る。
階段を登って境内に着くと、トトロが住んでいそうな大楠の木。
境内の茶屋のおばちゃんも観光客慣れしているのかあれこれ話をしてくれる。
ま、いいか。わざわざ地元ですから、と言うまでもない。
聞ける話は聞いて帰ろう。
聞きながら、お茶を飲み、名物の焼き餅を食べた。

3つ目に立ち寄った神社を出ると、この土地出身で、現在は他所で暮らしているという人に、「観光ですか?」と聞かれ、かれこれ30分ほど立ち話をした。
自分が住んでる街の情報を、よそに住んでいる方から延々と聞かされたわけである。
74歳だというその方は、あまりにも元気はつらつで、その元気の前に、私たちはただ頷くしかなかった。

充分に歩いたところで、コーヒー店に寄る。
サンドイッチは夫がほとんど平らげ、美味しいコーヒーを飲む。

夕食はもうお総菜にしようとすぐに話がまとまり、知人の営むお店に行く。
注文したもの以上のものでパンパンの袋を渡され、気の毒だったが、美味しいので、「いつもごめんねえ」と言いながら、きっとまた図々しく行くのだ。

出かけていた息子を迎えに行くと、釣りたてで揚げたてのお魚と、美味しいエクレアをお土産に頂いた。
というわけで、今夜の食卓と食卓の話題は、色んな方からの心遣いで頂いたものであった。

ほとんど食べ盛りの怪獣が食ってしまうとはいえ、私だってもう、腹はパンパンである。

こうして今日も一日おかげさまで過ごしてみると、敬老されるべき方々のほうが私らなどよりよほど元気な気がしてならない。
ポワロを含めた元気なお年寄りに、楽しませてもらい、美味しいものを分けていただき、うっかり逆敬老されてしまった一日だったわけである。




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2014
09.14

AXNミステリでもポワロと会える

AXNミステリ 名探偵ポワロ 詳細はこちらから
http://mystery.co.jp/program/poirot/index_s01.html

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NHK BSプレミアムでデイヴィッド・スーシェの名探偵ポアロ最終シーズンが放送され始めたが、一方、AXNミステリではこのポワロシリーズの第1話からの放送が始まる。
全20話というから太っ腹だ。

夕べは「スタイルズ荘の怪事件」を見た。
どうも、ミス・マープルといい、ポワロといい、私が本で読んでいて一番惹きつけられた部分は、ドラマ的には端折り対象になるらしく、このドラマでもそうだった。

まず、スタイルズ荘のイメージ、とか。
庭をそぞろ歩くヘイスティングスは、あんなに刈り込まれて見通しの良い広すぎる庭を歩いてただろうか、とか。
戦時下の病院の薬局に勤めるシンシアを、ポワロが訪ね、薬についての疑惑から犯行の手口を突き止めるスリル、とか。

なんだかんだと突っ込みながらも楽しめたのは、デイヴィッド・スーシェ自身が語っていた、ポワロを演ずる上で一番苦心したという「ポワロの歩き方」を見ることができたからだ。

注意深く、丁寧に手入れした靴を汚さないように、そろそろと泥道を歩くポワロは滑稽であるが、原作に忠実に演じたという几帳面さとシンメトリーを愛してやまない性格は、アメリカでも名探偵モンクさんがエキセントリックに踏襲してたわね。

このスタイルズ荘が始まる前に、短い特別番組があって、ゲストにはクリスティーの翻訳を手がけたという女性も出演して、クリスティーの魅力を語っていた。
「恋愛」がその方にとってのキーワードだったらしい。
おー、確かにそうだった。
そういやそうだった。
目からウロコだった。
不貞、密通、純愛、初恋、様々な愛の形がクリスティー作品には描かれ、ポワロもミス・マープルも、ドラマの中でだって、若く美しいカップルを何組も祝福していたではないか。

「恋愛」は確かにクリスティーのミステリに不可欠。
なのに私はそんなこと全然気にもせず、読んでいたのだ。

私にとってクリスティー作品は、戦争の爪痕とは切っても切れない物語であり、クリスティーの旅行記であったり、人間観察図鑑のようなものであった。

その中で、「愛」は色恋沙汰のみに終わらず、家族であったり、友情であったり、庭や森、街の暮らしのすみずみにまで満ち溢れていた。

「恋愛」。
クリスティーを語るときにこの言葉をはずせないという女子力。

きっと私に一番足りていないもの。
どうりでおばさんになってからというもの、生きていくのが楽になったはずだ。

おばさんはあまり女子力を必要としない。
少々おばさんぽくても周りが納得してくれるし。

堂々と女子を降りても生きてゆける。

そうだったのか。
どういうわけか結婚だけはしたが、「恋愛」にはとっくに興味もなく、男は息子で懲りているので二度と手出しするまいと決めている。

「恋愛小説」として読むクリスティー。
おばさんの女子力を、ちょっぴりアップしてくれるだろうか?
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2014
09.12

シリとフトモモ

Category: 日常のこと
明日は休日。

出なければならない会合もおサボリして、買い物に行かなくてはならない

・・・・・・・・本当なら、ウキウキもするとこだろう。
だって、可愛い息子のための買い物なんだから。

しかしながら・・・・・・・・私は、ドキドキしながら
可哀相な息子のために、買い物に行くんである。

あるのだろうか?
この夏、異常な速さでますます成長したオシリとフトモモを覆うことのできる制服が・・・。

先日もバーゲン中の若い子の行く洋服屋さんで、とっても素敵な店員さんに声をかけられ、ちょっと嬉しかったわ。

「あの・・・、テーパード的なパンツで、オシリとフトモモが異常にでっかい男の子でも入るようなズボン、ありませんか!?」

「・・・楽々パンツ的なウエストがゴムのストレートパンツなら、ありますけど・・・。」

うちの夫はまんまこのタイプのズボンをはいている。

「それじゃだめなんです、それじゃジャージのおっさんじゃないですか・・・。」

「・・・うーん・・・・・」

若い男を困らせる悪い女、それが私だ。

そして、明日、私は制服を売っている店に出向き、また訴えなければならないのだ。

「オシリとフトモモが異常にでかいんですけど、あとは普通のサイズの制服のズボン、ありませんか?」

息子の発達しすぎたオシリとフトモモに合わせると、カミシモのようなパンタロン(わからない方はスルーしてね)状のズボンになるので、私は非常に困っているのだ。

パッツンパッツンの夏の制服のズボンに、可哀相な息子は制服のシャツを全部入れ込んでいる。
それが決まりだから。
チュニックで全てを隠して歩ける私と違って、彼はプリプリのでかい尻を全部晒して学校へ行かなくてはならない。
制服でちょっと力みでもしようものなら、間違いなく近々、彼のズボンの尻は裂けるであろう。

昔、「ボンタン」ってあったよなあ。

そんなの、売ってないのかなあ。
大体、あれ、みんなどこで買ってたのかしら?

いただいたお下がりは全部入らなかった。
・・・哀れな息子のオシリとフトモモよ。

パンタロン状の制服のズボンを、ラインを変えてミシンで縫うとか?

ってか、あと冬服でさえ数か月しか着ないものに、ここにきてお金払うの?


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2014
09.11

パワハラのその後 自分編2

Category: 日常のこと
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2014
09.10

あーらし、あーらしー(歌)

最近めっきり訪れる機会も減ってはいるけれど、それでも時々お邪魔する「フィギュアスケート村」。

たくさんのブログ様の記事タイトルのみ見て済ませることも多々あったわ。

その中で、結構な荒れ模様があったとも知らず、能天気にスルーしておりました。

とりあえずコメ欄が賑やかな(荒れてる、か)ブログ様をお訪ねしてみたんだけど、なんか、えらいこっちゃなことになってたわね。

私は基本的に特定の「○○選手大好きブログ」系の方の記事はお題だけでスルー。
後は決まったお気に入りのブログ様をえっちらおっちら追いかけさせていただくだけなんだけど。

今回も選手についてコメント波動砲が発射され、そこに集う方々がドン引きの末応戦バズーカするという「嵐」が。

自分の見方と違う角度の記事を他のブログ様で読ませていただくと、「おおっ!こう見るかっ!」と単純にフムフムするんだけど、そこに波動砲(古いわね)持ってくる方もいらっしゃるわけで。

人それぞれとは思いながらも、なんだか選手たちのこれまでの努力が、結果としてどーしてこんな「嵐」でぶっ飛ばされるのかと悲しい。

フィギュアスケートは、「オレもやってたぜ!」という経験者が少ない競技だと思うわ。
それだけに、競技そのものを自分も楽しみながら、チームや選手を応援するとか、自分も星一徹になってみるとかいう人も限られている特殊なスポーツかもしれない。

選手と彼らを取り巻く組織や環境について、世間が知るにはあまりに小さく、遠い世界。
だけど憧れずにはいられず、遠巻きにあーだこーだ、今だこうしてブログに書いちゃったりするんだろうけれども。

おかしな採点は間違いなくあるわよ。
贔屓だって、優遇だって人と場合によってあると思うわ。
でも日本人選手の場合、組織の都合で上げ下げ対象は都度変わるでしょ。

常に国内でさえdisられ続けてきたのは浅田真央一人だと思うけれど。

組織としてのスケ連は、ソチの選考にあたっては、小塚選手にも、高橋大輔にも余計なプレッシャーを与え、選手生命を軽視したわ。選考基準は決められていたとはいえ、書いてたことと、言ってたことが全然違ってたじゃないの。

1. 1人目は全日本選手権優勝者を選考する。
2. 2人目は、全日本2位、3位の選手とグランプリファイナルの日本人表彰台最上位者の中から選考を行う。
3. 3人目は、2の選考から漏れた選手と、全日本選手権終了時点での世界ランキング日本人上位3名、ISUシーズンベストスコアの日本人上位3名選手の中から選考を行う。



スケ連はまず、「全日本」の結果を最も重視するとかなんとか言ってたけど、だから大輔さんはケガを押してあの全日本に賭けた。
でも実際スケ連はこの3番目の選考基準でどんな判断もできるようにしてたんじゃないの?
選考に関しては、小塚選手だって傷ついた。もちろんそれ以前に、殿のはしごも外してたじゃないの。

スケ連はどの選手も守らず、ソチ前にすでに心身共に疲弊させたわけでしょ。
そういう意味で、私はあの時ですら、高橋はスケ連に優遇されたとは思ってないのよ。
高橋を選びたいという意思が先にあったとしても、いかにも自分たちの公平さを装うことで、高橋を追い詰め、結果としてコンディションを最悪にさせてソチに送り出した。

コメント欄でそこに関係ない他の選手に向かって波動砲ぶっ放すくらいなら、誰よりも橋本聖子に向かって凸電した方がよほど選手のためになると思うんだけどな。


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2014
09.09

25年間のポワロ

NHK BSで「名探偵ポワロ」最終シーズンが放送され始めている。

英国では昨年、25年にもわたるポワロのシリーズが終了したということで、最後のシーズン5作品が、このたびNHK BSプレミアムで放送されることになったという。
まだ終わってなかったってことすら、気が付かなかったわ。
これで、すべてのクリスティのポワロ作品が映像化されたというから驚きだ。
http://www4.nhk.or.jp/poirot/
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これ以上のポワロ俳優はいないと思われるデイヴィッド・スーシェ。
彼が素顔に戻って、ポワロを語る特別番組には、何とも言えない寂寥感が。

特別番組の中で、デイヴィッド・スーシェが演じるポワロのドラマシリーズのテーマを作曲した音楽家、クリストファー・ガニングを訪ねるシーンがある。
「どうやって曲を作曲したのですか?」とスーシェが尋ねる。
するとガニングは「脚本を読んで考えたのさ」
「1930年代の雰囲気の曲をね」
と答える。
4曲作り、プロデューサーが選んだのが有名なあのテーマだそうだ。
私はこの曲、名曲だと思っている。
ミステリのはじまりのこの1フレーズだけで、瀟洒な建物に洒落た音楽、美味しそうな食事が目に浮び、そして、いかにも身だしなみの良い紳士淑女が悲劇に巻き込まれそうではないか。
Sな曲、とでもいいましょうか。
ピアノで作曲者が弾いたポワロのテーマのピアノの響きは本当に美しかったわ。
ピアノのままの編曲でよかったのにな。

ポワロ最後の事件、「カーテン」を読んだのは小学生の頃だった。
クリスティの訃報とポワロの最後、そして「スリーピング・マーダー」の話題は、ほとんど同時に私の元にも伝わって来た。
本だけは何を買ってもいくら買っても何も言われなかったので、「カーテン」も「スリーピング・マーダー」もすぐに買って読んだのだ。
今考えると勿体なかったわ。
小学生の私に、「カーテン」がわかるものか。
ただ、あの時の悲しさ、重さに、実は読み返したのは3度ほどしかないと思う。

初めてクリスティを読んだのは「アクロイド殺し」だったと記憶している。
小学校の低学年のうちにホームズやルパン物、乱歩にあのオペラ座の怪人の原作者、ガストン・ルルーの「黄色い部屋」のルルタビーユ本、そして散々エラリー・クイーンの国名ものなんかを読んだ果てだった。

ミステリの本の帯や宣伝文句に「この推理小説はフェアか?アンフェアか?」と論争を蒸し返されていた(要するにブームだったのだろう)「アクロイド」に、一つ挑戦してみようと買ってきたのが始まりだったと思う。
多分その関係でミステリ・マガジンまで買っていたと思うが、よく覚えていない。
「アクロイド殺し」に関しては、話の最初の方に、すでに自白の一文が書かれているのは小学生でも気が付いたくらいなので、あんなことで「アンフェア」と言われるクリスティは、女性作家だからあれこれ言われるのかと思ったものだ。

若い頃はトミーとタペンスのコンビや、パーカーパイン氏とそのお仲間が大好きで、何度も何度も読み返したものだ。
パーカーパイン氏がエジプトあたりを旅する数編は特別に好きだった。
「ナイルに死す」よりよほど楽しかったのは、短編が好きだったせいもあるのか。

ミス・マープルの面白さがわかったのは結婚してからだった。
うろ覚えだが、「鏡は横にひび割れて」の面白さが、大女優が小さな村のゴシントンホールを買った話なんかより、セントメアリーミードの周辺に急激に広がった新興住宅地とそこに住むよそ者的な、あきらかにこれまでの「村の人」とは違う人種について書かれたサイドストーリーにあったり。
「バートラムホテルにて」の「何も変わらないことこそ、このホテルのおかしなところだった」というミス・マープルの見解だったり。
ドラマではどうしてもそのあたりが食い足りないのだけれども。

ポワロものは、クリスマスストーリーや、旅行ものとか、なんというか、サービス作品があれこれあってそれはそれで楽しめたのだけれども、だから余計に映像化には向いていたのかもね。
推理小説としてピリッとしていたのは初期の頃だったと思うのだけど。

それでも、ポワロの最後を映像で見るということは、やはり寂しいものだ。
長年の友人のようなものなのだから。


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2014
09.09

ドールハウスのポップアップ絵本

Category:
今日は夕食後、ふらりと近所のBOOKOFFを散歩がてらにのぞいてみた。

絵本のコーナーにこんなポップアップ絵本が。

 『The Doll's House』1983年 The Viking Press社, New York 発行。
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オリジナルは1890年から1911年頃、ドイツで出版されたらしい。

ページを組み立てると
家の外の街角の乗合いタクシーらしき自動車。
自転車を押して歩きながら、今にも乗ろうとしている男性と、すれ違うグラスとボトルをお盆に乗せてどこかへ運ぶ女性。
扉の中に入るとピアノを弾く少年と、小さな少女を抱く母親と本を読む老女。その次の扉の向こうには台所でパイを焼く準備をする母と幼い男の子が。母親の足元には猫。そしてその扉の向こうには・・・。
たわわに実る果物の木と、鳥に餌をやる母子。そして犬も。

街中からいくつもの家を通り抜けると、田園風景も見られるという、立体絵本。

ドールハウスというだけあって、小さな部屋が重なり合っているよう。

ミス・マープルのドラマの中の、どの話だったかしら、
何気ない部屋の一方の壁がすべてドールハウスになっていてびっくりしたわ。
壁をくりぬいた四角の部屋それぞれに、リビングやキッチン、バスルーム、ベッドルームまであったような。
ちらっとしか映らないんだけれど、あれがただのセットだったらすごいわなあ。
それはそれは夢のような「壁」よ。

この本も、そんな「壁」のある家に住むことはなかった少女たちのために、何度開いても楽しいように細かい細工がほどこされてるわ。

やだ、楽しいわ。
家人が寝ないと、開けない禁断の本、だわ。
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2014
09.05

KENJIの部屋!

http://www.jsports.co.jp/skate/#figureSkateProgram

「KENJIの部屋」が始まるんですって?!!!

以前「ジョニ子の部屋」、妄想編を書いたけど、KENJIで来るとは!恐るべし、Jスポ!

kenji.png

「ミヤケンの部屋」じゃないところが、何とも・・・。
「KENJIの部屋」・・・。

10月のゲストは、日本国中の視線を、その卓越したスケーティング技術、豊な表現力、そして目力で釘付けにしてきた鈴木明子氏。



「豊か」、じゃなくて「豊」な表現力とか、「目力で釘付けにしてきた」とか、この明子さんの微妙な紹介といい、笑っていいのか、真剣なのかっっっ?
放送予定ではとりあえず明子さん編は「エピソード4」まであるらしいわ。
30分番組を4本分、一人の選手に使ったってこと?
もしそうなら中身濃いでしょ?

次のゲストも、楽しみですわね。

「KENJIの部屋」、とりあえず、要チェック!
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2014
09.03

思い出すと煮えくり返るおなか

Category: 迷探偵モンク
そういえば、橋本聖子に関しては、女性週刊誌ならではの視点で、こちらのような記事もございますわね。
でもねえ、腹は立つ一方、こんな記事や、ソチ選考のことまで掘り返され、こんなことになって、本当は誰が得をするのか、ちょっとだけ、考えてみたくなったのよ。

多くのファンを持つ高橋に対して、人気が一気に出ると同時にアンチも増えてしまったケンソゴル。
高橋大輔に肩入れする橋本に対して、羽生選手には城田や某国派の連盟幹部の影。
無理やり二派に分けるつもりはないけれど、どちらにしても、なんだか嫌なものよね。

http://topics.jp.msn.com/wadai/cyzo/article.aspx?articleid=5675912

(サイゾーウーマン)
2014年9月2日 22:00
 「連盟の理事にしてもいい」橋本聖子、“セクハラ”写真流出ルートと高橋大輔への甘言

~略~

ともあれ問題は橋本の持つ強大な権力だという。

「一度でもにらまれたら、自分の将来に影響します」

 日本スケート連盟会長として、連盟人事に大きな影響があるだけでなく、五輪や世界選手権選考にも大きな力を持つ橋本。だからこそ今回のセクハラ事件が重大だ。しかも記事には連盟関係者のこんな恐ろしい告白も。

「スポーツの世界で生きていくためには、彼女のご機嫌を損なうことはできません」

 スケートだけではなくスポーツ界全体にまで、その影響力があるらしい。しかも「自身」によれば、橋本は「大輔を将来は、連盟の理事にしてあげてもいい」とまで口にしていると言うのだ。これはまさにパワハラの証拠ともいえる。ポストを匂わせ、相手を自由にしようとする――。生殺与奪権さえ握られた高橋だからこそ、橋本からのチューを最終的には拒むこともできなかったし、「セクハラでない」なんて記者会見を開かなくてはならなかったのだ。 

 さらに「セブン」は無理チュー写真の流失についても言及する。そもそもスケート連盟の中には派閥が存在したが、橋本が会長になったことで、スピード出身の橋本によるフィギアへの影響力(介入)が強まった。そのことに不満を持つ関係者が写真を流失させたというのだ。確かに、この写真はソチ五輪の選手村の中で行われたパーティーのものだったから、関係者からの流失以外には考えられない。


著作権は株式会社サイゾーに属します。



でもね、橋本聖子記事と関連して、ふと目に留まったこの「ヤワラ」の昔の記事も、思い出しただけでもハラワタ煮えくり返るんでした。
これは、私は許せないと思ったわ。ヤワラが大嫌いになったのは、オリンピックゴリ押し出場より、こちらのほうでしたわね。このあたりの一連の事件が、私が柔道を見なくなった大きな理由。
その上、フィギュア同様、ルールも審判次第で都合よく活用。
何より頭に来るのが、そのルールや変な判定によって、柔道に美しさがなくなったことよ。
ぐじぐじうだうだ相手のミスばかり待つ。
ヤワラなんて、相手から襟を取られないための「工夫」を、そりゃあ凝らしてたわよね。
相手に襟を取らせない、確かに「ヤワラ」は巧かったわよ。
でも、そこに道着の襟の固さや左右逆の襟の重ね方なんかを自慢することより、自分の動きの中でこう訓練してるって言う方が「スポーツ」なんじゃないの?
柔道のあの一本がスパッと決まるときの美しさといったら。
そりゃ、まさに芸術の域。
ほんとうにきれいに技が入った時は、投げられた方も受け身の身体が痛くないっていうわよね。

フィギュアも次々行われるルール変更で、難しい技もジャンプも避けた結果、その独特のスポーツ的「美」が失われた時、生じる損失は計り知れないわ。
http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7899.html

(サイゾーウーマン)
2013.02.05
 「暴力はなかった」と言い放った、谷亮子の存在と鈍感力が落とす影

老嬢注:「女子選手たちを悩ませ続けたヤワラちゃんの呪縛、ついに爆発!」(「週刊女性」2月19日号)この記事に対して(サイゾーウーマン)に書かれた記事です

今週は「週女」ばかりのランキングとなった。まずは、世間を騒がせている柔道日本女子代表の園田隆二監督(その後辞任)のパワハラ事件だ。この記事の何が面白いかって、もちろんヤワラちゃんこと谷亮子議員をクローズアップしたことだ。

 この一件が明るみに出た直後、ヤワラはテレビなどメディアに出まくった。そして「園田監督は素晴らしい人間性の方。自分の現役時代、歴代の監督をみても暴力は一切なかった」と言い放ったのだ。多くの女子柔道関係者が「暴力はあった」と証言する中、ヤワラ発言だけは異質で、違和感を持った人も多かったのではないか。そんな中「週女」は女子柔道界のパワハラ、暴力騒動のウラにヤワラの存在があったのではという特集をトップに持ってきた。

 記事によれば女子柔道界は<指導者に気に入られるかどうかという、実力以外の物差しがまかり通ってきた理不尽>な世界であり、その最たる存在がヤワラだという。確かにヤワラは特別だった。実力もあり、努力も惜しまない。根性も、そして運も飛びぬけて強かった。日本の宝であった。しかしその存在が<えこひいき感>を呼び、実力ではいくら頑張ってもダメ、という女子柔道の風潮を作ったという。その最たる例が2007年の北京五輪の代表選考だった。一発勝負の選考大会で福見友子がヤワラに勝ったにもかかわらず、全日本柔道連盟の横槍で、ヤワラが五輪代表となった。さらに翌年、ヤワラは別の選手にも負けたが、五輪代表の座は揺るがなかった。

 そんなえこひいきをされ続けたヤワラが「暴力は一切見聞きしなかった」といって連盟や園田監督の擁護を繰り返す。自分をえこひいきしてくれた全日本柔道連盟への恩義なのか、彼らの権威におもねるのか、それとも何らかの利害関係なのか、単に権力に媚びる性格なのか――。いや、もしそうなら少しは救われる。だが、ヤワラがもし本気で「暴力など存在しない」と思っていたとしたらこれは致命的だ。特別扱いのヤワラだから暴力を受けず、直接は見なかったことが事実だとしよう。しかし実際見聞きしなくても、長年の柔道生活の中で、仲間や先輩後輩女子からの会話やうわさ、周囲への考察、雰囲気から何も感じなかったのか。自分のことしか見えていなかったのか。さらに今回の一件でも、後輩の女子選手たちが人生を賭して代表監督を告発したことへの想像力、同調性はヤワラには見受けられない。その鈍感力には唖然とさせられるほどだ。

 ヤワラは現在でも柔道界に影響がある人物であり、いまやスポーツ振興を標榜している政治家でもある。女性として女子スポーツの向上にも勤しんでいると公言している人間でもある。しかも、今回の告発は連盟だけでなくJOCさえも隠蔽しようとした形跡があるにもかかわらず、これには無頓着であり、目を背ける。その当事者意識のなさ、弱者に対する意識の欠如は何なのだろう。
 
そんなヤワラの存在と鈍感力は、女子スポーツにとって罪でさえある。多くの関係者が証言する柔道界の暴力体質を「見たことも聞いたこともない」と言っている姿は、自殺者が出たのに「いじめはない」と繰り返す学校校長たちの姿と見事に一致する。「私の引退後に、こうしたことが起きているということは、何が変わってしまったのか。管理体制など、国が先頭に立ってやっていかないといけない」。まるで他人事のように話すヤワラに、女性地位向上など語ってほしくない。ヤワラは2年ほど前、「週刊文春」(文藝春秋)の「女から嫌われる女」のトップに輝いたこともあった。今回の一件で、なぜ嫌われるのかをさらに納得させられた。




こんなのに限って、権力を握りたがり、その権力をおバカな方に使おうとするのよね。

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2014
09.02

素直にうれしいわ

Category: 浅田真央
一応、何にでも突っ込まずにはいられない私でも、笹川スポーツ団体へのイメージがどのようであろうとも、ここは素直に喜びたいわ。

笹川スポーツ財団の全国調査「スポーツライフに関する調査2014」
好きなスポーツ選手 「浅田真央」が初のNO.1
www.ssf.or.jp/press/pdf/140901_press_release.pdf

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ってか、この調査の「全体」と、「女性」カテゴリ、それぞれの好きなスポーツ選手トップ10に、浅田、羽生、高橋3選手が入っていることがすごくないかしら?

それより驚きなのが、全体順位の7位に長嶋茂雄さんがおいでましになられているということなんですけど!
女性のみの順位では、羽生、高橋の二人が、あの本田、錦織、マー君、そしてあのうっちーよりも上ですのよ!
どーよ、スケ連、いい加減に目を覚ましてくんなましよ!

それにしてもフィギュアスケートはマイナー競技って、最近でも言われてませんでしたっけ?

これだけの選手を、潰して潰して私腹を肥やすのがフィギュアスケートのお偉方なのね。
このランキング、嬉しいんだけど、スケ連が選手から搾取する諸々を考えただけでも、やっぱり腹立つのよねえ。
次世代の知子はんと、しょーま君に何かやらかしてくれた暁には、どうしてくれよう、といらぬ心配までしてしまうんだわねえ。
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2014
09.02

1分間の一生

フィギュアスケートの女子シングルの場合
ショートプログラムで演技時間は2分50秒。
フリースケーティングはシニアが4分。
オリンピックならそれまでの4年間がその数分に凝縮され、ワールドならそのシーズンのすべてがそこで評価されるような世界。

ところが、美を競うダンスの大会では、もっと短い演技時間があると知ったのでございます。
なんと
タヒチアンダンスのソロ大会は、たった60秒から80秒の世界だそうでございます。


詳しくは、アグネスキムラさまのこちらのブログへ
 http://ameblo.jp/agneskimura/entry-11917303440.html#cbox

予選から出場される方の場合、演技だけでなく、衣装ポイントも大きくウェイトを占めるとか。

あんなに華やかで美しいにも関わらず、なんと厳しいことか。
ふるいにかけられるその緊張感を何度も何度もくぐり抜けてこられた方たちは、なんと美しいことか。
一瞬だから美しく尊いのか、そもそも美は一瞬に現れ、消えるものなのか。

フィギュアスケートの魅力の一つは、「やり直しのきかなさ」にあると思っている私は、やはりS系統の人間なのか。
4年、ないし1年の間の努力のすべてがわずか数分で測れるはずなどないはずなのに、そこには点数がつけられ、順位が決められてしまう。
儚く、厳しく、だけどそれだからこそ惹かれずにはいられない。


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