2014
08.31

私のケン・ソゴル3

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2014
08.29

パワハラのその後 自分編

Category: 日常のこと
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2014
08.26

第66回エミー賞、興味ある部分だけ

Category: TV番組
第66回 エミー賞

私の注目はもちろん「Sherlock」がどれだけ賞を取るかということと、コメディーシリーズ部門の主演男優賞の行方かしら。

マシュー・マコノヒーがオスカーとのダブル受賞を取るかどうかなんて、そんな話題もあったのね。

コメディーシリーズ部門の主演男優賞に、「ビッグバンセオリー」のシェルドン・クーパー役、「ジム・パーソンズ」が選ばれたのがすごーく嬉しかったわっ!
役柄もご本人も、さして違わなかった気がしたのは、気のせいかしら?

シェルドンの後ろに座っていたのがシェルドンのガールフレンド、エイミー役の「メイエム・ビアリック」。
彼女は惜しいことに、コメディー部門の助演女優賞を逃したわ。
ノミネート女優の顔写真の中では美女風に映ってて、驚きましたが。

さて、「Sherlock」はまず
ミニシリーズ/テレビムービー部門 脚本賞
ミニシリーズ/テレビムービー部門 助演男優賞 マーティン・フリーマン

ミニシリーズ/テレビムービー部門で監督賞、
ミニシリーズ作品賞をとったのはマーティン・フリーマン主演の「Fargo」

ミニシリーズ/テレビムービー部門 主演男優賞がバッチ君とマーティンさん、二人ともノミネート!
そしていよいよ、
ミニシリーズ/テレビムービー部門 主演男優賞 ベネディクト・カンバーバッチ

・・・がしかし、シャーロック&ジョンコンビは、欠席のエミー賞でした。
残念!
しかも、テレビムービー部門、作品賞ノミネートの「His last vow」は取れず、「The Normal Heart」「に行ってしまった!
コメディ・シリーズ作品賞は「モダン・ファミリー」に!
「モダン・ファミリー」も好きなんだけど、「ビッグバンセオリー」も捨てがたい!

というわけで、「Sherlock」は12部門ノミネート、うち3部門受賞でございました。4時間番組を飛ばし飛ばし見たので、間違ってたら、ごめんあそばせ!


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2014
08.26

パワハラの真髄

Category: 日常のこと
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2014
08.21

楽しく宿題を

Category:
「カンヴァスの向こう側」 /フィン・セッテホルム著  評論社
「マジックツリーハウス24 ダ・ヴィンチ空を飛ぶ」 /メアリー・ホープ・オズボーン著 メディアファクトリー


どちらも絵画の世界とその作家たちが息づく時代に、子供たちが迷い込むという本。
特にマジックツリーハウスは冒険物なのでとても楽しく、あっという間に読めてしまう。
カンヴァスの向こう側は、主人公ナディア自身が、これから先どんな絵画を描いてゆくのか、そちらに興味が湧く。

「私には夢がある」と語ったのはかのキング牧師だけれど、
「私には宿題がある」のよ。

次のお題は「原田マハ」。

楽園のカンヴァス (新潮文庫)
ジヴェルニーの食卓(集英社)


彼女が書いた絵画についての本に絡め、マハさんの本に出てくる絵画の画集、画家の生涯を描いた本とセットで読む。
「読む美術館」と評されるマハさんの本を堪能するには修行が足りぬ。

正直、気力と体力が必要なので、事前に軽い読み物を。
なので子供たちが主人公の、しかも絵画に因んだ本を食前酒のかわりにいただいた、という感じ。
マジックツリーハウスはこのままシリーズで何冊も一気に読めそうだったわ。
ちょっとした旅行気分も楽しめる。
この本を子供時代に読める人たちは幸せだわね。
子供の本を多く読まなかった私にも、古田足日さんとか、リンドグレーン、あとは花子さん翻訳の児童書という宝物があるけれど、それでもやっぱり羨ましいかも。

軽く読める本はこの年齢になっても楽しいのだけれど、どうにもこうにも、奥行きを持った本にあたるとき、あるいは文豪の小説を今更読み返す時にはこちらにもパワーがいる。
本を深く読むためには、あんなこととこんなことを繋げるための下地が必要。

でないと、わかんないのよね。

というわけで、無知な自分を恥じつつ、たった2冊を読むために、ほかに何冊もの本の下読みを続けるわたくしでございます。
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2014
08.20

月のえくぼ

Category:
月のえくぼ(クレーター)を見た男 麻田剛立  鹿毛 敏夫 /著  (くもん出版)

昨日、仕事を始めて早々、あまりに理不尽で納得のいかない出来事に憤懣やるかたなく、さりとてこちらの言い分を全部話してしまえば困る方たちもいるという一点で、ぐっとこらえている時に、丁度読みかけていたこの本の主人公を思い出し、救われた。

アマゾンの内容紹介より


内容紹介

月面に数あるクレーターの中に「クレーター・アサダ」と日本人名が付されたクレーターがあります。クレーターには、過去の偉大な天文学者や科学者の名前がつけられているのですが、この麻田剛立とは、いったいどんな人物なのでしょうか?
麻田剛立(あさだごうりゅう)は今から二百年以上前の江戸時代に生きた天文学者です。
本書は、幼少期に天体に興味を覚え、マクロコスモス(天体)とミクロコスモス(人体)とという二つの宇宙を探究した、興味深い剛立の生涯を豊富な資料ともに読むノンフィクションです。

内容(「BOOK」データベースより)

「これがいつも見ていた月の表面か…?」反射望遠鏡の先に見えた月の地表面の光景に、剛立は言葉を失った。剛立がクレーターのようすをスケッチした図は、日本最古の月面観測図となった。江戸時代、幼少年期から日月食や天体の観測をつづけた剛立は、独学でケプラーの第三法則をも見つけていた。大坂(大阪)に天文塾“先事館”を開き、日本の近代天文学の礎となった麻田剛立の生涯を彼の生きた時代と支えた人びととのつながりの中で描く。



剛立は若くして杵築藩の侍医の一人として殿さまに取り立てられ、出世するも、先輩の侍医連中から嫉妬され、仲間外れにされ、孤立してしまう。
仕えていた殿さまの重病の折、幼い頃から身につけていた薬草の知識によって、諸先輩が治すことのできなかった病気を、自らの命を賭して「この薬を使ってください」と頼み、殿さまを救った。
ところが、この大手柄をきっかけに彼の苦難はいや増すのである。

殿の命を救ったのが剛立だということを明かすものは誰一人としておらず、逆に他の侍医たちには益々疎まれ、追い詰められた剛立は脱藩の罪を犯しながら自らの新しい人生を切り拓く。
脱藩する前に剛立は兄に問うている。
「自分のしたことが何か間違っていたのか」と。
賢明な兄は答えた。
「お前は間違っていない。ただ、世の中とは時としてそういうものだ」

なーるほど、そうか。
憎しみより怖いのは、妬みかもしれない。
女の嫉妬より回りくどく、嫌らしいのは男の妬みかも。
昨日の自分に起きた一件についても、私はそれが元だと思っていたのでなんだかとっても腑に落ちたのだ。
男の妬みと、誤った自尊心ほど怖いものはない。
伊達に権力や立場を持っているからこそ、それを最大限に生かして、自らの仄暗くとぐろを巻いた気持ちを、「力」を用いて晴らそうとするのだろう。

始めは天文学者、医者であった麻田剛立の「学問」に対する探究心に半ば圧倒されるように読んでいた。
「マクロとミクロの二つの宇宙」なんて夢のある言葉だろう。
しかし私はどこまでも理系な人間ではないのだろう。
結局、剛立の残した研究の成果より、彼の人間性に、より惹かれてしまった。

脱藩したのち、剛立は大阪で学者として名を挙げるのだが、他の藩からのオファーがどれほど来ようとも、「脱藩したとて自分の心は今も杵築藩主に仕えている」という理由で断り続け、時の幕府から「国の暦を正確に作り直してほしい」と言われた時も、自分ではなく弟子2人を取り立ててもらえるよう、幕府に進言している。
その逸話の詳しいところは読んでいただいた方が良いと思うのでこれ以上は書かないが、「親の心」とは、本来このようなものではないのかと、自分を恥ずかしく思った。

先日読んだカナダの天才少年、大川翔君の本によれば、「学習支援」が必要な子供を、学習に困難を要する子供のみととらえず、逆に「天才」にも彼らに応じた「学習支援」が必要だという考えの元、北米の「ギフティッド教育」はプログラムされているという。
麻田剛立の「人間の体のしくみを知りたい」という欲求に基づいた解剖実験など、もし彼が現代の普通の学生ならとんでもない犯罪者になるところである。
しかし彼には三浦梅園、中居履軒、河野大学などの同胞と呼べる仲間がおり、その実験によって人を救うという目的のためにまい進した。
剛立にも、彼の能力に応じた「学習支援」が必要だったのだ。
その環境があったからこそ偉大な発見を成し得た。
嫉妬され、足を引っ張られる場所にい続けたなら、彼は自分の才能を封じられ、命すらもただ消耗して一生を終えただろう。
大阪に出て、志を同じくする友に巡り合えたことが彼の成功そのものだったと言っていいのではないか。

なーんて、色々考えてしまった本でした。

月といえば、村岡花子の本には、竹取物語が花子さんの時代の何十年も前に、「princess of splendor」(光明の姫)って、翻訳されて海外に紹介されていたという話があった。
「光明の姫」って、なかなか素敵じゃない?的な感想と共に花子さんもその随筆に書かれていたわけだが、竹が光っていたからというより、昔の人々にとって、「月」そのものが「光明」であり、「輝き」だったと実感できる言葉ではないか。
現代に生きる私なら、ジョニ子をもって、「prince of glitter」と呼びたいわね。
weblio直訳すれば「光物の王子」って出てくるけど、違うのよ。
「光輝の王子」(キラッキラ)なんだから。



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2014
08.17

ももたろさん

Category: 日常のこと
個人的な話なんで、文体も変わってしまいます。
恥ずかしいので。

夏休み、毎年のように美味しいものを送ってくださるありがたい知人の方から、今年もいただきました。

山梨の「もも」

瑞々しくて、甘くて、種の周りをしゃぶりつくしてまで頂くのが我が家。
とても他人さまには見せられない、お行儀の悪さでもって、桃をいただきつくします。
ご近所におすそ分けだなんて、考えたこともございません。

おやつにコンビニのおにぎりをせがまれ、うっかり買ったら千円超えてしまう怪獣を育てているのです。
桃の種は、そんな怪獣にはぴったりの飴的なスイーツなのです。

先日からハマっているあるブログ様の「桃太郎シリーズ」。

反応を見たくてプリントアウトし、怪獣に読み語りしてしまったほどでございます。

もし、暑さで滅入っていらっしゃる方は、こちらの「桃太郎シリーズ」で、ちょっとだけ笑ってみてくださいませ。
別に涼しくはなりませんけど。

「ナナオクプリーズ」
http://7oku.hatenablog.com/archive/category/%E6%A1%83%E5%A4%AA%E9%83%8E


※真面目な本好きの方にも、勉強になる話があって、なかなか奥深いんですのよ。



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2014
08.15

花子さんの弁明

Category:
村岡花子さんの人となりを知るために、良い本ではないかしら?

村岡花子エッセイ集 「曲がり角のその先に」 河出書房新社
様々な新聞、雑誌に寄稿された花子さんの文章を集めたエッセイ集。

NHKの朝ドラ「花子とアン」。
大好きな二人の物語がどのように交差するのかを楽しみにドラマを見ている視聴者は私ばかりではあるまい。
ところが、このところ、どうも様子がおかしい。
徐々に話のほころびが大きくなり始めたような気がするのは私だけ?

このドラマのタイトルロールの「アンのゆりかご」は最初、「原作」と書いてはいなかったかしら?
それが、今朝確認すると「原案」になっている。
そりゃ、そうだわよね。
辻褄の合わないことばかり。

どう考えても、脚本を書いた方は物事を端折って書くにも、大切なところを落とし過ぎてはいないかしら。
アンのセリフをいいように持ってくるばかりではこのドラマの主人公である花子さんの人となりが行方不明で意味不明。
疫痢が怖い伝染病だってことも、これではちっとも伝わらない。
震災の時といい、疫痢といい、なんだか、・・・・。

そこで急ぎ、このエッセイ集「曲がり角のその先に」を読んだ。
たかだか一冊。されど一冊。
この一冊で村岡さんのことが分かった気になっては失礼というものだけれど。

花子さん、きっと天国でおっしゃりたいことが山のようにおありでしょう。
実際、本ばかりでなく映画も大好きだったと沢山書き残されているようだが、ディケンズの「オリヴァ・ツイスト」の映画について、書かれた一文の最後にはこうある。

映画化された「オリヴァ・ツイスト」を見て、「やっぱり傑作の映画化はいい」その感銘を深くした。
そしてこの点において私は英国映画企業の努力をことに買うものである。
チャチな、一夜作りのシナリオからの映画には娯楽性さえ私たちは発見しえないのである。



このドラマはほとんど創作に近いまでに実際の村岡花子の人物像を根本からドラマの都合の良いように作り変えてしまっている。

彼女の人間性の根幹がどのようにして作られたのか、どのような教育の元に育ったのか、大切なルーツが植え替えられてしまっては、ここにきて破たんをきたしても仕方ないかもしれない。

花子さんはまず、山梨生まれの東京育ち。東洋英和に入る時には、一家で東京に引っ越していたそうだ。
ベースがそもそも違うのに、「こぴっと」はないかもね。

白蓮が絡むと確かにストーリーは俄然面白くなる。
だけど、白蓮が花子に及ぼした影響、友情の絆は今ドラマに描かれるそこじゃないと思うわ。
局や視聴率が絡んだのか、白蓮人気が影響したのかはわからないけれど、やはりこのところの「身内より白蓮」には無理がある。

白蓮は、学生時代に英国文学には親しんでも、日本文学と日本語に対して勉強が足りないと自覚した花子に、自分の和歌の師を紹介している。
白蓮の大きな功績の一つ、花子への影響はここにあると思う。
花子が長けていたのは「翻訳」だったが、彼女自身は小説を書きたかったと記している。
それでも翻訳家としてこれほどの評価を得たのは、彼女自身が単に英語に強かっただけではない。
日本語を学校外で学び続けたからだったと思う。
白蓮に紹介されて以来10年余りにわたり、花子はこの和歌の師匠の元で、古典文学と和歌を中心に講義を交えて様々なことを学んでいる。
師匠は、花子に当時の外国文学の古典だけではなく、新しい作家の本を読むように薦め、翻訳者としても活躍した片山廣子さんも紹介したのだ。
この一連の出会いの連鎖が翻訳家村岡花子の土台を作ったと私は思う。
彼女は英語をはじめとする外国語を学ぶことで「心の窓」が広く開かれると語りつつ、同時に美しい日本語を熱愛していると述べている。
その日本語への情熱は、和歌の師匠に森鴎外翻訳の「即興詩人」を薦められたころから、「翻訳文学」の美しさに目覚め、「翻訳すること」へと移行していったのではないか。

英語に関しては筋金入りだったと思う。
小学校卒業から後の、東洋英和での学生時代のほぼ10年間を、英国文学を読んで育っているのだ。
さらに西洋人の先生方と生活を共にしたことで身近に海外文化に触れている。
ここに編まれたエッセイのあちこちに、彼女の受けてきた「教育」がどれほど彼女を支え、育て、その「教育」を自身が超えたところで実を結んだかが伝わる。

ラジオ番組の仕事を終え建物を出た瞬間、昔学校で歌った歌がふとよみがえり、その英語が口をついて出て来たという話があった。

In this world of darkness
We must shine,
You in your small corner,
And I in mine.

-暗きこの世を
我等は照らさん
君も我も
小さき片隅にて



この簡潔な日本語の詩と、英語の詩が同時進行で出てくるという素晴らしさ。
英語も歌なら、日本語になっても、ちゃんと歌だ。
普通の人ならこうはいくまい。

村岡花子の文章にはなかなか硬質なものを感じる。
彼女は静かな反骨の人だったと思う。
向田さんや曽野さんや、おせいさんや愛子さんを散々読んだ年代には、この「一本筋の通った」感じが懐かしい。

全く違った意味で「筋が通っている」ポンちゃんシリーズや遅咲きの美女「マリコ」の軽い読み物を手元から離せなかった頃もあったが、彼女たちとは似て非なるものがずっと上の世代の物書きの女性たちにはある。

花子はあの時代にカナダのメソジスト派教会の流れで高等教育を受けた女性であり戦前戦後を生き抜いた筋金入りの「職業婦人」。
しかも学校で、祈りの場で、アルバイト先の上流階級の家庭で、見聞きするものに懐疑的でもあり、様々な感情が渦巻いていた心の中の情熱を、すべて読書に注いだからこそ人並み以上の英語力が身についたのではないかしら。
硬派なのだ。
NHKの「花子さん」に、その反骨精神はあまり見えない。

当時困難を極めたであろう女性の自立と、戦争や病が家庭の主婦に及ぼす悲劇の数々は「アン」と作者のモンゴメリも同じだった。
アンの生活を少女たちの夢のように、プリンスエドワード島の美しさだけを憧れのように語っていた松坂慶子の番組がNHKで以前放送されていたけれど、私にはさっぱり理解できなかったわ。
アンの輝きは、それ以外の煩わしい狭い村の中の些細なようでいて、心を傷つけられるいくつもの出来事の中に、喜びを見出した一瞬の積み重ねだったと思うのだけど。
だからこそ、そこから解き放たれた大学時代のアンは、あんなにも伸び伸びと美しかったのではないかしら。
結婚して最初の子の死産、戦争、息子の戦死。
アンの娘リラの話に移る頃には、アン自身も様々な経験を経て、「想像の翼」だけでは乗り切れないほどの困難を超えてきた。

花子とアンのシンクロする部分は本当に多い。
その重なりは、「想像の翼」というより、彼女たちを取り巻いていたものから、彼女たちがいかに自分の考えを持ち、生きていったかの共鳴だったのではないかしら。

ドラマがこの先、どんな方向に走っていくつもりなのかはわからないけれど、花子さん、天国で苦笑いかも、と思ったので、ちょっと本の感想を書いてみました。
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2014
08.14

大川翔君のブログ

Category:
カナダ在住の日本人天才少年、大川翔君。
彼のブログを読んで、驚きと喜びで言葉を失う。

こちらから飛びます実録!翔の『極楽カナダ生活』

先日も こちら
 「日本の誇り」  に書いたけれど、大川君はギフティッド(天才児)。

とにかくわかりやすい日本語と、丁寧な語り口。
彼の物事に対する真摯な姿勢は、ブログの言葉の端々に読み取ることができるわ。

14歳とはいえ、これから大学生活を間近に控えた彼の、空手、読書、そして学校生活や勉強することについての話は、どれもすごく面白いの。
まさに『実録』。

彼の本、アマゾンでお取り寄せ。

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月刊SPA!より
『ザ・ギフティッド』は日本語では「天才児」と訳されるが、キリスト教の背景がある欧米では「神から与えられた贈り物」という由縁から、「与えられた才能を社会に還元せよ」という意味も含んでいるのだという。



「あなたの才能はギフトよ」とリンクで海外のファンから声をかけられた浅田真央。
与えられた贈り物を何倍にもしてこの世界に放ってくれる、彼らと同じ時代に生きている幸せ。
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2014
08.11

ジュード・ロウ 芸歴長し

Category: sherlock
先日放送されていたグラナダ版のシャーロック・ホームズの冒険「ショスコム荘」。

有名な「銀星号事件」や「プライオリ・スクール」など、お馬さんが出てくる話も何かとありますが、
いえいえ、お馬さんどころか、キラキラとつぶらな瞳で元気良く出てくる青年と呼ぶにはもう一息のジュード・ロウが初っ端出てくるとは!
もう、中高年特有の動悸なのか胸のトキメキなのかの区別もつかぬまま、しばしジュードの顔を静止にして眺めたわ。
ワトソン先生が、傷病兵年金の半分を競馬にぶち込んでいるという、ホームズのヤク中もビックリの性癖にも突っ込む気力もないほど、少年ジュードの瞳は驚くほどの星の入りっぷりだったわ。
女装(?!)も似合ってたし・・・?

この写真は、ちょっぴりシリアスな場面ね。
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この後イカレたホームズに偏愛されるワトソン博士として映画に出るまでの俳優になるとは、どうかしら、天国のジェレミーさんも納得、かしら?


そういえば、グラナダシャーロックには、とても残念な一面がある。
主演のジェレミー・ブレットの体調が思わしくなかったために、映像化されなかった作品が、シャーロックの物語ではとても重要だった(と私は思う)話が多いのよ。

 
「緋色の研究」
「恐怖の谷」
「グロリア・スコット号事件」
「隠居絵具師」
「ライオンのたてがみ」
「株式仲買店員」
「花婿失踪事件」
「オレンジの種五つ」
「技師の親指」
「緑柱石の宝冠」
「黄色い顔」
「ライゲートの大地主」
「ブラック・ピーター」
「三人の学生」
「スリークウォーター失踪」
「白面の兵士」
「覆面の下宿人」
「最後の挨拶」



「白面の兵士」や「覆面の下宿人」なんて、小品のグロテスクで悲しい話も見たかったし、「グロリア・スコット号事件」なんてドラマ化にはぴったりでしょうよ。
バッチ君の「SERLOCK」に、グラナダ版で映像化されなかった中から何作品も取り入れてあるのはそのあたりもあるのかしら?

「ライオンのたてがみ」をバッチ君で見たい。
元気で長生きできれば、いつかこの願い、叶うかしら?
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2014
08.09

キネマの神様のしあわせ

Category:
「キネマの神様」 原田マハ著 文芸春秋

薦められて読んでみた。
原田マハさんとの初遭遇。

読みながら、この作家、ただものじゃないわと思って、すぐにHPに飛んだ。
5分から10分かかると最初に注意書きしてある作者経歴を読みながら、納得。
その半生分の経験だけで、本の10冊や20冊はすぐ書けそう。

文庫版の解説は片桐はいりさん。
はいりさんとマハさんの不思議なご縁もまた本の続きのようだった。

人生の最後に消えそうで消えない線香花火がいくつも灯っていくような。
気が付くとたくさんのパチパチと弾ける、美しい線香花火があちこちで一群の光になっていくような。
そんな本だった。
当然、あっという間に読み終わり、案の定、涙が止まらなかった。
キネマの神様の奇跡は、小さな家族にも、映画館にも、そこに集う人々にも降り注いだ。
幸せな最後というのは、本も映画も、うれしいものだ。

先日久しぶりに訪れた映画館も、私の地元で言えば、まさにこの本の中で描かれる「名画座」だろう。
映画好きなら、誰しも持っているであろう「昔通い詰めた映画館」。
古ぼけて、アンティークかと思うような椅子に腰かけ、パラパラと席を埋める年配者の多いシートを見渡す。
なぜか私たちが若かったころから、その映画館はすでに時代に取り残されたかのようにひっそりと佇んでいたのに、それからさらに30数年もたってもまだそのままなのが不思議だ。

確かに、最近の映画は、DVDになることを前提に作られている節がある。
短期間に消費されていく映画と、何度でも映画館で見たくなる映画。
別に、3Dだから映画館で観なくてはってことではない。

ただ、なんでもすぐに忘れる性質なので、本も映画も何度でもOKな私にも、あまりにも強烈に気持ちを揺さぶられてしまった作品は、2度と読むことも、観ることもできない。
本なら「雪国」映画なら「王様と私」。
どちらも、その時書いた自分の日記の感想まで覚えている。
好き嫌い、というのともちょっと違っていて、これが何を基準にそうなるのかもよくわからない。

テレビ番組のリピートはちょっと意味が違う。
コロンボは何度だって同じものを観れるが、同じ製作者でもジェシカおばさんは無理。
テレビの場合、完成度が高いほど何度見ても面白い。

そういえば、テロ朝には怒り心頭の私だが、テレ朝CHのフィギペディアの真央演技は何度でも見てしまう。
今朝は「白鳥」と「シェヘラ」を。
何度見ても高難度。びっしりつまった宝箱のよう。
茶番からソチまで、どんな試合も果敢に攻めて、難しいプロをどう完成させていくか、本当に試行錯誤を繰り返していたことが伺える。
「シェヘラザード」なんて、「浅田・安藤」のバージョンだけでおなか一杯なのに、ちゃんと金メッキもねじ込んできたわ。三人三様、全く違うシェヘラ。
個性が見事に出てたわ。

・・・また話がそれた。
さ、次のマハさんの本を読むために、週末はまた図書館かしら?密林かしら? 
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2014
08.09

チャンスを生かせるか

Category: TV番組
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2014
08.06

ROLLYとジョーと、MAO

Category:
「みんなとちがっていいんだよ」 ROLLY 著   

ROLLYといえば、槇原敬之のいとこで、カラコンで不思議な雰囲気のロッカーという印象だったのよ。
その彼が、PHP研究所から出していた本を読んだ。

「YA心の友だちシリーズ」の中の一冊。
ほかにも、人気作家「あさのあつこ」さん、礼儀作法の「坂東眞理子」さん、メイクの「かづきれいこ」さん、華道家の「仮屋崎省吾」さん等が色んなテーマで書いていらっしゃる、10代のための本らしい。

なんとなく、手に取ったのだけれど、読み始めるとあっという間だった。
これは自分の子にもぜひ読んでほしいと思ったわ。

どの章も、自分の体験の裏付けがあるからか、説得力がある。

一番好きだったのが、「あしたのジョー」の話かしら。
ROLLYが語る「ジョー」の魅力は、彼の成り上がり人生でもなければ、スポ根物語でもなかった。
彼が最も「矢吹ジョー」に惹かれたのは、その「ストイックな姿勢」。

チャンピオンになりたいとか、名誉が欲しい、といった欲望とはまったく無縁に、自分の理想とするボクシングをやるためだけに、どんなに苦しくてもひたすら自らを切磋琢磨し続ける。その美意識に、とほうもなく惚れたんだ。



浅田真央がこれほど愛されるのは、その礼儀正しさ、気持ちの純粋さだけではなく、まさにROLLYが「ジョー」を語ったこの部分と全く同じ。

 敵に勝つのではなく、自分に勝つ。
~中略~

ほどほどの努力やほどほどの苦労では、たとえチャンピオンになっても、ほどほどの喜びしか感じられないし、なによりも、心にハガネが入るどころか、まったくもって成長できない。



ね?まるで浅田真央について書かれているかのようじゃありませんか?

彼は「セミの法則」(詳しくはこの本をお読みになられることをお勧めするわ)と、この「あしたのジョー」で苛められる辛さを糧にして生きようと決め、自分が生まれ変わる日を夢見て、生きてきたというのよ。

浅田真央は生ける「あしたのジョー」?

いつの日も、人が心惹かれ、惚れこむ人物の生き方には共通するものがあるらしい。
サムライ、と呼ばれるのもそうした浅田真央に、世界中の人が感銘するからなんじゃないかしら。

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2014
08.05

舞妓はんになった真央ちゃん

Category: 浅田真央
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写真を追加してみたわ

こちらから真央ちゃんの涙動画が見られるの

http://www.47news.jp/movie/general_sports/post_526/

news1.png

なんとなく、もう、競技には帰って来ない気がするな。
でも、それは今の現状では仕方ないことだと思うわ。
とても大人になった感じがするのはヘアスタイルのせいもあるのかしら?

でもね、きっと、素晴らしいショーで、これから世界を飛び回ることになると思うわ。
浅田真央らしく、ね。

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2014
08.04

節がある、ということ

Category:
これ、長いです。

私が一人になれる時間は、主に車の運転中。
リラックスしたい時の定番は、「アグネスキムラ」さまの音楽になっている。
晴れた日も、雨の日も、急いでいる時でさえ、この方の歌声はまるで木陰のよう。
じっと聞いていると、いつも思い浮かぶのは南国の樹木。
大地にしっかりと根を張り、豊かに海風をはらみ、包み込むようにさわさわとその緑の葉は人々を癒す。
樹木の豊かさ。
なぜ木なのか?

そう思ったとき、ふとこの画家の絵を思い出したのだ。



絵本「かさ」
言葉はなく、絵だけで語る、絵本。
モノトーンに赤い傘がひとつだけ。
少女が赤い傘をさして、お父さんを迎えに行く駅までの街並みがオシャレ。
わかる人にはこれがどのあたりの景色なのか、わかってしまうので、また楽しい。
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この絵本、動物たちが商店街でお買い物をするのだ。
そのお店がまたとてもオシャレで、動物たちも気取っておすまし。
太田さんの思い出が、街並みにひそませてある。

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驚きだった。この挿絵が日本人の手によるものだなんて、思ってもいなかった。
翻訳されたヴェルヌの小説だから、挿絵も元の本と同じだと思っていたのだ。
というくらい、素晴らしい。
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これらの絵本の挿絵は、すべて太田大八さんの筆によるもの。
あまりにも著名で、多作で、あらゆる分野の児童書、絵本でその挿絵を目にしてきた。
本の中身によって全く違う画家が描いているような筆さばきに、これまで太田大八という画家そのものについて、あまり考えてこなかった。
驚くほどレトロであると同時に、モダンで新しく、そして、無国籍。
特にこの絵本など、とうに日本人を超越した一冊。
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さて、この表紙の画家と上を描いた画家が同じ人だなんて、驚きではないだろうか?
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大好きな絵本「たのきゅう」。私はこの落語が子供のころ大好きだった。
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太田さんの日本の昔ばなしの挿絵は、まるで日本画に用いるような、「一筆」の力強さが魅力。
海外の物語の挿絵の時とはこうまで違う表現ができるものかと、また驚く。
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この「ながさきくんち」。そのタッチには他の昔ばなし絵本での太田さんとはまた違う緻密さと大胆さが惜しげもなく披露されていると思う。間違いなく力作だろう。
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太田大八さんのプロフィール、うろ覚えな記憶では、父君の仕事の関係で、大阪で生まれ、ロシアで3歳まで育ち、10歳で東京に転居するまでの7年ほどを過ごしたのが長崎県の大村市だったと思う。
その大村の海辺で過ごした幼少期を描いた「だいちゃんとうみ」は、太田さんのインタビューの中でも、思い入れのある一冊として語られている。
この「だいちゃんとうみ」あたりの絵が、ちょうど太田さんの和と無国籍の中間あたりに位置するかもしれない。

多彩な画法を駆使して、何篇もの詩にそれぞれ違ったタッチで見事に挿絵を施したこちらの詩集。
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なぜ今になって、この人の描く絵にこんなに惹かれるのかが不思議だった。
そしてなぜ、アグネスキムラさまのあの声と、私の中でシンクロするのかも。

そして「樹木」に戻るんでした。
アグネスさまの歌声にも、太田さんの絵にも、そして樹木にも「節」がある。
私にはこの「節」が、パンチとなって効いているのだと思う。
アグネスさまの歌声の深さ。
太田さんのくっきりとした筆運び。

ぺらん、と薄っぺらいものではない。
年輪を重ねていなければ出てこない。
けれどシンプル。
そうして、「節」に思い当たった時、アグネスさまのブログで見つけた「ホレホレ節」の文字。

「ホレホレ節」は、ハワイに渡った日系1世が、農作業の辛さを紛らわせるかのように歌い継いだ「民謡」だという。
アグネスさまの中に、ハワイアンを歌う土壌があり、そこに「ホレホレ節」という木が育ったのではないかと思う。
「ホレホレ節」を歌うには、覚悟も迷いもあったようにブログに書かれていた。
その謙虚な気持ちで歌われる歌こそ、尊いと思う。

アグネスさまの歌も、太田さんの絵も、力強く暖かく、包みこむ懐の深さがある。
この力強さこそ、アクセントをつける「節」として、民の心を映す芸術を産むのかもしれない。











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2014
08.04

世界を回せ!

Category: 浅田真央
夕べ、ちょうど読んでたのがこちら

「地球のかたちを哲学する」 ギヨーム・デュプラ著 西村書店

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「地球のかたちはどんなかたち?」
人類が太古の昔から描いてきた、自分たちが住むこの星の形が、どのように想像されてきたのか?
この世界、地球は時代や国や種族によって、様々なとらえ方をされてきた。
昔の人々がどのように地球をイメージしてきたのか、伝説と宗教、宗教と科学がないまぜになった混沌とした世界が、今ではグーグルで見ることができるようにまでなった。
だけど、この絵本(分類としては自然科学だけれど)は自分の手で絵を開いて見ながら、地面の下にはもう一つのさかさまの世界がある、とか、大地の下には別の世界がいくつもあるかもしれない、とか地中にトンネルがあって、夕日が沈むと、そのトンネルを半周して、また次の日に夜明けとともに太陽が地上に顔を出すのだ、とか、そりゃもう、しかけ絵本の楽しみと、昔の人たちの想像力の豊かさに笑顔にならずにはいられない本だ。

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地球は平らで、その下は大蛇によって支えられてるとか。

スケートリンクみたいな長方形ってのもあった。

自分たちが目にする大きな山や川は、信仰する神様が作ったもの。
みなそれぞれ違うようでいて、やはり世界、地球は「どこか」に浮いていて、「何か」に支えられ、地中は何層にもなり、その下、マグマを地獄と表現してきた、そのあたりの共通点も垣間見える。

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そして今朝、 「毎日少しずつ」の主様にコメントで教えていただいた
maonimation さま作の動画 「Spin the World Around - 浅田真央 」
たぶんこれだと思うのだけれど、見てびっくり。

maoが宇宙を飛んでいる!
星の間を飛ぶかのように、トリプルアクセルを飛んでいる!

私の頭の中の世界は、すぐに夕べの絵本の世界に逆戻り。
地球は平らなスケートリンクでできていて、その世界中をmaoが滑る。
その平らな地球はタラママの人差指でクルクル回ってる、そんな 光景が目に浮かぶ。




こんなに、世界中で飛び続けて来たんだね。
すごいことだと、思う。

こんな話もこちらのブログ様で知って、不思議な気持ちになった。
浅田真央試論
http://tripleaxel.cocolog-nifty.com/


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2014
08.03

だれか、止めて!



どうしても、貼り付けずにはいられないわ。
こちらの動画主様、平凡な言い方で申し訳ないのですが、神なのよ。

すっげーかっこいい・・・。
音、ぴったり。
大輔さんの動き、すっごい。
とにかく、ゲームの主人公を選ぶみたいにmao、リプ、ラジ、etc登場・・・そしてパトリックか大か、パトリックか・・・っ!みたいな。

すっばらしい。
だめ、何度も見すぎてしまうので、椅子とお尻が同化しそうよ。
誰か、私を止めてくれ!
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2014
08.03

ミステリー・イン・パラダイス

Category: TV番組
昨年の夏、チーム・オノリー署の話を書いた。
チームで仕事
ミステリー・イン・パラダイス。
昨年シーズン1、2が。そして今夏シーズン3がAXNミステリで放送された。
ジェラルディン・マクイーワン嬢のミスマープル「書斎の死体」に出てたロン毛のベイジルより、ずっと良かった主人公のベン・ミラー。

「海と太陽が不似合いなスーツ姿のあの男」、リチャード刑事役の彼が大好きだったので、シーズン3の幕開けにはびっくりしたわよ。

シーズン3の幕開け、初っ端から主人公を殺してしまうとは、このシーズンが本国でも好評だったのも頷けるわ。

そしてまた新たにやってきた警部補はその名も「グッドマン」。
リチャード警部補とは違ったおまぬけな憎めないキャラね。

リチャード同様、謎解きは関係者を集めて犯人を名指しするという、ま、正統派なミステリーといえば、いえる。

このドラマの一番の見どころは、カリブ海のリゾート地、セント・マリー島そのものと住人達の個性よね。
島はフランスの統治下にあったのち、イギリス領になったという話なので、住人も訪れる人々もさまざま。

セレブの別荘、ブードゥー、ハリケーン、宝さがし、オウム見学ツアー、カーニバル、修道院、大農家、セレブ御用達美容整形リゾート、映画のロケ地、富裕層のための老人ホームなどなど。
美しいセントマリー島は、事件の舞台に事欠かない。

私的にはシーズン2ですでに限界を感じていたのでシーズン3の展開は、大成功だったのではと思っている。
カミール、ドウェイン、フィデル、3人の仲間たちも、リチャード警部補の死を乗り越えながら、彼らのキャラを色濃く打ち出している。

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フィデルはパパになって、出世して、すっかり中堅の素敵な警察官になったわ。
このシーズン、彼は私服で何かとピンクのシャツを着てるんだけど、すごく似合ってる。
ドウェインは相変わらずだけど、彼なりのチームへのサポートは憎めないわ。
そして片思いだったリチャードを亡くしたカミールは・・・。

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ま、人が良くてリチャードと違って、この島になじみまくりの新しい警部補が、きっと彼女の心を癒してくれるわね。
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さて、このドラマは、英国の人気俳優の豪華ゲストがたくさん出てるそうだけど、Sherlockからはレストレード刑事役のルパート・グレイヴスがシーズン1第1話に、シーズン3最終話にはSherlockシーズン1、第1話で犯人のタクシードライバーを演じたフィリップ・デイヴィスが顔を見せてます。
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フィリップ・デイヴィスという人は、ミス・マープルのスリーピングマーダーでも見事に犯人役を演じていたので(結構不気味さが嵌ってたの)、今回は、どうかしら?

そうそう、そういえば、ドノヴァン刑事も不倫に悩む女性役で出演してた!
ドノヴァンの時より、きれいに見えたわ。

夏、といえばこのミステリ。
本国BBCのサイトではシーズン4が来年1月放送予定になってるみたいなので、また次のシーズン、夏ごろに日本でも見られることを楽しみにしてるわ。


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2014
08.01

パガニーニ

Category: 映画の話
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「21世紀のパガニーニ」と称される美貌のヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレット。
超絶技巧を自在に駆使しての自由闊達なヴァイオリンの音色に只々あっけにとられ続けた。

天才の一生というものは、とかく映画になっても切なく苦しいものが多いものだが、これもその一つと言っていいだろう。
ただこの映画、一生を丹念に追う必要がないほど、主演、制作総指揮のデイヴィッド・ギャレットは映画の中でパガニーニを演じ切った。
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この瞳とあの激しい演奏で、映画の中のオペラ座での演奏会は失神する淑女までいたほど。
クラッシックの枠はとうに超えていた。
イタリアから船で渡り、ロンドンに着いたパガニーニが、退屈しのぎにパブを訪れる。
すぐに喧嘩が始まるが、彼はその場でギタリストと一緒にヴァイオリンを弾き、その場の人々を熱狂させる。
現代に生まれたヴァイオリニストが弾いていると、これは映画なのだとわかっていても、鳥肌が立った。
圧倒的だった。
悪魔などであるはずがない。
たとえ時代がそう望んだとしても。
演出として彼の「物語」を作るための冠に、「悪魔」という言葉をプロモーターだったウルバー二が用いたとしても。
天分、天才という言葉には「天」が付いているではないか。

さて、この映画をどうしても見たかったのは、超絶技巧で演奏される「カプリース」(24のカプリース)を聞きたかったからよ。

この映画について教えてくれた職場の女性に、私はその場で浅田真央の「カプリース」をyoutubeで見せたわ。
「浅田真央って、こんな演技もできるの?試合ではいつも苦しそうで見ていられなかったけど」
そういった彼女に、話したいことは山のようにあったけれど、
「これが、本当の浅田真央なんですよ、きっと」
私が言えたのはそこまでだった。

だって、その女性は浅田真央の「カプリース」を、結局最後まで黙ったままじっと見ていたから。


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