2014
06.30

天女の涙

Category: 浅田真央
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このあどけない少女が、

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この戦いを経て、

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悲しみの中にも美しく咲き、

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天女となって涙を羽衣に織り上げた。

これが天女の涙。


一方、昨日、不肖の息子のために、皆様の前で、下げずとも良い頭を下げ、それでもチームの一員である息子の幸せに感謝しながら涙を流したおばさんもいたわけよ。
鬼の目にも涙というか、女の武器は涙と言わんばかりに、泣いてりゃ誰も「お前も何か言え」とは言わねーし。

泣くとね、怒りが感謝に変わっていくのよね。いつの間にか。
これはすっごいと思ったわ。
私はただ涙をこぼしただけだったのに、あとでそれを見てた息子は、「何感激してんだよ」って言ったのよ。
悔し涙だったかもしれないのに。
怒って泣いてたかもしれないのに。
仁王立ちした、逆切れ泣いた赤おにだったかもしれないのにさ。

ただ、大変だったこの1年の間に、息子が驚くほど成長していたことに、感謝せずにはいられなかった。
傷ついた気持ちも、体も、全部含めて、きちんと彼の糧になっていたことを初めて知った。

個人競技を経てチームプレーを始めて以来、この息子は違う人間になったんだと思う。
彼は泣きながらこう言った。「俺は俺だけのためには走れない。自分のためだけになら、戦う意味なんかない。」びっくらこいて腰が抜けそうだったわよ。

・・・それはともかく、不純物だらけの母の涙と、この天女の流した涙の違いはどうよ。

宝石と、石っくれくらいの違いよ。

この涙が流せるくらい、何かをやりきったことが自分にあっただろうかと、自問する。
もちろん、ありゃしない。
ありゃしないから、何か月たっても、多分死ぬまで、この天女の涙だけは、忘れられない。



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2014
06.27

本物とそうでもないもの

Category:
そろそろ夏休みの課題図書なる、世にもくだらない選ばれた書物が、子供たちの夏休みの宿題に、と書店に並ぶ季節。感想文や感想画を描かなくてすむならまだいい。けれど面白い本もあるのに、読んだ後に書かなくてはならない、描かなくてはならない宿題のことを思うと、本の面白さも半減するってものよ。
読んだ感想を書かずにはいられない、本に描かれた風景を描かずにはいられないっていうなら、言うことないけどね。

息子が小学生のころ、この「課題図書」からどれほど苦しめられたかわからない。
本を読むのが大嫌い、字も感想文書くことも大嫌いな息子と、とりあえずプリントに書かれた宿題だけは出さなければと必死だった愚かな母親は、好きな本を選ぶこともできず(学校の方針で、課題図書以外はだめだったのよ)くそ面白くもない(失礼)本の中から仕方なく本屋で1冊選んで買ってきて、泣きながら感想文を仕上げたものよ。

その時の怨念を胸に、とりあえず、あれこれ読んでみる。
素人が勝手なこと書いて実に申し訳ないのだけれど、私は批評家ではないので、あくまでも私見、ですが。

本は本である以上、くだらないなんて思っちゃいけないとはと思ってきたけれど、これだけ数を読むと、否応なしにある種の押しつけがましさを感じる本もありゃ、どれだけ読んでも何も伝わってこない本もある。
これは事実。

中身のない、けれど道徳的なお話もある。上っ面だけ大人の都合で書かれたって、子供は主人公の気持ちには到底なれっこないだろう。
同じテーマを描いているのに、なぜあの本とこの本はこんなにも違う?
同じ状況下での子供の気持ちを描きながら、鮮烈にその子供の気持ちがまるで生の檸檬のような酸っぱさで残る本。何の技巧も感じさせない自然さで、あり得ない設定も何にも気にならない。
この差は、なんだろう。

どれほど設定をリアルに、過不足なくなぞっても、言葉少ない絵本の中の、ほんの一言に到底かなわないこともある。

言うまでもなく、ミスなく滑ったオリンピックのご存じの演技より、あのソチのあの観衆のあのリンクでただ一人、これまでの人生を賭けた一瞬に、解き放った美しい魂が、より人の心を打ったように。

こんなにも短い絵本なのに、しかもファンタジーの形をとりながら、突き刺さるような作者の視線にぎょっとする本もある。
明確なメッセージ性がありながら、ちっとも押しつけがましくない、道徳のにおいがしないというのはすごいことだと思うわ。書いている内容は子供向けの魔法使いの話でも、書いてる作者の目線は完全に大人。

もう感想文を書かせなくてよい課題図書はなんと面白いものだろう。
良いものも、この一夏で終わり、というものも、それはそれでいいんじゃないのかしら。
読むだけならば。
だけど願わくは、子供の読書にこそ硬くても、筋張っていてもそれをかみ砕き消化するチャンスを。
それは感想文を提出することよりももっと大切だと思うんだけど。

さて、課題図書から離れて別の児童書にも手を伸ばしてみる。
昔話を現代の子供にもわかりやすく書き直し、挿絵も、字体も今、に受け入れられそうに作り直された本も沢山ある。見解は人それぞれだろう。
難解な宮沢賢治をどうよませるか、椋鳩十をどうよみがえらせるのか、作者と、画家と、出版社の腕と目が試される。

それから英語が必修になった小学生のための、英語に翻訳された日本の昔話。
読み聞かせのためにあるそうだけれど、子供たちの知っている話なら、英語で読んでも差し支えないだろうと選ぶ人もいるらしい。
ふーん・・・。

私などにはよくその意味が分からない。英語の勉強がさせたいのか、昔話を読んで聞かせたいのか、どちらなの?
どうせ英語を読み聞かせるなら、海外の良い絵本を、良い日本語訳と共に読んであげればよいのではないの?その方が、その言葉本来の持つリズムや心地よさが、音楽のように伝わりやしないかしら。
韻を踏むのが面白いマザーグースのような本なら、谷川俊太郎の訳をつけてあげれば一緒に読むことだってできるんじゃないの?リズムを損なうことなく。
そんなに英語で聞かせたいなら、「日本の昔話の直訳英語」を聞かせるより、文化と一緒に言葉を丸呑みするほうがなんぼのこと子供の心に残ることかしら。

昨日、スーザン・バーレイの「わすれられないおくりもの 」(児童図書館・絵本の部屋) の原書をたまたま手に取って、一気に読んで、恥ずかしながらほろほろ涙したばかり。
もちろん絵本だから読めたんだろうけれど、いいものは、言葉が何であれ、いい。

日本の昔話には、日本語にしかない素敵な言い回しがたくさんある。
その昔ながらの日本語を、子供にはたっぷり堪能させてあげるといいと思うんだけど。
そして他国の言葉で書かれたものは、きちんとした翻訳をつけて、背景がわかるように少し手助けしながら読んであげればいいと思う。
良い本なら、良い翻訳なら、物語の背景の知識も必要ないくらい、頭の中に勝手にトミーとアンニカやがらくた荘の部屋の様子だって描ける。そんなものではないかしら?

中学生のための課題図書は、数は少ないけれど、面白く読めたわ。
人によっては本の時代背景がわからない、何の戦争時の話なのかもわからなければきっと読む方にも意味が伝わらない、なんて言ってた人もいたけれど、私にはそんなことどうでもよくなるくらい、主人公の疾走感を感じた本もあった。
小さい子供向けの本の方が難しい、とやっぱり思う。
言葉数が少ない。それだけ、言葉の洗練度が要求されるんだろうな。

とにもかくにも、もう「読書感想文」を書かなくても良い、書かせる義務もない、という幸せに浸ろう。









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2014
06.20

わすれんぼ

Category:
そういやこのところ、スケートのカテゴリからも離れ、また日記にもどりましたのよ。

とりあえず好き勝手に書くことはやめず、ブログもこのままでいくことにしたわ。
なので、スケート関係でお越しになられた方々は、他のスケートブログ様の記事で楽しんでくださいましね。

最近、すっかり色んなことを忘れてて、遠藤周作について調べものをしていて、狐狸庵山人がもう18年近く前に亡くなられていたこともすっかり忘れてて、「そういや、最近何を書いてらっしゃるのかしら?」などと思ったりして、どうしよう、頭、大丈夫か、私?

でもね、とある片田舎の本屋でも、新装版で出た遠藤周作の本の隣には、ちゃんとマンボウこと北杜夫の本が、仲良く並んでるのよ。こういう感覚を持った本屋さんなのか、出版社のウリなのかは知らないけれど、なんだかこのお二人が言うところの「女学生」に戻ったようだったわ。ニヤッとしちゃったわ。買わなかったけどね。
そういや遠藤周作夫人順子さんも東洋英和女学院ご卒業だったそうで、毎朝見てる「花子とアン」の世界はなんだかどこまでも知らないことだらけの私には、ほーほー、そーなんかそーなんかの連続なのよ。

過去も現在もごちゃまぜのこの頭で。
とりあえず、「まじめな時の遠藤周作」に立ち向かい、一仕事片づけるしかない・・・。
だって、すぐになんでも忘れてしまうから。



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2014
06.19

まんま、でいること

Category: glee
「自分のまんま」であることは難しい。
時には命に危険が及ぶことさえある。

glee5のニューヨーク編、#14、#15をようやくじっくり見たのだが、ニューヨークにおけるゲイへの襲撃、カートへの暴力にはさすがに、久しぶりのgleeらしいテーマ、という感があった。
ソチの前、ロシアに行く行かないで話題になっていたジョニ子の活動が思い出される。
彼自身も彼のブログに書いていたことだけれど、きっと、命がけであったことは間違いない。
ジョニー・ウィアー。
現実と折り合いながら彼自身のスケートを滑り続ける、ましてや競技者であった間は様々な障害は想像以上だったに違いない。
彼の強さと男気にこそ、彼がスケーターを超えた人気を博している意味があるように思うわ。

アーティのニューヨーク生活にはうまいこといくように祈るような気持ちだし、ブレインとカート、サムとメルセデスカップルの行方とそれぞれのストーリーへの絡め方もうまいなあ、だったわ。
ドラマを見る側にとってはリアリティーとか、スリルとか刺激とか、そんなもんより、まず心揺さぶられるストーリーも必要・・・な時もある。

結局、主要な卒業生メンバーがみんなNYに移るってのもありえない展開ではあるけれど、私には実に実に面白かったわ。
まず、街のシーンがどこもかしこも素敵だったしね。
ブレインにシナトラを歌わせたのもびっくりしたけど、また彼がうまい。
このドラマはまずキャストありの、ストーリーあり、という気がして仕方ないんだけど。

俳優の個性を引き出すのがこれほどうまいと、彼ら自身のキャラで番組が出来上がっていくんじゃないかと思ってしまう。
ニューヨーク編の選曲は私のような年代にはたまらない曲続きで、ベトゥラ・クラーク「恋のダウンタウン」での始まりは映画のようだったわね。
ア・グレイト・ビッグ・ワールドの「ロックスター」には参ったし。

レイチェルが「自分のまんま」であることには時に修正が必要だけれど、気が付けば「ウザイ嫌われ女」だった彼女でさえ、友人たちに素直になることで成長している。

そしてカートは、彼の中に眠っていたかのような「怒り」が目覚めた時、たまらないほどの魅力を放ち始めている。彼が歌ったように「いい時も悪い時も過ごしてきて、今、ここにいる」。
彼らはまだ若いけれど、ほんとに、このドラマは彼らの人生を変えたのね。
gleeに「踊る合唱部」なんてひどいサブタイトルがついてたシーズン1のDVDへの最初の「ケッ」っていう感想は、とっくの昔に吹き飛んでるわね。






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2014
06.12

仙台~~~~!

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2014
06.11

スタイル

Category: TV番組
今日は朝から夜まで、この平凡な私にもたまに訪れる大変な1日だった。
その、わずかな時間にたまたま見たテレビで、驚くべき言葉が語られていたので忘れないうちに
書き留めておこう。
「ムービープラス」で見た「ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ」
「ファッションの女帝」と呼ばれたこの女性については、こちらのHPに詳しい。
http://www.afpbb.com/articles/modepress/2915882?pid=9976236

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彼女が関わった人物はそうそうたる顔ぶれである。
その傑出した慧眼は彼女の言葉の数々にも表れている。

私がわずかな時間を割いてこのドキュメンタリーを見ている間に驚愕したのが彼女の日本観、
特にファッションとしての「キモノ」についてである。

録画していなかったため、正確な言葉ではないのだが、

「キモノは真っ直ぐに立って着るものではない。
しなを作るようにちょっと体を傾けて着るものよ。」
「日本人はすごい。神は日本人に金もダイヤも石油も与えなかったが、
《スタイル》を与えた。」



「スタイル」
この言葉には「生き方」も含んでいると語っていた。
なんという女性だろう、と驚いた。
日本人を語るうえで、これ以上的確で、これ以上の褒め言葉があるだろうか?

彼女はきっと、瞬時に物事の本質を見抜く人だったのだろう。
「キモノ、ゲイシャ」を珍しい東洋のファッションと捉えるだけでは終わらなかった。
007の製作者には申し訳ないが、007の映画の中の日本と日本人は、やはり男性の目で見たものでしかなかった。

浅田真央のこの写真にも、「スタイル」を感じなかったろうか?
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一番好きな映画、ヒッチコックの「裏窓」。
ファッションモデル役のグレースケリーが、ジェームス・スチュアート演ずる恋人のカメラマンに合わせ、ラフないでたちで事件によって両足を骨折してしまった彼の看病をしている映画ラストのあたりの場面だが、やはり彼の写真雑誌か何かの下から取り出して眺めているのはファッション誌「バザール」。
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この映画の彼女も本当におしゃれで、知的で、聡明な恋人だったわね。
どの衣装も素晴らしかったけれど、私は彼女が「お泊り」に持ってきていた「オーバーナイトバッグ」にくぎ付けだった。そこから夢のように現れたネグリジェ(にしては豪華!)にも。

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なんと、バービーにもなっていた!ほしい!

あら、今夜も話がそれにそれまくってしまいましたわね。
ほほほ・・・・・。

単純に、うれしかった一言を、書いておきたかっただけの話よ。

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2014
06.08

Sherlock3 His Last Vow

Category: sherlock
Sherlock3は、随分ぶっ飛んだシリーズだった気がするわ。

クリスマスのシーンは、うーん、どうだったかしら、まあ、ファンサービスってことで。
ホームズさんご一家。
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大胆に彼らの解釈を真正面からぶつけられてポカンとしている。
このシーズン3は3作目の「最後の誓い」にすべてが集約していくように、3作1セットであるかのようにつくってあったわけかしら。

勿論思い切り楽しんだし、原作の「犯人は二人」を「21世紀」に置き換えればこのくらいの刺激は当然だろう。
・・・とは、思うけど。
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マグヌセン役の「ラース・ミケルセン Lars Mikkelsen」が収穫ではあったけれど、これ1作にしか登場しないのは勿体なさすぎる。

この鋭利な刃物のような男の驚くような侮蔑すべき人間像。
シャーロックは、愛する3人を守るとあの結婚式で誓った。
誓いの通り、守り通した。
マイクロフト、という防御壁は計算していたかもしれないけれど、自らを投げ打つことも厭わず。

シーズン1、2、よりももっとワトソンの核心に迫っている。
シャーロックの社会不適応より、ワトソンの心理分析の方により重きをおいているように見せることで、物語の荒唐無稽さ(シャーロックとメアリが初めて会った時のシャーロックの頭の中の映像であらら?とは思っていたけれど)に正当性を持たせようとしたのかしら。

ホームズ一家のママが元数学者で天才であったことが明かされることで、兄弟二人は母親のその才能を譲り受け、シャーロックはワトソンの中に父親を見出したのかという気はするけれど、まあ、面白かったから何も言うことはないわ。
でも、原作にもそれぞれ思い入れがあるのよ、「最後の挨拶」にも「犯人は二人」にも。

確かにおもしろかったわ。シーズン3。
少々、アットホームすぎるきらいはあるけれど。
私的には子役のモファットさんの息子は可愛くて好きだったし。

次の4は、またハードルを上げてきそうなシーズン3の最後。
さて、私はモリアーティーの復活は、どうなんだろうと思ってるクチで、組織の残党か彼を隠れ蓑にした誰かだと思っているのだけれど。
メアリの正体といい、これまでに何度も話題になってきた「東欧」といい、スパイ合戦の「最後の挨拶」の続きプラス、新しい何かなのかしら?

それにしても、この「最後の誓い」でマグヌセンが現在のイギリスを語った時、ドキッとしたのは私ばかりではあるまい。
現在の日本について語っているのではと思ったほど、鋭かった。
同じ島国、似ているものがあるのかしら。

先ほどから始まっているグラナダ版の「犯人は二人」。
映像の美しさ、衣装、背景、家具調度は見事。

BBCではだんだん普通の人に見えてきたシャーロックが、4ではまたfreakでcreepな奴になってくれるのかしら?

また、しばし待たなくてはならない。
原作との終わりなき蜜月を過ごしながら。



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2014
06.07

天女の羽衣展示会

Category: 浅田真央

神奈川)衣装や写真に見る軌跡 横浜高島屋で展示
2014年6月6日03時00分

 フィギュアスケートの浅田真央選手の活躍を振り返る「Smile 浅田真央23年の軌跡展」(朝日新聞社主催)が5日、横浜市西区の横浜高島屋で始まった。

 浅田選手が着た衣装約30点やバンクーバー五輪の銀メダル、幼い頃から今年の世界選手権までの活躍を紹介するパネルなど計200点を展示している。



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横浜高島屋に「戻って」来たという「真央展」。
もうこのまま、日本国中「うまいもの展」みたいに回ってきてはくださらないものか?
マネキンが着てる衣装を見ていて、あの衣装、本物ってことは、真央ちゃん、まさに「マネキン体型!」とやっぱり驚いてしまうわ。美しい。

さて、学生のスポーツも、最高学年にとっては最後の試合に向かって一試合一試合、真剣勝負の日々が続いている。
我が家にいる学生選手の一人も、今日もぼろカスに負けた。
明日もう一試合を残して、彼はそののち、どうするつもりなのか、自分でもまだ決めかねているようだ。
試合の勝ち負けより、自分の力を出し切れなかった悔しさに、苛立っている。
チーム全体のことを考えて動こうとした瞬間、彼は自らの内なる野獣を檻に閉じ込めてしまった。

勝負に関わる何を見ても、あのソチを、バンクーバーを思い出す。
全てのしがらみと自分にのしかかるプレッシャーから自分を解き放つことができたものに、きっと「勝敗」を超えた勝利がもたらされる。
あのソチで浅田真央が浅田真央を解き放った瞬間を、私達は目撃した。

我が家の選手の中にいるのは野獣だが、浅田真央の中にいたのは、天女かしらね?


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2014
06.06

昼休みの上の空

Category: 日常のこと
今日のお昼、私の斜め前に座っている女性が、皆との話の中でふと思い出したように話された。

とある病院の先生が専門的な話をして下さる時に、その内容の載った本を取り出され、その女性に専門書を「読み聞かせて」下さったのだそうだ。
優しく、ゆっくりと、噛んで含めるように。

彼女は言った。「40歳過ぎて、初めて誰かに読み聞かせてもらう温かみを知ったの。難しい話なのに、あたたかいの。私だってその専門なんだから、その本を出して、『読んでみなさい』って言われればすぐに読めるし理解できるのに。でもその時、人に何かを読んでもらうって、その中身の問題じゃなくて、ただそのことが幸せなんだなって心から思った。それは、何かをテレビで見たりネットで見たりするのとは違う、生の感覚よ。舞台もスポーツもそうだけど、その場にいなくてはわからないものがある。人から何かを読んでもらうことも同じ。CDで同じものを聴くこととは全然違うのよ。」

私はその話に、例によって口いっぱい食事をほおばりながら、チクリ、と胸が痛んだ。

確かに生浅田を見たことのない私に、彼女の本当の姿などわかるはずもない。
彼女がショーであっても、まだ氷上にいるうちに、夢は果たしておかなくては。
彼女が放つ「特別な物」を私はまだリアルに受け取っていない。
それは、とても大切なことなのに。

浅田真央がバンクーバーを戦ったシーズン、タラソワがコーチを引き受けたのは、スケート以外にも様々なものと戦わなくてはならなかった浅田に、あのタラソワ自身のパワーを与えるためではなかったのかと今でも思う。言葉の壁を越えて、口伝えに、体全体で、タラソワが浅田に伝えたものはきっと、氷の上でも温かかったに違いない。
だからこそ、バンクーバーの後、浅田真央のそばから離れることになったことで、彼女のそれからの苦難を支えることができなかったことについて、タラソワはその葛藤を後に語っていた。

タラソワから、マスター信夫から、浅田真央はきっとどの選手より指導は難しかったかもしれないが、愛されたのだ。美しさも技術も、ジャンプも表現力ももともとずば抜けていた。それでも孤高の人にならず、愛情を持って支えてくれるまわりの人々がいて、彼女の心は折れなかったんだと思う。

大人だからこそ読んで聞かせてもらえることにあらためて幸せを感じることができる。
同じように、きっと、認められぬ天才という孤独の最中にいたからこそ、まわりの愛情が、選手としての浅田を支えたのだ。

短い昼休み、頭の中は氷上の浅田真央でいっぱいで、その後の話には上の空だったって、誰にも悟られなかったつもりだけど、うまくいったかしら?
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2014
06.05

かわいすぎる話

Category: 浅田真央
よしログから

「エレベーターで見た浅田真央の素顔がかわいすぎる」って・・・
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00309/v09888/v0987100000000556918/

そのかわいらしい素顔と、
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この雄姿と。
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どんだけ魅力的なんでしょ。


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2014
06.04

失ったものの大きさを

Category: glee
「それでも僕は夢を見る」
水野敬也さんと鉄拳さんのコラボでできた本。
読みながら、泣いていた。

その一方で、NHKBSプレミアムシネマ「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」を見る合間に、glee5#13「さよなら、シュー先生」を見た。

gleeを見ながら、フィンのいないぽっかりと空いた「場所」の大きさをメンバーの表情の中に見た思いがした。
そして「THIS IS IT」、この公演が実現できなかったことで生まれた映画だけれど、それにしても、残念だった。彼がいたからこそ、これだけのパフォーマーもミュージシャンも集まったんだろうに。
地位と名誉どころか命まで奪われてしまうこともある、それなのに、なぜドラッグ問題は繰り返されるのか?

彼らの実際の人間性に興味はあまりないけれど、彼らがドラッグ無しで生きていればまだ成せたであろうパフォーマンスを思うと、失ったものはあまりに大きい。

「生きることが、輝きでした」。そう書いた水野さんの本は、尊かった。
夢が叶っても、かなわなかったつまらない人生であったとしても。

NY編ブレイン&サムによる「Best Day Of My Life」
ニューヨークの街が素敵。


ドラマにもいつか終わりが来る。gleeは次のシーズンでフィナーレ。


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2014
06.01

自分を試される

Category: 日常のこと
笑顔とおみ足がとても美しいこちらのブログ主様
http://ameblo.jp/agneskimura/entry-11867799295.html
こちらの記事を読んでいて、これからの仕事を前に、足がすくんで立ち止まっている自分に気が付いたのでございました。

お客様を前にしてこの「ショー」を演じることができる、これもまた自分を試されるのですね。



この方にとっては、これが日常なのだと思うと、エンターテイメントの世界に生きるということの「魅力と怖さ」の紙一重にこちらまでドキドキしてしまった。

私の場合、相手は「お客さま」ではないけれど、反応を見ながら、少しずつ、手を変え、品を変え、声色も変えながら自分の「手の内」を見せていかなければならない。
そこに、自己顕示という欲が見えればそこまでだと思っている。
どこまで相手の気持ちに寄り添えるのか?
どこまで「恥ずかしい」を乗り越えることができるのか?
結局、どこまで自分をさらけ出すことができるのか?
そのうえで、自分も楽しめるのか?
人の前に立つということは、どうにもごまかしがきかない。

ロンドンへバーチャル逃避行を続けていても埒はあかない。
試されても大丈夫な自分のために、ちゅーっ!っと入れていかなくては。中身を。

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2014
06.01

シャーロック3「The Sign of Three」

Category: sherlock
シャーロック3「三の兆候」。

21世紀のシャーロックにとって、ジョンとは何者なのか。
いつもホームズの推理の「反射板」として「その平凡さが解決のヒントをくれる」くらいな扱いだったこともあったジョン・ワトソン。
ところが今回、この「三の兆候」でゲイティスとモファットがはっきりと提示してみせたのは、シャーロキアンとしてのジョンについての位置づけだったと思う。

シャーロック・ホームズを題材にとって、これほど原作を変えてもなお、ドイルの物語に一番欠けていたと言われた「ホームズの人間味」を補ってあまりある作品に仕上げて見せた。「社会不適応者」と自らを定義づけしながらも、シャーロックに対してはレストレードでさえ、大きな銀行強盗事件より彼を優先させた。
レストレードだって、原作でもシャーロック・ホームズにある種の恩義は感じていたし、尊敬の念もあった。でもホームズの手柄を自らの功績としていただくのが常套手段だったスコットランド・ヤードは、もはやアンダーソンを見るまでもなく、シャーロックをモリアーティ事件以来、特別だとしているのだろう。ま、そのあたりは番組作りのサービス精神だろうけど。ま、シャーロックの方ではレストレードのファーストネームさえいまだにきちんと覚えていないようだし。

事件そのものはジョンとメアリの結婚式の準備の時からから密かにちりばめられた事件が、結婚式と、シャーロックのスピーチの中で解決されていく仕立てだけれど、今回は殺人から被害者を救ったのはジョンだった。

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ジョンとメアリの結婚式で、ベストマンのシャーロックがスピーチをする。


「とにかくジョンは僕にとって、なくてはならない存在です。僕は事件現場を見て、多くのことを読み取りますが、ジョンは人間を理解できるのです。もし、皆さんが僕たちに何かを依頼なさることがあるとしたら、事件の解決なら僕でも、皆さんの命を救うのはジョン・ワトソンです。ジョンに何度も命を救われた僕が言うんですから、間違いありません。このブログは、ぼくたち二人の、正直、かなり間抜けな冒険物語です。殺人や、ミステリーや、大騒ぎ。でもこれから、始まります。新しい物語が。」



「空の霊柩車」では2年も死んだと思わせたシャーロックに怒り心頭だったジョンが、「君を許すよ」と、爆弾を目の前に、とうとう言わされたけれど、彼はそのジョンの言葉に、不器用ながらもベストマンとして充分報いたわ。あの、シャーロックが。
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オチもほほえましく、君は牧師館の時のミスマープルかっ!っと思わず突っ込みたくなるお茶目さだったわね。
笑って泣けて、色彩豊かな「三の兆候」。
結婚式場の黄色が効果的な素晴らしい壁紙の色とグリーンの配色。
ベストマンのシャーロックが、それは可愛い小僧のようで。本人も最後に認めてたけど。

私は極めて適当な感じのシャーロックファンだし、本読みでもある。それでも今回、このドラマを見ながら、つくづく読書は非常に個人的なものであると同時に、同じものを読み、主人公と共に冒険してきたという、共通体験でもあるのだと痛感した。
その共通体験があるからこそ、同じ主人公を愛したもの同士の何とも言えない繋がりを感じるのだ。勝手に。
普通の人間なら読み取れない行間を読み、文化が違えばわからない11月の表現もさりげなく画面に織り込むことができる。そして何より主人公の国で生まれ育った人たちが作った新しいシャーロックにここは、乾杯、なんだろうな。

ところで、「ホームズもののドラマや映画は、映像の創世記依頼長く作られ続けてきたために、ホームズのドラマや映画は人類の映像の歴史そのものであるといっていい」といったことが「映像の中のシャーロック・ホームズ」か何かで語られていたと思う。
今回もドラマにしては映像にとてもこだわってると思うわ。
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さて、NHKはBBCの「三の兆候」と見比べるために、グラナダ版「四人の署名」を放送している最中。
この病的なホームズと、どう見てもこの若すぎるメアリとは不釣り合いなワトソンを堪能中。

黒い船を追いかけ、毒の吹き矢の使い手(三つの兆候ではほんの一コマだったわね)の出身地をヒントに事件を解決に導く冒険を、しばし楽しみながらもう寝なくっちゃね。

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