2013
08.21

納涼007

Category: 映画の話
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「007サンダーボール作戦」

いわずとしれた、007映画の第4作目である。
なんといっても、ふんだんに取り入れられた水中シーンが怖かったり美しかったりで、夏にはぴったり、目にも涼しい。

暑い時に、海の映像を見ながら涼しい部屋でボーっとする。
ずーっとこうしていられたら、どんなにいいだろう。

ジェームスボンド役のショーンコネリーが少々暑苦しいが、大好きな俳優なので仕方ない。

この映画の全編に、あの007のテーマが、繰り返し使用されている。

海とアクションの映像で涼んでいるつもりが、ついつい、あの「茶番」クーバーのことまで思い出す。

2分50秒のショートプログラムの中に、よくぞ上手いことあの曲のキモの全てを入れ込んだもんだと思う。

皆それぞれの言い分はあるだろうが、やはりあのSPは、素晴らしかった。

編曲、振り付け、大衆演芸、三位一体のエンターテイメント。

ただそこに、浅田真央がいたから、あのバカげた点数を盛るしかなかったのだ。

バンクーバーシーズン、全日本まで、真央ちゃんの「鐘」は賛否両論だったと思う。

私もSP、LP共に、「戦略的に」これでいいの?と思っていた。

でも全日本の時だった。

オリンピックを賭けた後のない勝負。

あの時の「鐘」には鳥肌が立った。

「これは大変なことが起きたんだと思うんだけど・・・。これって、何?」

それまで見てきたスケートとは全然違った何かだった。

007のプログラムは、確かに素晴らしいものだった。

なのに、戦う相手が別の次元だった。

2008年のGPFで、浅田真央が勝ってしまってから点数だけ別次元にいってしまった「例のあの人」だが、同時代に浅田真央がいなければ、こんなことも起こらなかったかもしれない。

繰り返し流れる007のテーマに、私の中でソチのスイッチがうっかりオンしてしまったよ。







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2013
08.18

スケートから肉体表現へ

先週、BS朝日で放送された「フィギュアスケート カーニバルオンアイスSP」

真央ちゃん、D輔さんのメドレーもさることながら、カートブラウニング、2012年の演技に釘づけに。



ジャンプで競う部分が大きいスポーツとしてのフィギュアを超えた先には、限りなく舞踏に近い芸術世界が開けているのではないのかと改めて思った。

たまたま同じ週に見たのが『小さな村の小さなダンサー』という映画。

バレエのために家族を、祖国を捨てるしかなかったあるダンサーの物語。

これは良い映画だった。

「ドライビング・MISS・デイジー」のブルース・ベレスフォードが監督だとわかってみると、納得。

好き、とか面白い、という以外に、映画には「伝える」という意味で、良くできた映画がある。

中国の名ダンサー、リー・ツンシンによる自伝を映画化したそうだが、毛沢東の時代、文化大革命という名のもとに過酷な生活を強いられた中国人の苦悩と葛藤。

自伝というからにはプライベートな部分で、さらりと流して描くしかなかった面もあるのだろうが、演出過剰でないところも、好みだった。

肉体表現としての舞踏、バレエに生きる人々の肉体は、黙っていても、饒舌に物を言う。

映画を見ながらカートブラウニングのスケートを思い出し、さらに彼とプルシェンコの違いに思いは飛んだ。


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