2017
06.02

おばさんか、おとなか

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2017
04.12

違和感

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2017
04.11

QED(エラリー・クイーン風に)

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2017
02.19

数値化

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2016
12.31

新しい年へ

おせちの準備(今年は詰めるだけ( ´∀` ))
お雑煮の出汁取り、具の下ごしらえ。
大掃除ついでに、引っ越し準備の下準備。

気が付くと、何時間も経っていて驚きました。

テレビをつけると、全日本選手権の再放送中。
録画していたので、休憩がてら、ゆっくり見直しました。

やはり浅田真央は、違うフィールドで戦っているように
私には見えました。


スポーツ選手として、その競技を極限まで突き詰めようとすると、
それはスポーツを超えて、芸術になってしまうのではないでしょうか。

Mao-Asada-Black-bird-SP-Finlandia-Trophy-1 (1)


http://www.insideskating.net/2016/10/18/features/intriguing-and-addictive-mao-asadas-programs-for-this-season
InsideSkating トーンさんの10月の記事の最後、赤リチュのフィニッシュのポーズの写真の下にはこう書いてあります。

...過去の自分を解放し、新しい愛を抱く。

Mao-Asada-Ritual-Dance-FS-Finlandia-Trophy-3.jpg


良いお年を💛






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2016
12.24

いじわるばあさん

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2016
10.25

Black bird

ポールはこの曲を、黒人女性に向けて書いたと言われますが、

私は何度も繰り返し聞きながら、
真央ちゃんのことを思います。

黒い鳥よ、折れた翼で闇夜から、ひとすじ差し込む光の中へ飛んでいけと・・・。




Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise

Blackbird singing in the dead of night
Take these sunken eyes and learn to see
All your life
You were only waiting for this moment to be free

Blackbird fly, blackbird fly
Into the light of the dark black night

Blackbird fly, blackbird fly
Into the light of the dark black night

Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise
You were only waiting for this moment to arise
You were only waiting for this moment to arise









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2016
10.23

逆説 裸の王様

昔々、あるところに、美しい姉妹が住んでおりました。

姉妹の家は、湖のほとりにたっておりました。

冬になると湖には氷がはり、姉妹は来る日も来る日も、両親に買ってもらったスケート靴で、氷の上をクルクル回ったり、踊ったりして、くらしておりました。

ある日、湖の近くを国の大臣が通りかかり、2人は国の代表として世界でスケートを滑って見せるようになりました。



しばらくすると、姉むすめは、その美しさと聡明さで有名になり、家を出て、そのまま町に住むことになりました。

妹むすめは、それでも一人、スケート靴を履いて、跳んだり、回ったり、美しく舞い続けておりました。

いつしか妹むすめは、沢山のメダルをもらうスケーターに成長しました。

ところが、この国にはすでに、世界で一番のメダルを持つ、「スケートの女王」がおりました。
女王はこの妹が、自分より若く美しく、あまりに上手にスケートを滑るため、心の中で憎しみを感じるようになりました。

妹むすめの住む国は、小さな国でした。
隣の国とは、さまざまな事情で、むずかしい関係を続けておりました。
大国の助けを受けながら、立派な人物を育て、国を守ろうとしておりました。
大衆伝達(たいしゅうでんたつ)は、国にとって国民の支持を左右する、大切な手段でした。
けれど、この国の大衆伝達手段は、とても不自由で不確かなものでした。

ある時から、この「大衆伝達」をする偉い人達にとって、妹むすめのスケートは、邪魔な存在となりました。
隣国に、妹むすめと同じ年の、「スケートのくいーん」がいたからです。

妹むすめの国の「スケートの女王」はますます力を持つようになっていました。
妹むすめが妬ましく、疎ましかったので、隣国の「くいーん」を褒めることにしました。


大衆への伝達は、世界的に「くいーん」は素晴らしい、その一色に染まりました。

「くいーん」は、スケートの技術よりも、「表現」を褒められていました。
女の子のスケートは「技術」より「表現」がだいじ、と大衆には伝達されました。

妹むすめは元々音楽にのって舞うことが上手でした。
「表現」は十分に見る人々に伝わっていました。

けれど、そのことは大衆に伝達されず、「跳んで回るだけ」と言われ続け、
娘は人知れず涙をこぼしました。

とくいだった「とぶこと」さえ、「足りていない」と認めてもらうことができず、大人になるにつれ、「とぶこと」さえむずかしくなってきました。

娘に審判を下す人々や、「大衆伝達」について、娘を熱心に見ている人たちは、「どうしてだろう?こんなに上手で、美しくて、むずかしいことをしているのに」とふしぎに思いました。
でも、ほんとうに娘が滑る姿をねっしんに見る人は、大衆の中でも一部の人たちだけでしたので、多くの人々は「伝達」を信じました。

妹むすめは、それでもスケートを愛していました。
来る日も来る日も、世界で一番難しいことを練習しました。
そして、世界一のメダルはもらえませんでしたが、世界中の誰もが、忘れられないスケート
を、人々の前で滑って見せたのです。

その後娘は、1年間、おやすみをしました。
姉むすめは妹と一緒に、肉を焼いて食べたり、スケートを滑って、2人は子どもの頃のように楽しく過ごしました。

「くいーん」がスケートをやめ、妹むすめがおやすみをしている間、こんどは大国の若い娘たちが、次々に妹むすめのように難しいことをするようになりました。
大国の若い娘たちが皆、妹むすめを尊敬していることは、大衆にはあまり伝達されませんでした。

妹むすめが再び大衆の前で滑り始めた時には、「表現」より「たくさん回って跳ぶこと」の方が大事だと「伝達」は言うようになりました。
それまでは簡単なことを間違えずに綺麗に見せることが大切だったのに、今度はそんなに美しくなくても、たくさん回って跳ぶと、メダルがもらえるようになったのです。

熱心に滑り続けていた娘は、滑らかに音もなく氷の上を滑り、高く高く跳び、あまりにも難しい足技で、よその国の人々から「宝石」と呼ばれるようになっていました。
娘の「スケート」は、美術品のような「アート」になったのです。

それでも


娘のスケートに、偉い人達は「娘はへたくそだ」と言いました。

大衆も、偉い人達がそういうのだから、間違いないと、一緒になって「へたくそだ、へたくそだ」とはやし立てました。
ヤフコメでも、むずかしいことを言えば、大衆はすぐに信じたのです。

偉い人たちの言葉は、プロトコルと、すでに何のためなのかわからなくなってしまったルールブックでした。
プロトコルをていねいに説明してくれる人は、なぜかてれびじょんにもあらわれませんでした。
一般の庶民の中には、得意げに説明をする人もいましたが、妹むすめにだけ使われるルールや、
他の娘たちにだけ許されるエッジや回転不足について、どうして同じ説明ができないのか、だれにもわかりませんでした。

キス&クライと呼ばれる場所に座った娘に、偉い人々は尚も、「あれもだめだ、これもだめだ」と言い続けました。



アメリカのキス&クライでも、それは変わりませんでした。

妹むすめの隣で、ひっそりと、目立たない落胆の表情を見せたのは、「マスター」と呼ばれるおじい様でした。
妹むすめの演技がどんなものであったのか、誰よりも、よくわかっていたのが、「マスター」でした。


なぜ、「ゴールポストを移動する」ようなことを続けるのでしょう?
だれにも、わかりませんでした。

妹むすめを讃える一部の人々は、「スケートのルールもわからない、愚鈍なものだ」とさえ言われました。

「陰謀論」を唱える馬や鹿のように書かれました。

偉い人や、ルールに詳しい人がそういうのだから、きっと、そうなのでしょう。
国には、娘を素直に讃えられない雰囲気さえ、霧のように漂いはじめました。

娘は、黒い衣装で微笑みながら、次の日の赤い衣装では、傷ついた心がそのまま足につたわったように滑りました。

それでも、とびました。



////////////////////


大衆の中に、空気の読めない子どもがいました。

「娘はうつくしいよ!だれよりも いちばん!」



偉い人々は慌てました。

「何を言うのだ!」
「フリップは回転不足、ステップはレベル3、3Aも3-3も入っていない構成で、しかも膝に問題を抱えているのだぞっ!」



子どもは空気を読めませんでした。


なおも大きな声でさけびました。


「ブラボー! マオ! ブラボー!」







2016america16.jpg



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2016
08.27

書かんのかい?

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2016
07.29

ロケット発射台から飛び出す

ここ十数年、もうこの人とお付き合いするのは嫌だなあ、と思い続けていた人がいた。

健康食品を売る人。

売ってるものは良いものだし、彼女は自分は立派な仕事をしていると信じて頑張っている。
強引だがそれもお嬢様育ちで周囲に守られて育った故なき自信の賜物だろう。

彼女のボスは人格者で、先日書いた「ランチのアッコちゃん」を彷彿とさせる女傑である。
アッコちゃんのような人のそばにいながら、あんな風でい続けられるだなんて、
彼女はボスの何を見ているのだろう?
アッコちゃんの無駄遣いというものだ。

同じ商売をするにも、アッコちゃんには志があり、
彼女には儲けるという目的があった。

どうせ大枚はたくなら、志のある人から物は買いたい。

私は本来顧客なのである。

なのに「健康でいられるのは私のおかげ」を押し付けられて早16年ほどか。

健康食品はお高い。

彼女の気位もお高い。

私が転居して以来会うこともなかったが、電話やメール、手紙の類は定期的に届く。

ただそれだけでも、理由なき上から目線は私を傷つけ続けた。

とうとうこれはもう潮時か、という小さなきっかけがあった。

最初はただ怒っていたのだが、それから私はこの怒りについてしばし考えた。

丁度テレビでカンバーバッチホームズが座禅めいたポーズで瞑想するシーンを見たばかり。

私もしばし、瞑想の真似っ子をした。


私もまた、「言葉」の呪縛から逃れられなかった弱き精神の主だったのだ。

「これを食べ続ければ家族はみんな健康。食べなければ不幸。」
そんなの、言葉の鎖だ。

私は怒りを返す代わりに、彼女から言われた言葉、彼女のとった行動、これまで彼女が私にしてきた事をメールに書いただけだ。

それで十分だった。

その上で、恩着せがましく送って来られる数々の「お知らせ」も断った。



友人に、その顛末を簡単に書き送った。

友人の返事には笑った。

「怒りはロケットが重力から解き放たれる時の推進力と一緒だね!」

そうだね。

私はようやく発射台に点火して、飛び出したのだ。

言葉の呪縛という重力から放たれて。






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2016
07.17

さよならよしこさん

よしこさんは、私の大切な友人だった。

誉れ高い美人さんで、
米寿88歳を迎えた翌日、亡くなった。

よしこさんは良家に嫁いだものの
若くして夫に先立たれ、
続いて自慢の長男を事故で失った。

彼女に似てハンサムだった次男も一昨年亡くし、
彼女に残されたのは、
嫁と孫2人。


カラッとさばさばした人で、
悲しい顔を
誰にも見せなかった。

他所から嫁いで来た彼女は
この土地で苦労の連続だっただろうに。

いつも飄々と、淡々と生きた。

会えばいつも言わずにはいられなかった。

「よしこさん、相変わらず綺麗ねえ。」

彼女は必ずこう言った。

「ほんとにもう、やだねこの人は。
いつも私をこうやってからかうんだから。」


私は彼女を子供のころから知っていたが
彼女は昔から、
私を子ども扱いしたことがなかった。

歳はずいぶん離れていても、
私たちは、普通に友達同士だった。

永遠の眠りについたよしこさんは
穏やかで安らかな顔をしていた。

88歳の眠れる森の美女のように。


私はこうして泣いているけれど、
よしこさんはきっと、天国でも
「あら、来ちゃったわ」なんて、
飄々としているに違いない。




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2015
12.26

軸になるもの

BGM代わりにGleeを見ながらサボっていたストレッチをしてみたり

映画フェームを見て、

山田孝之の東京都北区赤羽」を見て、


そしてXOIの高橋大輔の演技こちらを見た。

素晴らしかった。
NYではダンスとマイム、勉強してるんでしょうか?




映画の「フェーム」は、パフォーマンス云々より、ドキュメンタリーのようで好きだ。
アイリーン・キャラつながりでは、大昔、「フラッシュダンス」を観た映画館で
「見て損した!」と怒り心頭になった私なので、好みの問題だろう。

「フェーム」の群像劇の中に流れる4年の月日。
ダンスも楽器も、演劇もバレエも。
時間をかけ、基本から叩き込まれ、絡み合った芸術を其々得手不得手はありながら経験する。

どの道に進むのかは其々で、誰がどこでこの世界で生き残っていけるのかなんて未知数。


自己が確立していなければ、そうでなくても拠り所になる「苦しんで、学んで、得た」基礎が自分の身体の中にしみ込んでいなくては、生き抜いていけないと思う。
あとは、最初から「レイチェル・ベリー」に生まれるか。

そういえば、GleeのNY編では、レイチェルと天敵だったダンス講師が和解するシーンで、
レイチェルが「フリマで買った「映画『フェーム』でデビー・アレンが使ってた杖」をプレゼントしていた。
オマージュ、だろうか。
Gleeなのに、レイチェルなのに、じん、ときた。

一方、「山田孝之の東京都北区赤羽」。
清野とおるのエッセイマンガ『ウヒョッ!東京都北区赤羽』に惹かれた山田は、赤羽に住んでみようと思い、実行する。

彼はこう語っている。

「いままで、自分らしく生きないように生きてきたんですよ。いろんな役をやっても、軸がないほうがいいとずっと信じてやってきてたんです。でもその結果、自分と役の境目がわからなくなって、切り離すことができなくなってしまったんです」

「一度、自分らしい軸というものを作る作業をやってみようかなと思ったんです。そうしたときに、ここ(『ウヒョッ!東京都北区赤羽』)に出てくる人たちって、みんなすごく軸がしっかりしていたんです。自分らしく生きてるじゃないですか。だから赤羽に行こうと思ったんです」



映画撮影のクライマックスシーンで、「本物の刀じゃないと自害できない」と撮影を中断。
監督にもちかけたのが、このリアル赤羽ドキュメンタリーの話だったという。

私も原作が大好きなので気持ちはわかるが、彼の苦悩は深いのだと思う。

番組の(一応)最後で、赤羽で知り合った人々と一緒に、山田は劇「桃太郎」を演じた。
立ち姿だけで、一般の人とは全く違う。
彼のエキセントリックで繊細で、よくわからない内面に欝々としながらも、観てしまう。
映っているだけで、画面を引き締める存在だ。
生まれながらの、「観られる側の人間」がいるとしたら、こういう人かもしれない。

けれど、その彼でさえ映画の主役として、どうにも立ち行かなくなってしまった。

「軸がない」と彼は言っているが、もしこれが「フェーム」の中の誰かだったら、役者としての危機をどう乗り越えるだろう。
あの学校で学んだ4年間は、彼らの支えに、軸になったのではないか。

「人間としての軸」を山田は求めた。
果たして、「あの」赤羽にそれはあったのだろうか。

彼は例え数か月でも、演劇を「学んだ」経験がないのではないか。
現場で見よう見まねでやってきたのではないか。
才能があったから、仕事ではそれで十分だったのだろう。

赤羽の人々も、彼はやはりスクリーンの中にいるべきだと感じている。
彼の孤独も乾きも、全て一度には満たされないように見えた。

15の時から役者を続けてきた彼の精神に、赤羽での「フェイク・ドキュメンタリー」はフェイクではなく、本物の何かを残したのだろうか。


で、高橋大輔である。

彼はアメリカに渡って、更に磨かれている。
しなる背中、指先までが饒舌。

彼は十分にスケートの基礎を学んできたし、すでにスケーターとしては実績を残した人だ。
それでもまだ、その先があることを今年のXOIで魅せてくれたのではないか。
私は高橋大輔の、時に自信なさげな表情がとても好きだが、
演技中の彼に、その片鱗はみじんも見えない。


軸がある、ということは、何がしかの裏付けになる学びなり、困難を克服した過程がその人を支えている状態なのではと思う。
あるいは、誰か常にそのままの自分を受け止めてくれる人たちが傍にいることも含めて。



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2015
10.29

素人目のつらつら

素人雑感でございます。

運動音痴ですし、
スポーツといっても、常にルールに疎いので
何を見ても、
「すっげーなー」
とぽやーっとなっているのが日常なんでございます。

そんな私でさえ、これはないだろ、と思ったのが
わかりやすい「フィギュアスケート」の採点でございました。

今回のスケ雨でも
?という採点はありました。

一方、今朝のテレビでは、
今季カナダの初戦で、昨季よりも高いPCSを出したという
王者の「和」プログラムへの絶賛が
はじまっておりました。

思い出したのです。

ラグビー、ワールドカップ、スコットランド戦を。

先日のワールドカップでの活躍以来、
ラグビー界の顔として、五郎丸選手が
ハゲタカメディアを相手に頑張っておられます。
頭が下がります。

あの感動の南アフリカ戦の後、
スコットランド戦の前半。
素人目にも、あの時の審判は、少し日本に手厳しかったと思いました。

前半に何度も反則を取られ、浮足立っていた日本代表は大事なところでミスを重ねていきました。
前半の消耗が、後半スコットランドの余裕のトライを許したように見えました。
よく見る負け試合のパターン。

スコットランドがそれだけ強かったのでしょうし、それが実力差だったということは、
あったのでしょうけれど。
日本にとっては前半取れるところで取れなかったトライやミスが、
後半一気に効いてきた感じがしたのです。

そのちょっとした後押しになったのが、
もしかすると、前半の審判の厳しさだったのかもしれないなあ、と思っていました。
後半、スコットランドの勢いが増したとたん、審判の笛は、驚くほど聞こえなくなりました。

どんなスポーツにもあるものなのでしょうが。

試合の場だけではない、別の戦いがそこにあるような気がしてなりません。
採点競技でなくても、これです。
サッカーなどはもうすでに言わずもがなですが。

さて、テレビを見る限り、そして
やったことにたいする評価が出るところを見る限り、
王者はクリケットに行ったことが
正解だったのかもしれません。
※この日記を以前から読んでくださっている方には、この斜め目線具合がおわかりかと・・・・。

あの審判の笛に腐ることなく、
結果としてワールドカップで3勝をあげ、
精一杯戦った桜の戦士は誇らしかったものでした。

スケ雨でも、ジュニアから上がってきたばかりの選手に
あれだけのPCSを与えたジャッジは
宮原選手には「そこそこの」PCSでお茶を濁しました。

詳しい方が喝破されておられました。
知子ちゃんのジャンプにつけられた「!」は、
本当ならほかの選手にもつけられるべきものであったこと。

JOでリーザやソト子を見た時は、
確かにジャンプとは別のところで、
これは演技構成の方に点数あげたいわ、と思わずにはいられませんでした。
私個人としては、メドべちゃんは素晴らしかったと思いますし。

それでも、
試合によって、選手によって、
ある種のパワーバランス的なものによって
出る点数、認めるジャンプ、認められないジャンプがあるのはやはり変。

楽しみなようで、
GPSの試合が重ねられるごとに、
また色んな気持ちが沸き起こってくるのかと思うと
ちょっとげんなりもするのですが。

ただ、
某選手がいない今、
あんな演技であの点数をかっさらっていく人はいないのではないかと思うので
その点だけは以前よりましかもしれません。

気持ちの強さが印象的だったスケ雨の昌麿君と知子ちゃん。

そして一番気がかりな真央選手。

これからのシーズン、どうか、審判の笛に消耗することがありませんように。
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2015
10.08

面白いのは「気づき」かた

先日お世話になったSちゃんは大変な読書家である。
面白い本や、読んだものについて教えてもらえるので、話をしていてとても面白い。

JOの時にも、「そういえば、こういう話を読んだ」「あれは面白かった」とあれこれ盛り上がったのだが、
今回はどの話も「本」ではなかった。

人様のブログを勝手に載せさせて頂いて、非常に心苦しいのですが、
「これ」も「あれ」もなんと

 「ǑKKANABIKKURING」のぢょん・でんばあ様が書かれた話だったのだ。

「あの話は良かったわあ。」
「あれは面白かったわあ。」

という「話」が、一つのブログ様に集中するだなんて、活字中毒の私たちが読む量から考えれば、すごいことではありませんか。


というわけで、先日読んだコラムの中に、でんばあ様の書かれるものが「何故」面白いのか、腑に落ちるような話があったので書いておこうと思う。

本当はご本人のブログにコメントで残したかったのだが、この長さじゃ無理。

すみません、そういうわけで、自分のところに書きます(;´∀`)


腑に落ちる話、とは「似ているようで違う『方丈記』と『徒然草』」なるタイトルのコラムだ。

法政大学の小秋元教授が「少年写真新聞」発行の9月28日付ニュースに書かれたものである。

そのコラムによれば、
『方丈記』は厳密に言えば、『住居論』、といういわば中国伝来の「自らの住みかと生活について書く文学のスタイル」を手本にしているという。

えっ?
授業で教わった無常感はどこへ?

「住居と生活」って、めっちゃ現実的では?

しかも「方丈記」の文章は型に乗っ取った磨き抜かれた文章だという。

だって、 「日本3大随筆」じゃなかったの?

まさか「型」があったとは。

習ってないよ、そんなこと。


それに対して「徒然草」は現代の随筆に近いもので、多様な内容について思ったことを書くというスタイルは、当時まだなかったという。

ということで、従来あった文学の「既存の枠を破った」のが「徒然草」だったらしい。

では「徒然草」は何故面白いのか?

それは吉田兼好の「気づき」にあるという。

小秋元教授によれば

現代の随筆もそうですが、優れた作品には読者の共感を誘う、著者の『気づき』が記されているのです。
『がっかりだよね』と兼好が言うと、八百年後の読者も『そうだよな』と思えるのです。



確かにそうだ。

でんばあ様のブログが面白いのはその着眼点である。

私たちが見ているものと同じようなものを見ながら、でんばあ様の目を通してそれらを見ると、なぜかクスリと笑ってしまう。

パンも、お菓子も、ネーミングや袋の写真までが、違ったものに見えてくる。

いつもいつも共感しながら、「そうだよな」とポチを押すのだ。

時には胸にじんと響く一行に涙しながら。

時にはパソコンに向かって大声で笑っていることもある。

「気づき」とは誰もが「気づく」もんでもなかろうと思う。

というわけで、私は今日も、「ǑKKANABIKKURING」を楽しみに開くのである。




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2015
09.05

「とことん孤独でありながら」

鎌倉市図書館のツイート「学校がつらい子は図書館へ」 一時は削除も検討
http://www.huffingtonpost.jp/2015/08/26/kamakurashi-library_n_8046562.html

神奈川県鎌倉市の鎌倉市中央図書館が8月26日、Twitterの公式アカウントから「学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、図書館へいらっしゃい」と呼びかけた投稿に対し、反響が広まっている。投稿から1日が経過し、Twitterでは6万RTを超えているほか、新聞社やネットメディアが報道、多くの人たちの共感を呼んで鎌倉市図書館に対する賞賛の声が上がっているが、市教育委員会内部で同日、ツイートの削除を検討していたことが明らかになった。

学校教育に対し、不適切ともとられる表現を使っていたためだ。しかし、図書館側がその意図を説明、好意的な反響も多かったことから、削除はしない判断を下したという。




鎌倉市教委、図書館ツイート削除を検討 理由は「不登校を助長する」からではなかった
http://news.livedoor.com/article/detail/10524483/


~前略~

「死ぬ」の言葉が自殺を誘発すると議論に

一方で、「学校を休んで図書館へいらっしゃい」という表現は、鎌倉市教委の内部で問題になったと一部で報じられた。不登校を助長することにもなって不適切だとの声が出て、ツイートの削除も一時検討されたというものだった。

ところが、市教委の組織内にある図書館の館長にJ-CASTニュースが取材すると、不登校助長というのは誤解で、まったく別の理由から不適切との意見が出たというのだ。

それは、ツイートの中に、「死ぬほどつらい」「死んじゃおうと思ったら」という言葉があることだ。

26日のうちに、市教委の各部署から10人ほどが集まってツイートのことを話し合うと、「これらの言葉は、死を連想させる」としてツイートを削除すべきとの意見が数人から出た。つまり、ツイートを読んだ子供たちの自殺を誘発してしまうのではないか、という懸念だ。それは、新聞社などが特集を組むと自殺を誘発しないかと扱いに慎重になるのと同じことだという。

その後の話し合いの経緯について、館長はこう明かす。

「私も、2学期を迎えるまで子供たちの精神状態は不安定ですので、死を連想させてよいものなのかと疑問に感じ、削除すべきではと一時思っていました。しかし、ツイートの内容としては、『自殺しないでほしい』『図書館は居場所の1つですよ』という意味もありますので、話し合った結果、削除しないでいこうということになったのです」



不登校を助長するとの批判もあるが...

ツイートは不登校を助長するのではないかという意見については、鎌倉市教委内部の話し合いでは出なかったと、図書館長は言う。

ただ、図書館に寄せられている数十件の意見には、「図書館に来た子へのフォローは考えているのか」という批判も寄せられた。つまり、子供をほったらかしにすれば、不登校助長につながるという指摘だ。

公益社団法人「日本図書館協会」による「図書館の自由に関する宣言」(1979年改訂)では、第3条に「図書館は利用者の秘密を守る」とうたわれている。鎌倉市図書館でも、この精神を尊んでおり、小中学生が平日昼間に図書館にいても、声を掛けたり、学校に通報したりはしないという。

司書のツイートで、「一日いても誰も何も言わないよ」とあるのはそのためだ。

とはいえ、不登校助長につながるという批判もあることで、館長は、こう悩みを打ち明ける。

「利用者の秘密を守るのは大原則です。私どもは、専門的な機関でもありませんので、子供たちのフォローは十分にできません。しかし、子供たちを気にしていないわけではなく、見守ってはいるのです。これから先は、どうしたらよいのか、対応を考えないといけないかもしれないですね」

もっとも、自殺を選ぶぐらいなら学校に行くべきではないし、子供たちにとっては、学校だけがすべてでもない。本の世界に浸ることで何かに目覚め、そこから新しい人生が開ける可能性だってある。これを機会に、図書館のあり方などが議論になることもありそうだ。




「とことん孤独でありながら、仲間意識が生まれる不思議な空間」


こう書いたのは、コラムニストの酒井順子さんだ。
彼女がこう書いたのは、「本屋」についてであるが、
図書館についても同じことが言えるのではないかと私は思っている。

先日友人と、この鎌倉の図書館のツイートの話をした時に、
「絶対、教育委員会から横やり入るよね」と話していた。

やはりその通りだったようだが、
この図書館の館長さんは素晴らしい決断をされたと思う。

大人だって同じだ。

生きていくのが辛かった時。
柵がまだ取り付けられていなかった地下鉄の駅のホームでぐっと足を踏み留めた時。

足を向けたのは、本屋か図書館だった。



答えが見つかる気がして。
いつもいたのは本のある場所。

ぎりぎりまで追い詰められた経験のない人は、いい。

学校に行けなくなる理由はそれぞれだろうが、
純粋にサボりたいだけの子どもがどれ程いるだろう。

必ず、理由があるはずだ。

そこに救いの手を差し伸べることもない人々が言う。
「不登校を助長する」と。




ラ・プッツン・エル 6階の引きこもり姫
名木田 恵子 (著)

鎌倉市図書館の記事を読んだのは、丁度この本を読んでいた時だった。

マンションの一室という卵の殻に閉じこもり、自分自身を再生させていった少女。
彼女のような「ラプンツェルの塔」に閉じ込められるのも辛いが、
塔のない人間にとって必要な居場所はどこか。



kamakura1.png

kamakura2.png




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2015
03.11

「わかりません」と言えるプロフェッショナル


職種は違うがある意味同業と呼べる方の講演を拝聴した。

瑞々しい感性の持ち主による講演は湧き水のように新鮮だが、
潤うには鋭く、春の山菜の苦味とえぐ味にも似た若さを感じた。

その道のプロとして、自分の苦手分野にどう対処するのかと聞かれた彼は答えた。

「わかりませんと言います。」

自分は専門家かもしれないが、その中でも得意分野で勝負しているという。
苦手なものはそれが得意な人に任せればよい、という。

なるほど、そういう考えもあるんだな。

私の好きな言葉は「餅は餅屋」だが、餅屋にも得意分野がある、ということだ。

私は仕事に関してはある程度オールマイティーであることがお給料を頂く最低限の礼儀だと思っていた。
得意分野はプラスアルファであって、得手不得手は自分の問題。
仕事で人に見せる部分ではない。
そう思ってきた。

「わかりません」と言った後に何ができるか。

肝心なのはそこだろう。

彼はその仕事をする人間としては遅咲きであったという。
生粋の、とはいえない、非常に努力した人だ。
苦労も沢山あっただろう。
でも好きなことを仕事にできた彼はきっと幸せだ。

好きな仕事を好きな部分に特化してやっている、それがまた幸せだ。

私は彼が苦労したであろう部分での苦労はしたことがないのだと思う。
それだけに感動もなく、できることが当たり前のように思っている。
好きだという自覚すらなかった。

私にさえ、与えられたギフトはあったのだ。
仕事だからとて全てに触手を伸ばす必要はないのかもしれない。

同じ仕事をしていても、あの人にしかできないもの、この人だから完璧に見えるものがある。

「わかりません」があってもいいのかもしれない。

私にしかできないこともあるのなら、それが売り、でもいいではないか。

私にわからなくても、あの人に聞けばわかるということを知ってさえいれば。

何が得意な餅屋になろうか。

やっぱり、理想は大粒あずきの大福、だろうか。





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2015
01.02

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

昨日は雪の中、初詣に出かけた。
車で上れず、境内まで長い長い階段を登って。

昨年真央ちゃんのために戴いた破魔矢を、お礼と共に神社に収めた。

切ない気持ちと共に、新しい破魔矢を我が家のために戴いて来た。



高橋大輔が岡山県のPRに一役かっているという。

岡山県のPR「もんげー岡山!」公式サイトに、現役引退した高橋大輔が登場。フィギュアスケートを始めたリンクで人生を振り返り、子どもたちに送った温かい言葉とまなざしは、大人の心にも静かに染み入ります。






いいぞ岡山!


一部書き起こします。

「でも、全部がうまくいったわけじゃない」
「迷いもあった」
「怪我もあった」
「手術もした」
「全然跳べない日もあった」
「もう、だめだと思ったことも、何度もあった」
「新しい一歩を踏み出す子供たちも、いつか壁にぶち当たると思う」
「けど、自分の力を信じてほしい」
「倒れたって、立ち上がれば、いい」


一言一言、かみしめるように語る大輔さん。


岡山県は、桃太郎伝説発祥の地のひとつである。

こんなお話もある。

「ももの里」
毛利まさみち:作 リブリオ出版



意外に長い話で、てっきり伝承にあるものだと思っていた。
創作絵本で驚いた。

「桃太郎の桃って、どこからなんで流れてきたの?」
疑問に思ったことのある方、読めばポンッと膝を打ってしまうことでしょう。

現在のところ絶版なのが非常に惜しい。

桃太郎に高橋大輔、伝説を生んだ地、岡山。

今年の日記が岡山から始まるとはさっきまで思いもしなかった。
先日読んだ「ももの里」を思い出すとも。
ネットって、やっぱり面白い出会いを産む。

今年もよろしくお願い致します。




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2014
10.23

チンケな実感

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2014
07.13

日本の誇り

14歳でカナダの名門大5校に合格した天才児「日本にもたくさんいる」
産経新聞 7月11日(金)12時36分配信

 ■大川翔さん「世界の謎解いてみたい」

 12歳でカナダの高校に飛び級進学し、14歳の今年、同国の名門大学5校に合格した。9月からブリティッシュコロンビア大科学学部に進学する。3万カナダドル(約285万円)の奨学金と研究助手の仕事も提供される破格の待遇だ。両親の仕事の関係で5歳のときカナダへ。9歳でギフテッド(天才児)と認定され、学校とは別の特別教育を受け始めた。
中略
大学入試は、理系科目が得意な年上の中国人学生たちとの戦いでもあった。
「僕の周りに日本人がいないので、どうしても日本代表という意識があります」

 歴史の授業で、日本が国際連盟規約に人種差別撤廃条項を盛り込むよう主張したことを知り、誇らしかった。カナダでは自分の国がいかにいい国かという教育を施し、町中に国旗が翻る。日本に戻ると、国旗がなかなか見当たらない。

 「大学に早く進もうと思った理由のひとつは、世界の謎を解いてみたいという野望です」。生化学と素粒子物理学の融合に関心を寄せている。

 「宇宙の成り立ちや、アルツハイマー、がんなどの治療法を探求したい」。夢はカナダの大自然のように果てしない。(西見由章)



日本人としてのアイデンティティーをしっかり持ちながら、自分の生きていく目的を見つけて前を向いている少年。
こんなニュースは、本当にうれしくてしかたないわ。
天才であるということもだけれど、彼の言葉にはこちらが尊敬してしまうような力強さがみなぎっている。
海外での生活と、彼の立場が、こんなにもこの少年を大人にしたのだろうか。
こんな頼もしい「日本代表」を、応援せずにいられましょうか?



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2014
04.06

これぞひとり言

この記事はひとり言カテゴリです。
すっごい毒吐きです。
スケートについてじゃなくて、個人的な愚痴でございます。
数日間、もやもやもやもやしていて、書いては消し、書いては消し、してはみたけど、ダメでした。

私はこれまで公的に書かれた記事には突っ込みまくってきたけれど、個人のブログ様に対しては、「みんなそれぞれだもんね」というスタンスではございましたよ。

そもそも同じものを見ながら、全く相いれない感想をお持ちのブログ様のコメ欄で暴れてもしょうがないし。
人様が個人的に書かれてることに難癖つけるほど自分が立派な見識も知識さえ持ち合わせておりませんしね。

ただね、浅田選手がそんなに稚拙で無責任で、オリンピックに対してまで無知で無責任だったことがあったでしょうか?
「浅田真央」という偶像が、素晴らしいフィギュアスケート競技をいつぐちゃぐちゃにしてしまったのでしょうか?
試合で点の取れない、加点が少ない、つまりその技の評価が低い、そんな選手が日本の女子フィギュアのトップでは、駄目なんですね、だから引退すべきだと。でもそれは彼女一人の責任だったでしょうか?
ヨナの演技について書きながら、「そんなに見てきてない」からちょっと見てみた。
荒川さんの本に色々書いてあるからと引用しながら「読んでない」。

浅田選手がいなくなれば、変なファンもいなくなって純粋にフィギュアを楽しめるんだそうだけど、今だって、ほとんどこの方スケート見てないのでは?

記事もコメント欄も何回にも分けて読ませていただきましたが、非常に舌鋒鋭いご意見でした。
こうやって書くと一部だけ切り取って難癖をつけているようですが、これまで読んだどんなアンチの言葉よりパンチがきいておりました。
そうでしょうとも。
お言葉をお借りすれば結果を出せないのは素人。結果を出した人がすごい。それだけのことをして、責任を果たしたのだから。

こういった見解をお持ちの方から見れば、浅田選手に感動したり、彼女に対する公けの扱いが「可哀想ね可哀想ね」という同情ばかりというお馬鹿さんは、「お花畑」の住人なんでしょうよ。

ま、言わせてもらえば、それは浅田選手の「稚拙さと無知」のせいじゃなく、あくまでも私の責任ですから。そこんとこ、よろしくね。

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2014
04.05

ありがたいというのは、有ることが難しいってことよね

maospo.jpg

わたくし、この数週間、なんというか、ああ、生きててよかったなあ、と思う瞬間が幾度かありました。

この感覚はなかなか得難いものだと思うのだけれども、こんなこともあるんだなあ、と。だから何しろ有り難いんです。
自分が何者で、何をしたらよいのか、何を役割として生まれてきたのか、そんな難しいこたあ、今もわからないわよ。
だけど、ソチのフリーで浅田真央がやり遂げたあの演技は、完全に私の中の何かを変えてしまった。
あの時の彼女の「自分は自分でしかない」と叫ぶような演技は、ジュピターでの、バラード第1番ト短調での、ましてやシェヘラザードで見せた顔とは全く違っていた。

どのように研鑽を積もうと、経験を重ねようと、それでも突き詰めた先にあるものは最後の最後に残されたコアの部分だけのような気がしてならない。

その彼女の「核」を見せてくれたのがあのフリーだったのだと思うわ。

私は私でしかない。ほかの誰にもなれない。ほかの誰がどう望もうとも。
浅田選手の叫びが自分の気持ちと重なった時、私もきっと、腑に落ちたのだ。
自分の選んだ道で、きっとよかったのだ、と。

あのソチでの、世界選手権での浅田選手を見ていると、少女だった彼女の持っていた才能が磨かれ、花開いたというよりは元々持っていたものが全てリンクの上に露わになったような気がしてならない。特にソチのフリーの演技には、野趣さえ感じたわ。浅田選手はただ美しいだけじゃない。

フィギュアスケートに関しては、恐る恐る思ったことを書くようになってから、これまでよりもっと多くのブロガー様を知ることになった。
これは本当に大きかったわ。別にスケートブログ様とは限らないのよ。
言葉にできないほどの感謝でいっぱい。

こんな気持ちにはなかなか出会えない。感じられない。
だから、ありがとう。
いつも読んで下さる方々にも、拍手を下さる方々にも。

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2014
03.19

GET BACK

Beatlesの「GET BACK」の歌詞にはポールからジョンへの「ヨーコの元から俺たちのところへ戻ってこいよ」というメッセージが込められていたという。

Get back, get back.
Get back to where you once belonged
Get back, get back.


「君がいたところに戻るんだ」
ジョンの居場所は、結局彼が選んだヨーコの傍だったのだろう。

Glee5でカートとレイチェルが軽妙に歌う「GET BACK」を聞きながら、くどい日本語にすれば「君がかつて属していたところへ戻って来るんだ」という歌詞が、今の私にずしんと響いた。

あのソチで、浅田選手のフリーからは「これが私。これが私のやりたかったこと」という彼女の心の叫びが聞こえるようだった。自分が自分であることのむずかしさ。時に自分らしく生きようとすることがまるで悪いことのように周りから受け取られてしまうその苦しさ。

私もこの春、ようやく自分のいるべき場所に、実際は初めてなのだが、帰ることになった。
30年前に、気づくべきだったのだ。でも多分、遅すぎるということはないと思ってるわ。きっと元々そこにいるべきだったのだから。
周りに求められる場所ではなく、そこに居るべきだったであろう自分の居場所へ。
それを仕事としてうまくこなせるかどうかはわからない。
夢が叶う、という話でもない。
ただ帰るだけ。自分の属する世界に。
これまで積み上げてきた仕事上の経験は、きっとこれからも私を助けてくれるだろう。

また一からやり直し。
それでももう、場所は間違ってない。





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2013
12.27

あらためて、老嬢のごあいさつ

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この最果ての地にあるようなブログに、ここのところびっくりするアクセス数。

フィギスケ難民の方々が、うっかり間違ってこんなところにまで訪れられてしまった足跡をたくさん見るわ。

フィギュアスケートの「何故?」という疑問符がすごーく大きくなってることに胸が痛い。

私も現役のフィギスケ難民。もう4年も5年もこの状態だから、よくわかるわ。

フィギュアと真央ちゃんをめぐる諸々に、どうしても納得できなくて、答えを探してあちこちのフィギュアスケートブログを読んで読んで夜明かしした日が幾度もあった。

真央ちゃん関係の本は全部読んだけど、そのくらいのことで答えは探せなかった。

同じように、どんなブログでも「浅田真央」「フィギュアスケート」と書いてあれば見に行く、そんな難民たちが他にもこんなにいらっしゃるんだなあって、何とも言えない気持ち。

私もソチが終わるまで、フィギスケ難民として流れ流れて行くんだわ。
でも、時間は有限。

私にはこうして書くことしかできない。
今できることはそれしかないわ。

書きながら応援し続けようと思う。

現役時代の「浅田真央」、「高橋大輔」、「織田信成」に出会えた幸せなファンとして、選手達への感謝をこめて。
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2013
12.15

金縁の鼻眼鏡

変えたばかりのブログ名を見ていたら、つくづく年取ったのねえ、と身につまされた。
ふと思い出したのがドイルの書いた「金縁の鼻眼鏡」。
昔私が読んだ子供向けのシャーロックホームズシリーズでは、「老女の鼻眼鏡」というタイトルがついていたと記憶している。

これは面白い短編で、鼻眼鏡ひとつで、ホームズが眼鏡の持ち主の容貌をあててしまうのが見せ場の一つだった。
「鼻はきわめて肉が厚く、両眼が鼻に接近している。額には皺(しわ)があり、物を凝視する癖があり、おそらくは猫背であろう」(阿部知二氏訳)
この老嬢は強度の近眼だったそうだが。

というわけで、再びブログ名を変えることにしたわ。

夕べは12時間半にも及ぶネーベルホルン杯の放送(テレ朝2ch)の中で、運よくリード兄妹、木原高橋ペア、殿、そしてANDOさんも見ることができた。

殿のネーベルホルン杯での演技は、本当に素晴らしかったわ。テレビの画面ではより一層。
男子、スルーされてなくてホントに良かったわ。
持ってる力を大切な試合で120%出しきれるかどうかが、課題なのかしら。

ANDOさんも、Youtubeで見た時ほどは悪い感じはしなかったわ。
ただ、「ソチを目指して頑張ってるANDOさん」っていうのが強調されてる感じがどうにも・・・。

ペアとアイスダンス、もっとテレビでゆっくり放送できるといいのにね。
ペアもアイスダンスも、ほんとに夢のようでございました。半分夢の中で見てたから余計に・・・?

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