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2018
06.24

映画とは、美しいもの

Category: 漫画の世界
『この映画が観たい 〜萩尾望都のオールタイム・ベスト〜』

著名人が映画体験を語る番組で、萩尾望都さんの巻がありました。


『映画とは美しいもの。そして、自由な表現へ 誘うもの。』


モトさんは、番組の最後にこう言ったのです。



あの萩尾望都が、40年の時を経て、『ポーの一族』の連載を再開しました。

その後の『エドガー』を読む前に、
ポーの一族、最後の『エディス』の入ったコミックスを買い直し、
『春の夢』は電子書籍で読みました。

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まさか40年経った今、2016年に生きるエドガーを目にすることができるとは思ってもいませんでした。
21世紀の新作、『ユニコーン』が終わるまで、少女漫画雑誌を毎月買わなくてはならない羽目に陥るとも。

エドガーを『ユニコーン』と呼んだ女性、エルゼリの話は、本当に何度も読み返しました。
今読んでも短編映画のような、音楽まで聞こえてきそうな‥。

そう、あの頃から萩尾望都の描く世界は、まるで映画のようだったのです。

『ユニコーン』はレビューも賛否両論で、間の『春の夢』同様、
絵コンテのような漫画になっていました。

画風が以前とは違うことはともかく、文字で説明する情報量が圧倒的に増えています。

携帯、通販で買った靴。
あのエドガーが、時を超えてこの21世紀に姿を現したのです。
スカーフを蝶結びにしてフード付きのトレンチコート(ファッションに疎すぎて、他に何と呼ぶのかわかりませんが)を羽織って、おまけにキャップを被って登場。

2016年なんて一昨年の過去なのに、エドガーがロンドンに現れただけでそこはもう、『未来』なのでした。

ファルカやアーサー、ダイモン、真昼間から黒スーツにでっかい蝶ネクタイのシルバー、ブランカ。
登場人物も増えて、バンパネラの憂鬱はいつの間にか様々なイキモノと時間が重なりあい交差する、少し忙しいSFの世界になったようです。
エドガーは相変わらずエドガーなのですが、より一層少年のまま何百年も生きた感が半端ありません。

『ユニコーン』の中の2016年は、2018年の私たちに過去という未来を見せるんですね。

ここに至るまで、何があったのかは未だ知らされていないにも関わらず、なにやら読者もエドガーと辛い40年を背負って未来にたどり着いたわけです。

エドガーの復活は、あのヴォルデモートが徐々に身体を取り戻していった時のよう。

吸血鬼でファンタジー、魔法使いでタイムトラベラー。
そこに男子校的ドタバタコメディーが加わって。
変わらないはずのエドガーさえ、より重い過去を増やして新しい能力を得ている。

この情報を全て観せるには、もう映画しかないんじゃないかと。

で、『この映画が観たい〜萩尾望都のオールタイム・ベスト』をじっくり観たんです。

『いい映画っていうのは美しいんですよね。音楽も、画面も、物語も。抱えていることも。
美しいものを、こう、受け取ることは、未来の人間に対する希望っていうものが、そこで生まれる。
もっと心を広げていく世界なんだと思うんです。
だから映画は本当に自由な世界の入り口なんだなと思います。』



萩尾望都が選んだ映画はこちら。

○タイム・マシン(1959)監督/ジョージ・パル

○ゴジラ(1954)監督/本田猪四郎

○2001年宇宙の旅(1968)監督/スタンリー・キューブリック

○惑星ソラリス(1972)監督/アンドレイ・タルコフスキー

○ブレードランナー(1982)監督/リドリー・スコット

○バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)監督/ロバート・ゼメギス




番組中、手塚治虫の『新撰組』にショックを受けて、漫画家になろうと思ったというモトさん。
そのモトさんが喝破する『ゴジラ論』が凄いんですね。

『スーパーヒーローはアメリカに沢山現れるけど、結構ヨーロッパの、キリスト教系には産まれないですよね。
ゴジラみたいな、でかい怪物も。
それはやっぱり、教会を潰されたらたまんないからじゃないかと思うんですけど。

もうゴジラは、何でも潰しますからね、それは戦時中に日本が焦土と化したってのと、ちょっと関係があるような気がするんですけど。太平洋戦争が大変だったのかっていうことが、まだ日本人はうまく言えないんじゃないかと思うんです。
それをイメージ化したものがゴジラじゃないかと私は考えるようになったんです。

あんな風に水爆の実験で目覚めさせられた古代生物がやって来て、何度も何度も日本に上陸しては海に戻って行く。そこら中を火の海にして。その有様とやっぱりねぇ、空襲を受けた人達の気持ちを代弁したんじゃないかなって、思うんですよ。

その後からウルトラマンとか、巨大なものを作りますよね。それから今、進撃の巨人とか、巨大な不思議な巨人に襲われる街がでてきますね。あれはなんか、一連続いてる、日本のオマージュの流れなんじゃないかと思うんです。

ゴジラも正体不明のものが、なんの理由もなく、海岸から寄せてくる。ウルトラマンはそれを逆手に取って、みんなを守ってくれるわけなんですけれど。進撃の巨人見たらやっぱり、何かわからないものに、街が襲われる、しかも巨大なもの、理由も何もわからない、単にみんな殺されていくだけっていう。

ここら辺に戦争に対する日本人の原体験が集積しているみたいな気がして。とても興味深いものがあります。』





モトさんご出演のもう1つの番組。

『BSこだわり館 THE少女マンガ! 作者が語る名作の秘密』

こちらも面白かった!
あの『かわいそうなママ』が紹介されて、初めて読んだ時の衝撃が蘇ります。
そんなに昔の漫画だったかと、自分がそれを読んでいた年齢を数えて、『はあ?』(°_°)となりました。

それにしても、ポーの一族は萩尾望都がまだ駆け出し時代から書かれていたものなんですね。

こちらの番組に、いかに彼女の漫画が映画的手法に近いものであったかがゲストによって語られます。

ゲストの1人、夢枕獏が語る、萩尾望都の心理描写の巧さ。

エドガーのキャラクターに関してモトさんが語ったことが、精神分析医のゲストによって分析されます。

『自分の中にいくつもの感情が生まれてきて、それが相克してるっていうこと。そうすると、今まで他の人間と自分とはそんな変わりない、あるいは自分と他者なんていうことを考えたこともなかった子供時代から、急に自分の特殊性、自分の不思議さ、あるいは自分の中の混乱、精神的な混乱が見えてくる時期が思春期なんですね。
そういう時にはこういう異形の存在、1つの人間世界からかけ離れた存在というものと、思春期のそういった特殊な心性、突然自我というものが出現して、慌てふためくような、そういう心性とがすごく近い、マッチする。
あ、なんかどっか自分と似ているという風に感じてもおかしくない。』

萩尾望都がエドガーに込めた思い。

『描いてる時に考えてたのは、人間の社会に入れてもらえない。あんたはいちゃいけないんだと言われる。
あんたはほんとは何者でもないんだって言われる。どっかへ行ってしまえと言われる。場所がない。けれど、存在してるのを、どうすればいいんだって。それを肯定したい。』

その気持ちを見事にエドガーに描写した。
けれどある年齢になったところで、描き続けるのが恥ずかしい気持ちになったと。

そこでもっと掘り下げられたのがあの『イグアナの娘』だったのですね。



さて、エドガーは2018年の今日を超えて本当に未来に行ってしまうのでしょうか?

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