2018
02.08

結局わかりませんでした(゚∀゚)

Category: 映画の話
このくらい遅れて感想書けば、わからんちんが書いた無教養なブログということで、許して頂けるかと‥。

えっ?

何の話かって?
私、寒いの苦手なので‥ぬくぬくと暖かい部屋で、
先日CS放送された『シン・ゴジラ』を観たのです。
やっと。

こ、これは頭のしっかりした方しか理解できないのではっ!?
いえ、もう、私、運動音痴というか、何でも音痴というか、
なんだかよくわからなかったんです。


日本語字幕だらけで
状況説明入り(足りないの、あれでも足りないの!)で
ゴジラの解析データ入り(ゴジラの体のつくり設定とかのネタバレ込み)で
1から10まで説明して頂かなきゃ、
私にはわからないんです〜〜😭

ゴジラ。
以前の男と比べてしまう、これはいけないことでしょうか?
私の中に住んでいるミニラとかガメラとかモスラの踊りとか。
私が知っていた怪獣特撮には、いつも子ども達の憧れがあった気がします。

笑いながら突っ込まずにはいられない愛すべき『不完全さ』も。

製作側にそういう気がなくても、
何となく観ている方が『おおっ!』となって
『きゃー!』となって、
『ナンジャコリャ?』
そして笑いも🤣‥という。

そう考えると、ちゃんと全てが揃ってはいるかも?


ここで私が思うユーモアがあるかと言えば、せいぜい『君が落ち着け→ペットボトル』とか
あと、パターソンさとみの色っぽいくちびるでしょうか?

CSで放送されていた昔のSF映画(ユル・ブリンナーが荒野の七人でターミネーターな『ウエストワールド』とかゴダールの徹底したSF特撮抜きで描く近未来都市『アルファヴィル』とか、岡本喜八監督、倉本聰脚本のこれもSF!『ブルークリスマス』とか)と、バッチ君悪者になるのスタートレックを観た後でしたので、殆ど特撮無しで行くSFと、bravo!CGなSFの両方を堪能はしていたのです。


今怪獣出てきたら、こんな風な若造(ごめんね長谷川さん)中心みたいに政府動くの?とか、こんな非常時でも出世考えてんの?とか。
リアルだからこそ微妙にズレていく感じが半端ありませんでした。

1番楽しかったのは、やはり爆弾積んだ在来線が並んでゴジラに総攻撃で突っ込んで行ったり、あと並んだクレーン車も最高。
もう殆ど忘れましたがちょっとだけ鉄が入ったことのある身ですので、これは楽しかったです。
ピカーっと光る光線で東京を破壊する怖ろしげなゴジラ。
どんなに『シュワっと』違う光線を放つウルトラが来てくれたら、と思ったことでしょう。
ウルトラ光線とゴジラの背中一面光線があれば、五ヱ門の斬鉄剣もかくやの切れ味で日本どころか地球が3分で消滅するかもしれませんが。
左斜め後ろから、ちょっとアップになると、首の太い哀愁漂う感じが『あ、ゴジラ』。
昔の男、シンじゃない方のゴジラを思い起こさせるのです。



パターソンさん程の人があれだけ早口のナチュラル日本語喋れるのに敬語が苦手って、そこ最大限に変とか。
でも『蒲田くん』と呼ばれるらしい第2形態ゴジラには、あのゴリオも度肝を抜かれておりました。

『ガンダム』とか『エヴァさん』がわからない時点でアウトだったんですね。

というわけで、アニメ版も何となく自虐的に楽しみです。

わからない!と思いつつわからなさが楽しい。

怪獣映画って、深淵です。



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2018
01.30

こづこづがお送りする 映画紹介

Category: TV番組
パソコンが壊れたまま、携帯とタブレット生活のため、
写真や動画張り付けも時間がかかるのですが。
こ、これだけは‼︎

『Movie plus 特集 フィギュアスケート×映画音楽』

真央さん『オズの魔法使』
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きゃなちゃん『マスク・オブ・ゾロ』
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鈴木さん『ウエスト・サイド物語』
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織田さん『ラストサムライ』
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ヤグディンさま『仮面の男』
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というラインナップで、私、こづこづがお送り致しますです。

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なお、2月5日(月曜)23:00〜
『この映画が観たい#53 小塚崇彦のオールタイム・ベスト』もお楽しみに!
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2018
01.20

タイプライター

Category: 映画の話
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『大統領の陰謀』

ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンが若きジャーナリストに扮し、あの『ウォーターゲート事件』の真相に迫ったノンフィクションを映画化したものだ。

1972年、時のアメリカ大統領ニクソンの再選委員会を中心に巨額の資金が動き、再選確実と言われながらも相手候補の事務所に盗聴器を仕掛けようとした一連の事件。

映画を見ながら、記憶が立ち上ってきた。
学生の頃、常盤新平さんが好きだったので彼の翻訳した本も手に入る限りは読んでいた。
この映画の原作もそうだった。
原作はもっと詳細で思わせぶりというか、どちらにしても事件の複雑さに挫けそうになった程難しかったと思う。

映画は初めて観た。多分。
ウォーターゲート事件が、というより、2人のワシントン・ポストの記者が、命がけでコツコツと記事の裏を取っていく過程にフォーカスしたのが良かった。
華やかな俳優達を使いながら、無駄な演出がない。
言葉での説明も極力抑えたクールさ。

今ならポスト社の記事が巻き起こした政界や世間の反応を過剰に映すところではないか。

この映画はそれをしない。

映像で見せて説明をしない。
最後でさえ、彼らの闘いに終わりがないかのような社内のシーンに、
関係者への判決が文字で知らされるくらいだ。

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レッドフォード演じるウッドワードは記者としては新米。
『ディープスロート』(今世紀になって名前が公表された)という情報源と緊迫感のあるやり取りを重ねながら、取材していく。
彼の記者としての未熟さはタイプライターの打ち方を見てもわかるようになっている。
映画の後半、随分速度は上がっているのだが、昔の英文タイプライターのキーの重さは今のキーボードとは全く違うものだ。
両の人差し指だけで打つ彼の指はきっと関節まで痛むほどキーを叩き続けただろう。

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上に見えるタイプライターはそんなに古いタイプではなさそうです。


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レッドフォードもホフマンも、抑えた演技に抑えきれない情熱が感じられて素晴らしい。

ホフマン演じるバーンスタインは16の時からポストで働く叩き上げだ。
自己流かもしれないが、ほぼブラインドタッチで打つ原稿は中身も練れている。

あの当時の英文タイプは、ミスタッチをしないためには余程熟練しなければ完璧に打つのは無理。
何というか、修正は結局紙の上だったわけで、打ちながら推敲して書き直しするなら始めからやり直しだ。

どんだけ昔❓と言われそうだが私も最初のキーボードは英文タイプ。
すんげー苦手で、ワープロ(古)、PCと、キーボードが軽くなるたび嬉しかった。

ポスト社のオフィス中に流れるタイプライターの重い音は、ジャーナリズムがまだ生きていた証しのようだ。

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この広いオフィスを、柱を境にして前後左右に動く記者達をカメラが長回しで追う。

遠くから編集のお偉方から呼ばれる時の緊張感。

当時ポスト社は大きな新聞社ではなく、ウォーターゲート事件を調べるには大きなリスクが伴った。
社内には『表現の自由』と『ジャーナリズム』を信じる気概が残っていた。

ところで、バーンスタインの部屋がカッコいい。

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こちらは白黒だがウッドワードの小さなアパートメント。
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バーンスタインの『男前インテリア』は今でも充分通用するのでは。

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壁面のざっくりした収納やパネル、照明などなど、しばし一時停止したまま眺めてしまうほど。

一見地味なようで、生地と仕立ての良いスーツのような映画。




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2018
01.20

恋をしたからさびしいのか、さびしいから恋をするのか

Category: 映画の話
テレビで映画を観たからって、個人の感想を公に書くのも本当に偉そうで、
日記のつもりとはいえ、なんだか今回は特に恥ずかしい、のは何故だろう。

どうやらこの映画は、私の忘れてしまった『恥ずかしさ』をつついてしまったようで。


大林監督の所謂『尾道3部作』がCS放送されて録画したものの、やはり最後まで避けていた『さびしんぼう』。
インフルで寝ていて暇だったので、ようやく観た。


どうしたことだろう。
大泣きした。

同時に自分の息子を尾美としのりに置き換えてみると、
気持ち悪かった。

確かに母親と息子の関係は、ある意味密接な部分があるかもしれないが、
少なくともゴリオは私の好みではないし、彼だって私なんぞ恥ずかしいったらありゃしない母親に違いないのだ。



公開当時、私の『大林作品』へのアレルギーは相当なもので、主役2人も好きになれなかった。
『転校生』も『時かけ』も、テレビでうっかり見たことはあるものの、こんなに熱心に観たのは今になって、なのだ。

『さびしんぼう』は大林監督のオリジナルだそうで、
先の尾道二作品とは異質な映画だったのではないか。

何故今まで見るのも嫌だったのだろう?

それは私のハルキに対する気持ちに少し似ているからかもしれない。

村上春樹をお好きな方は多いと思うが、私だって初期の作品は嫌いじゃなかった。

ただ『ノルウェイの森』を読んだ時、個人的にどうしても『要するに書きたかったのはそこ❓』という嫌悪を抱いて以来、男性のロマンティシズムには一線引くようになった。
それまでも、そこからも結局テーマはそれなんじゃ?みたいな。

あの頃、渡辺淳一にさえ全くそれを感じなかったのに、とても不思議だ。

作り手のいじいじした発情期的なものを見せられるのが嫌だったり。
なのに格調高い感じ、でも大人になりきれない未熟さ、がきっと性に合わないのだろう。

ああ、それなのにハルキ大好きで、小説の感じも似ている新海はOKとか、わけがわかりませんが。

何しろ『さびしんぼう』の音楽、富田靖子の衣装、監督自身を投影した主人公、その全てがダメだった。

それが。
年月が経つと、映画の仕掛けや細かいことに気は回るものの、嫌だったところは気にならなくなった。

作り手の純度の高いストレートな気持ちに、素直に共感する。
だめだ、恥ずかしい。

話の内容や主人公の人を想う気持ちは、実はどうでもよくて。


小林稔侍が息子と一緒にお風呂に入って言う言葉に、妙に涙腺を刺激された。
小林稔侍と尾美としのりがめちゃくちゃ良い。

フェリーで海を渡って通学する彼女の家庭の事情。
夕暮れに船着場に立つ切なさ。

歩いたり走ったりして逢いに行くしかなかった。
船を待つ帰りの夜にも、時間つぶしの携帯がなかった頃。

自分の気持ちと否が応でも付き合わなくては、他には何もなかった時間。

懐かしいのは風景だけではない。
あの頃無駄に長くて、無駄に使うしかなかった時間。

その辺に、今だから貴重だと思えるものを見たのかもしれない。


ああ、恥ずかしい。



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2018
01.17

『かはたれどきの 薄らあかりと』

Category: 映画の話
お正月、あの映画『君の名は。』が地上波で放送された。


以下、個人の勝手な感想なので、
「勝手な思い込みやなあ」とでも呆れていただきたい。



本当なら私のような流行り物には懲りているおばさんがこれを観ようとするはずもなく、ゴリオのために録画していたのだ。

勿論若い人が観るものだと思っていたので小説版も読んでおらず、ゴリオのお小遣いでは『映画を2回しか』観られなかったという不平にも、『贅沢な!』とスルーしていた。

年末年始、CSでは大林宣彦監督作品が特集されていて、『HOUSE 』や『転校生』、『時をかける少女』を見たばかりだった。

大林監督作品同様、映画『イルマーレ』にも、萩尾望都の『みずうみ』にも、共通点を感じるSFではありながら、まさか泣いたことなんてない。


若くして大切な人を失う、このテーマは繰り返し使われる。

地震や災害は多くの年端もいかない子どもからお年寄りの身にも『喪失』を現実にしてきた。
戦後に生まれた私たちだが「大切なもの」がある日突然失われる、そこから完全に逃がれられてはいない。

みつはの住む町が彗星に破壊されたように、一度失ってしまったものがあるからこそ生まれる「取り戻したい」という渇望。
子どもならわけがわからず、大人なら諦めようともするだろう。
でもそうできないのが瀧の若さ。

だから彼らが主人公なのだ。と思う。

みつはと彼女が住む町を救いたいのは、観ている私たちも同じ。
瀧は言ってみれば誰でも良い、観るものが自分を投影する鏡。


『君の名は。』は、1回観たからといって全てがわかる映画ではなく、勿論それは一瞬の映像の中に多くの情報が入れ込んであることもだが、感情の振り幅や奥行きの深さを味わうには何度も観るべき映画だった。

監督本人がテレビ放送に先立って言ったように、映画の冒頭数分間に、作り手の思いの殆ど全てが凝縮されている。
冒頭の細切れのカットに、失った人や戻っては来ないものを取り戻せたら‥という切なる願いが込められている。

私がこの映画に泣かされたのは、紛れもなくこの映画がある種のTime Machineであり、映像を通して経験したことのない現象、行ったこともない場所、若さというそれそのものに、文字通りぶっ飛ばされたからなのだと思う。

エンターテイメントとしてあの映像を活かし切ったプロデューサーの川村元気にしてやられたことも間違いない。
川村元気は小説も勿論のこと何しろツボを押さえる『術』を知っている、実に嫌なタイプ😁

早速小説の『新海誠』にも会うことにした。
『秒速五センチメートル』の繊細さには映画を観ていなくても、やられた。


『小説 君の名は。』を映画製作中から書き上げてしまった理由を、新海誠はこう書いている。

この物語は『アニメーション映画という形がいちばん相応しいと思っていた』と前置きした上で。

『個人の能力をはるかに超えた場所に、映画はあると思う。
それでも、僕は最後には小説版を書いた。
書きたいといつからか気持ちが変わった。
その理由は、どこかに瀧や三葉のような少年少女がいるような気がしたからだ。
この物語はもちろんファンタジーだけれど、でもどこかに、彼らと似たような経験、似たような想いを抱える人がいると思うのだ。大切な人や場所を失い、それでも もがくのだと心に決めた人。未だ出逢えぬなにかに、いつか絶対に出逢うはずだと信じて手を伸ばし続けている人。そしてそういう想いは映画の華やかさとは別の切実さで語られる必要があると感じているから、僕はこの本を書いたのだと思う。』



メディアが良くも悪くもこれだけ影響力を持つ時代に、意外にも変わらない柔らかな何かを持ってクリエーターをしている人がいるんだなと驚いたと言えば甘いだろうか?
被災した方々が生きる今にも、問いかけるような物語。
だからこそこれまでの新海作品とは違って、きちんとハッピーエンドが見える結末で良かった。

この本に関しては、映画を観てから読むと尚良いと思う。
文字を通して頭の中に映像と音楽が一緒に流れる。
そこに小説版のナレーションを自分で入れ、もう一度言葉として彼らの気持ちを追うことができるから。



新海作品の主人公たちが実際には肝心なところで携帯で手軽に連絡を取り合っておらず、(時空がねじれてますんで無理な話)新海自身、映画製作と同時進行で小説化を進めていたことを考えても、作り手は『携帯後の世界』だけに向けて作品を作っていたわけではないことが伺える。

私は『SNS以降の世界』では、純粋なjuvenile小説は成り立たないだろうと思っていた。
これからはそれぞれの嗜好に合わせ、世代よりも嗜好によって、よりculture の方向性は別れていくのではないかと思っていた。
現代のように、これまでの作品が、特に映像作品がいつでも観ることのできるものになってからは。

それでもひとつだけ、岡田麿里の『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』を考えるとあれはやはり『juvenile animation』であり小説だとは思ったが。

大人になってしまってからでは入り込めない質の高い作品世界は、やはり今でもあった。

人生のどの時点で何(どんな作品)に出逢うかによってその人の人生の選択肢さえ変わってしまうように思える。
私が中学生の頃にハマった映画と、幼い頃初めて見た映画をあの当時、同時に観ることは不可能。
人生のどの時点でその作品に出逢うかは、選べなかった。

今は違う。
観たいと思えばどんな映像も映画も、子どもでも観ることが可能だ。
同世代とでさえ同じ文化を体験していないこともある。

それでも。
ジュブナイルでありながら、全世代に訴えかける映像と、叙情性。
映画の中で前面に出過ぎない音楽。
小説では繊細な気持ちに更に涙させる。
こんな才能があるのかと脱帽。
RADWIMPSと新海映画を居酒屋から電話一本で繋げた川村元気にも。

小説版の後書きに新海自らが書いているように、『映画と小説は別物』。
映画で描き切れなかった物足りなさを小説で補完している部分があったと。
成る程と思った。


萩原朔太郎の詩、『空いろの花』には、
「かはたれどきの薄らあかり」のひと時に、恋する男子の物想いに耽る様子が描かれている。

男性の方が、よほどロマンティスト、な気がする。


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2018
01.16

出される料理は何でも美味しい気分で

Category: TV番組
さて、寒波寒波で職場の寒さと闘っている間にあっという間に1月も後半に入ってしまった。

我が家のゴリラ‥‥いえ、ゴリオは結局家から出て行く予定をガッツリ斜め下方に修正し、全く縁もゆかりもない大学のとある学科に『家から』通うことになった。

彼には自分の専門分野が既にあり、それで食べていけるはずだった。
アホとしか思えないが、彼がいずれ自分の好きな分野にまたもや舵を切るのは目に見えている。

職場の最年少女子にこの話をすると、

『あ、いますよ!そういう馬鹿がっ!』


まあそんな感じでお正月はふて寝的にテレビ三昧だった。

あれこれ見過ぎて感想も書けないが、お馴染みのヤツだけ書いておこう。

ネタバレしてるよー、という部分もありますが、
多分誰も読まないと思うので、書きたいように書いております。



まずはCSで観た『転校生』、『時をかける少女』、『HOUSE 』。

レトロ感がツボで、あの風景をSFやホラーの舞台に持ってきたところは今なら『これもあり』と思える。
特に『転校生』は素晴らしかった。
主役2人の心の機微、葛藤、思春期ならではの伸びやかさと繊細さ脆さ。
何しろ尾美と小林の演技がいい。
山中恒の原作を実に上手く映画にしたと今更思う‥‥ようになった。


『Sherlock 4』

これは再放送でやっと観た。

賛否両論あるだろう。

私には何というか別バージョン過ぎて、自分の本棚を探すのももどかしく、そのまま青空文庫で『瀕死の探偵』を読み直して気を取り直した程だった。

いやもう、『瀕死の探偵』の短編のスカッと鮮やかなことよ。

『東の風』に関しては、シーズン3にも散々キーワードのように使われていたが、
なぜあれを結局『ホームズ一家物語』にしたのかが謎。

成功しすぎて、家族ぐるみで製作に関わりすぎたのか?
殆ど全能と思われた『ユーラス』が幼児のように家族の愛を欲していただけで、
あそこまでのことをやったのか?
だとしたら家族があの後シェリンフォードに集う場面でさえ、彼女に『再プログラム』された皆さんに見えてしまったのは、私があのストーリーを面白いとは思うものの、全く好まなかったせいなのだろうか。

人間らしいシャーロックを解き放ちたいならば、私はロシア版の方が圧倒的に好きだ。


『コナン・ドイルの事件簿 シャーロック・ホームズ誕生秘史』

これは以前観た時も面白いと思った。
ドイルが学生時代や開業後もベル教授(ホームズのモデル)と一緒に事件を解決していく。
ドイルが生きた当時の世相が巧みに織り込まれ、虚実取り混ぜたその混ぜ加減がいい。
ただし暗いんです。救いは大好きな俳優、イアン・リチャードソン。


ロシア版の新『名探偵シャーロック・ホームズ』

録画したものを観ているが、何度観てもどの回を観ても素晴らしい。
レオンカヴァッロ作詞・作曲のイタリア・オペラ「道化師」がアイリーンとのゴタゴタ事件の間に流れる。
あの高橋大輔氏も使った第二幕『道化師』と同じ部分が新ロシア版では、ホームズの悲恋のバックに使われる。
実に斬新でエモーショナル、重厚なのにあのホームズものにぴったりハマった音楽の使い方に痺れた。
要するに、アイリーンを巡るモリアーティとの三角関係を音楽で表現したのかと。
特に後半、本当のホームズとワトソンはこうでしたよ、あの話もこんな感じの話をあんな風に書いたんですよ的な現実と、ワトソン博士が書いたホームズ像が近づいていき、遂に女王陛下とバスカヴィルの犬が現れるラストは秀悦。


新しい版クリスティーの『検察側の証人』

SATCでサマンサ役をしていたキム・キャトラルがいい感じにハマって、悪役の2人がまた魅力的だった。
(ディートリッヒの映画は別格でしたけど)
ただ、主人公の弁護士の最後の最後はいかがなものかと。

もう一つ、BBCの『そして誰もいなくなった』。
これも‥何だかなあ。

ホラーとかサイコパスが苦手なんだから仕方ないが、何故原作には全くそれを感じないのだろう。
演出がそっち風味でなければ、あの『トミーとタペンス』みたいになってしまうのだろうか?
それも困る。



映画『オリエント急行殺人事件』

景色とペネロペ・クルスは良かった。
あとはびっくりする程別世界のポワロ。
ポワロがポワロである『らしさ』を全部取り除いたらこうなりました、という感じ。


というわけで、『君の名は。』は次回に。




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2017
12.30

みんなあの笑顔にやられる(真面目な変態に)

Category: TV番組
我が家には未だに地上波大好きなオットがいるので、一応録画しても、できればつべで見たいウジ製番組でさえ、否が応でもチャンネルを合わせられてしまいます。

んでもまあ、今日の女子アスリートのレジェンド『はじめまして』は、良かったですね。

真央さんを見かけても、お食事中にお声掛けするのは絶対やめようと思いました。
ま、そんな奇跡が起きたら、その場で泣崩れるのがオチですけどね。

真央さん、本当に食べることが好きで、大切にしてますよね。
食べもの絡みでは、逸話だらけの真央さんです🤣

競技人生で1番悔しかったことを聞かれて、
しばらく考える時間を貰ったあとの答えには、
本当に複雑な、泣きたい気持ちになりました。

彼女の答えは、ソチのショートではなく、
バンクの『2位』でした。
(フリーのジャンプで)失敗した事が悔しかったとは言いましたが、
ショートでジャッジが意思表示した通り、
例えパーフェクトに滑っても勝てない試合でした。




『自分では「できた!」と思っても認めて貰えないこともありましたけど。
‥そんなにはありませんでしたけど‥。』

言葉を選びながら、そんなことも語ってくれました。

自分の子どもが男の子でも女の子でも、スケートはさせたい。
引退後も生活の七割がスケート。

『来年から新しいショーを』と
やはり言っていましたね。

もう、嬉し泣き😭



いかにも真央さんらしくて、
いつも一貫していて。

他のレジェンド達の誰より外見は天使ですが、
やはり中身は兄貴でした(°▽°)

続いてテレ東の真央さん。

何て可愛い❤️
そして凛々しい!

やはりド天然なんですわね( ^ω^ )

どんな大食いでも、話の中身がバンジージャンプでも、
品があるのは何故?

この番組でもやはりしっかり言いました。

『新しいショーをやる』

有言実行の浅田真央です。

貯金!

来年からーのショーに向けて、

来年の目標!

健康と、貯金ですわ!





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2017
12.23

クリスティ三昧

Category: TV番組
ミステリチャンネルではクリスティ三昧。

一日中、とはいきませんが、たっぷり楽しませて頂いております。 続きを読む
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2017
12.06

アナザーな話

Category: TV番組
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2017
11.09

ロビンソン夫人のファースト・ネーム

Category: 映画の話
今話題のダスティン・ホフマン。

若き日の映画『卒業』の曲の数々は、サントラとは別に、ベストアルバムでも本当によく聴いた。
長い年月聴いてきたという方も多いだろう。

『卒業』を久しぶりにテレビで観ると、
もう若い2人に感情移入することも、
今後の2人の行く末を憂う気にもならない。

ロビンソン夫人の砂漠のような心象ばかりが我が事のようにグッとくる。

年齢的に近いものはあれど、美貌、スタイル、色香など、
何の共通点もありゃしませんが。

大学生の娘がいながらも。
あの美しい脚。
崩れ始める寸前で留まっているボディライン。
かと言って今時マダムのような鍛えた身体ではない。


初めてベンジャミンを誘った時の手慣れた様子。
物憂げで投げやりな家庭での姿。
彼が自分の娘に心奪われたと知ったのちの豹変。

自分の娘にベンジャミンをという思惑は元々双方の親同士にあった筈だ。

それでもロビンソン夫人は彼を誘う。

何という心の荒廃。
アルコールに溺れ、夫とは寝室も別。
その夫は芸術を学んだ夫人とは対照的に、
下らないテレビを見ながらゲラゲラ笑う男。

彼女にはファーストネームが無い。

Mrs. Robinsonが、彼女のステイタスであり、存在価値。

美しく洗練されたが故に
自分が舞台から降りる時機を逸した女。

ベンジャミンがエレインに惹かれたのは、
彼女の無垢の涙を見た時だった。

場末のバーの、ストリッパーの前で涙を流す彼女は、
ベンジャミンの心の空洞を埋めるに充分な愛しいもの。

『どっちみちあなたは負けに気付くんだ。』
こうとって良い歌詞が
『負け』というより
『彼女が失ったもの』として響く。

歌詞の符号が奇跡のように思える。

『ジョー・ディマジオはどこに行っちまったんだ?』

どんな栄光も過去になっていく。

Mrs. Robinsonが失った若さと純粋さ。

あの時エレインを身籠りさえしなければ、人生は違っていたかもしれないのに。


ラストのバスの中。
若い2人の表情には色んな捉え方があって良いと思う。

あのバスに乗った時から、彼らからは若さが失われていくように私には見える。
でもまだ何も手にしていない。

手にしていないからこそ持てる幸せ。

少なくとも、彼等の両親程のつまらぬ人生は送らないような気がしたのは、今回が初めてだった。



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2017
11.09

古くて新しい

Category: 映画の話
哥(うた)
篠田三郎 (出演),‎ 岸田森 (出演),‎ 実相寺昭雄 (監督)


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目を覚ますとまだ真っ暗。
遮光カーテンのせいで何時だかわからないのでテレビをつけると、
白黒画面のテレビでは、なんとも奇妙なアングルで男女が組んず解れつしていた。

ナンジャコリャ?

番組内容がちょっとだけでも出てくる最近のテレビはありがたい。
何やら実相寺監督という方の3部作の3作目らしい。

いやいやシュールでっせ。

見たことのない不思議な世界。
でも、何処かで嗅いだことのある匂いがする。気がする。

監督の名は、最近良く目にする、そう、
ウルトラ関係の監督さんだった。

多分、先日から引っかかっていたセブンの『第4惑星の悪夢』もこの人が監督だった。

人間がロボットに取って変わられた世界の話で、
その映像はとても子供の30分番組では収まりそうもないクオリティで強烈な印象を残した。

明け方に見たこの『哥(うた) 』があまりにも斬新で、
監督のwikiを読んでいるうちに起きる時間になってしまった。

あの『怪獣墓場』、『狙われた街』も。

なーるほど、と思ったが、
私の場合、そのポイントは常にズレまくっている。

『ウルトラ』らしくない巻だなあと思ったらこの監督だったということもあるけれど。

私が見逃さないのは、『第4惑星』の話だ。
ロボットに虐げられているはずの人間達が、
一見普通の団地に住み、皆小ざっぱりとした服装をしている不思議。

ロボットに仕えている人間のお姉さんなど
綺麗にセットされたヘアスタイルに身体にピッタリのワンピースかスーツにヒール。
おまけにでっかい指輪までして、ダン達を逃がそうとするのだ。

弟を助けてくれたから、という理由で助けてくれた彼女達人間。
彼女達の処刑を食い止めようと頑張って来たはずのダンは、
切羽詰まってイキナリ変身。

セブンは建物をいくつかぶち壊した挙句に飛び去り、
いつのまにか宇宙船に仲間のなんとか隊員と乗り込んで地球に帰還。
夢でも見たんじゃ?と休暇をもらうと夕焼け、とかいう話だったと思う。

親切にしてくれたでっかい指輪のお姉さんは、
あれからどうなったんだろう?

セブンが壊した建物には、それまでダンを助けてくれた人間達もいたよね?

夕陽は何にも答えちゃくれない。

ああ、この話、映画にでもすりゃ良かったのに。

ブレードランナーとセブン。

セブンなら、
どんな話になるのだろう?

ウルトラ一家VSロボット。

やはりそこは実相寺監督の映像で。
見てみたかったかな?

ところで、佐野洋子さんの没後に発見された原稿が一昨年本になっていて、
その中に『セブーン』という話がある。

息子さんの幼き日のスケッチは、鮮やかに暖かく、
『ヒーロー』が子どもらにどれほどの力を与えてくれたかを、
考えずにはいられない。


『私の息子はサルだった』佐野洋子/新潮社

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2017
10.26

ダンかヒデキかヒデキかダンか

Category: TV番組
ジェイソンかネイサンかネイサンかジェイソンか?
こう聞かれれば
「どっちも大好き💛」
と笑える私ですが。

「モロボシダンと郷秀樹のどちらが好きですか」と聞かれると、
これが悩んでしまうんですね。
永遠に聞かれないとは思いますけどね。誰からも。

そう、ウルトラセブンと帰ってきた方のウルトラマンの話なんです。

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画像お借りしました



ファミリー劇場が毎週両方を放送してくれるおかげで、以前録画したものをもう一度見てリピ。
更にセブンと帰ってきた人(ジャックだなんて後付けの名前なんてウソクサクテ使えませんわ)を見比べるためにまた繰り返し見るという恐ろしいループに突入してしまっているのです。

ウルトラQとヒーローものの端境期というか、
特にセブンは話の中身がすごすぎて、セブンが戦う時間がどんなに短くても一向にかまわないほどの人間ドラマだったり、秀悦なSFだったりするのであれこれ考えさせられることが多いのです。

これが30分の尺でさえなけりゃ。(2時間サスペンスより絶対いいのができるよっ!)
むしろ変身しないままの方が面白いんじゃ?(だって戦うまでが面白いんだもん!)
まじでこれこのまま映画にできたよね?(ロボットに支配された第四惑星なんて面白くって惜しすぎる!)
毎回毎回ぐるぐる頭の中で揺れる想い。

ダンとアンヌの正面から向かい合って任務について語る時の
「ちかっ!!!!!」という距離感。

ああ、どうなの?
話からしてセブンに惹かれる。

あの郷秀樹のつれないクールな感じ。
昔の私ならイチコロだったわ。

でも、クールと言うより朴訥で。
カッコイイと言うより不器用な。

そんなダンが、私の中のアンヌに海岸を走らせるんです。(いや、アンヌは海辺で砂に埋まってましたっけ。生首みたいに。)

ダンがタンポポならヒデキはバラ。
ダンが焼き鳥ならヒデキはステーキ。

うーーーーーーん。

昔、姑に「あんたは、まるで宇宙人みたいだね」と言われたものでした。

こんなことに頭を悩ませている私は、やはり・・・・。



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画像お借りしました

モダンでオシャレな怪獣。
モノトーンでキメてみました。


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2017
10.21

セブンの独白

Category: TV番組
『地球を守るためなら、何をしてもいいのですか?』

モロボシ・ダンの悲痛な問いに、今も答えは出ていません。


『ウルトラセブン』、『帰ってきたウルトラマン』がCSで放送されているのですが、
見れば見る程面白いんです。

子供の頃、セブンの再放送が怖くて見られなかったのは。
あの四角な顔の、特に口元のフォルムが嫌だったんだなとか。
必殺技、アイ・スラッガーがめちゃ怖かったんだなとか。
色々発見もありますが。

なんといっても衝撃的だったのは
第26話「超兵器R1号」です。

『地球防衛のためなら他の星を滅ぼしてもいいのか❓』という重いテーマで驚きました。

「使わなくても、超兵器があるだけで、平和が守れるんだわ!」と女性科学者が言いますが、
皆で判断したその結果に、一同茫然となるわけです。

モロボシ・ダンの苦悩は宇宙人の視点があったからゆえ。
この視点こそ、ヒーローに必要なものなのではとか、
つい本気で考えてしまう深さです。


『それは…血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ…』

脚本、すごいです。


一方の帰ってきた方のウルトラマンですが。

郷秀樹ですよ。
ネーミングからしてルックスからして私生活丸出しからして既に面白い!

これだけ揃った宇宙人を見ながら、昆虫がヒーローになった途端にそっちに走ってしまったのは私です。

デートで観る映画が『ドラキュラ』で、これがまた凝っていてじっくり流すのですが、
呼び出しがかかるとガールフレンドを置いて顔色ひとつ変えずにとっとと映画館を後にして任務に就く秀樹。

顔が良くてもこりゃだめだ、と幼心に判断したのも仕方ない事かもしれませんね。
記憶にはありませんが。

私とて、クシャミで飛び出る大魔王や、兄妹知人がやたらと多いオバケばかり観ていたわけじゃないんです。
根性がすごいカエルや、何度ひっくり返しても壊れないちゃぶ台を持ってる一家とか、田舎っぺと言いながら世渡り上手な兄ちゃんの熱血ぶりも見ているわけです。

再放送や続きで現れるウルトラ一家のスマートさとは一線を画す何かが私の中にあったのかもしれません。

宇宙人と下町。

この狭間で昆虫とショッカーに魅了された私のテレビ番組編成表は、時系列がメチャクチャですが。

特に帰って来てからのウルトラで一気に子供時代を思い出してしまった週末なのでした。


え?

『ウルトラマン ジード』の構成が

あの

乙一❓

あの中田永一さんのことでしょうか❓

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シェーーーーーーー!

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2017
09.10

明智探偵の衣装係

Category: TV番組
CSで『江戸川乱歩シリーズ』が放送されている。


天知小五郎探偵版。

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いわゆる『美女シリーズ』で、毎回色々な懐かしい女優さん俳優さんを拝見できるので、土曜日は遅くまで寝られない‥‥はずだが、寝落ちするので録画している。

岡田奈々さんの巻は岡田さんのあまりの可愛らしさと、
天知茂が二役している『お兄さん』に驚いて三回も観てしまった^_^;


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それにしても、見れば見る程明智探偵のお面(変装用)と衣装(パッと脱げて、下にはスーツ着れるやつ)は、事件の最中に誰が作ってどこで忙しい明智探偵に渡しているのかが不思議でたまらない。

事件の始まりとともに発注しておくのだろうか⁉︎
誰が変装用のお面をあのクオリティで短期間に準備し、衣装を縫うのだろう?

探偵事務所の2人の助手にはそんな暇はなさそうだが‥‥。

どちらかといえば助手の(こちらも美人助手という設定)文代の方が活躍度は高いように見えるので、
助手だとすれば探偵活動中に小林君がお面と衣装の用意をしているのだろうか?

いや、やはり衣装の係がいるに違いない。
松竹衣装とは言わないでいただきたい。
そこには夢があるのだ。

お面(仮面?)、カツラ、衣装の3点セット。
日本の何処かに工房を持ち、其々が担当任務を果たすべく、
日夜明智探偵の『あの人の顔にこの衣装ね〜』という指示を待っているチーム明智の衣装係。

私の想像は回を重ねる毎に膨らむばかりだ。

毎度脱ぎ捨てられる衣装一式は使い捨てではエコじゃないし。
きっと衣装係は事件の進展中にもこっそりとそれらを回収し、
どっかで再生しながら次の出番を待っているのではないか?

wikiを見るとそうそうたる美女揃いの犯人。
彼女達の愛を一身に浴び、一瞬で脱げる衣装は音響とぴったり重なり白いスーツを下から露わさねばならない。

誰だろう(衣装係)?
一体誰が(作って渡すの)?

wikiによれば、明智探偵の一瞬の変装脱ぎシーンは監督による演出から生まれたらしい。

変装
シリーズのお約束である、クライマックスで明智が変装を解いて謎ときをするシーンは、第一作『氷柱の美女』の脚本には書かれておらず、井上梅次監督が現場で思いついて採用したアイディアであった。

『氷柱の美女』の脚本におけるクライマックスでは、明智が簡単に犯人の前に現れて謎ときをするのだが、それでは面白くないと考えた井上監督が効果的な演出を考えた結果、現場で思いついて演出したのが「犯人が鏡に向って仮面をとると、その鏡の中に脱いだはずの吸血鬼の仮面が映る。びっくりして振向くと、もう一人の吸血鬼がゆっくり仮面をとり、明智探偵の顔が現れる」というシーンだった。この趣向は井上監督も大いに自信をもち、以降は明智が変装を解いて謎ときをするシーンがシリーズにおける定番として決まって取り入れられるようになった。

シリーズの中で定着していった変装を解くパターンは次のような順である。

定番のBGM → 髭 → カツラ → (ここまで別俳優) → 左頬から仮面をはがす(ここは左からの顔面アップ) → 服を取り払う(歌舞伎のような早変わり、全身像) → パリっとしたスーツ姿(BGMクライマックス) → 犯人のトリックの解説
となる。



ま、こう書いてでもおかなくては、明智探偵事務所の秘密が世間にバレてしまうんで仕方ないのだろう。

『美女シリーズ』の犯人はすぐにわかる仕組みだが、
明智探偵事務所の謎は
ちょっとやそっとじゃ解けないのだ。

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実際の衣装早変わりシーンはどうぞ番組かDVDでご堪能下さいませ。

参考
wiki先生
映画.com
当時の思い出を語る明智探偵の助手役、五十嵐めぐみさんのインタビューがありました。
パッと脱ぎの衣装は手作りで、撮影も一発勝負だったようです。
http://eiga.com/news/20150620/3/


部品を変えたのですが、PCが復旧しませんため、ブログ更新は時間のある時のみになります^_^;
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2017
08.19

楽園でジャケットを脱いだボス

Category: TV番組
個人的な感想とネタバレです。


『ミステリー・イン・パラダイス』、シーズン6を観終わった。

シーズン1からのファンとしては、個人的にこのドラマ最高のシーズンだった。


私はベン・ミラーのリチャード警部補とカミーユ、
ドウェインとフィデルチームが大好きだったので、
ここにきて新シーズンをこんなに楽しめたことに自分でも驚いた。

何しろクリス・マーシャル演じるグッドマン警部補が幸せにセントマリー島を去り、オノレー署の面々にもキャサリンにもちょっぴり変化が訪れたところで終わったのも後味が良かった。
シーズン3の出だしがショッキングだったので、これは本当に嬉しい。

見慣れた楽園が新しいボスのジャック・ムーニー警部補と娘のシボーンの目を通して見るとまた何と美しく見えることか。

ところで下記リンクの記事によれば、ベン同様、クリス・マーシャルも家庭と子育てと仕事の狭間で随分悩んだ挙句の降板だったようだ。
連日40度を超す暑さの中でジャケットを着ての演技。
1年の半分をグワドループ(クワドー4回転じゃないらしい^_^;)で撮影しなければならないことの家族への影響。
主役2人が同じ理由での降板であったにせよ、家族の幸福を考えた結果というのは、素敵なことではないか?

このミステリーを「『刑事コロンボ』と『スクービー・ドゥー』の間」
と評したクリスの表現も面白い。

ステレオタイプのヒーローでは ないのに愛嬌があって、仲間に愛される。
ちょっと変わった名探偵。

今度の警部補は、ようやくジャケットを脱いで半袖姿の捜査も見られる。
考えるに、暑さに関しては署長が1番忍耐強いのでは?


新しい警部補、ジャックも終始何かを口に放り込んでいる食いしん坊。
年頃の娘と2人、妻を亡くしたばかりの彼の心の変化もこれからの見どころ。
あのオノレー署長のキャラも、女子と素早く仲良くなれるという特技で随分変わったし。

シーズン6の終わりになんと市長になってしまったカミーユの母、キャサリン。
彼女の今後も気になるところだ。

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参考リンク
http://www.radiotimes.com/news/2017-08-04/kris-marshall-says-goodbye-to-death-in-paradise-and-explains-why-he-had-to-leave/
http://www.radiotimes.com/news/2014-12-29/kris-marshall-death-in-paradise-is-a-cross-between-columbo-and-scooby-doo/
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/スクービー・ドゥー_(フィクション作品)

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2017
08.14

『ダンサー』

Category: 映画の話
『ダンサー』

一部ネタバレ、しかも素人の好き勝手な感想ですので、
あしからず。




若き天才プリンシパル。
キエフバレエ団を経て英国ロイヤルバレエ団の史上最年少プリンシパルとして華々しく舞台を飾ったセルゲイ・ポルーニン。

クラッシックバレエは長い歴史の中で、究極の美を追求し続ける芸術。
身体に張り付くレッスン着は、筋肉の動き、使い方を確実に見えるようにするためだ。

友人に "gracefull beast "と言わしめた、優雅で猛々しく、高く正確なジャンプ。
虎の様に助走し、そのくせ軸がブレることのない美しい回転。

監督のスティーブン・カンターはドキュメンタリー畑の方だそうだ。

子供の頃から現在までの写真や映像が数多く残されているため、天才ダンサーの記録が喰い込む様にその内面に迫っていく。

彼のレッスン費用を出すためにいつしかバラバラになった家族。
その喪失感は彼を破滅の道へと何度も誘う。

彼が『引退』するつもりで踊った
『Take me to Church 』。
彼の苦しみ、魂の渇きは、その類い稀なる才能さえ、自らのGuilty だと感じていたからではないのだろうか。
家族が自分を捨てたのではない。
家族を壊したのは紛れも無い、自分だと、彼は自分を責めていた。
きっと、自分の才能までも。

『Take me to Church 』の歌詞は彼の心そのものであり、裏返しでもあった。
苦しみの表現だけではなく、罪の贖いを求める祈りでもあったと思う。

彼はクラッシックバレエの一線を退いて初めて、自分の公演に家族を招待した。
ようやく自分を許したように私の目にはうつった。

これ程の才能を持って生まれ、苦しんだ挙句

『僕はやっぱり、踊ることが好きなんだ』

そう言ったセルゲイに、観る者も救われる。

正確さを常に要求されるクラッシックバレエにおいて、完璧な基礎の上にしか芸術は生まれないのではないかと、その思いを強くした。

あの厳しくも美しいレッスンからさえはみ出してしまう程の不世出の才能。
子供の頃からのレッスンシーンにさえ鳥肌が立つ。

今現在、自身がプロデュースする公演を
行いながら、既に3本の映画出演が決まっているそうだ。
『オリエント急行』もだが、第2のヌレエフと言われた彼が、ヌレエフの伝記映画、『The White Crow 』の出演も決めているという。

絶対に見逃せない。

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2017
07.17

『フラーの舞台袖』

Category: 映画の話
『ザ・ダンサー』

以下は映画の内容に踏み込んで好き勝手に書いておりますので、
未見でこれからご覧になられる方にはネタバレということをご承知おきください。

映画を観ながら、丁度先日読んでいた本の中の
「エトワール、または舞台の踊り子」の話を思い出した。

本というのは中野京子/著
『怖い絵』
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1878年に描かれたドガの踊り子の絵の本当の姿を、中野氏はこの本でこのように書いている。

「この少女が社会から軽蔑されながらも出世の階段をしゃにむに上がって、とにもかくにもここまできたということ。
彼女を金で買った男が、背後から当然のように見ているということ。
そしてそのような現実に深く関心を持たない画家が、全く批判精神のない、だが一幅の美しい絵に仕上げたということ。」
中野京子/著 「怖い絵」p⑳より



それが、怖い、と中野氏は書くのである。

19世紀後半のオペラ座は、オペラの舞台に自分の踊り子を立たせるために金と権力に物言わせるパトロンが舞台横の桟敷席を買った。
ステイタスだった。
ある種の社交場という性質を持っていたからで、現在の様に純粋に芸術を楽しむ場とは違っていたからだそうだ。

ドガの「踊り子」の視点は、その斜め上の桟敷席からの眺めなのである。

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ドガの踊り子はクラッシックバレエの踊り子で、当時パトロンなしでは中央で踊ることは叶わない一種の娼婦。


この画面左側に胸から下だけ見えている黒いタキシードの男。
これこそが劇場の支配人でもダンサーの一人でもない、パトロンの姿。

さて、映画「ザ・ダンサー」は、引用させて頂いたこの一節通りの状況に、まさに革命を起こしたモダンダンスの祖と言われるロイ・フラーを投じた、ヒリヒリと痛い、アーティストの物語だ。

主人公、ロイ・フラーを演じるソーコの熱情的なダンスシーン。
ダンス、というより舞台芸術と言った方が近いのではないだろうか。

ソーコが迫真の演技で、フラーの芸術を再現する。
圧倒的に美しい舞台芸術を、この時代に実現したとは。
息をのむようなシルクと光のショー。

フラーは新しく独創的な舞台芸術を、自分自身が考える斬新な照明と衣装で観客に見せた。
アメリカでの手痛い経験から、その手法に特許も獲得するのである。


ドガの絵の踊り子とフラーには大きな違いがいくつもあった。
それこそフラーが革命家、と評される所以であり、彼女を題材に映画を制作した理由でもあるだろう。

パトロンと踊り子としてのフラーの関係も通常とは違うように見えた。



映画の中で監督はフラーに言わせている。

「私のダンスは衣装だけ」

イサドラ・ダンカンの自由で自然なダンスを見た後、フラーはパトロンに涙を見せて身体の関係をも結ぶのである。
伯爵はあくまでも彼女がされたいように、優しく彼女を愛する。

謎に満ちた男、ギャスパー・ウリエル演じるルイ・ドルセー伯爵は、愛のない結婚をし、放蕩を尽くして死に場所を求めながらアヘンと女に溺れる男。

フラーをニューヨークで見出し、
カーテン生地では重くて思った動きができないと話したフラーに、
薄くて軽い絹と、オペラ座を目指す資金を(その与え方は普通ではなかったが)与えた。


フラーはやんわりと示唆される映像の中で、女性を愛する女だとわかる。
彼女はパトロンになかなか身体を許さず、それでも伯爵とは互いに身を寄せ合うように生きていた。
パトロンにお金を返し、自立したダンサーとして成功したようにも映画では描かれている。
内実は心身共に蝕まれた、激しい苦悩を癒し合うパートナーとして、2人はそこにいる。


オペラ座の舞台に立つにあたって、身体が限界に達していたフラーをそれでも舞台に立たせることができたのは、「パトロンの権力」だと示唆されている。

ドルセー伯爵は言う。

「ふつう、オペラ座の舞台に立つ踊り子は観客に頭を下げるものだ。
でも君は頭を下げない。」




舞台で倒れた彼女が、必死で降ろされた幕を上げ挨拶に立つ。
オペラ座の観客はスタンディングオベーションで応える。
その時、彼女は観客に向かってお辞儀をするのである。

媚ではない、観客と芸術家の間に湧き上がる感情の表現として。

こうして、オペラ座に立つ女性芸術家は、激しい苦悶の中から美しい蝶のごとく生まれ出でる。

(と、私には思えた。ってくらいのことですから、私見です。)



the dancer




モダンダンスの先駆者として19世紀末のヨーロッパで一世を風靡したロイ・フラーの物語を、ミュージシャンで女優のソーコ主演で映画化。

フラーのライバルとなるダンサーのイサドラ・ダンカン役で、ジョニー・デップとバネッサ・パラディの娘として知られるリリー=ローズ・デップが共演。

女性のダンスが卑しいとされた時代に、バレエの殿堂であるパリ・オペラ座で踊るという夢をかなえるためアメリカからフランスへと渡ってきたロイ・フラーが、ドレスや光、鏡などを用いて新たなダンスを創作し、自らの信念と夢のために奮闘する姿を描いた。

監督は、写真家としても活躍するステファニー・ディ・ジュースト。

映画.comより



ジョニデの娘、という冠を外した方がむしろ良かったのではないかと思えるほどの魅力で観る者を惹き付けるリリー・ローズが美しく、素晴らしかった。


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2017
06.22

カメカメカメよ、カメさんよ〜♫

Category: 映画の話
『素敵なウソの恋まじない』

ダスティン・ホフマンとジュディ・ディンチのラブコメディー。

原題『esio trot』の意味がわからず、調べてみると、原題まで逆さま言葉になっていた❣️

『tortoise』⁉️そのものズバリ、🐢カメだった💕

原作のはじめには、北アフリカからかつて劣悪な環境下、大量に輸入されたカメの話が書いてある。
今は人間ではなく『tortoise』のために、保護され、輸入は制限されているという。

先日CSで『卒業』が放映されていて、勿論見逃せなかった。何回見ても年を経るごとに感慨深い。

彼の映画でどれが1番好きだなんてとても決められないが、もしかすると、この『恋まじない』が一番好きかも。

Roald Dahl原作の邦訳は『ことっとスタート』。『恋のまじない、ヨンサメカ』が新しいダールコレクションでは改題されている。
映画を見た後、原作を読んでみたら、so lovely だった💕
飼っている亀をこよなく愛するおばあちゃんに恋したおじいちゃんのお話。
プロポーズまでの遠回しなバカバカしいほどの努力が何とも可愛らしい。

亀は何十年もかかって成長する。
なのに今すぐにでもすくすくと育って欲しいとミセス・シルバーは心から願っているのだ。
主人公のホッピーさんは似たような亀を100数十匹も買ってきて、彼女の願いを叶えるべく、似たような少し大きめの亀にすり替えていく。

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ダスティン・ホフマン演じるミスター・ホッピーのベランダガーデンが素敵。

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恋の駆け引きとしても見ることができるが、何しろ『小さいのは嫌でしょ?』と小柄なホフマンを目の前にしてミセス・シルバーは言ってしまうのだ。
原作には現れない背の高い恋のライバルや亡くなったミセス・シルバーの夫が、ミスター・ホッピーのコンプレックスを刺激するのだが、彼は負けない。

原作の方は子供にも読める単純な短編だが、映画は登場人物を増やし、よく肉付けされていてとても楽しめた。

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物語の語り手、ジェームズ・コーデンが2人の出会いを語り始めてからクライマックスの着地点に至って、なーるほど、と笑顔になる。

人生の終盤を迎えた2人の恋を描いて尚可愛い、ダールのお話を愉しんだ。

ところでダールは友人イアン・フレミングのために『007は二度死ぬ』、『チキ・チキ・バンバン』の脚本を書いている。
ダール脚本の007映画は、浜美枝、若林映子(宇宙怪獣ドゴラの美しい女優さんでした)出演の日本を舞台にした映画。あの日本でのとんでもなくシュールな漁村や結婚式、可笑しなお風呂のシーンは忘れがたい。
余談が止まらないが、この映画で海女のキッシー鈴木(浜美枝)との間に生まれた『鈴木ボンド』は小林信彦の『大統領の密使』に登場し、『わかる人にはわかる』という、イジワルい笑いを提供している。

普通ダール原作の映画作品といえば、あの『チャーリーとチョコレート工場』なのだろう。

『へそまがり昔話』にならって、ジョニデとバートンの映画にはここでは触れないことにしよう。
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2017
06.18

時は、やってくるものなんだ。

Category: 映画の話

「深町君・・・おねがい」

「なに、急に・・・」

「へんな女の子だって、思わないでね」

「うん、思わないよ」

「あなたの、パジャマを見せて」



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いえ、
「KIDS STATION」で『時をかける少女』を観た、というだけなんです。

十分、「へんな女の子」ですよ、芳山さん。

何度も再放送されていますので、何度も観ているんですけど。

こんなにいい映画だったとは・・・!!!


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白いブルマくらいで驚いてはいけません。
体操服がブルマにIN、くらいでも驚いてはいけません。

先生だって
「ホットパンツ」ですから。

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ちがいました。

こんな話ではないんです。

SF的な部分を、
映画は言葉で最低限しか語らない。

あのチープなタイムトラベル場面も、今ならOK。

『事情を最低限しか語らない』ことは必要でした。



やはり「尾道3部作」の代表的作品(だと思うんですけど)。

町並みが、素敵すぎ。
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SFと日本家屋のノスタルジックな雰囲気が独特。

そんなことは、この映画が公開されたころから言い尽くされたことでございましょう。

今頃、その貴重さに気が付いたんですね。

古民家再生とか、斜面地の古い家を残すために、尾道で活動されておられる方のFBなどを見ているせいでしょうか。

「尾道空き家再生プロジェクト Onomichi Akiya Saisei Project」FBからお借りしました。
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通称「ガウディハウス」

映画には、
昭和の終わりが、そのままに。

「時は、過ぎていくものじゃない」

「時は、やってくるものなんだ」


って、西暦2660年からやってきた深町くんも言ってましたね。

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2017
06.14

満員電車は乗り過ごそう

Category: 映画の話
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日本映画チャンネル「市川崑劇場」で見た「満員電車」

ところどころオチに言及しておりますので、あしからず。

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日本映画チャンネルの「あらすじ」には
「ぶっ飛んだギャグの連続は爆笑必死。」とある。

私には全く笑えなかった。
登場人物の名前で辛うじてコメディーだったと気が付く。

作品紹介の様に「ぶっ飛んで」もいず、ギャグという言葉ではとても括れない。
クレイジーキャッツとは全く違うアプローチなのだから。

歯医者といい、社内診療所といい、精神病院といい、
ストレスによる体の不調と医療の関係もストーリーの根幹になっている。
精神科の治療を、「もっと気軽に診てもらえるような精神病院に」と医者の卵が語る場面は、
まるで今の世のことのようだ。



風刺に富んだコメディーだとしても、「非常に上質な」という言葉で修飾したい。
1カットの無駄もなく、際立った個性のスター俳優を随所に配し、
思わせぶりな印象を残しながら脇役一人ひとりに説明不要なスポットライトを当てる。


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主人公 茂呂井民雄 (川口浩)
一流大学を卒業、一流企業(ラクダビール)に就職。
生涯給与の計算など、優秀さはところどころで見せるが、
「茂呂井(もろい)」だけあって、職場のストレスから、人生という満員電車にはじかれる運命だ。

冒頭、卒業式のシーンの土砂降りからすでに雲行きは不安だ。
学生時代のガールフレンドたちに別れを告げ、民雄は社会人への一歩を踏み出す。

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大学でのガールフレンド、壱岐留奈(小野道子)との別れは、いかにもドライな若い男女らしい。
が、この2人も人生の不条理に押し流され、再会した時にはメロドラマか演歌のようなセリフを吐くようになる。
壱岐留奈=(生きるな)って、一番ひどい名前ではなかろうか?

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一種異様な通勤ラッシュが様々な形で描かれる。
狭い商店街を無理に行き交うバス(レトロで素敵)の間を縫うようにして通り抜ける小学生の一コマにゾッとする。


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工場の煙突、ベルトコンベアーで次々に生産されるビール。
この工場がまたとても良くできている。

最先端で、まだ薄汚れた感じはしない。
セットなのだろうが、リアリティーの無さがこの映画の趣にピッタリだ。

それなのに工場の中の騒音とビールが生産されるカットでは一転、
生産効率だけを考えた非人間的工場の無味乾燥さを余すところなく伝える。

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主人公の同僚 更利満(船越英二)
独身寮では珍しく、くつろいだ部屋づくりを心掛け、会社の中では情報通。
満員電車で一人だけ異質な雰囲気を醸し、すいすいと渡り歩く様子が描かれている。
ちょっとオネエっぽい仕草がいい。
「なまけず、休まず、働かず」というサラリーマンの三原則を民雄に説くが、
彼の真の姿もまた、哀れな働き蜂の犠牲者だった。


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和紙破太郎 (川崎敬三)も複雑だ。
孤児として育ち、人生を三段跳びに例え、野心に燃える。
人を手玉に取り、三段跳びをしたつもりが、文字通りその最中にバスにはねられる。
彼の死のあっけなさが、この映画を「コメディー」というより「不条理映画」と呼びたくなる一因かもしれない。

主人公民雄の実家は時計屋。
壁一面の時計が異様に見える。

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父親役の笠智衆の「か」の発音が懐かしい。
「くぁ」と聞こえるのだ。
「かんじょう」を「くぁんじょう」、という具合に。

父は自分の仕事に誇りを持っている。
1分1秒の狂いもないと自負するが、あまりにも言うことがまっとう過ぎて
それ故に世の中と相いれない。
「道理が通らない」ため、
自ら精神病院に入ることで心の安定を図ろうとする姿が、辛うじて哀れに見えない。
妙に共感を覚えてしまうのは、私自身も「世の中と相いれていない」せいだろうか。



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母の杉村春子。
あまりに苦しいことが多いので、
愚痴を言いたくなるたび笑うように心掛けたことを「発狂した」と思われる。

夫を精神病院に置いたまま、無職になった息子の再起に吹き荒れる
文字通り「嵐」にあっても、
息子と一緒にいることに生きる希望を見出している。
吹き飛ばされそうなバラック小屋にしがみつく息子の身体に更にしがみつく母親の異様さが身につまされる。

誰が正気で誰が狂気なのか、この世の中では判然としない。


実に上手い。



これを今作り直そうとしても、過剰な演出でダメにするだけだろう。
テレビ版の「黒い十人の女」なんて、悲惨だったではないか。

元々金田一シリーズの映画位でしか市川崑を知らなかった。

日本映画は昔、こんなにも素晴らしかったのだと、またしても唸る。


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2017
06.06

パーフェクトな女

Category: 映画の話
『ケイト・レディが完璧(パーフェクト)な理由(ワケ)』をAmazonプライムで視聴。

サラ・ジェシカ・パーカーが主演したコメディーである。
wikiより

ボストンの投資会社でファンドマネジャーとして働くケイトは、夫と二人の子供を持ちながら、数々の仕事で成果を挙げるキャリアウーマン。

仕事と家庭をなんとか両立させながら懸命に働く彼女に、ついに大きなチャンスが訪れる。新しい投資ファンドに関する彼女の提案を、ニューヨーク本社の幹部が高く評価したのだ。

この報せを受けて喜ぶ彼女だったが、プロジェクトへの本格参加が決定したことで、ボストンとニューヨークを往復する多忙な日々が始まってしまう。

どうにか今まで通り家庭と仕事を両立させようと奮闘する彼女だったが、次第に両方とも上手くいかなくなってしまう。



原作を読んでいないので、原作者の意図が映画の通りだったかどうかは知らない。

映画は楽しく、予定調和な流れでスルリと喉に通る感じ。

どんなに忙しいワーキングマザー(私は正直、昨今の自称『ワ―ママ』という言葉にはゾッとする)でも、
そこはサラ・ジェシカ・パーカーだ。
実にはまり役だった。
彼女が演じると、決してワーキング・ウーマンにも、冷たい母親にも、やつれた女にも見えないのだからヒロインとしては最高だ。

私が知っている限り。

『シンデレラ』⇒昔話ですから

『風と共に去りぬ』⇒ラスト、スカーレットがレットを失っても立ち上がった姿に拍手

『マイフェアレディ』⇒結局はシンデレラ以上にシンデレラだが映画には全く共感するところ無し

『プリティーウーマン』⇒いかにリチャード・ギアでも私は無理

『ワーキング・ガール』⇒80年代と言えばこれっ!痛快だったがこの時のハリソン・フォードは無理

『この映画』⇒現代版ワーキング・ガール。
全てを手にした女だが、サラ・ジェシカのおかげでキュートでチャーミングで嫌味がない。
ピアース・ブロスナン、メチャクチャ素敵ですし。
正直これこそ夢物語のその上をいく。
子ども達が反抗期の頃には、あなたも更年期で悩む年頃では?と意地悪く思ってしまう。

これを「パーフェクト」と呼んではばからないのなら、
世の「働かなくちゃ生活できませんから」という多くのおっかさん方は
昔から「パーフェクト」だったんじゃと思ってしまった。

ああ、素直な心で映画が観たい。

ということで、次はドリュー・バリモアの「Ever After」で勇気をもらおう。

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2017
05.26

TVミュージカル映画の方の「シンデレラ」

Category: 映画の話
レスリーアンウォレン
1965年に制作されたミュージカルTV映画「シンデレラ」をAmazonで視聴。
youtubeにもフルバージョンでありますが。

このTV版「シンデレラ」はリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世の名コンビが楽曲を作り、
1957年にジュリー・アンドリュース主演で制作したミュージカルのリメイク版。

オスカー・ハマースタイン二世は1960年に亡くなっているんですね。
にも拘わらず、1965年版のクレジットには、ちゃんと「Rodgers & Hammerstein's 」と書いてあるんです。
1957年度版の楽曲を殆どそのまま使用したから、というのもでしょうけれど、ハマースタインへの敬意の深さが感じられるクレジットでした。
cinderella8.png

さて、参考リンクに載せている「Classic Film and TV Café 」によると、

1959年11月にブロードウェイで初演したリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世によるミュージカルが『サウンド・オブ・ミュージック』。

そしてロバート・ワイズ監督による映画「サウンドオブミュージック」の長女役のオーディションには落ちたそうですが、このTVミュージカルでは主役を演じているのが主演のレスリー・アン・ウォレン(Lesley Ann Warren )なんですね。

今もご健在、ご活躍していらっしゃるので息の長い女優さんだと思います。
共演のジンジャー・ロジャース(王妃役で本当にちょっとだけ踊るシーンがある)はさすがに風格がございました。

さて、1951年にミュージカルとして初演されたロジャース&ハマースタインの『王様と私』。
これを5年後にミュージカル映画にしてデボラ・カーとユル・ブリンナーが主演したのは有名ですね。
「Getting to Know You 」は、私が最も好きな曲。
この作曲・作詞者がTV版「シンデレラ」の楽曲を担当した
リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世だったってわけです。



この映画、他の実写版のテレビ映画のシンデレラの中ではwikiの中でも記述は少ないのですが、参考リンクから飛んだ批評を読む限りでは意外に1957年版より「いいね!」という批評が多く、レビューも好意的なものが多く残されています。

ジュリー・アンドリュースの1957年版は白黒だったそうですのでその点こちらはフルカラーでビジュアル的にも美しかったこともあるのかもしれません。

"In My Own Little Corner,"
"Impossible,"
"Ten Minutes Ago,"
"Do I Love You Because You're Beautiful?"


どれも音楽、歌詞共に素晴らしかったのでございます。


この映画、オープニングから、もしかすると○NKの着ぐるみ人形劇?と思ってしまった舞台っぽいセットでまず観客を惹き付けます。

王子は「ドラゴン退治したりあちこちで色んなプリンセスを救ってきた」という武勇伝を持つイケメンですが、救ったプリンセスの誰とも恋に落ちることなく、国に帰ってくるのです。
武勇伝をどちらかと言えば自慢というより自虐気味に語る王子とか、シンデレラの継母と義理の姉たちの面白おかしい演技とか、素晴らしい楽曲などなど、語るべきところは多くあるのでしょう。
あるのでしょうが、私が今回目が離せなかったのは・・・。

衣装・・・。
衣装に、とにかく目が釘付けでした。

cinderella23.png
エンドロールの名前を頼りに調べてみました。

衣装を手掛けたジョージ・ウィッテカーは『刑事コロンボ』や『ナイト・ライダー』『刑事コジャック』などの衣装を手掛けた方なんだそうです。
あら、こちらのドラマも懐かしいではありませんか。

シンデレラって「灰かぶり」なんですから、もっと地味にグレーでも良かったんじゃ?と思うのですが、この衣装を手掛けたお方は全くそうは思わなかったのでしょう。、

普段着のシンデレラ、とにかく衣装も性格も明るいのが印象的です。
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こちらは普段着の継母と姉たち。
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一番まともだと思ったのはシンデレラの後継人らしい妖精さんの衣装でした。
どちらかと言えば、シンデレラより可愛いかも。
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右側が変身後のシンデレラで左が妖精さんなんですから、私ならピンクの可愛い衣装がいいなあ、と思ってしまいました。

が、このシンデレラの衣装には、ちゃんと意味があったのです。

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シンデレラの襟元が、白くてフワフワなファーで縁取ってあるのですが、その白いフワフワに「刺」、ささってませんか?
どう見ても尖ってますし、どう見ても好き勝手な方角を向いた「とげ」。

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襟元に「刺」をさしたままのシンデレラは、とりあえずこんな馬車に乗ってお城へ向かいます。

cinderella2.png
すると舞踏会を開いた王様と王妃様のお衣装にも同じフワフワに刺が刺さっているではありませんかっ!

ちなみに一般庶民はこんな感じなんです。
cinderella3_201705270204065ee.png
中世っぽくて、カラフルで素敵です。

で、一応男性は他にもタイツ履いて沢山参加の模様です。
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お姉さま方はこんな感じ。左側のお姉さんなんて、おっかさんのようで、いい味出してます。
正直、シンデレラの衣装より一見ゴージャスですね。
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一方、なんと王家のご家族3人、親子で刺が刺ささってますっ!
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王様の王冠周りにまでファー&刺がっ!
立ってますよね、「刺」!
cinderella24.png

さて、そこに「刺」と「冠」でクラス感を出した、明らかに他の参加者とは違うテイストの衣装で、シンデレラが登場します。
cinderella11.png

「刺」さして現れたシンデレラを迎え撃つ王子。
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速攻でワルツを踊ります。途中、王子は勢い余って見物人と化した姉さんの一人にぶつかりますが、構わず踊り続けます。
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もちろんジンジャー・ロジャースもいますんで、王様と王妃だって踊りますよ、そりゃ。
刺がどれだけ刺さっていても、踊るんです!
cinderella12.png


そして2人きりで向かい合ってみると・・・。
シンデレラの衣装は王子と何気におそろなんです。
はい、このままこの衣装で結婚式があげられそうですね💛
cinderella17.png

王子の「刺」は上着の裾と袖口に刺さっておりますが、そんなことはいいんです。
"Ten Minutes Ago,"を歌いながら、
「出会って10分」でこれです。
この後2人は2度にわたってAに及びます。
cinderella27.png

さて、12時で魔法が解けた後、王子はガラスの靴を拾っちゃいます。
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例によって「ガラスの靴の持ち主」探しが始まります。
お約束の、「継母の靴だめし」もちゃんとあります。
cinderella1.png

さ、シンデレラは機転を利かせて初めて王子と出会ったシチュエーション(お水をひしゃくに一杯、差し上げるんですわ)を再現し、見事王子に気が付いてもらえます。
妖精さんもシンデレラをその場で「刺さしドレス」に着替えさせて準備はOK。
cinderella21.png

こうして、白い毛皮のトリミングに刺をさす一家に、家族が一人増えましたとさ、と大団円。
cinderella22.png

妖精さんがシンデレラのために歌う"Impossible,"にはこちらまで勇気づけられるようでした。
不可能を可能に!
妖精さんにできないことはないんです。
でも、それもシンデレラの夢見る気持ちがあればこそ。

というわけで、大いに楽しませてもらった1965年版『シンデレラ』ですが、音楽も衣装も、思わぬ懐かしい作品と繋がっていたことがまた嬉しい映画でございました。

「刺」衣装のセンスの謎は多分永遠に解けないかもしれませんけどね('ω')ノ




参考リンク

シンデレラ (ミュージカル)
ロジャース&ハマースタイン
リチャード・ロジャース (作曲家)
サウンド・オブ・ミュージック (映画)
George Whittaker  「IMDb」記事より
レスリー・アン・ウォーレン
CMBA Blogathon: "The Prize" and Rodgers & Hammerstein's "Cinderella"
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2017
05.22

バンクス氏の救済

Category: 映画の話
『ウォルト・ディズニーの約束』

savingmrbanks.jpg



原題は 『Saving Mr. Banks』
直訳すれば「バンクス氏の救済」で、これは映画のテーマそのもの。
バンクス氏が、メリー・ポピンズの原作者、トラヴァース夫人にとって本当に「救済」されたかどうかはわからない。

映画.comより http://eiga.com/movie/77784/

米ウォルト・ディズニーが、自社の映画製作の裏側を初めて描いた作品で、1964年の名作ミュージカル映画「メリー・ポピンズ」の製作秘話をトム・ハンクス&エマ・トンプソン主演で映画化した。

ウォルト・ディズニーは娘が愛読している児童文学「メリー・ポピンズ」の映画化を熱望し、原作者パメラ・トラバースに打診するが、トラバースは首を縦に振らない。

やがてイギリスからハリウッドへやってきたトラバースは、映画の製作者たちが提案する脚本のアイデアをことごとく却下。なぜトラバースは「メリー・ポピンズ」を頑なに守ろうとするのか。

その答えが、幼い頃の彼女と父親との関係にあると知ったディズニーは、映画化実現の最後のチャンスをかけ、トラバースにある約束をする。監督は「しあわせの隠れ場所」のジョン・リー・ハンコック。




メリー・ポピンズの原作者P.L..トラヴァースをエマ・トンプソン、
ウォルト・ディズニーをトム・ハンクス、
リムジンの運転手ラルフはポール・ジアマッティ、
トラヴァース夫人の実父をコリン・ファレルと、
俳優陣が素晴らしかった。

私は映画のメリーポピンズが大好きだったので、この映画の原作が、実は完全に作者トラヴァースの幼少期の裏返しとして描かれていることに結構な衝撃を受けた。


映画は誇張でもなく、すんなりと、たまらなく辛く、でも少しだけ救われる形で描かれる。

ディズニーですから、と言えなくもないが、ディズニー映画にしては大人の映画だし、個人的には素晴らしかったと思う。

トラヴァースの育った家庭と、見事なほどの映画のメリー・ポピンズとの裏表。
「ミスター・バンクスを、救済しよう」というウォルト・ディズニーの最後の口説き文句は泣けた。

メリー・ポピンズのイメージがトラヴァースの過去の中に随所に散りばめられ、映画とは正反対だった事実。

この映画の企画段階でのいきさつが興味深いのでwikiから転載。

Wikipediaから

2002年、オーストラリア人プロデューサーのイアン・コリーはP.L.トラヴァースのドキュメンタリー映画『The Shadow of “Mary Poppins”』を製作した。

製作段階でコリーは「明らかな伝記映画」の要素があることに気づき、オーストラリアのプロダクションであるエッセンシャル・メディア(英語版)にスー・スミスの脚本で長編映画化すべきであると持ちかける。この企画はBBCフィルムズおよびRuby Filmsのアリソン・オーウェンの興味を引くこととなる。BBCフィルムズは企画への融資を決め、オーウェンは脚本の共著者としてケリー・マーセル(英語版)を起用する。

マーセルの草稿ではトラバースと彼女の息子に関わるサブプロットが削除され、また物語をトラバースとディズニーによる製作争いとトラバースが抱える子供時代の問題との取り組みの二筋に分けられていた。しかし、このマーセル版は明らかにウォルト・ディズニー・カンパニーの許諾なくしては使用不可能である音楽および映像の知的財産権にあたる部分を大きく取り上げていた。

「ディズニーという大きな壁を見て見ぬふりしていたよ。」コリーはそう回想している。「ウォルト・ディズニーは映画のキーとなるキャラクターだったし、メリー・ポピンズからいくつか音楽も使用したかった。いずれはデイズニーに伺いを立てなければならないのは皆わかっていたよ。」

2011年7月、イタリアのイスキア映画祭にてオーウェンはジャズミュージシャンのコーキー・ヘイル(英語版)と会う。『メリー・ポピンズ』の作曲を務めたシャーマン兄弟のリチャード・シャーマン(英語版)とは近所づきあいがあるというヘイルがシャーマンに脚本を渡すことを提案。ヘイルに渡された脚本を読んだシャーマンは企画を支持する。

その後マーセルの脚本は出来が良いにもかかわらず製作には至っていないために、プロデューサーたちからランクリン・レオナルド(英語版)の「ブラック・リスト(英語版)」に投票された。

2011年11月、ウォルト・ディズニー・スタジオの製作社長であるショーン・ベイリーはマーセルの脚本の存在を知らされる。ベイリーはディズニーCEOのボブ・アイガーを含むスタジオ重役たちと共に製作の可能性について議論した。スタジオ会長のアラン・F・ホルンはスティーブ・ジョブズからの言葉を借りて映画を「brand deposit」と称した。

アイガーは映画化を許可し、ウォルト・ディズニー役としてトム・ハンクスと連絡を取った。ウォルト・ディズニーがメジャー映画で描かれるのは初めてのことである。役を引き受けたハンクスは、「ピカソやチャップリンと同じく世界に影響を与えてきた人物を演じる機会」だと考えたという。ハンクスはウォルト・ディズニー・ファミリー・ミュージアム(英語版)を何度か訪れ、ディズニーの元従業員や、また娘のダイアン・ディズニー・ミラーを含む親族たちにインタビューを行っている。

メリル・ストリープとの交渉に失敗した後の2012年4月、エマ・トンプソンがP・L・トラバース役の最終交渉に入った。トンプソンは自身が演じた中で最も難しい役柄の1つであり、「彼女はとてつもない複雑さと矛盾を抱えた女性だった」と述べている。

また「悲しみについて、彼女は非常に優れたエッセイを書いている。彼女は実際、非常に悲しい女性だった。つらい幼少期を過ごした人よ。父親はアルコール中毒で、母親は自殺を試みて。彼女は生涯をまさしく深い悲しみの中で過ごしたのではないかしら。それ故に多くを成し遂げたのよ。」とも。

ウォルト・ディズニー・ピクチャーズの承認によって、製作チームはトラバース、ディズニー、シャーマン兄弟そして脚本の共同著者ドン・ダグラディらのやり取りが含まれる『メリー・ポピンズ』の企画開発中の音声録音と1940年代から1960年代にかけてのトラバースとディズニーの書簡の利用が可能となった 。

当初、監督のジョン・リー・ハンコックはディズニーの関与について、創始者の有利になるよう脚本を手直しするのではないかという疑念を持っていたという。しかしマーセルは、ディズニー側は「明らかに脚本への参与や不都合な描写の削除、またウォルトを変えてしまうことを望んではいなかった」としている。

ウォルト・ディズニーに関する描写についていかなる干渉も受けなかったものの、ディズニー側は喫煙シーンを省くことを強く要求した。
これは自社映画から直接的な喫煙描写を排除するという会社理念によるものであり、また、アメリカ映画協会によるレイティング指定を避けるためである。





原作者が、自分の作品の主人公を「売りものにする」ことは魂を引き裂かれるようなものだということをディズニー自身も理解していた。

映画にアニメーションが挿入されることを知り、契約を反故にしてイギリスへ帰ったトラヴァース夫人をディズニー自ら説得に追う。
ディズニー自身が夫人に自らの生い立ちと父を語るシーンは胸にしみる。

ディズニー映画だから、と言ってしまえばそれまでだ。

でも、ウォルト・ディズニーが娘たちに「メリー・ポピンズの映画を作る」と約束した話、
そして唯一トラヴァース夫人と心を通わせたリムジンの運転手の娘も「メリー・ポピンズ」の愛読者であったこと、
ディズニーが原作に惚れ込んだ気持ちは、本の書き手ではなく、読み手として十分すぎるほど理解できる。

トラヴァース夫人の父も銀行家であり、夢見がちな大人だった。
彼にとって銀行はまるで檻のように息苦しく、辛い場所だった。
酒に溺れ、病で早逝する父をコリン・ファレルが好演している。

sub2_large.jpg

この写真の場面、言葉としては出てこないがオーストラリアだそうだ。
彼女の父は「私たちにはケルトの血が流れているんだよ」と娘に語る。
「いかにもイギリス人」として振る舞うトラヴァース夫人だが、生まれも育ちもオーストラリア。

複雑な彼女のコンプレックスが言葉を多用せずに映画でもわずかに描かれる。

メリー・ポピンズのプレミアに呼ばれなかったトラヴァース夫人は自らハリウッドに乗り込むが、出来上がった作品を見ながらあらゆる表情を見せる。
眉をしかめ、あきれ、時に失笑しながらも、父親バンクス氏のことをバートが子供たちに語って聞かせる場面、ミスターバンクスが銀行を首になり、寂しげに歩くシーンに涙を流す。

ディズニーに「泣いている理由」を問われ、「アニメが耐えられなくて」と答えた時のトム・ハンクスの表情が実に味わい深い。
彼女が泣いたシーンに、アニメのペンギンは映ってなどいない。

南半球出身の同僚がよく言う。
「僕たちはよく、残酷さを笑い、悲しみをユーモアでくるみ、真逆の言葉で真逆の気持ちを表すんだ。」と。
彼はアメリカ人とヨーロッパの血筋を色濃く残す自分を一緒にされることをとても嫌う。

彼の言葉を思い出すと、トラヴァース夫人の複雑な反応(とその描き方)も納得できる気がする。

映画の終盤、ミスターバンクスが子供たちと一緒に凧揚げに向かうシーンでは一緒に歌を口ずさんでもいる。

後味は決して悪くないが、これはとても悲しい映画。

最初に作られたドキュメンタリーのタイトル通り、「メリー・ポピンズの影」なのだ。
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2017
05.21

マッサージ探偵

Category: TV番組
http://www.tv-tokyo.co.jp/mt_jyo/
『マッサージ探偵 ジョー』tubo.png

テレ東土曜ドラマ。
Amazonのオンデマンド配信で視聴。

色んな探偵がいますが、とうとうマッサージしながらツボと一緒に犯人を探し当てる探偵が登場したんです。

短い、間合いが笑える、もちろん設定も変、ついでに最後の踊りの残念感がツボ、などなど、確かに『ほぐされました』という感じで笑わせて頂きました。

連休中に行った鍼&マッサージが体にあっていたのか、先日鍼を打ってもらって以来目の調子が上向きなんです。
この2週間、遠近の眼鏡は外したまま、軽めの老眼鏡だけで仕事ができました。

前回、鍼の直後からあまりにも絶好調だったので、今回も鍼終了後は遊びに行く気満々でいたのですが、普通の人は眠くなったりするそうで、「鍼の後はゆっくり半日身体を休ませるよーに」と言われて、真っ直ぐに家に帰りました。

確かにすごく眠かったんです、今回。

やっと反応が人並みになってきたようです。

で、帰ってからそのまま爆睡し、夕飯後から見ハマったドラマが
『マッサージ探偵』。

内気なマッサージ師が出張マッサージに出向いた先で様々な事件を解決するのですが。
容疑者を一列に寝かせてマッサージをし、身体の張り具合から真相を推理するという無茶な発想がツボ。

鍼を打ってくれる従弟から教えてもらったのですが、
モノホンの鍼灸師が見ても十分面白いとか。

たまには何も考えず、ゲラゲラ笑って楽しむことも血行を促すと信じて。
『マッサージ探偵』に笑いのツボを押さえてもらう週末です。




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2017
05.15

メロディ

Category: 映画の話
今でも時折CSなどで放送される『小さな恋のメロディ』。

小学生になるかならないかの頃、年の離れた姉に連れられて何度映画館に足を運んだことだろう。

ビージーズの音楽が全編に流れる、美しい、特別な映画。

melody1.jpg


あらすじ(Wikipedia)

舞台はロンドン。公立学校ながら、厳しい教師と生徒たちの間でささやかな対立がはじまっていた。厳格な教えを説く教師たちや子供に過干渉な親たちと、それらに従うことなくそれぞれの目的や楽しみを見つけようとする子供たち。

気が弱く大人しい11歳のダニエルもそんな生徒の一人だったが、同じ学校に通うメロディという少女と出会う。2人はいつしか互いに惹かれあい、悩みを打ち明け、初めて心を許す相手を見つけたと感じた。純粋ゆえに恐れを知らない2人は、学校をさぼって海水浴場へデートに出かけたことから校長先生に叱られ、クラスメートたちにも散々笑い者にされる。ダニエルは悪友オーンショーにしつこくからかわれ、殴り合いの喧嘩まで繰り広げてしまう。

事情を聴くこともなく押さえつけようとする大人たちに対し、2人は一つの望みを口にする。それは「結婚したい」という驚くべきものだった。「どうして結婚できないのか」と問うが、当然親も教師もとりあわない。ある日、教師が授業を始めようとすると、教室はほとんどもぬけらの空であった。自分たちの手で2人の結婚式を挙げようと、クラスの生徒が集団エスケープしたのである。教師たちはあわてて彼らを探しに行く。

廃線脇の隠れ場所で、オーンショーが神父を務める結婚式がとり行われていた。ダニエルとメロディが誓いの言葉を唱えようとした時、教師たちに見つかってしまい、子供たちは散り散りに逃げていく。暖かい日差しの中で大人と子供の乱闘が繰り広げられ、発明狂の男の子が作った自家製爆弾が車を見事に爆破すると、大人たちは恐れをなして一目散に逃げて行く。子供たちはやんやの喝采を挙げる。その頃、ダニエルとメロディの2人はオーンショーの助けで追手を振り切り、トロッコに乗って線路のはるか向こうへと駆け出して行った。



『若葉のころ』が流れるお墓でのデートシーン。
歌詞を聴きながら、
やはりこの映画は、かつて無垢な子供だった全ての大人へのオマージュなのではと思った。

映画は実のところ、子供の目線ではなく、はっきりと大人の目で描かれている。

ダニーとメロディの家庭の違いを印象付けるシーン。

海でのデートでも、彼らの会話から両親の姿が浮かび上がる。
くっきりと。

WIN_20170515_001201.jpg

ダニー 「結婚しようか」

メロディ 「いつかね」

メロディ 「なぜ水がしみ出ていくの?」

ダニー 「いくつで結婚できる?」

メロディ 「石を入れとくとどうかしら・・・。
      両親くらいの年よ」

ダニー 「そんな年まで待てないよ。年寄りはたいていみじめだ。」

メロディ 「年をとると何でもわかるのよ。だから飽きちゃうのよ。」

カメラは中年の太った男女が海に足だけ浸しながら並んで立っている後姿を映す。

メロディ 「わからないわ。ほんとよ。」




「わからない」ことの尊さ。

爆弾づくりの少年の意外な活躍。
ジャック・ワイルドが実に繊細に表現した友情(今ならBLと言われても仕方ないほどの)。

以前もGleeの最終回の記事で同じことを書いたが、
最後の曲は深い。


「Teach Your Children」(Crosby Stills Nash & Young )

You who are on the road
Must have a code that you can live by
And so become yourself
Because the past is just a good bye.

Teach your children well,
Their father's hell did slowly go by,
And feed them on your dreams
The one they picked, the one you'll know by.

Don't you ever ask them why, if they told you, you would cry,
So just look at them and sigh and know they love you.

And you (Can you hear?) of tender years (And do you care?)
Can't know the fears (And can you see?) that your elders grew by (We must be free)
And so, please help (To teach your children) them with your youth (What you believe in)
They seek the truth (Make a world) before they can die (That we can live in)

Teach your parents well
Their children's hell will slowly go by
And feed them on your dreams
The one they picks, the one you'll know by

Don't you ever ask them why
If they told you, you will cry
So just look at them and sigh
And know they love you



三者面談でゴリオの担任の先生から
きつーいお言葉を頂いてきた。

実はかなり、どよーーんと落ち込んでいるので、
この映画でこの曲を聴きたくなってしまったというわけです。
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2017
04.23

ほめごろし

Category: TV番組
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2017
04.15

「やすらぎ」はどこに

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2017
04.12

スマイル

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2017
04.08

夜は短し走れよゴリオ

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2017
04.02

太鼓持ち居酒屋

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2017
04.01

プログラム

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2017
04.01

味わいたい

Category: TV番組
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2017
03.30

ラヴェンダー咲く

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2017
03.30

ゴリラとポゴリラヤ

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2017
03.18

孫の応援

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2017
03.05

アナ雪

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2017
02.18

勝者は全てを奪いはしなかった

Category: TV番組
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2017
02.05

畳の銀河

Category: TV番組
「The Tatami Galaxy」
こうググると、
➡http://ejje.weblio.jp/content/The+Tatami+Galaxy

Weblio英和対訳辞書での「The Tatami Galaxy」の意味

The Tatami Galaxy
四畳半神話大系
『四畳半神話大系』(よじょうはんしんわたいけい)は、森見登美彦による日本の小説である。



こんなん出てきました|д゚)

で、OPをつべで探すと
アジカンの曲なので著作権法に守られているとはいえ。

海外アニオタの手によってちゃんとupされているのだった。

というわけで、コメントも日本語以外が多し。

ジブリも新海も知ってるけど、これすげー大好き。とか。
animeマスターピースのひとつとか。

アジカンの曲をアニメに充てているのだが、これがまたピッタリであるが故か、
「この曲、何でだろ、好き。」といったコメントも。

四畳半という、日本独特の部屋のあの感じ。
あれをどう彼らは見ているのか?

私がゴリオ(仮名)以外でアニメの話をガチでできる同僚は20代後半の超オタク。
ナイスな職をあっさりと捨てて南半球からアニメの国、日本にやって来た。

彼のオタクとしての屈折っぷりは屈折し過ぎて円を描くほどである。
(彼曰く)太陽と海のイメージの国で、オタクであることの切なさをどっぷり背負って生きてきた。
残念なことに、それは日本でも変わらない。
只、「アニヲタ」ということで理解しようとする空気が職場の方にあるので、生きやすいのかもしれない。

彼が知らない日本のアニメはガンダムで線引きできるのでわかりやすいが、ガンダム以降はその知識の広さと深さで私などでは太刀打ちできない。
ラノベは日本語で読んでいるし、
西尾維新領域ですら叶わない。

ビッグバンセオリーのシェルドンみたいだと仲間から言われ。
人から好かれることに慣れていないと自嘲し。

そんな彼は四畳半をすでに見ているのだろうかとふと思った。
どうせ日本でも屈折するならこのくらい屈折して黒髪の乙女に恋でもしてくれ、と。
まるで息子のように心配しているのだ。

週明けの明日、「The Tatami Galaxy」を君は見たか?
と、携帯でこのつべを開いてから聞いてみることにしよう。

彼が「The Galaxy Express 999」の方を、知らないことは知っているので。

動画貼り付けは削除の元だった(´;ω;`)ウッ…

2017年 新バージョン
https://www.youtube.com/watch?v=NpU9T-wM10U
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2017
02.05

あの子でなきゃやらないこと

Category: TV番組
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2016
12.12

アクセルより、ブレーキで。

Category: TV番組
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2016
12.10

始まらない女子SP

Category: TV番組
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2016
11.27

小さな■

Category: TV番組
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Comment:3
2016
11.22

私はルバーツ星人

Category: TV番組
相変わらず『ウルトラQ』を見ております。

以下、何もわからず書きたいように書いているド素人の感想ですので、ファンの方がいらっしゃいましたら、どうか『ふ、何もわからぬたわけめ・・・・』と、スルーしていただければ幸いです。


ファミリー劇場では『カネゴンの繭』と2話連続で放送されましたのがこちら。

第21話『宇宙指令M774』

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字体も完璧ですね。この文字の形、最高に好きです💛

わくわくするようなタイトルではありませんか。
『宇宙指令M774』ですよ。
どんな宇宙からの『指令』を受けるのか、期待が高まります。

まず、例の飛行機野郎2人組と、報道カメラマンが、客船で旅をしている、というところからして尋常ではありません。
星川航空と毎日新報のお給料で、どうやったら若者3人が、そんな長旅をするお金と暇ができるのでしょう。
地球の人々の中から、宇宙人に『この3人』が選ばれるのも無理からぬ無理な感じが漂います。

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それにしても、船旅のカメラマン、ユリちゃんは、オシャレです。
モリモリの女優ヘアにパールのネックレス。
女らしいスーツは痩せているためかピタリと決まりませんが、最初の頃とは別人のような美しさが前面に出ています。
これも恋のなせるワザでしょうか。

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昔の日本人はこんな顔だったなあ、と懐かしくなる面々が揃う白黒時代のテレビドラマ。
特に主人公、万城目淳の顔立ちには見るたび郷愁めいたものを覚えます。

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それはさておき。
何しろ、この船旅のユリちゃんに、船に落ちていたお人形が話しかけるのです。

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「私の名はゼミ。
ルバーツ星人です。
地球人に警告します。
地球に怪獣ボスタングが侵入しました。
とても危険です。」



私も持ってた記憶があります。
なんか、喋る人形が、流行った時があったのです。
あの不気味さが蘇りました。
いや、危険だとしたら、いきなり喋る人形でしょう。
ユリちゃんから海に投げ捨てられても、これは仕方のないところです。

一方飛行機野郎2人組は、宇宙人によって飛行機を操縦中に何処か見知らぬ場所にワープさせられてしまいます。
岩場から山中に移動する2人。
すると、山の中にいきなり渋いバーが出現。

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かと思ったら、サイフォンにはコーヒーがっ!
天井にはアンティークっぽい車輪が付けられ、なんだかシャレオツ。

ライトにツボりました。
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またまた突然、店内のジュークボックスが
『ボスタングがいつ暴れ出すかわからないのです。』
とかなんとか喋り出すのです。
レコードなんですが、厚みがあって、ディスクっぽいんですよね。

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まあ、こんな言葉ひとつで地球人に信じてもらえるはずもなく、
仕方ないので宇宙人は、飛行機野郎とあろうことか『中央図書館』で待ち合わせしようと言うのです!
『中央図書館』って、どこの『中央』だよっ!
東京なら何区かくらい言いたまえっ!

それはさておき、
オシャレは足元から。
今なら、なんていうことのないクロップト丈柄パンツとサンダル履きですが、この当時はかなり斬新だったのではと思われます。

こんなサンダル履きで。
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こんな円盤に乗って
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宇宙人はやってきました。

やってきたルバーツ星人がご心配の危険怪獣がこちら。

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(゜-゜)

お酒はあぶったイカでいいんですが。
エイ、とかそちらの方でしょうか。
地球征服、する目的で送り込まれたそうなのですが。

待ち合わせの『中央図書館』には、
一条貴世美と名乗る美女がいました。
彼女が3人組に示した一冊の本。
ルバーツ星から持ってきたのか、『ボスタング』掲載の事典らしきものがっ!!!
uq17.png
せっかくなので、総天然色からキャプをとってみました。
手が込んだ小道具だと思います。
こういった細かいところが、ウルトラQの面白さだと思います。

いよいよ『怪獣』が現れたというので、海へ。

『ボスタングがやったのです』

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どっちかというと、スカーフを巻いた可愛いお顔のあなたの方が怖いんですけど。



すぐにでも攻撃しようと構える巡視船の船長ですが、
ルバーツ星人はそれを止めます。



『待ってください。とても勝ち目はありません。
かえってボスタングを怒らせるばかりです。』




怒ってなさそうです。
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むしろ、笑顔で登場です。


あ、船長も日本人・・・というか、両さんっぽくて好きです。
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音に敏感な怪獣を刺激しないため、巡視船はエンジンを止め、援護が来るまで怪獣を伺っているのですが、そこへ民間の客船がっ!

乗客の命が優先、ということで、怪獣への攻撃を始めてしまいます。

ところが、私は見たのです。
怪獣に攻撃したと思ったら、弾、客船も攻撃してませんか?

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怪獣への攻撃が迷走しているところへ、
ようやく航空部隊が登場。

空から攻撃して
怪獣は、あっけなく

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木っ端みじんに(´;ω;`)ウッ…
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さて、
ここからがこの第21話が、他のお話と、一線を画すところですのよ、皆さまっ!

怪獣の脅威から地球を守ったルバーツ星人と飛行機野郎たち3人組ですが。

ルバーツ星人は、このまま地球=『美しい星』に住むことにした、と言います。

『この地球には、私と同じように
地球を守るために宇宙から来た
そのまま住み着いた人がたくさんいるんです。
昔から
たくさんの宇宙人が来ました。』



オシャレは足元から。
これがルバーツ星人、一条貴世美さんのサンダル。
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あの人も。
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あの人も。
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あの人も。
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そしてこの人も。
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『あなたの隣の方。
その人も
宇宙人かもしれませんよ』




オシャレは足元から。



グラディエーターサンダル!

あれを履いているのは、ルバーツ星人だったのねっ!

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SATCの映画で、サマンサがこのグラディエーターの、甲の部分が魚の骨になってた銀色の超ハイヒールサンダルを履いてましたっけ。

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これですね。


サマンサも、そして私も、ルバーツ星人だったとはっ!



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2016
11.20

ブーツの金田一

Category: TV番組
『放送コードのあれ、言っていいのかい?』

そこが気になるドラマ『獄門島』。

きっちり、言いましたね。
大丈夫なんでしょうか?

原作を読んだことのない人、市川作品さえ見たことのない人にも
『わかりやすい』ドラマになっていた。

『獄門島』

スーパープレミアム「獄門島」
【放送予定】11月19日(土)[BSプレミアム]後8:00~10:00


横溝正史の最高傑作

数々のミステリーランキングで1位に輝く名作をドラマ化
長谷川博己演じる新しい金田一耕助が事件の謎に挑む!

戦争直後の瀬戸内の孤島を舞台にした、おどろおどろしい雰囲気、殺人の巧みなトリック。昭和22年の発表当初から高い評価を受けている「獄門島」は、古今東西のミステリー小説を対象にしたランキングで何回かベスト1に輝いたのをはじめ、常に上位にランクイン。これまでに映画化2度、テレビドラマ化4度と、今もその人気は衰えない。

この傑作ミステリーを、各種の映画機材等を用いることで、映画とみまごうクオリティーで映像化。また、孤島の地形(殺人トリックに不可欠)や島を覆う不気味な空気感の描写を、雄大な自然と歴史的建造物が多く残る佐渡で再現する。

そして、金田一耕助。戦争でトラウマを抱え、心に空いた穴を埋めるため、取り憑かれたように事件を解明しようとする姿は、風変わりでとぼけてはいるがどこかヒーロー然としていた従来の金田一像とは一線を画す。

「うぐいすの身を逆さまに初音かな」閉鎖的な孤島で繰り広げられる連続殺人。何故か俳句に見立てられたそのコロシの謎に、金田一耕助が挑む!

【出演】長谷川博己、仲 里依紗、小市慢太郎、古田新太 / 奥田瑛二 ほか

【作】横溝正史『獄門島』
【脚本】喜安浩平

【演出】吉田照幸
【制作統括】村松 秀、西村 崇、大谷直哉



『獄門島』の新バージョンを見た。

結構な衝撃。

脚本家は誰だろうと、Twitterも読んだ。

喜安浩平さん、舞台や声優など、幅広い分野でご活躍の方だという。

昨今の日本のTVに面白いものなんか作れないと思っていたけれど。

『ちかえもん』といい、長谷川金田一といい、
やるじゃん。

あんまり褒めるのも悔しいが、
正直言って、カンバーバッチシャーロックを初めて見た時の興奮に近い。

原作を初めて読んだのは小学生の時で、その後何度も読み返しているがせいぜいそれも高校生までのことだった。
映画版の石坂金田一のイメージが定着してしまうと共に、原作の面白さをすっかり忘れていた一作だ。

その金田一耕助が、とんでもなくエキセントリックで病的な探偵になって帰ってきた。
もし次があるのなら、戦争から帰ったばかりの傷がいくばくか消えた金田一になっていてほしいが、
何しろこれは良かった。

ユーモア、抜け感、くすぐり的なものは見られない。
子供っぽい感じが、ラストに象徴されてはいる。
けれど、それがあざとさを感じさせず、好もしい。

市川作品へのオマージュとも取れる音楽と映像美。
ロケ地や建物など、本物の質感に拘った。
どんなに説明台詞が多くったっていいのだ。
原点に戻ることが斬新さを産んでいる。

原作の面白い部分は、本来理詰め。
台詞が多くて何が悪いと思う。
映像で見せるからといって、全てを映像に語らせる必要なんてないはず。
敢えて金田一の心象、トラウマに千万太の亡霊を使ったことも、金田一と鵜飼、「戦争から生きて帰った者」がこれから生きる意味を問うラストも、今の時代に納得のシーンだったと思う。
全てを獄門島の由来や歴史に帰するのは、今の時代では無理がある。
いわくつきの歴史、因縁、血の穢れなどを今使えば、
それはもう、パロディーか大真面目なお笑いに陥るしかない。

金田一を狂気に陥らせることで、十分『変』なのだから、もうこれ以上のオドロオドロは必要ない。

閉鎖的な狂気の潜む島の描写に、市川版のような島の名の由来や住人たちの出自についての説明がいらない。
淡々とした画面でも、ロケ地の質感で納得させてしまう。

無駄な時間は、ほとんどない。

2時間を余すところなく使い切った。

この後、すぐに市川崑の『獄門島』が放送されたため、両方を一度に見ることができたことが、また良かった。

これまでの横溝作品の映像化は、ほとんどが原作のエログロを強調するか、大物俳優陣を揃えることで、原作の本当の不気味さや複雑なトリックの面白さを損ねていた。
トリックについての説明不足、理にかなわない部分は「オドロオドロ」で胡麻化されてしまっていた。

ところが、長谷川金田一が一つ一つ確認し、問い詰め、叫びわめく中に、きちんと筋道立ったトリックと、金田一が最後に和尚に詰め寄った理詰めの謎解きが、観る者にきちんと頭で理解できるようにしてくれるのだ。

久しぶりに、この小説を読んだ時のトリックの面白さ、犯人の意外性をはっきりと思い出したのだからこのドラマは大成功に違いない。
主演の長谷川さんも、脚本の喜安さんも、シリーズでやりたいと口をそろえて言うのだから、是非シリーズ化して欲しいものだ。


ドラムとギターの効果。
ジャズの新しさと昭和21年の日本のミスマッチを市川作品は狙っていたのかもしれないし、観るほうもあれは良かったと思っていたが、平成版は数段上手だった。

何より成功しているのが、役者の使い方だろう。

真矢みきが演じたビックリ『黒蜥蜴』を見たばかりだったので余計にそう思う。
局の都合でかき集めた俳優だらけで、製作費は殆どギャラで消えたのか。
オリエント急行同様、ゴーリキーの顔を見ただけで、ドラマのお里が知れてしまうのだ。
どれだけ良い役者が揃っても、こんな駄作ができるのだという見本だった。

それに比べてこちらの『獄門島』。
舞台の役者さんも使ったのだろうか。
素晴らしかった。
これだけ女優の数を使いながら、事務所の都合や「押し女優」の目白押しが見られない。
早苗役でさえ、若手の押しかも、と思ったが、抑えた演技は「押し女優ありき」の作品でないことを象徴しているかに見えた。

最後の奥田瑛二と長谷川博己の丁々発止は長すぎたし、あんまりだったが。

了然和尚を殺したのは、これじゃ、金田一その人ではないか。
死者にとりつかれたのは犯人だけではなく、金田一もだったというわけか。

金田一君、これでは君も、和尚殺しの犯人だ!



長谷川金田一はインタビューでこんな風に話している。

http://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/interview/1078400
【インタビュー】「獄門島」長谷川博己「金田一耕助を演じてきた歴代の俳優の中に、自分の名前が連なると思うとすごくうれしかったです」
2016年11月19日 / 13:41

 横溝正史の原作をドラマ化した「獄門島」(19日、BSプレミアム午後8時~午後10時)で、長谷川博己が名探偵、金田一耕助を演じる。戦友が残した「妹たちが殺される」という最期のメッセージを胸に、瀬戸内海に浮かぶ獄門島にやってきた金田一が連続殺人の謎に挑む様子を描く。今回の金田一像は従来とは一線を画すという。長谷川が、実際に演じた感想、さらに役者としての思いを語った。


-横溝作品の中でも絶大な人気を誇る「金田一耕助」シリーズですが、オファーが来た時の心境はいかがでしたか。

 金田一耕助を演じてきた歴代の俳優の中に、自分の名前が連なると思うとすごくうれしかったです。日本を代表する探偵シリーズ、シェークスピアでいえば『ハムレット』みたいなものですから。そういった意味では“金田一アクター”という枠の中に入れた。これほど光栄なことはない、という気持ちでした。

-「獄門島」の印象はどのようなものでしたか。

 やはり、僕は市川崑さんの作品(1977年の同名映画)が好きだったし、素晴らしかったので、それを自分がやるというのはかなり大変なことだなと思いました(笑)。僕の中では市川監督の金田一のイメージが強かったのですが「金田一は傍観者としているべき」「例えて言うなら天使だ」とおっしゃっていたと、どこかで聞いたことがあります。ところが、今回の金田一は、それとは違って、ズバズバいろんなことをしゃべるし、エキセントリックな印象でした。原作を読むと、今回は原作に割と近いなと感じたので、そういう意味では、一度、過去のイメージから「自由になっていいんだ」という気がしました。

-今回の金田一の魅力は何でしょう。

 最初に台本を読んだ時に、ヒーローというよりも、後半に関しては「こっちがヒール(悪役)なんじゃないかな」と感じる部分がありました。なので、従来の金田一像と比較できる、そこが魅力かもしれません。戦争のトラウマなど金田一の心の闇が描かれている。それも一つの魅力だと思います。

-演じる上でのこだわりはありましたか。

 台本に忠実に、求められていることを表現していく、というのがいつもの役に対するアプローチです。そういう意味では今回特に強いこだわりのようなものはありませんでした。それよりもとにかく佐渡が島という素晴らしいロケーションで、周りの役者さんたちと一緒に、その場所、その場で生まれたものを大切にワンシーン、ワンシーンを丁寧に演じていく感じでした。あえて言えば、げたではなくブーツでやったということですかね。山の中をとにかく猛スピードで走りまくるので、監督に「げただと転びそうですね」と話したら、「じゃあ、ブーツにしようか」となったので、それでいいんだ…と思って、そうなりました(笑)。

-“探偵役”を演じるということに対しては、何か特別な思いはありますか。

 イギリスで言えば、シャーロック・ホームズですよね。
探偵役はすごく魅力的です。自分も役者じゃなかったら、探偵をやりたかったなと思うほど。いろいろ変装とかできて楽しいじゃないですか。どこかアウトローですしね。

-撮影を通じて、今後何度も演じてみたいキャラクターになったのでは?

 それはもちろんです。ただ、今回は結構せりふの量が多かったので(笑)。金田一って、あまりしゃべらないイメージがあったのですが。金田一が「そうですか?」「でもこうじゃないですか?」ってちょっと言ったら、周りがワーッとなって、一気に解決していくみたいな。そういう展開をちょっと期待していたのですが、世の中そう楽には行きませんよね(笑)。

でも、シリーズ化されたら、ぜひまたやらせていただきたいです。

-夏目漱石に続いてまた有名なキャラクターを演じたことへの思いは?

 夏目漱石という実在した偉大な作家を演じられたり、金田一耕助というポピュラーなキャラクターを演じることができたり、本当に役者冥利(みょうり)に尽きます。こういう役を任せていただけるようになったことをうれしく思うのと同時に身が引き締まります。

-来年は40歳を迎えます。今年はとても忙しく充実した時を過ごされたと思いますが、来年への意気込みをお願いします。

 今年はいろいろな役を頂けて確かに充実していました。これからも気負うことなく一つ一つ丁寧にやっていけたらな、と思っています。

-最後に視聴者にメッセージを。

 皆さんには一度、これまでの金田一像を忘れて、先入観なく見ていただけたらうれしいです。


評判が良ければ次回作もやるよ、というスタンスだろうか。

乗りましょう。その手に。

次回作ではエキセントリック金田一は少し抑えて。
そうすれば、日本のバッチ君になれると思うのですが。
どうでしょう?

「見ろ!全部解いてやったぞ!」

さあ、これがキメ台詞になるかな?
そこまで世間はノッテ来ないかな?


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2016
11.19

見たとばい、ユーリ

Category: TV番組
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2016
11.18

モテる男

Category: 映画の話
渥美清が金田一耕助を演じた『松竹版 八つ墓村』を久しぶりに見た。

wikiによれば

本作を原作とした映画が3本、テレビドラマが6作品、漫画が5作品、舞台が1作品ある(2014年3月現在)。
9度の映像化は横溝作品の中で最多


舞台を入れると10作品もあるという。

実に色んなバージョンで見ているので、頭の中でまぜこぜになっている。

印象に残っているのは、古谷一行TV版、終戦後のうらぶれた雰囲気の漂う雰囲気が好きだった。
鰐淵晴子の美也子にも良い意味で意表を突かれたし、何しろこちらは結末で不気味な印象を残している。




さて、野村芳太郎監督の『八つ墓村』は、興行的にも最も成功した横溝作品だという。

あまりにも有名だし、話の筋も皆さまご存知だろうし、
なのでその辺りはばっさり割愛する。

過去の記憶では、私的なこの映画のポイントは、これまでこの3つだった。

1. 山﨑努の32人殺しの恐ろしさ。
2. 小川眞由美がまさに鬼と化し、鍾乳洞で後を追ってくるコワさ。
3. 典子(原作では辰弥と結ばれる)おらんのか~~~い。


今回のポイントは、大きく変わっていた。

1. ショーケン、こりゃモテる。
  これはモテずにはいられない。何がこんなにいいのかわからないが、
  鍾乳洞で美也子の手を引いて走る辰弥が超カッコイイ。

2. 山崎努、こりゃモテる。
  久弥役で病床で目の下真っ黒でも、要蔵として人斬りに村中走り回っていても、キレがいい。
  隠しようのない色気と目ヂカラと、何しろ体躯の美しさに惚れ惚れ。

3. 加藤嘉、モテる。
  最初の被害者だし、じいさんだけど、こりゃモテる。
  宮参りに山の石段を上る赤ん坊を抱いた中野良子親子を見つめる優しさにグッとくる。




モテる男
yatuhaka.png



この際2と3のポイントは置いておこう。

1. のショーケンが肝心なのだ。

実は、この映画のほとんどは彼のカッコよさで出来ているんじゃなかろうかと思った。
これってある種のアイドル映画だと何故昔、気が付かなかったんであろう。

最後の空港の整備士姿。

舞台を現代に置き換えたからそれっぽさを出したかったとか、ショーケンはお父さんがどこか外国にいると渥美金田一から吹き込まれたはずなので、そんなこともあったりで、別にいきなり整備士姿でもいいわけだが。

最後までノーサツする気か、ショーケンっ!

そんな感じで、今見てもコワかった小川眞由美の美也子がぶっ飛んでしまった。

「3. 典子(原作では辰弥と結ばれる)おらんのか~~~い。」

当然ですな。

ショーケンが主人公である限り、典子が出てきては困るはずだ。
ショーケンは、誰とも安易に結ばれてはいけない。
最後にパパになったりなんか、しちゃいけない男なのである。

ショーケンが主人公である限り、小川眞由美とのシーンは許されても、
他の若い女子と結ばれてはいけなかったのだ。

監督、よくわかっていらっしゃるっ!

元々圧倒的に山﨑努が好きだったのだが、これはしてやられた。


セクシーとか、カッコいいとか、そんな言葉で括れる魅力ではなく。

なんだろう。

ヤバイ感じ、とでも言えばよいのか。

//////////////////////


うちのゴリオ(仮名)は残念なことにモテない。
黙っていればカッコいいよと慰められることもあるようだが、
それって、どう聞いても「おまえは、どうやってもモテないよ」と断言されているようなものではないか。


何がこんなに違うのか。

ショーケンとゴリオの違いはどこにあるのか?

人間とゴリラの違いか?

ゴリオほど安全で安心な男はいない。

モテる男とは。
きっと安全、安心とは対極にある男。

・・・・でなければ、究極に優しい爺さん。

あんなに怖い『八つ墓村』で。
こんなこと考えるとは思いもしなかった。

いやあ、映画って、いいですね。


忘れていたので追記

渥美清の金田一。
この映画では物語の収拾をつける「語り役」。
静かで丁寧な口調に、素の渥美清が透けている気がした。



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2016
11.13

的を外す新技術

Category: TV番組
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2016
10.15

オシャレ怪獣ドゴラ

Category: 映画の話
『宇宙大怪獣ドゴラ』をCSで観たのです。
1964年、東京オリンピックの年に公開されているんですね。

チャンネルNECOより
http://www.necoweb.com/neco/program/detail.php?id=3797

宇宙大怪獣ドゴラ 1964 東宝

【キャスト・スタッフ情報】
監督:本多猪四郎 特技監督:円谷英二 原作:丘美丈二郎 脚本:関沢新一 出演:夏木陽介 ダン・ユマ 中村伸郎 小泉博 藤山陽子

あらすじ

『ゴジラ』の本多猪四郎監督×特技監督・円谷英二コンビが手掛けたSF怪獣映画。あいつぐ核実験の結果、宇宙に発生したアメーバ状の細胞が巨大な宇宙怪獣ドゴラに成長し、ドゴラのエネルギー源である炭素を求めて地球に大挙来襲する。ドゴラは石炭やダイヤモンドを吸い上げては成長し、地球を壊滅の危機に追い込んでいく。


ええと、音楽もですが、私、特撮SF映画にも全く詳しくございません。
ですので、手前勝手な感想のみ書き残します。
お詳しい方には、以下、馬鹿馬鹿しくてやってらんねえ感じの感想ですので、
スルーしていただけると幸いです。


この映画をつべで探すと、英語版のタイトルには『宇宙怪獣ドゴラ-「jellyfish」クラゲの襲撃』と書いてあるのです。
なるほど、wikiには「イカ型」とか書いてありますが、確かにクラゲっぽくもありますね。

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宇宙大怪獣ドゴラ予告

予告編に、映画全編で活躍する外国人マークを、単に「変な外人」と紹介しているのが笑えました。
彼はこの映画の「ギャング」対「外事警察」を国際的な秘密組織な感じに大きく見せる、スリルでボンド的な役割を担った重要人物なんですよ。


Dogora the Space Monster (1964) - Attack of the space jellyfish!


この映画、一言で言って、とにかくオシャレ。

出だしに謎の女が見張りに使っているスポーツカーからしてもうオシャレ。
警報の出ている北九州市に寝台特急「さくら」に乗って、東京からヤングソルジャー気分で乗り込む「博士」と「お嬢」の2人組。
この2人が寝台車の中で使う赤い水筒が死ぬほどオシャレかつカワイイ。
どこでだったか、皆でラジオのニュースを聞き入る場面で大写しになるラジオのデザインがまた悶絶するほどオシャレ。
イカ型になった「大怪獣」のフォルムがスマートでオシャレ。
華麗なる怪獣だと言ってもよいほど、動きだって軽い。
新鮮なイカならではの透明感がそこはかとなく漂っていて、それはもう、上空のトルネードと一緒に神秘な映像になっています。



映画「ボルサリーノ」が1970年だとしても、それ以前に真似真似ではなく日本人がスーツに帽子をかぶるそのオシャレな感じ。
悪役が揃って洒落ているだけでなく、悪い人なのか何者なのか判然としない外国人のマークが明るい暖色系、茶系の服と茶色い帽子のリボン的なもの(なんていうのかわかりません)がキャラクターをよく示していて、この映画を独特なAに引き上げている気がします。
あくまでも、私の中でですが。

怪獣とダイヤ窃盗団に、マークとかいう謎の外国人と「博士」、夏木陽介の外事警察がどう絡もうと、正直どうでもよくなるほどのオシャレ感。

窃盗団の女は黒髪のロングヘアにノースリーブの短めチュニックとスリムなパンツがもうオシャレ。
彼女の短めチュニックはレオパード柄のVネック。
ワルイ女を表現した柄の選び方にもかかわらず、これが黒髪によく似合って、下品にならないのが上級者。
ボスと合わせたような半袖グレーのタイトスーツも、悪役集合の画面全体のコーディネートとして、クールでステキでした。

「博士」の美人助手の「お嬢」も、ダークスーツのオヤジ共に囲まれながら、あくまでも、どこまでも「お嬢ファッション」を貫きました。

「お嬢」と「博士」と「外事警察」3人組
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この時のペイズリーっぽい柄のノースリーブ、こちらもオレンジ系で、お嬢の肌の色によく似合っています。
昨今いうところのカラーコーディネートの理論から言っても、善悪、その中間の人物像を、着ているものの色で描き分けをしているかのようで、このあたり、ただモノではない衣装係のセンスが伺えます。

外事警察のくせに、謎の外国人マークの空手チョップでのされた若き警察官が目覚めると、そこには真っ白いブラウス姿の「お嬢」が。
今年よく見る襟の詰まったラウンドネックに小ぶりなペンダントが清楚で超オシャレ。
その時点で彼女の身にどう危険が迫っているかには関係なく、彼女を自宅近くまで送る刑事の特権。
オシャレな「お嬢」は、外に出ると、そのブラウスらしきものの上には、短い襟付きのノースリーブジャケット。
これがスカートと上下のスーツになっていて色がまた上品なコーラルピンク。

ノースリーブの水色ドレス。
柄物のノースリーブのツーピース。
生地と、女優さんの身体にピッタリした仕立ての良さからして、制作予算のいくばくかにこのお衣装代がつぎ込まれていることは間違いないと思われます。
外事警察もときめく可愛い上品系衣装が美人さんによく似合います。

ほかのオヤジ全員がダークスーツにも関わらず、「博士」だけは麻らしき薄ベージュのジャケットを着ていたり、半袖グレージャケット姿の窃盗団の「ボス」もいますので、夏から秋にかかる季節とお見受け致しました。
地球温暖化が進む前の湿度の高い日本の残暑でも、警察ではこれでいけたんでしょう。

外の場面では半袖白シャツ姿や浴衣姿の普段着衣装の庶民が逃げまどったりしますので、怪獣が東京上空などに出没して初めて、本当の季節感を感じる映画ですね。

でもノースリーブを貫く間に、「お嬢」が長そで花柄プリントブラウスなどを突然着て、お茶を出したりしていますので、油断のできないオシャレさんです。
黄色を基調とした同系色の花柄に白いタイトスカート姿も、広めのラウンドネックブラウスのわずかな襟の立ち上がりがなんともレトロで可愛らしい。

後半、ダイヤを持ち逃げした窃盗団の女の方は、黒いノースリーブのドレスにハイヒールで林を分け入り、海岸を逃げまどいます。どう考えても場にそぐわない衣装なんですが、ヘプバーンのティファニーで朝食をの衣装を盛り込みたかったとしか思えません。

思わずwikiでこの映画と同年の映画のラインナップを探してしまいました。
海外映画も華やかな名作映画が多かった年ですね。
なーるほど、と膝を打ちたくなりました。

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さて、肝心の怪獣です。

どんな「大怪獣」かと思いきや、「大怪獣」が「大」だったのは、炭鉱の町、北九州上空だけでのことでした。
巨大イカのような大怪獣になった後は攻撃やら何やら受けまして、散り散りに散った水晶の玉的なものになったり、最後は「地蜂の毒」でカラフルな巨岩になって落ちてくる、という姿を変える怪獣だったのです。

「大」の時でさえ、その全貌はチラリとしか出てきません。
チラリズムの極致を楽しむのに、これほど食指を動かされる怪獣映画があるでしょうか。
もうそのものをズバッと見せつけられる何倍も、「いいんじゃないの、これ、くるわー」感が増幅されます。

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なにせイカですから、何本も触手があって、それが時折アニメ化までして、特撮もあの時代ですから、どんな風に撮ったのか、興味深くてお詳しいブログ様やwikiを散々読む羽目になったほどです。

1964年、CGもない時代に、実写だったりとても精巧に作られたミニチュアだったり、なんとアニメですらあったりする「若戸大橋」をぐしゃっと掴んでポイッとやる、なんて映像が出てくるわけです。

この部分なんて、ディズニー映画のようです。

アニメからの
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合成からの
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本当に質感のあるミニチュア
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そしてドボーン!
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あとは何といっても、「炭素」系のものを食べて生きる大怪獣が吸い上げる「巻き上げられる石炭」のシーン。
撮影は大変だったそうですが、工夫の甲斐あって今見ても自然です。


大怪獣が石炭を吸い込んでます!確かに!墨吐いてません、吸い込んでるんです!
でも粉々になったあとの身体で、どうやって摂取していたのかは、最後まで謎のままでした!
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実際の映像とミニチュアの「若戸大橋」の赤が、嫌味なく普通に繋げて鑑賞に堪えます。
潰れていく工場や町の精巧な作りには驚くほど。
何しろ作り物感で猥雑な感じが一切ないのは、空一面を覆う得体のしれない怪獣を見せるために、街全体を引いたカメラで撮っているせいでしょうか。
『スカイライン-征服』とか、『クローバーフィールド/HAKAISHA』とか、お好きな方には申し訳ないのですが、このあたりのディザスターSF映画は、見た後にどっと疲れる私ですので、レトロ系はしっくりくるのかもしれません。

宝石泥棒の話と怪獣退治が平行線で噛み合わなかったりする話ですので、そこをどう感じるかで評価も別れるところでしょう。
ラストの「博士」の旅立ちといい、子どもが見てもつまらなかったかもしれませんが、大人が見る分には十分楽しめました。



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2016
10.02

アナ米

Category: TV番組
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2016
09.27

ウルトラな感動

Category: TV番組
「ウルトラマン」と
「ウルトラQ」を
続けて観ると、両者は別物だったのだと、素人ながら思います。

初代のウルトラマンは、番組冒頭にウルトラQの始まりの絵が使われていました。
そのQを破るようにギザギザ真っ赤な画面と共に「ウルトラマン」の文字が大きく飛び出てきます。

wikiに撮影フィルムの話が出ていますが、
ウルトラマンの街並みや、怪獣と映る樹木の近影のクオリティーと、
Qのそれとは質感が全く違います。

「かっちょええ」


これはカッコいい。

で、今回見たのは、ウルトラQ『火星からの贈り物』と、『鳥を見た』。


火星怪獣ナメゴンのあのヌメヌメとしたいかにもナメクジな質感に驚きます。
この質感ならカラーではなく白黒の方が良いと思います。

CGのない時代に、こんなものを作ったとは。

キャプがカラー版からしか取れませんでした(´;ω;`)ウッ…
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片栗粉でとろみをつけた何物かのように、ヌメッタ感のある怪獣や宇宙生物はあまた登場してきましたが、
こんな感じのヌメッタ奴に、テレビ画面でお会いしたことはありません。
本物のナメクジ画像と合成でもしているのでしょうか?

「鳥を見た」の少年が漁師たちに小屋を引きずり出されるシーンの緊迫感。
ショットがまるっきり映画です。

しかも終わり方が素晴らしい。

「鳥を見た」の最後のシーンの余韻。

長い。

ありえないほど、長い。

「さようーならー」という少年の別れの言葉と夕日の海が、
全くクサくないですし。

バブル時代を知っている人間には、
ほんとならあの類のシーンは恥ずかしいものなんです。

でもあれは恥ずかしくない。

これはすごい。

感動いたしました。

次の土曜日が待ち遠しい( ^ω^)・・・




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