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老嬢の鼻眼鏡

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元気のモト

今日のカテゴリを「漫画の世界」とするのも何なのだけど。

明日1日を乗り越えれば、なんとか年度始めの仕事の山もピークを越える。
そこで週末、あちこちで密かに開かれている小さな読書会のひとつに参加した。

オンラインじゃないのは久しぶり。

透明な仕切りに囲まれた部屋に少人数で集まった。

お題は「クララとお日さま」。

昨日の朝のNHKニュースで丁度カズオ・イシグロのインタビューが放送されていた。

今回はお題の本が本なだけに
色々な解釈ができるので
章ごとに、気になる文節を引き合いに出しながら

ここがわからなかった
私の解釈はあなたと違ってこれこれで
いやラストシーンでやって来たのは彼女でしょ

あれやこれや語り合う楽しさと言ったらなかった。

誰よりもファシリテーターが自分の解釈に引っ張られてしまっているのが興味深く

人は皆それぞれ自分に本を引き寄せて読みこなしていくのだなあと思った。

さて散々語り尽くした後、1人ずつ更に感想を聞かれた。

私の右側にいた女性が言うことには

「これ読んで、『観用少女 プランツドール』っていう漫画を思い出したんです」

イシグロが生み出したAFロボットクララは雑貨店のショーウィンドウに飾られ
彼女にまた会いに来ると約束した少女が来るまで他の人に買われないよう振る舞った。

一方右隣の女性が話した『プランツドール』も少女の姿をした美しい人形で、餌はミルクと砂糖菓子。この観用少女も買主を選ぶ。

すると私の左側にいた女性が

「私も昔の漫画を思い出してました!ロボットの母親が子供が焼いたケーキを食べて、ロボットだから錆びちゃうんです!」

ここで時間が来て話は終わってしまったけれど。

こういう話をもっと聴きたいなあと
後ろ髪引かれながら家路に着いた。


SFと漫画というのはとても相性が良いのだと思う。

そして

読書は時に共有することで
何倍もの豊かな経験をもたらしてくれる。

というわけで

私はまだ漫画の沼から抜け出せていない。




シブタニ兄妹がジュニア向けミステリを出版!

アレックスとマイアのシブタニ兄妹のビッグニュースが。



フィギュアスケートの平昌五輪アイスダンス銅メダリスト、シブタニ兄妹。


シブタニ兄妹がジュニア向けのミステリ「KUDO KIDS」を出版するそうです。

マイアの闘病もありましたが、写真の元気そうな笑顔に嬉しくなりました。


Twitterでアレックスがコメントしているところによると

主人公は日系アメリカ人の兄妹、MIKAとANDY。
東京オリンピックを観戦しに初めて日本を訪れ、たくさん美味しい物を食べ、冒険をするそうです。

世界中で人気の「OlympiFan」というゲームでバーチャルメダルを獲得しようと奮闘するようですが、とっても面白そうです。
早く翻訳されるといいな。



「ハッシュタグ」という呪縛

「文藝春秋4月号」を読んでいると
最後の方で「文藝春秋digital」からウェブで人気の記事が載せられたページに行きあたった。

その記事のタイトルは「ハッシュタグを脱ぎ捨てて」
記事を書いた人は2021年3月1日に記事が配信された頃まで、高校生だった。

この記事が私の興味を引いたのは
その小気味よく刺さる気持ちの掬い取り方だけではない。

「映画 えんとつ町のプペル」について言及した部分だった。

ちょっと抜粋してみたい。

不透明な時代の中で何か確固たるものを見つけようと足掻いたとき、答えにたどり着く最も容易な方法は誰かを敵に回すことだ。だけどマウンティングするには私たちの心は優しすぎる。それならば、「弱さ」で自分を固めた方が心地良い。

〜中略〜

『映画 えんとつ町のプペル』が若者たちの心に刺さり、彼ら自らチケットを売りさばくことで特別になろうとしているのにも納得できる。「弱者性」「被害者性」が今の若者たちのアイデンティティの根源になっているのだ。

〜中略〜

アイデンティティという名の鎧を纏い、被害者性を盾に攻撃しあう人々を見るたびに、社会がより息苦しくなっていくようで悔しくなる。

「文藝春秋4月号」378ページより抜粋



映画は未見だけれど

「えんとつ町のプペル」という絵本は
私にとって何度読んでも理解できないものだった。

でもみんながいいって言ってるんだよね。

そう思って読み返してみても
気持ちの悪さしか残らない。

絵は確かに素晴らしい。

話だってここは感動するところなんだろう。

でも私にはどうしてもよくわからなかったのだ。


「えんとつ町のプペル」の舞台は煙突だらけの黒い煙に覆われた町。
ハロウィンの夜
配達屋さんが落とした荷物の中の「心臓」がゴミの山に落ちてゴミ人間が生まれた。
でまあ、臭くて汚いゴミ人間は嫌われる。
かわいそうなゴミ人間。
そのかわいそうなゴミの塊を助けようとする少年。


大真面目に書くけれど。

私は絵本というのは
詩と同じくらい凝縮された言葉と
そこに寄り添う絵で表現された芸術だと思っていて

特に絵と一体になっているからこそ
絵本で何かを表現するのは簡単なようでいて
とても難しいのではないかと思っている。

少なくともこの「えんとつ町のプペル」は子供向け絵本ではないのかもしれない。
字体、字の大きさ、そして言葉の選び方、もちろん中身も。
絵本の形をした、別の何かだ。

時々絵本を読み聞かせするボランティアグループの人のブログを読んでいると

「私は子供たちに自由と希望を伝えたい。絵本を通じてそれを知ってもらいたくて子供たちに読んであげています」
なんて書いてあって驚くことがある。

絵本は「私」が何かを伝えるためにあるんじゃないと思うな。

作家に降りてきた何か
あるいは作家がどうしても描きたかった何かを表現した絵本を

子供たちの前で読む私たちはただの媒体者ではないか。

もしも自分の読み語りが誰かを喜ばせたとしたら
それは自分の「考え」が伝わったからじゃなくて
絵本が良かったからなんじゃないの。

作品の良し悪しはともかく
少なくとも絵本は絵本作家のもので
誰かがその作品を使って「じぶんの考え」を伝えるための道具じゃない。

ところが
「えんとつ町のプペル」の場合
作品が複数のメンバーで作られたということを抜きにしても
自分たちで自分たちの作品を道具にしているような感覚からどうしても抜け出せなかった。

ゴミ人間は確かにかわいそうで。
少年ルビッチは優しい。

そんな絵本の主人公はたくさんいるだろうけれど

そこに私はきっとこの文藝春秋で高校生が指摘した
「弱者性」「被害者性」を嗅ぎ取ったから気持ちが悪かったんじゃないのか。

言葉にならない感覚を
誰かがハッキリと言葉にしてくれている時の視界がひらけた感じ。



「弱さ」と「優しさ」というアイデンティティーを脱ぎ捨てて

「個性を、青春を、消費されるな。」



記事の高校生はこう結んでいる。

弱いとか優しいとかが悪いわけじゃもちろんない。

弱者であることを自らタグ付けすることで
見失うものも多いことを
この若者は言っているのだ。


すごいな、未来人だな。

帰ってくる彼

確かブログを書き始めて来年で10年くらいになるはずなんですが

何故にずっとここでくだらない話ばかり書き続けているかというと

ここは恥の上塗りの場所(だって生きてるだけで恥ずかしい)であると同時に
貴重な情報源なんですよ。

特にブロ友さん方が書かれる記事が大変興味深く
わたしの虚弱で情弱で脆弱な日常を楽しくして頂いています。

最近私のアンテナに引っ掛かり続けているのがこちらの記事

映像学科22番

ブログ主のトガジンさまが毎週様々な映像作品や映像機器に関する記事をアップされています。


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庵野秀明監督作品『シン・仮面ライダー』
2023年3月公開!



この画像、石ノ森章太郎感が残っていて本当に素敵。

横顔肩幅とライダースーツに真っ赤なスカーフ。
で、ちょっとした立ち襟な加減が素敵。
ライダースーツがどうやったらこんなにシワ寄るんだかよくわかりませんが(真空パックなの?)、それすらもかっこいい。

どう考えても私の初恋の人は仮面ライダー1号本郷猛さん(よく考えると変身後の1号が好き。アマゾンが出て来た時のショックは大きかった)だった筈なんです。

その彼が、2年後に

新しくなって帰ってくる・・・・・・・。

しかも過去から未来である現代にやって来るんじゃなくて

彼は帰ってくるのにそれは更に現代よりもずっと未来からやって来る、みたいな。

いえ、世界有数の生化学者で知能指数600のライダー1号(空想科学読本しらべ)がバイクに乗って帰ってくるわけじゃないのはわかっているんです。

でもですよ。

あなたの初恋のあの人が

なんか若返って
ちょっとバージョンアップした感じで

絶対筋肉も増した感じで

あなたの前に戻って来るとしたら。

あなたは今老境にさしかかっていて

今更あの頃の姿(小学1年生でしたからね)に戻れるわけもなく

こんな姿で初恋のあの人が(シンになって)帰ってきたって

恥ずかしくって会えるわけもなく・・・・・・・。

どうしましょう、ほんとに。


こんな設定のSFを昔読んだような気がするんですよね。

その時ヒロインはどうしたんだっけなあ。

一緒に若返って
うふふあははと彼岸の向こうまで(この辺の発想がほんと年齢ですね)二人で走って行っちゃったら話が終わるしなあ。

「シン・仮面ライダー」情報に
年度末から年度初めのドタバタをひと時忘れて

ドキドキしている春なのです。



鍵山選手は異世界に召喚されたのか?

Twitter見ていて笑ってしまったこのツイート。

こんなライトノベルのタイトルがあったら〜

「初めて世界選手権に出たらネイサン・チェンと羽生結弦の間で滑ることになった件」っっっ

もちろん17歳、初出場銀メダルの鍵山優真選手が主人公でしょう。

銀メダリストになった故

「初出場男子高校生の僕、ベテランだらけの世界選手権で銀メダルなんだが?」
ってツイートもされていて。
このタイトルもありですよね。




世界選手権って、ほんと異世界でしょうからね。

鍵山選手、銀メダルおめでとうございます。

異世界から帰って来れそうですか?


もっとすごい世界に
飛ばされそうですか?


ネイサン・チェンの静かな情熱

昨夜のフィギュアスケート世界選手権男子シングルフリー

ネイサン・チェンが圧倒的な4回転決めで逆転優勝しましたね。

選手達は調整が難しかったと思うのですが
試合としては面白かった。

なんと初出場17歳の鍵山君が銀メダル!

今回ショートもフリーも崩れずに
クワドめちゃ入れ構成で1番安定した演技を見せたのが彼でした。

しっかしあの素晴らしかったコリヤダ選手、メッシング選手の上に
結果として昌磨が4位に入ってきたというあの強さ。

前半スカッと行かないジャンプが続きましたが
体力を奪われた後の後半のコンボをしっかり決めてきたところから見ても
昌磨は地力があるんですよね。
チームシャンペリーのアットホームな雰囲気は
師匠のステファンが作り出す独特なものなのかも。

昌磨のあの笑顔。
シャンペリーの生徒は幸せなんだなと
ステファン、コアなファンが今も多くいますが
そりゃそうですよね。
人間的な魅力が底なしですもん。


エイモズ選手、コリヤダ選手は演技後半に足に来たのかもしれません。
メッシング選手はあの最後のジャンプが惜しかった〜。

さてネイサンですよ。

ショートからジャンプをしっかり調整して

素敵でしたねえ。
もうカッコ良すぎました。

全てのジャンプを決めた後のステップの入り

大きな羽根を背にしたように
空中を蹴った。

あの冷静に淡々と4回転を跳んでいくネイサンの

皮膚の下に宿る情熱。

戦っているものが
違う次元にあるように思います。

奢りなく
自分の追求する演技に没頭している
そこがクール。

あの一瞬を観られただけで

幸せでしたよ。




通行手形

来週が怒涛の1週間になるのがわかっているので
出勤日数と時数の調整で
今日は休みになりました。

昨日までに終わらせたかった仕事はあらかた済んだので
今日は乳がん検診に行って来たのです。

昨年、姉や友人達が次々に手術、放射線治療を受けることになり
身体中あちこち満身創痍の私にとって全く他人事ではないので
1年半ぶりの乳がん検診は戦々恐々でした。

ゴリオを産んだ時にひどい乳腺炎で手術になり
感染症を併発して文字通り死ぬ目にあった時
「あなたみたいなタイプで産後すぐに乳がんになった患者さんいましたから、気をつけて」と言われ
以来20年以上、毎年検診を受け続けているのです。
ちなみに今日先生にその話をしたら、「トラウマ級のこと言われて気の毒だけど、それ全然関係ないから大丈夫」と言われましたよ。
でも毎年検診を受けるのはやはり必要なんだそうです。


私がここ数年通っている病院は若い姉弟が先生をしていて
お母様が乳がん患者さんだったということで
熱心に診て下さいます。

いつもはさっと済ませてくれる検査が今日は長くかかり
ドキドキしている私を看護師さんがシミ治療薬の話で笑わせてくれました(笑)

何しろ息子の学費をまだひと頑張りしなくてはならないと分かったばかりです。

結果はとりあえず心配なことはなさそうだったので
ホッとして帰って来ました。

検診というものは年に一度の通行手形。

この一年も
今までの道を通っていいよということでしょう。

いつか違う道への通行手形が出てくることだってあるのかもしれませんが
先のことは誰にもわからない。

兎にも角にもあと2年
働けるよう
それだけを願いつつ。






ワールド男子spの個性派揃い

フィギュアスケート世界選手権男子シングルを
眠い目を擦り擦り観ているんです。

やっぱり試合は面白いですね。

昌磨を見習って緊張感を楽しみに変換して
個性派揃いの演技を堪能。

男子はある種流行りなんでしょうか、
単調なリズムにキリキリとした緊張感が心地よい
ユニークな音楽を使う選手が多くて本当に素敵です。

フランスのエイモズ選手、ボヤンのプログラムも個性的でいい!
観ていてワクワクします。

コリヤダ君の美しいフリーレッグ!

宇野昌磨選手の「グレートスピリット」は言わずもがな。
ステップでは鳥肌が立ちました。

そしてやっぱり鍵山君でしょう。
伸び盛りですね。
素晴らしかった!
「ボーカッション」の選曲がハマりましたね。

私はネイサンのコリオが大好きなんですが、どのポーズもなんて美しいんでしょうね。
ネイサンにミスが出たことで、試合としては俄然面白くなってきました。

鍵山君がフリーでも実力発揮できますように。

昌磨のダンオン完成形を観ることができますように。

もちろん、全方位(衣装も)男前なネイサンも!

分度器がいるのそれともA Iなの?

夜、首肩の痛み止めですこん、と眠ってしまうので、昨夜のフィギュアスケート世界選手権女子シングルは寝落ち。

途中まで観ていて、後半を録画で観ました。

回転不足、エッジエラーで技術点を引いて(これって今後の演技にもプレッシャー)
紀平さんは、どう見ても謎の低い演技構成点。
というか、一位の選手が高杉晋作なの?


選手たちは良演技で素晴らしかったですよね。

ワイドショーではミノル氏がまた
?てなことを解説していらっしゃいますけど。

国ごとのOP枠配分に合わせた採点、
これはもう予定通りなんでしょう。

あれこれ考えずに観るのが、正解なんでしょうね。

あんな選手はもう2度と出てこない
そんな寂しさが
いつまでも拭えないとは‥。

男子にはまだ
どちらに転ぶかわからないドキドキが残っているので
録画の予約はそのままで。




Ⅴリオの道はどこにある

「ごりお」と入力したら
「Ⅴリオ」と出てくるので、
もうⅤリオでいいやん。

ということで
我が家の愚息、Ⅴリオのカテゴリも多分これで100個目の巻になりそうなんですが・・・。

昨日、職場に行くと
自室(私の職場は誰もいない大きな部屋の中に更に私の仕事部屋がある)の大きな部屋の方に上司の姿が。

この上司は私が昨年来たばかりの頃は私の使用方法がわからず、
あれもするなこれもするなと煩かったのですが
1年たってみるとこの部屋のことは何でも私にお伺いを立てるようになった珍しい人です。

階下の大部屋にいてもつまんないからと
人気のないこちらの部屋に仕事しに来る人はたまにいるんですが
年度末で今すっごく焦っている私にとっては迷惑この上ないわけですよ。

しばらくすると
また別のおじさんが大きな方の部屋にやってきました。
この人は私に聞きたいことがあって来てるのに
上司が割って入ってくるので
長い長い。
一分一秒も惜しい私の笑顔は般若だったろうと思います。

さて気を取り直して仕事に取り掛かろうとした時
携帯が鳴りました。

Ⅴリオからでした。

「はいはいお久しぶりね」

Ⅴリオは深夜に帰って早朝バイトに出ていくので
しばらく顔を見ていません。

「あのさ、学生課から電話あってさ、ごめん、留年決定した」

「へ?」

3月も末でしょうよ。

今頃そんなこと言われてもね。

しかもあと1年で卒業よーーーーーーーと、
銀行の残高見ながら涙目だったのよ。

物理が危なくて単位落としそうだからもう大学辞めてしまいたい
そう言ったⅤリオと一緒に教授に相談に行った時には
後期で取り戻しましょう、そんな話だったのに。
結局前期で落とした時点で留年は確定していたとのこと。

ひえええええええええええ・・・・・・・・・・・・・・・・。

老後破綻
老人破産

悲しいかな自分たちの老後資金のことばかりがぐるぐる駆け巡ります。

とりあえずお父さんにも連絡しなさいよと言って電話を切り

優秀なお嬢さんがいる上司には
私の電話の声が聞こえていたはずなので

「息子が大学留年しちゃったそうなんです」

自ら恥をさらしに行きましたよ。


「ま、親子といっても別人格ですからね」

日当たりの良い場所で
オレンジ色に染まった椅子に腰かけている上司の
ツルッツルの頭を眺めながら

Ⅴリオの道はⅤリオが探すしかないんだろうなと
ふーーーーーっとため息が出ました。

そこからは鬼のように働いて

夜になり

早めに帰ってきたⅤリオに

「で、どうよ」と聞くと

「りゅーへーがさ、ちょっと心配してたけど、頑張れよって言ってくれてさ」

りゅーへーとはⅤリオの友達で
ブラック企業を辞めて専門学校でこの春から勉強しなおす優しい子なんですよ。

高校の3年間、彼らは同じクラスでほとんど男子ばかりのムサイところにいたんですが
卒業式の日は男の子がそろって肩を抱き合って泣いてるような
オタクの集まりだったんですね。

両親よりも先に友達に電話するなら
まあ、大丈夫だよね。

春には嵐がつきもの

まだまだ働けるように

私も元気でいなくてはならないようです。


桜とガメラとお寺の亀と

今年は桜が早くて、山桜もあっという間に咲いてしまってびっくりですよね。

皆さまお元気ですか?

私は頸椎から肩、腕、手の甲までの疼痛を
最小限の痛み止めで飼い慣らしながらやっと生きてる毎日です。

気がつくともう年度末。

仕事の山に追いかけられ
めそめそ泣いています(聖子ウソ泣き)。



え?
ブログ放置で週末何してたかって?
そんなの
CSムービープラスでガメラ映画を3連発で観てたに決まってるじゃありませんか。

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ガメラに見入っている私を置いて
オットは自分だけ花見に出かけてしまいましたよ。



4k平成ガメラ、流石に画面が綺麗で
何だか音までよく聴こえて。

このガメラシリーズ、音楽いいですよね?


中山忍、水野美紀、藤谷文子のヒロイン達も良かった!

ガメラといえば
日本のあちこちに亀の石像や亀仙人的な仏像なんかがあったりしますが。

知人に教えてもらった亀に
面白いのがあるんです。

メカガメラみたいなメジャーな大物もありますが

「石碑の碑文を全部読んだら亀が動き出す」

この亀が超面白くて。
60年もかかって建立されたこの亀、お寺さんにあるんですが、「動き出す」っていうなら碑文全部解読して動かしたくなるのが人情。

何だか自分の足元からガメラの映画が始まる気がしてワクワクします。


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この碑文の解読は困難らしいので、そこがまた映画っぽくていいですよね。

頸椎症、リハビリ兼ねて運動が大事なので
いつか
亀を動かしにゆっくり行ってみたいと思ってます。



ゴリオにとってのクララとは

以下は
カズオ・イシグロの「クララとお日さま」のネタバレが含まれると思われますので
折り畳んでおきます。

拙く無知な
ごく私的な感想です。

「クララとお日さま」の読後の興奮が冷めやらない今
自分のための記録として書いています。


「クララとお日さま」カズオ・イシグロ

頸椎症(ヘルニアという程でもないらしい)でこのひと月くらい、
文字通り首の回らない生活をしていました。

仕事に行くどころか

途中肩揉み機でゴリゴリやってしまった故
揉み返しで痛みが強く
痛み止めの注射を一本くらい打っても効かないくらいT^T

来週からようやく通常通りの勤務に戻る予定です。

さて

そんなこんなで

発売日に受け取れなかった
カズオ・イシグロの新作「クララとお日さま」をようやく書店に引き取りに行き
読み終わったところです。

これは「私を離さないで」のアンサーブックという言われ方もしているようですが
読後感は全然別物。

オープニングは
ショーウィンドウの内側から周囲を観察し学んでいる
クララの目を通して


喧騒
車のエンジン音
店々で流れる音楽

音の描写があるわけでもないのに
ざわざわとした形のない音に満ちた世界に
たちまち引き込まれていました。


原書の装丁
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原書の装丁が気になって、見つけたのがこれ。

窓枠のオレンジから覗く空のブルー、おひさまの黄色。
『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー』(だったと思う)でイシグロが描写した学生時代の部屋の窓からの眺めを彷彿とさせる、ジョジーの家から見える景色。
素晴らしい装丁です。

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日本語版は絵本のようで可愛い。

クララを読む前に
友人に薦められて読んでおいたのが
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「もうひとつの神話」清水玲子

「クララとお日さま」を180度ほど回転させると
1985年の清水玲子作品「もうひとつの神話」(『天使たちの進化論』に収録)
になるのではと思ったりして。

イシグロが素晴らしいのは言うまでもないけれど
日本の漫画って、SFもやっぱりすごい。


AIが人間にとって変わる世界

こういった本を読んでも色々考えさせられましたけれど
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「10年後に食える仕事 食えない仕事」のような社会科学系の本に長々と書かれていることを
ブレイディ・みかこさんが描く英国のワーキング・クラスのおっさんがサクッと口にしているわけですが

しかも「ワイルドサイドをほっつき歩け」はリアルにその階級再生産性の道(既存の階級制度を自ら選んで繰り返す)を断ち切ろうとしている人間が描かれるんですよね。
文学って素晴らしいと思うのはこんな時。
この横繋がりが私にとって本を読む醍醐味で。

でも

カズオ・イシグロは
社会問題をしっかり描きながら
「クララとお日さま」を実に瑞々しい作品に仕上げています。



記事にあるようなインタビューを読んでも
イシグロの視線が斜に構えることなく優しく
それは新作のこの小説そのまま。


この「クララとお日さま」では
これまで個人的にはちょっと疑問符が付いていた土屋政雄さんの翻訳が
それはそれは見事です。


話の先が読めてしまっても
だからといってそれがひとつも作品を損なわないなんて

しばし首から腕まで達している疼痛を忘れる程

クララの世界にぶっ飛ばされました。

これはわかりやすい本ですので
どなたにも心からおすすめできます。

AIの視点、ロボットの視界を読んで体験できる
イシグロ作品でも出色の
ビジュアルと
何故か聴覚にに訴えかける
映画のような小説‥


誰かにとってのヴィレッジヴァンガード

Amazon primeで観た!

メーテレ制作のドラマ「ヴィレヴァン!」
https://www.nagoyatv.com/vv/intro/



滝藤賢一さんが「探偵が早すぎる」の流れで飄々としたおっかしな店長を演じています。


あの奇跡の本屋(?)「ヴィレッジヴァンガード」を舞台に
実話に基づくストーリーは現在シーズン2、更に映画版も制作されているとか。

プライムで観られるのはシーズン1のみ。


久々の面白いドラマ
最高でした。

ヴィレッジヴァンガードで偶然バイトすることになった野球少年崩れの青年が
いつの間にかヴィレッジの住人となっていく成長譚。



第3話「銀河鉄道の夜」、第6話「Haynesマニュアル」、第7話「逃走論」はヴィレヴァンの商品棚、コーナー作りにまつわるお話でしたが
泣くよね、これは笑って泣きます。


特に第3話の「文芸書コーナー」を担当することになった主人公と新人バイトの文学少女。

売れ筋の本を売るならいくらでもやり方はある。

でもそこに自分なりのオススメコーナーを作っていく
ヴィレヴァンというカンバスに
自分の個性をぶつけていくまでの
純文学好きのリサちゃんの葛藤がとてもいいんです。

サブカルと売上げの狭間での軋轢とか。





ヴィレッジヴァンガードで見つけた雑貨や本、お菓子。

人それぞれ、何某かの魅力に引き寄せられ
つい買ってしまったものがある店ではないでしょうか。

私の場合、ヴィレヴァンが地元にできたのはおばさんになってからですが
それでも行くたびワクワクします。


私、アホみたいですけど
一回だけ
このタイミングでこの本見つける?
そういう出会いをヴィレッジヴァンガードでしたことがありました。

帰り道、その本抱えて泣きながら車のハンドル握りましたよ。
www40代の終わりでした。

息子のゴリオにウケ狙いの変な雑貨を買って帰った時は
年頃の息子に手を焼いていたんでしょうね。


ぐるぐると
自分にとってのヴィレッジヴァンガードをたどりながら

こんな人達が作って来たんだなあ
なんて
ジーンとしてしまう。

ドラマの9割が実話
あれもこれも実話です、という番組終わりの実在の店長らによるトークが
何故かフィクションのようで可笑しい。



今日のTwitterには「浅田真央」の文字が踊っています。
オリンピックとセットなのはよいのですが
橋本さん続きで引っ張って来られていますね。

その手には乗らないよん。


私だって自称

「スキゾ・キッズ」ですからね。

銀世界

朝起きて
カーテンを開くと
外は真っ白。

テレビをつけると日本列島はすっぽり雪らしい。

ボンヤリそのまま民放を観ていると
まあ、話題はワクチンとOPの話。

さっきテレビで

オリンピックをあまりにも神聖視し過ぎてはいないか」と言った人がいて

いいこと言うよね、と目が覚めた。

SNSの声同様、
私も森さんの後任は
本当なら山口香さんが適任だと思う。

柔道女子のセクハラ問題の時に声を上げた彼女には胸のすく思いがした。


昔のスケート記事を随分整理したので
表からは多く見えないけれど
自分の記事に「聖子」で検索をかけると
それはもう多くの日記があらわれる。

私、これでもフィギュアスケートのファンですからね。



橋本さんと言えばセクハラ、というほどソチOPでの醜態が言われているが

あの後雲隠れした卑怯さはいかにも政治家という感じで
結果として被害者の選手に謝罪をさせたあのやり口。

この事件は橋本さん自身より
あれから何年経っても
むしろ被害者である選手の足かせになり続けている。

アンチの格好の材料にされるからだ。

あの時
卑劣だったのはあのタイミングで写真をリークした関係者
そしてあのセクハラを笑って見ていた周囲の人間だということは承知している。

それでも彼女が
自分に向けられた刃を
選手に受けさせ
傷をつけたことに変わりはない。


彼女に「元選手」という過去は関係ないんだろうなと思ったものだ。

それがよくわかるのが
あのオリンピックで橋本さんが
演技前の1選手に対して放った恫喝だった。

リンク先のスポーツ記事は既に削除されているので
記事をコピーしていなかったのが残念だけれど。

記事になっていたとおり

橋本聖子という人は

非常に繊細な競技、フィギュアスケートの演技直前の年若い選手に

「わかってるだろうな」
こう「励ます」人なのだ。
これ多分テレビに映ったと思うので
ご記憶の方もいらっしゃるだろう。

「期待してるよ」とか「頑張れ」じゃありませんからね。

ゴリゴリの旧石器時代の体育会系。

彼女が日本のOPの顔になる?

OPでの実績や
まだ比較的若いということや
女性であるということは
文字通りひとつも彼女を登用するメリットにはならないと思うけど。



ほんと、年齢も性別も関係なく

権力を握る人は
その人の品性によって
ああいう風になっちゃうんだろうな。


OPは何としても開催されるだろう。

いつもなら楽しみで仕方のない最大のスポーツイベントが
振り回される選手が気の毒でならない悲しい何かにすり替わる。



フェミてなに

職場に健康診断書を出す季節。

来年度も雇ってもらえるんかいな。

というわけで
先日血液検査をしたばかりなのでその結果を書いてもらえるじゃん、と
おなじみかかりつけ医ヒデキの病院に診断書をお願いすることにした。

ああ、やはり激混み。

ヒデキの病院は小さな町の内科クリニックだが
爺になってもヒデキは人気があるのか
患者は引きも切らない。

混んでる時に
健康診断書を書けだなんて
ほんと〜にごめんなさい〜許して〜(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

遅いけど心で叫んでみる。

看護士さんに言われるまま
視力聴力心電図にレントゲン
サクサクと検査は進む。

待ち時間も含めて2時間以上かかっているので
大きな病院に予約して行くべきだったかもと待合室で反省。

待合室の椅子が足りないのは
患者さんの家族も数組座っているからで

数年前、手術をしたばかりの時。
婦人科の病院で
若い妊婦のオットとコドモに待合室の椅子を占拠され
立ちんぼのまましんどい思いをしたことを思い出した。

壁のテレビは『森元会長の後任』の話で持ちきり。

女性はたしかに『無駄話』が長いけど
男性だって『オレの話』がやめられないよね。

あの立場で口から出ちゃったのはアレですが
元々そういう人でしょ。

女性蔑視とか
女性や立場の違う人への思いやりを声高に言い立てる人達は
婦人科の待合室で
立って待ってる患者さんに席を譲る人達なのだろうか?

若いオヤジとコドモ達が待合室で2列分の椅子を独り占めしても
知らん顔してた病院の受付のお姉さんも
森元会長の辞任には賛成なんだろうか。

あの時
前屈みで壁にもたれていた私に席を譲ろうと立ってくれたのは
1人で小さな男の子を抱えていた妊婦さんだった。



フェミも平等も
言ってることとやってることは
皆同じなの?

女だからって
女に優しい人ばかりじゃない。

ヒデキの病院では
付き添いで一緒に来ている家族の方やヘルパーさんは
席を立って待合室の椅子をあけてくれた。
でも私は元気なので
今日は全然立っていられるありがとう。


壁に掛かったテレビをぼうっと観ながら
森さんも
橋本さんも
年齢や性別は違っても
どちらもさして変わらない気がして仕方ない。

問題は年齢でも女性だということでもないのにね。





備えあっても憂いあり

週末、枕の高さをああでもないこうでもないとモゾモゾ寝支度していると友人から連絡が来た。

「揺れたわ。すんげ〜怖かった」

「地震あったの?」

「テレビ見て〜」

(´⊙ω⊙`)「‥‥」


眠れなかった。



災害時

遠くに友人がいると
大丈夫だと思いはしても無事を確かめたくなる。

通信がたて込むだろう間はちょっと待って
ニュースに釘付け。

互いの無事を確かめ合う回数、ここ数年増えてますよね。

こうして細々と書いている日記繋がりでも
あの方は東北、あの方は関西
などとニュースを見れば思いを馳せる。

そういえば
先日郵便を送った友人から連絡が来た時は泣けた。


もう1人テキサスにいる友人の話と
同じアメリカにいるのに全然違う。

コロナ禍での子育ての大変さ、働くことの難しさは
想像を絶した。

「アメリカは広いからね」

そう言った友人の言葉がずっしりと重い。

目にするもの聞くこと
何でもかんでも十把一絡げで語られることの多いこと。

私はこう見てるんだけど、あなたは違うのね

それが許せない人の多いこと。


どんな陰謀の元にこの世の中が踊らされていようと
現実に自分の目に見えている地面の上で
私たちは生きていかなきゃならない。

お互い元気でいよう。

無事に過ごそう。

みなさまも、ご機嫌さまで。






ストレートネック

やられた。
どうしても首がダメ。

左の首から肩が痛くて血圧が上がったまま下がらず
整形外科でレントゲンを撮りました。

「ストレートネック」それから「首のヘルニア」になりかけ。

痛みの原因は分かっていて

仕事で少しやってしまったからですよ。


私の職場での担当というのは
これまで10数年、お手伝いのおばちゃん達でまかなわれ
彼女たちはパートでやっていた仕事の中身に全く責任なんぞなかったわけで。

同じ仕事をしに専門職の私が入ったもんだから色々あって当然。
上からは「この際やっちゃって」
そう言われても
これまで適当になされてきた事務処理の辻褄を
私が一生懸命合わせるのも本当はおかしな話で。

でも今のままでは自分の仕事もやりにくいし。
そもそもこんなになってんの、見たことないのでイライラもする。

すっぽり抜け落ちているデータを特定し
修復にコツコツ時間をかけ
一件一件調べてブランクを埋めていく。

こういう地味な働きで仕事って成り立ってる。

最近お気に入りの動画を観ながら
気持ちを落ち着かせます。





DIY Magazine

東京から実家福岡に帰り、相続した古い家をリフォームする動画を配信したところそれが話題になり
1年も経たずしてYoutuberで生活できるようになっちゃった人。

ひたすら1人で家のリノベーションをするだけの動画で
見比べるとよくわかるんですが
他のDIY動画とは全然ちがうんですね。

まず絵面が美しい。
美意識がしっかりある人なんでしょうね
床を剥いだり大工仕事してるんですから
普通は工事現場っぽいはずなのにどの画面も綺麗なんです。

リノベーションって言っても元は素人さんですから
学びながら失敗しながらで
気の遠くなるような作業の連続なんですけど
どういうわけかこの方の動画なら観ていて飽きることはないんです。

俺スゲー
俺こんなことやっちゃったよ!
俺カッケー!

こういった種類の自意識が感じられないからいいんでしょうね。

とにかく好きなことを夢中でやってる感じ。
でも淡々と。
ご本人の楽しさがダダ漏れしているわけでもないのに
観ているこちらが仕上がりにワクワクする。

最初はおじいさんから受け継いだ空き家の実家を少しずつ作り替えるんですが
そこからがすごい。
URのモデルルーム作りを請け負うことになったり(素人なのに)
庭を整え、家具を作り
実家の畑に作物を植え収穫した野菜をキャンプの夕げに。
庭になった梅でジュースを作り
庭の柚子と畑の唐辛子でゆず胡椒を手作り。
オリジナルグッズを制作。

特筆すべきはリノベーションしながらも
決して貧乏くさくならないってことでしょうか。


安くカッコよく、なら誰だって目指したがるものだと思いますが

この動画には
元の家がどんな風に作られているのか
リノベしながらも
最初にその家やマンションの部屋がどんな風な作りになっているかの
人が住む場所の過去と未来を同時に観ているかのような

ものづくりの原点を見ているような
動画主さんの姿勢を感じます。

自分の話になりますが

私は自分の職種が
時に素人のボランティアさんだけでなされているのを見て来ましたし
そのボランティアのおばちゃん達に
どうでもいいマウントを取られ
勝ち誇ったように
「どうよ、あたしたちの方がよく知ってるでしょ」
とばかりの態度を取られますが

玄人のする仕事に素人が入り込む

その不躾さは全く個人の資質によるんだなと

こういう動画を観ながら
つくづく思うんです。


玄人は「カッコいいとこどり」ができない。

それをわかっているかいないか。



マウント取りが大好きな方々は

どんな職種も
地味に身体にこたえ
表面からは見えない
細かい仕事に忙殺されるのかを考えない。


この素人さんのDIY動画には

そのつらくて大変なところが映っていながら
それが辛くも大変でもないようにも見える。

丹念に丁寧にやれるのは
それが納期や顧客の都合なんかに縛られない趣味だからなんだろうけれど

それでもこの根気強さは尊敬に値します。

私も見習おう。

コツコツと

工夫しながら
身体と折り合いをつけながら。

できれば
楽しみながら。










私の推しは生き続ける

文藝春秋3月号を読んでいる。

小川洋子さんの「からだの美」第7回は「フィギュアスケーターの首」。
髙橋大輔の鎖骨をこんな風に語るとは、小川さん素敵。

多分ページが足りなかったくらいじゃないかしら、唐突に終わった文章にちょっと笑ってしまった。

さて今号の文藝春秋といえば、もちろん芥川賞受賞作の全文掲載と、選評だ。

私は本のあとがきや解説と同じように
本の選評やレビューも大好物。

候補作の、それぞれ同じ作品を読んで
当たり前だけれど皆違う感覚での選評。

島田雅彦、小川洋子両氏の落ち着いた評に安心し、山田詠美の最初の一文「驚いた。」に笑い、エイミーと同じタイトル、「選評」で選評を書いた吉田修一の忌憚なさにまた笑いが込み上げる。

選評の読み比べって、ほんとに面白いのだ。

吉田修一と山田詠美は書いている中身は反対に近いのにとても似ていて、お偉い優等生になんかならないよと言わんばかりのこの2人が、私の推しで、燃えもしなけりゃ全然お元気だ。

こうしてあちこちから当てられたスポットを背に芥川賞受賞作が「受賞のことば」と共にあらわれる。

これだけでなんだか贅沢な気分になれるのだから、この千円は安いのかも。





男女交際はだめよ

先日夕食を作っていると
テレビから
「男女交際禁止の校則」を破ったとして退学処分になった女子高校生のニュースが聞こえてきた。


え?

まだ
「男女交際禁止」
を校則にしてる学校があるの?

何がひどいって、卒業間際での退学処分、進学先の推薦も取り消しになってしまったということ。

ネットで確かめると2021年の今も
こんな校則が生きている学校はまだいくつもあるらしい。

かつて私もそういう学校に通っていた生徒の1人で
校則破りにはそりゃもう大変な苦労をした。


今回提訴された学校の校則は
「特定の男女同士の交際」が禁じられていたようだけれど


私のいた学校では当時
父親や兄弟でさえ誤解の元になるということで一緒に歩いてはならなかった。

確かに当時も
退学になる生徒のほとんどはこの「男女交際禁止」を破った生徒だった。


まあそれでも制服を着たままの帰り道
デートしちゃうことだってある。

隠れてコソコソ会っているはずなのに
なんで見つかるようなヘマするかな?

そう思うでしょ?
例えば公園で制服のままデートしていると
通りかかった卒業生が学校に電話で通報
先生がその場に駆け付けるとか。(これほんと、多かったし怖かった)

私が校長室に呼ばれた時は
同級生から直接校長先生に言いつけられたからだった。

校長先生はシスターだった。
「た、他校の男子学生と、こ、公園で会っていらしたのはほんとうですか?」
青い顔して怒ってたのをよく覚えている。

私はふてぶてしいJKだったので
「交際を申し込まれたのでお断りしていただけです」で押し通し(事実そうだった)
無罪になった私に、チクった同級生はその後もあらぬ噂をまき散らしたが
ま、女子高なんてそんなもの。

私が簡単に見つかるような場所でデートなんかするもんですか。


大事なことは、見つかった際は何があっても交際を認めないこと。

なぜなら学校の言い分は

「最初から男女交際禁止という校則を守るという前提で入学したのだから、守れないなら退学になって当然」なんだから。

学校側はそれで通すだろうけれど
司法の場でこれをどう捉えるのか、
今回のこの提訴の行方、とても気になる。

そういえば

三谷幸喜の「古畑任三郎」のドラマの中で沢口靖子さんが犯人役を務めたエピソードがあった。
修道会の中で決められた戒律の中に
「人を殺すなかれ」という文言がなかったから
彼女は自分の欲望に負けた姿を知られた屈辱から同僚を殺害する。
でも「嘘をつくなかれ」という戒律はあったので
古畑警部補の「あなたは人を殺しましたか?」という問いには素直に「はい」と答えるのだ。

おかしなルールに縛られて
人生が狂うことだって無きにしも非ず。


当事者だった頃は
人の少ない街中のスポットや裏通りに詳しくなったり
いざという時の逃げ足が速くなるというしょーもない楽しみを見つけては校則を破っていたものだが

今ならこの校則が所謂人権問題になるんだろうなと
よくわかるのだ。

前髪やスカートの長さは測れても
人の心は測れない。

恋愛だって大事な人生経験だろうに
たったその3年間を我慢できないのかと言われても

16、17、18歳の3年間は一生に一度きり。

人生で一番美しくてみっともない時じゃありませんか。

しかも「校則を守るという約束のもとに入学」したからって
前髪が長くても退学にはならないよね。


まあこういった校則が何を生み出すかといえば

両極端、ということだろうか。

卒業後、派手に遊ぶか良妻賢母にまっしぐらか。

そういえば高校の卒業式の夜
友人行きつけのレストランバーみたいな所で(極端とはこういう子)、仲間内で安ワインをがぶがぶ飲んだ。
もちろんみんな未成年。
アルコールに弱い私でさえあの日は飲まずにいられなかった。
高校という名のトンネルは長かった。

男女交際も、それを禁じることそのものも
悪いことばかりじゃない。

問題は
大人の鋳型に押し込められることに安心してしまうことだ。
人の尺度に合わせることで
自分は真っ当なのだと信じ込むことだ。

いつか「ほんとはそうじゃなかった」
自分の本当の望みに気が付いたってもう遅い。

人間の資質を限定するかのようなルールはただの縛り。

生徒を守るための、育てるための校則が
生徒を罰するため、それまでの学生生活を抹消するために存在するのはやはりどうかしている。

退学になった女子学生には
堂々と自分の道を歩いていってもらいたい。

人のせいにしない人生って、良いものだから。













家にいるのに散財する

みなさま肩は凝りませんか?

私は寝違えたみたいに首が回らないほどのコリと痛みに悩まされる日々に疲れました
(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

今までは効果があったストレッチが今回は効かない。
メガネを変えた効果は日常生活には良くても、近視用メガネでタブレット読んでないのでやはり原因はネットの徘徊か。

自粛で家にいるのは良いんですが、漫画の読み過ぎ動画見過ぎの自業自得ってものでしょう。


まずは硬すぎて頭がうっ血するんじゃないかと思っていた蕎麦殻の枕を買い替えましたよ。
枕難民のための上等枕じゃなくて
単純にふかふかだけどデカくて折り畳んで使える庶民的なヤツに。

でも腰が痛くて寝起きがツライ。
そこで床置きベッドマットをやめて

リビングで来客用に使っていたソファーベッドを自分の部屋に移し
それに寝ることにしました。

ええそうです、あるものは何でも使いますよ。

リビングで使っていたリーン・ロゼの背もたれが別になってるソファベッド。
背もたれは置いてるだけなので取ると普通のベッド。
これが腰痛い年代にはありがたい寝心地なのよ。
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来客用って、誰も来ませんし、来たってせいぜいゴリオの友達ですからもういいというヤケッパチ。

枕とベッドと来て今度はタブレットホルダーです。

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以前使っていたこのタイプのスタンドがもうゆらんゆらん揺れてページめくるたび目が回りそうだったので

スパイダータイプにしてみました。
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これが優れもの。
千円ちょっとでこの機能、寝ながらタブレットでもこれなら肩も手も痛くならないし、何より揺れない!
毛布の上でもこの通り。
足がくねくね動かせるんですけど、絶妙な硬さで動かせるのにグラグラしません。

ちなみに一緒に写っている白い半透明な四角い箱状のものは災害用品のつもりで買ったソーラー式の折り畳みランタン。
灯りが目に優しいのでここ数年はこればっかり。
軽いしどこにでも置けるし充電は窓辺に置いておくだけでいいし
眩しいLEDのスタンドライトは使わなくなりました。


‥‥‥


じゃあリビングどうするよ?

ということで、以前からキャンプ用の折りたたみ椅子の座り心地が好きだったので
ますます肩が凝りそな動画とネットを見まくった結果

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ニーチェアのロッキングタイプをソファー代わりに使うことに。
今のところ限定お一人様しか座れませんけどね。

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箱から出してもたったこれだけ。

軽いし折り畳んで置けるし運ぶのも便利。

大事なのは

安い軽い運べる

なんかこう、薄っぺらい人間性を映し出してますね。

上の写真に写っているモシャッとした細いコードは携帯充電用のやつです。

うちは家中のあちこちにスマホ充電コードがトグロを巻いていて
LDに3箇所
私の部屋にさえ2箇所ありますから
オットとゴリオがそれぞれ自室で何本の充電ケーブルにトグロを巻かせているのか
考えたくもありません。

食卓の横に並ぶタブレットとノートPCとプリンタ。

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いつでも充電。

‥‥‥。

肩も目も
痛くなる筈よねえ。

そう思ったアナタ。

スーダラ節って知ってる?

「わかっちゃいるけどやめられない♫」





「さんかく窓の外側は夜」

ヤマシタトモコさん原作の「さんかく窓の外側は夜」。

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主人公の1人、冷川のビジュアルがヤマシタトモコ作品の中でも異質な美しさ。



ものすっごく魅力的な俳優さんたちで映画化されましたね。

これはざっくり霊が「視える人」と「祓える人」の2人がバディになって事件を解決しながら互いの過去を超えて行こうとする話なんです。

原作者のヤマシタトモコさんは主にボーイズラブ漫画を描いていて
雑誌で読んだインタビューではこの「さんかく窓の〜」もBLのつもりで描いたとのこと。

だとしたら表現としてはアリ、そしていつものBL漫画より遥かに構成がキチンとしていてわかりやすい。

個人的にはいつものBL「違国日記」など少女漫画カテゴリ作品<<<<「さんかく窓の〜」です。

原作版「さんかく窓の〜」、心霊現象、家族の秘密、自分自身の封印された(した)過去、そこに絡む人々の魅力でもうどこからどう見ても面白いようにできてると思います。

扱っている霊障と幽霊なんかと、絵柄がすごく合ってますし。


よしながふみさん(大奥の原作者)の漫画なんて読むと、そのオールマイティーに突出した才能にわかりやすく驚くんですけどね

ヤマシタトモコさんの場合はちょっと測りかねるんです。

特にBL作品において、噛み砕ける時とそうじゃない時の差が激しいというか。

自分の側にBLを読める土台が無いことも大きいのでしょうがないんですけど。
ヤマシタトモコさんの独特さは読み手を選ぶ筈なんです。

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「イルミナシオン」ヤマシタトモコ

これなんて、何回読んでも不確かなボーイズラブで、その歪んだフレームから異世界を覗くような感覚がクセになるやつ。

なのでこの「さんかく窓の〜」には良い意味で大きく裏切られています。

やり手編集さんが付いたとかそういうこともあるんでしょうか?

この作品をより良きものにしている要因を、私は非浦英莉可という女子高生の存在だと思っているんです。

彼女がいてこそ多重構造になった三角関係。
三角関係がいくつも重なり合うことで物語がより深くなる。


平手友梨奈さんが映画版ではこの女子高生を演じているそうなんですね。
これは絶対原作を超えてるでしょ。

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とはいえ基本怖い話全般が苦手なので、実写を観るなら家で観られるようになるまで待つしかありません。

それまでこのよく出来たミステリ仕立ての彼らの謎とオバケを漫画で読むとします。
何度も。



親指の疼き

親指がうずいたってクリスティー本みたいな謎は展開しませんが、
パスワードが入れられずに往生することにはなります。

先日大根でもおろそうかと
優秀なおろし金君を持ち出し
せっせと白くてふわふわな大根おろしを量産していると

ザク

おろし金に刺さったのは右手の親指でした。

いててこの痛さは深い!


貧乏性の自業自得・・・。

大根が5センチ残ったって諦めりゃよかったのに、なんてこったい。

だらだら流れる血はなかなか止まらず、
夜に傷口を何かにぶつけるとまた開いて流血する始末。

利き手の親指を怪我する不自由もなんですが
今は携帯もiPadも指紋認証で全部中に入りますよね?

iPadで全てをまかなっている私に
絆創膏でぐるぐるの親指は不便極まりないどころの話じゃありませんでした。

何しろ
どこにもログインできへんやないかーいヽ(;▽;)ノ

というわけでブログ画面に入るために
いちいち他所に保管しているパスワード表を引っ張り出し
手入力が必要になりました。

めんどくさいことこの上なし。

パスワードをうっかり忘れてしまったために
巨額のビットコインを現金として引き出せない人の話がどこかのニュースに載っていましたね。

パスワード大事だな〜
他人事のように思っていましたが
指紋認証の指も大事ですよ。
これって
水仕事なんかしなくて良い貴族の認証方法かも。

指紋認証ヘビーユーザーのみなさま、気をつけましょうね。

さてせっかくログインしたので何か書いておきましょう。

今回
ゴリオ(息子)が牡蠣を買ってきたので
牡蠣の下処理に使おうと思って大根を大量におろしたわけですが
ゴリオの尽きることない食欲に困っております。

ゴリオは何しろ海のものが大好き。

小学生の時に伊勢海老のクレーンゲームを見つけて
1回800円もしたそのクレーンゲームを諦めさせることができなかった程(そしてそのクレーンで伊勢海老が取れなかったと悔し泣きした程)海産物を愛しています。

オンライン授業に疲れると
車で走って産直でお安く買える海産物を自分の夕飯に買ってきます。

ある時はブリ
ある時はカツオ
そしてシャコを探しに行き冬には採れないとわかって撃沈
昔はシャコ大好きなゴリオのために
私はこの海老の一種を生きたままお酒と一緒にお鍋で蒸したもんです(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
これもめちゃくちゃ指を傷つけるタイプ。

これがシャコ
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この間はナマコでしたよ。

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この写真はネットからお借りしましたので色とりどりですが
ナマコというのは赤いのは硬くあまり美味しくありません。
ゴリオは青ナマコの上等を買って来て酢醤油につけて食べるんです。

私は数年前牡蠣にあたって入院騒ぎになりましたので
それから海産物には気をつけています。

オットは生臭いものが苦手ですので
買ってきた海のものは殆どゴリオのお腹の中へ。

昨夜は夜釣り(冬の夜釣りはやめてほしい、本当に)で釣った小さなカサゴをお味噌汁にしてました。
画像はお借りしています。
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見るのも触るのも恐ろしげな海産物ばかり。

ゴリオは自分専用の刺身包丁とまな板で調理するのが楽しいようで。

おままごとか。

「俺に一人暮らしの経験させてくれてありがとね」

また一緒に住むようになって1年近くが経ちますが
彼はいまだにそう言います。

大学進学して一人暮らしをした2年間は
彼にとっていろんな意味で自分を知ることのできた大事な時間だったようで。

どう考えても就活が上手く行きそうにないこの大学生を見ていると

元気でさえあれば
何を生業として生きて行ってもいいんじゃないかと思います。




郵便を送りたいだけなのよ

あれこれニュースを見たり
つべで「ゆっくり不動産」(注:クセのある間取りの物件をゆっくりボイスで紹介するだけのチャンネル)を延々と見たり
人の世のいらぬお付き合いでまたしてもパソコンを買わなくてはならなくなったり
美容院に氷川きよし的な美容師さんがいてリアル氷川きよしの美の威力すげーとびっくりしたり
働いたりご飯作ったり掃除したり洗濯したり山へ芝刈りに行ったり(行かない)

そして小学生の子どもがいる友人に
「サイコロがついたカードゲーム」を送ろうと郵便局に行ったり

ハッと気がつくとブログ管理画面にもロクに入らず10日も経っていました。

やだもうフィギュアスケートも全米が終わってしまってすっかり浦島です。


とりあえずここ10日で1番インパクトのあった話から書いておきましょう。

あれですよ、やっぱりアメリカに何か送ろうと思ったら登録しなくちゃならなくなってたって話です。

毎年バージニアに住んでいる友人からクリスマスカードが送られてくるのですが
幸せそうな日常が綴られているほっこりお手紙が嬉しいので
筆不精な私も何か送りたいなあなんて思うんですよ。

郵便というものは私にとっては複雑で。

物と一緒に手紙を入れると送れなかったりするじゃありませんか。

いつもすんなり送れた試しがないんです。

で、このコロナ禍でしょ。
本当に送りたいものが送れるのかしらと
怠惰なもので年明けまで放置していました。

で、ようやく郵便で送る中身(小学生用のドリルや文房具類)をまとめて郵便局に持って行くと。

一旦お高い料金を支払って「あら送れたわ」とホッとしたのも束の間。
オサイフにお釣りを入れて帰ろうとしたら窓口に呼び戻されました。

「書類だけならこのまま送れないこともありませんけど、物品と見做されるものが入っていれば登録していただかなくては品物は送れません。アメリカの場合ですけどね。」

いやいや物品も入ってるよって申告して、その分お高い送料今払いましたよね?

で、登録てなに?

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裏表3枚にびっしりと書かれた説明書きを渡されました。

紙に書かれた物を送るだけなら今のところそのまま送れるそうなんですが、

特にアメリカにはこちらの情報を事前送信してEMSラベルを作成してそれを持って郵便局へ来いと。


友人用の仕事で使える可愛い指サックとか
カードゲームに付いているサイコロとか
しょーもないおもしろスタンプとか

そういうのが手書きの宛名ではアメリカに送れなくなったってことらしく。

とりあえずドリルだけは送れそうだったので

「サイコロと文具は抜きますからそれで送ってください」

そう言いますよね。

ところが郵便局の人も今年から始まった制度でよくわからないということもあったのか

「このまま送るにはどうしたらいいか」と、そこから一歩も譲ってくれません。

親切なのか不親切なのか
土曜日の午前中、大きめの郵便局にたった一つだけ開けてある窓口に密な感じでずらりと人の列ですよ。
もうこのまま帰ってしまおうかと思いましたがそれも悔しいので
そこから延々と押し問答になりました。

列のみなさんの気まずい視線を感じながら

「とにかく雑貨を取り出しますからそれで紙だけになりますから送ってください。お願いします。」

もう半泣きです。

私のいい加減な記憶では、
本を送るのに手紙を同封できなかったこともあったので手紙すら入れてないのに。

今度は紙なら本と一緒に手紙入れてもOKだってことなの?

聞き分けのない年寄りって感じの私は滑稽で。

うっかり友人に贈り物もできない世の中になったんだなあと
疲れて帰ってきました。

手紙も入っていない
小学生用ドリル2冊入りの郵便物なんて((´༎ຶོρ༎ຶོ`))
ごめんよ、ゆうたん。

何にでも身元証明がいる世の中に
ますますなって行くのでしょうね。

ということなんかもあって

海外情勢をもう少し知るべく

ニュースやつべを見るのが忙しくって

ブログ放置になりそうなのでこの辺でちょっと書いてみました。









誰かの靴を履いてみる〜「キンキーブーツ」

ローラのブーツの歩きにくさは
履いてみなけりゃわからない。

誰かの生きづらさなんて
その人の身になってみなけりゃわからないのだ。


今朝FOXで偶々観ていてグイグイ引っ張られ
気がつくと泣きながら夢中になっていた映画。

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「キンキーブーツ」

監督: ジュリアン・ジャロルド
衣装デザイン: サミー・シェルドン
撮影: アイジル・ブリルド
映画脚本: ジェフ・ディーン、 ティム・ファース
2005年 イギリス



日本でもミュージカルで舞台化されていましたね。
同タイトルのミュージカル映画も3月に公開されるようです。


父親の突然の死により、倒産寸前の靴工場を相続した優柔不断な青年チャーリー(ジョエル・エドガートン)。工場の起死回生に頭を悩ませる彼は、偶然出会ったドラッグクイーンのローラ(キウェテル・イジョフォー)からインスピレーションを得て、ドラッグクイーン用のセクシーなブーツを新商品として開発しようと思いつく。

シネマトゥデイより

細かいことだけど、どのサイトもローラについて「ドラッグクイーン」表記。
薬のドラッグと区別できるよう
日本では「ドラァグクイーン」と表記されることが多い。
薬はdrug。ここでの「ドラァグクイーン」はdrag(服の裾を引きずる)方です。

美男美女は出てこない。
派手な音楽もお涙頂戴なあざとい演出もない。
でもピタッと気持ちに張り付いてなかなか取れないストーリー。

ドラァグクイーン、ローラ役のキウェテル・イジョフォーの目がとてもいい。
倒産寸前の靴工場の跡取りチャーリー役、ジョエル・エドガートンのセリフの「間」がすごくいい。


「適応することが大事なの」‥でもできないから苦しんできた。

「欲しいものは変えられない」‥例え愛する人を裏切っても。

「(あなたが)軽蔑されるのを見たくなかったの」‥私は慣れてるわ。

セリフの外に流れる気持ちが手にとるようにわかる(気がする)。

印象的だったのが

工場にデザイナーとして(ローラの自称だけど)協力することになったローラと
彼女をオカマ野郎だと何かにつけて嫌がらせをするドン(そんなセリフは無いけどそう思ってるよね)、
この2人がパブで腕相撲対決するシーン。

ローラが譲れないものは多分、彼女の美しい爪。
ドンが譲れないのは腕相撲チャンピオンに象徴される男のプライド。

ローラが腕相撲の勝ちをドンに譲ったことはドンにしかわからない。
でもこれをきっかけにドンはローラへの態度を軟化させる。

それでも
分かり合えそうでどうしても越えられない、性的マイノリティーへの偏見。


そういえばブレイディみかこさんの「ワイルドサイドをほっつき歩け: ハマータウンのおっさんたち」には「パブ」の話が載っていたと思う。

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「ワイルドサイドをほっつき歩け」ブレイディみかこ/筑摩書房

ローラとドンの腕相撲対決の舞台は工場近くにあるパブ。
あちらで言う「パブ」はパブリック・ハウス(Public House)の略だとブレイディさんも書いていた。(多分この本だったと思う(^◇^;))
居酒屋の内輪な感じとは似て非なるものなんだなと「public」への意識について考えさせられた。

この場合「公」は日本のように「お上」を意味しない。
ローラがドンのプライドを思い遣ったのはドンにとってこの場所が気心の知れた行きつけでありながら「公の場」だったからなのだろう。



色んなぶつかり合いを越えて工場の皆でようやく作ったブーツ。
やる気のなかったお坊ちゃん跡継ぎが私財を投げ打ち勝負を賭けるミラノでのショー。

なのにミラノ行きの前日、恋人の裏切りに傷ついた工場主チャーリーは、ドレスでレストランにやって来たローラに酷い言葉を投げつけてしまう。

ローラはそれまで何度も何度も傷つけられ踏み躙られ
プライドなど粉々にされてきた。
でも誰よりも優しく強かったのは彼女だ。

ミラノのショーの本番前、チャーリーの言葉に傷ついたローラは姿を表さなかった。

モデルはローラ以外にはいない。
チャーリーはそこで初めてドラァグクイーン用の鋭いヒールのブーツを自ら履く。

ランウェイを上半身スーツのまま
ズボンだけ脱いだ憐れな姿で
真っ赤なニーハイブーツを履いたチャーリーが歩こうとする。

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高いヒール
しかもこのブーツができるまでは女性用のもっと不安定なヒールで
ローラ達はステージに立ち、お酒で痛みを誤魔化しながら踊って歌ってきたのだ。


「誰かの靴を履いてみる」

ローラのブーツの歩きにくさは
履いてみなけりゃわからないのだ。

20210110124744128.jpeg
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」ブレイディみかこ/新潮社

イギリスの中学校に通う息子の生活を描いてヒットしたブレイディみかこさんの本。
この中に、息子さんと家が貧しい同級生の話がある。
様々な家庭から学校に来る友人達の間で中学生が感じとったことは何か。

学校でこんなテスト問題が出た。

「エンパシーとは何か?」

「シンパシー」は他人への共感だが
「エンパシー」という言葉の意味を、息子さんは一言で言い表したという。

「自分で誰かの靴を履いてみること」


✳︎ エンパシーとは自分と違った立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のこと

「誰かの靴を履いてみる」
これは元々諺から来ているらしく
他人の靴を履くことで
その人の身になってみるという意味らしい。

この本に書かれていた言葉が
チャーリーがピンヒールのブーツを履いてランウェイで惨めに転んだ時
ふいに思い出されて胸に迫った。

クライマックス。

マスコミのカメラ、ファッション誌を飾る靴を生み出す業界人、有名人。

衆目の前で立ち上がれないチャーリーを踏み越えるように

仲間と共にローラが現れ、ショーが始まる。

実話を元にしたと言うけれど、このハイライトシーンは演出にしてもやっぱり胸がすく様で素晴らしい。


男のプライド(これは実に厄介)
譲れないもの
わかりあうこと

こういう映画を観ると

毎日がつまらない
なんて言ってられない。



音楽がまたいい。
私はこの曲が好き。


ドラマ「セックスアンドザシティー」でもこの曲が度々使われていた。
そういえば、キャリー・ブラッドショーがショーのゲストでモデルをすることになり、キャリーがこの映画と同じようにランウェイで派手に転んでしまう回があった。
シーズン4、第2話「The Real Me」。

ステージの上で無様に転んだままフェードアウトするか
恥ずかしくても立ち上がって歩くのか。

リアルな世界で
人は転んでも立ち上がり、
悲しくても歩いて行かなきゃならない。

その勇気をくれるのは紛れもない
非現実の世界なのだ。



「物件ファン」のファン

妖精さんが私の住む街にも増えてきました。

おまけに風が強くて雪が止まない。

道路が凍る前に食糧を冷蔵庫に一杯にしておいてよかった。

私にしては真面目にニュースで情報を拾っているのですが
何しろタブレットを開いたら
私の手が勝手にこのサイトを開いてしまう。

リンクしてます→物件ファン ー物件をたしなむ不動産エンターテイメント

リンク先のページのタイトルはこれ

「大正ロマンに心が弾む、3億円の洋館」


ある種の「不動産情報サイト」なのですが
その目的は「物件探し」というより

変わった賃貸物件(たまに売り物件も)を愛でる」というもの。

間取り図がどの物件にもついているので
家具の配置や動線が考えやすいのもポイント。


こんな部屋に
どんな人が
いかなるシチュエーションで
住むのだろう?

リンク先のページのような
「神戸3億円の洋館」の内部なんて
見る機会ないじゃないですか。

まあ3億なんて
このサイトで見られる他の超豪邸ならば別に驚くお値段でもないんですけど。

金銭感覚が麻痺するのもこのサイトの醍醐味です。

部屋の詳細の説明が淡白なのも好みなんですが
何しろ多少面白い物件からとんでもなく変わった物件まで
実際に不動産会社で賃貸物件として出されている(あるいは出ていた)部屋が掲載されているので

こんな街のこんな部屋に住むことになってしまった自分
部屋内部の写真と共に想像して思う存分楽しむことができる魅惑のサイトです。

特にお勧めしたいのが京都の町家シリーズ。

いい感じの柱の色に年月を感じさせる木造りの
鰻の寝床(奥行きが長ーーーーい家)が可愛く素敵リフォームされていたり
冬はさぞかし寒かろうと思うような内部窓ガラスだらけの
外から想像もできないようなオシャレ古民家だったり。

なにしろ「そこに住む理由」を捻り出して想像を膨らませるのに
ちょっとやそっとの時間じゃ足りない物件ばかり。


これまで一人暮らしの経験がないまま年寄りになってしまったせいでしょうか
私はこのサイトを見だしたら最後、週末があっという間に過ぎ去ります。

似たようなテーマでYouTubeもありますが
つべの物件紹介は間延びして飽きてしまいがち。

やはり私はこのサイトが1番好きなんだな。

今夜私はこの「3億円洋館」を上品な元の姿に復元するため
まずは外壁と屋根の色をどうするのか
内部の壁は塗るのか貼るのか素材はどうするのかを検討し
この家に見合った床材の種類をネットで調べ
何を理由にそこに住むのか
間取り図の「倉」には何を収納しようか誰かを閉じ込めるのか?
明智小五郎の顧客として事件を依頼するのか
ならば事件の依頼者としてこんな豪邸ではまず何を着て明智探偵を出迎えれば良いのか
明智探偵と一緒に何を飲もうか食べようか
クリスティー並みにこの場所に人々を集める理由を考え

トランポリンで跳んでいる間でさえ
くだらない想像で
どこまででも行ってみようとほくそ笑んでいるのです。



スーツとメガネ

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「映画狂乱日記〜本音を申せば12」小林信彦/文藝春秋

この本の後半、「原節子という大きな星」というタイトルで
2015年9月に亡くなられた原節子さんへの
小林信彦流追悼の辞が述べられている。

この項が読みたくて本書を買った。
理由は映画「三本指の男」について何がしかの言及がないかと思ったからだ。
所謂Bであろう「三本指の男」があの週刊文春連載「本音を申せば」の俎上に載るなんて
あるわけないのだけれど。
それ以前に、この映画を観ていらっしゃる可能性の方が薄いか?

小林さんは江戸川乱歩の後押しで「ヒッチコックマガジン」の初代編集長になった伝説の持ち主。
私にとっては神様のような人だ。
あの原節子さんの・・・こんなレアものの探偵の助手なんて役柄についてもし言及することがあれば・・・
信彦的にはどうなの?というところを読んでみたかったのだ。


昨年AXNミステリで放送された「三本指の男」。
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スーツ姿の片岡千恵蔵さんが金田一耕助
隣の眼鏡っ子が原節子さん。


1947年(昭和22年)製作の日本映画で片岡千恵蔵、原節子が主演。
横溝正史の「本陣殺人事件」をベースに、GHQへの配慮などから原作とは随分かけ離れた雰囲気の「本陣」になった。

片岡千恵蔵がスーツ姿で初めて3次元の金田一耕助を演じ
全てにおいて「洋風」を意識したのかバタ臭さ満載のファッション、インテリア。
皆が洋楽に合わせダンスを踊るのに
あの「旧家」で起きる雪の日の殺人事件にはやはり無理矢理にでも「琴」が絡む。


映画「三本指の男」の冒頭、
岡山の旧家一柳家で行われる婚礼に招かれた金田一耕助は
列車で花嫁になる春子の友人、白木静子(原節子)に出会う。

あの美しい原節子さんが黒ぶちの丸眼鏡をかけている。

これが萌えポイントでなくて何だというのだろう。

なのに。
ユーモアのある演出がなされていないためか
「名探偵とその助手」である金田一と静子の関係が全く面白くなく
おかしなことに
原作とは違うミステリとしての結末よりも
この2人の関係性のつまらなさに
私の中では残念な映画となってしまった。

眼鏡をかけたお堅い静子が、スーツ姿の金田一耕助から
メガネを取ったほうが綺麗だよ、みたいな言葉をかけられ

まあ、帰りの列車ではメガネを外して見せる
静子さんの美しい顔がより一層輝いて見えるという
そういう映画だったのだが。


私にはこのスーツの探偵とメガネの助手が
エラリー・クイーンとニッキー・ポーターに思えて仕方なく。
なのにエラリーとニッキーの微笑ましい関係性が
金田一と静子にはついぞ生まれることがなかったという残念さに
正月が明けても何でなんだとモヤモヤしている。


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エラリー・クイーンの探偵小説にニッキー・ポーターが誕生したのは長編「生者と死者と」のラスト。
エラリーは「靴に住む老婆」の事件で出会った百万長者の赤毛の娘、シーラ・ポッツに新しい名前と生活を提案する。

私はエラリー・クイーンがこの魅力的な助手と一緒に小さな事件を片付けるミステリが大好きで
助手になったニッキーが、登場する話によってブロンドになったり鳶色の髪だったりするのがまた堪らなく好きだった。

事件の渦中にいた世間知らずの娘に
やり直すための改名と秘書として生きていけるようにタイプの習得を勧めるエラリー・クイーン。

上司と部下になろうとするこの2人の間には絶妙なバランスが保たれている。

ニッキーは名探偵で雇い主のエラリーに小生意気な軽口をたたき
エラリーはそれを可愛くて仕方ないといった風にやれやれとため息をつく。

例えば「完全犯罪」の中でエラリーはニッキーをこう描写する。

「彼女はくすんだブルーのドレスで、バカに魅力的だ。どう見ても女探偵とは思えない。どう見てもかわいい厄介ものといったところだ!」

「完全犯罪」エラリー・クイーンの事件簿2 /東京創元社 P290


ああ、かわいい色っぽさか。
原節子さんの静子にそれが無かったとは思わないし
ましてや片岡千恵蔵に色気がないとは誰が言えよう。

セクハラに見えないメガネを外したら〜のくだりを描くには
戦後すぐの時代はまだ早すぎたのだ。



トランポリン

皆さま年明けの寒波、いかがお過ごしでしょうか?

私は長めの冬休みの上
雪で職場が休みになりヽ(;▽;)ノ
もう2週間というもの
家に引きこもっております。

ぼちぼちリアル読書会が始まったところでまた感染拡大。

テレビのドラマも映画も不作。
何回観ても面白いと思ったのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と「天気の子」くらいで。

特に新バージョンの名探偵ポワロ「ABC殺人事件」の酷さにがっくり。
もはや愛する小林信彦の「映画狂乱日記」さえ老人のボヤキにしか読めず


仕方ないので
以前買って使わないままだった

トランポリンを出して跳んでいます。

小さな部屋にも置ける小型のトランポリンを買う気になったのは

「人は跳ぶと笑いたくなるんですよね!」

そう言いながら跳んでいた○○チャンネルのキャストの皆さんがなんだかとっても楽しそうだったからです。


もちろん運動不足解消が第一目的ですけどね、

跳んだら笑いたくなるってwww



そういえば子どもの頃好きだった遊びって

ゴム跳び。
縄跳び。
体育の時間は幅跳びも好きでした。

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というわけで

録画していた「江戸川乱歩シリーズ エマニエルの美女」で
仮面を剥いだ天知小五郎さんの頬に残る仮面用の糊が
どこからか綺麗にとれてしまっているシーンを観察しながら

ふふふあははと

トランポリンで跳んでいる

2021年の年明けでした。


電子元年

2020年は歴史の教科書に載る年になるんでしょうか?


31日なのに掃除もそこそこ、料理は適当なまま放りおき、
自分の1年を振り返ってみたいと思います。


世間一般の常識から常に遅れること10年以上。


今年は私にとって「電子元年」でした。

視力が弱くなったこともあって
漫画発掘のために
電子書籍に手を出し課金に次ぐ課金。

私の場合、生業としての仕事の1/4(適当)は「読書」なので
調子に乗りました。


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「ナナのリテラシー」/鈴木みそ

電子書籍ロードを石ころから掘り起こし、文字通りゼロから自分で道を切り開いた作者の体験を元に描かれた漫画です。
主人公「ナナ」が高校生というには賢すぎてどうかと思いましたが、ナナと一緒に電子書籍について学べる1巻はとても興味深いお話でした。

ある日突然紙の本を出版社が電子化した
そんなわきゃない。

文字だけの作家はともかく
漫画という「絵と文字」で表現されるアートが
どのような経緯でこれまでの出版ルートを覆すに至ったのか。
これ、今はまだ混沌とした中にいるのではっきり自覚できないでいますが、実は大変な方向転換なのではと思うんですよね。

一応これまでにも復刻版が上下巻に分かれて読みにくくなった
ロアルド・ダールの「あなたに似た人」を電子で買ってみたりはしたものの

電子は読みづらい
と、なかなかページが進まなかったりしました。

本を読むなら紙でなきゃ。
でもその紙の出版物には「絶版」という恐ろしげな谷が待ち受けているのです。

出版社と、漫画家。

著作権の問題など、普段読み手には見えない部分が描かれていて
漫画家自らの手による漫画の電子化についてこんこんと説いた「ナナのリテラシー」を
私は「紙」で読んだのですがこの状況すらもうなんだか面白くて。


売れない少女漫画家を主人公にしたこちら

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「うそつきラブレター」/やまがたさとみ

前半は漫画家と編集者。
後半には編集者同士の
友情以上、恋愛未満の焦ったい男女の物語。

でもこれ、少女漫画で恋愛ものだと思ったら大間違いです。

その底辺にあるのは

ヒット作に恵まれないまま地方で枯れかけている漫画家達。
紙媒体そのものが売れなくなった雑誌業界。

紙の漫画雑誌が売れなくなるということは如何なることなのか。
その時ピラミッドの底辺にいる多くの漫画家達が生き残る道はどこにあったのか。

正直業界内部の話としては「ナナのリテラシー」よりずっとわかりやすかった。
少女漫画のこの雰囲気が嫌でなければ
興味のある方にはおすすめです。

ホワン、とした絵で恋愛シュガーコーティングしてはあります。
でもこの漫画にはリアルな業界に生きる当事者感覚が感じられます。
だからこそ描けたこと、描けなかったことが多くあるのかもしれません。

大体、Amazon primeやコミック○ーモアなんかにある「読み放題」なんて、あれだけ多くの漫画家がどうやって利益を得ているの?とか。
独立した編集者がどうして生まれたの?とか。
この場合漫画に特化してますけど、意識してないだけで、考えてみれば不思議な知らないことはたくさんあるわけで。

私からすれば「出版」にまつわる話を製紙業界や辞典の出版だけじゃなく
その裾野に広げてみたら電子に突き当たったという感じです。


思い出したのが

いわさきちひろさんの半生を描いたドキュメンタリー映画
「いわさきちひろ27歳の旅立ち」

この映画を観て驚いたのが

今日の日本における著作権、
特に挿絵画家、絵本作家の著作権獲得に、
ちひろさんは弁護士であった夫松本善明氏と共に出版社相手に果敢に闘ったという部分でした。

これは知りませんでした。

彼女自身が勝ち取った挿絵画家の著作権のおかげで、彼女の貴重な原画が多く保存されていることは覚えておかなくてはならないと思いました。



→この映画の公式HPにリンクしています→http://chihiro-eiga.jp/


みなさま良いお年を。



すごいすごいすごい

すごいすごいすごかった女子シングルのフリー演技。

4Sと3Aを入れた女子フリー演技を紀平選手がやってのけました。

ジャンプの加点が嵐だった坂本選手もN杯よりずっとカッコ良かったです。

三原選手の演技構成点では背中が冷たくなるようなジャッジの意思を思い知らされましたが。
そこは相変わらずの格付け大会なんですね。

レベルの高さは男子同様。
いやもうすごかった。


宮原選手のトスカも素晴らしかったんですよ。


それにしても

ええ、ちょっとここからシュルシュルと毒吐きます。

紀平選手の今のコーチは2人ってことなんでしょうけどもね。

あのコーチは流石に前に出過ぎ。
今現在師事を受け、キスクラに座っている
シャンペリーからはるばるやって来た貴族さまを押しのける勢いで
ショートもフリーも前に出る出る。

紀平選手はしっかり2人のコーチを立てていましたけれど。

演技直前まで何をそんなにごじゃごじゃ言う必要があんのか?

マティコをご覧なさいな。

選手が背中を預けられるコーチならわかりますけれど。

男子ほど幸せな気分では終われなかった女子シングルですが

今日の楽しみにまだアイスダンスの録画をとっておりますのよ。


ああ、かなだい素晴らしかったそうじゃありませんか。

順位もまだ見てませんし。

多分全アイスダンスカップルを観ることができるはず!

さあ、気分を変えて
明日からは年末の準備です。






ゲームの達人

友人のいずみちゃんに、先日のオット実家での顛末を
とっくりと話す機会を伺っていた私。

昨夜全日本の鍵山くんの演技が終わって

「電話していい?」といずみちゃんにメッセージを送ったのですが返事がない。

(仕方ないので)最後の演技まで見終わってホワーンと座っていると
電話がかかってきました。

「やだ、スケート観てたらメッセージに気がつかなくて!すごかったねえええ!」

いずみちゃん大興奮。


そう、昨夜の全日本フィギュアスケート男子シングルの試合はすごかった。

まず王子率の高さ。

わかりますよ、半分は衣装のせいだって。
それでも王子様の衣装があんなに似合う日本人男子選手がこんなにゴロゴロいる時代が来るとは。


で、「試合に出られる喜び」に満ちた演技の連続。

これはもう、素直に感動するしかない。
観ているこちらも応援しながらすんごい幸せな気持ちになれます。

そして演技のレベルがグイグイ上がってくる試合としての面白さ。


もうショーマがスーッと清涼感を纏って登場し
不敵な笑みさえ浮かべてあの物悲しいはずのダンオンを滑る姿を見た時。

4回転どれだけ跳ぶんだああああああ〜!

4を数える気も失せた頃、ショーマの力強さを増したステップを見せつけられ

頭の中にはあの懐かしいシドニー・シェルダンのヒット作

「ゲームの達人」

のタイトルがぐるぐる回っていたのでした。

フィギュアスケートの全日本といえば
毎年選手のメンタルを潰しにかかってんのかゴラとど突きたくなるような採点で有名ですが
ショートの採点によるダメージで真っ青な顔してフリーに臨む選手も毎年いますよね。

昨夜なら佐藤駿くんの表情がそれに近いでしょうか。
やはりフリーのプログラムは昨シーズンのロミジュリに戻してきました。

その後のケージさん、友野くんの活火山のような演技にも涙しましたよ。

ところがその後に登場した大人版宇野昌磨選手の、あの自由な感じ。

試合はゲームだと、思い出させてくれる。

演技を終えたショーマの横で興奮気味のステファン・ランビエールが一瞬オカンに見えたほど
ショーマのオーラは突き抜けていました。

あの貴族のようにゴージャスなステファンを
昨年のフランス杯では子犬のように震えて泣いてた宇野昌磨が
圧倒的なプラスイオンオーラ(もう語彙がないの)で凌駕してるんですよ。


ゲームには負けたけど、

多分誰よりも勝負を楽しんだのはショーマ。


「達人」には終わりがない。


「達人」は自由。

ショーマのこれからは
スケーターとしてより
人として
楽しみでしかないように思います。








背中がカッコいいのよ。

孤独なぼっち仕事の私は今日が自分だけ仕事納めでした。

フレックスで早めに帰ってテレビを付け、ミステリ番組でもないかとCSのチャンネルを進めていると
流れてきた音楽に台所の洗い物を片付けていた手が止まりました。

あれ?これ「グレートスピリット」?

テレビ画面を観ると
氷上を滑っているのはショーマなんだけど、
ちょっと違う。
ショーマが大人の顔して滑ってる。
あれ?これ去年の試合じゃないよね?

私は未来に来たの?


画面下には「予定を変更して放送しています」というテロップが流れていたので
急遽だったのでしょうか
今夜禍々しい編集を加えられ地上波で放送されるはずの全日本男子の試合が
なんと解説なしでLIVE放送されているではありませんか!


フィギュアスケートの全日本をライブで観るためにはFODに入るしかなさそうだと他所様のブログで読んだので、ノーマークだったフジテレビONE。

私はたまたまショーマ、高志郎くん、そして友野くんの演技に間に合ったんですけれど、
解説無しのLIVE放送、やればできるんじゃないですか。

何やら純喫茶系の番組を挟んですぐに女子のショートが先程始まりましたが、
女子もLIVE放送で、村上佳菜子ちゃんが解説です。
佳菜子ちゃんの解説はわかりやすくて選手に優しくて良いですね。

多分これなら選手全員の演技が観られそうです。

フィギュアスケートは試合全体を観て楽しみたいと思う方なので
地上波放送が嫌で、つべでピンポイントの演技を観るのは本当のところ不本意。

今日はラッキー。


男子フリーのLIVE放送だけは番組表で探せていたので録画予約していたのですが、
私のリサーチ不足だったのでしょうね、ショートから放送されるだなんて知らなかった。



さて話を男子シングルに戻します。

今季初めての試合に臨んだ宇野昌磨選手の2年目のSP版グレートスピリット。
途中スッと動きをためて立つその姿が一瞬
師匠のステファン・ランビエールと重なって

美しい!!!!!!!!!!!!

録画も写真も全部忘れて呆然としましたよ。

あれ?

リンクサイドで演技を食い入るように見ているあの人は!

ステファン!

チームシャンペリー、師匠も帯同してやる気で来ましたね。
すごい!!!!!!!!

ショーマの後に滑走順が続くのが島田高志郎選手。

なのでショーマのキスクラにはあの元ラガーマンのスケ連関係のおじさんが座っていらっしゃいました。

ショーマはなんだかひと回り大きく見えて、
すごく大人っぽい。

続いて滑る高志郎君がまた少年っぽさから一歩も二歩も進んだ演技を見せてくれます。

うううううううう。

師匠がああだと(ああって何だ?)弟子たちもこうなるんでしょうか。

演技を美しく見せる技術。

例えばNHK杯の後、スケートの技術が高いから坂本選手の演技は美しいのだとか言うTweetを見ましたが、それはちょっとどうかと思うんですよ。

滑る技術の上に自在な上半身の使い方、視線の置き方、魅せ方の技術を重ねて
やっと美しい演技を見せることができるってものなのではないかと素人ながら思うんですけど。

シャンペリーでステファンから日本の選手たちが学んでいるのはジャンプ以上にその辺りじゃないかと。

フィギュアはスポーツですけど、引退した選手たちはそこからアスリートではなくアーティストとして演技をしていく人たちもいるわけですからこの学びは一生ものなのではないかと思います。


ところでショーマもなのですが
高志郎君は肩幅がグッと出てきましたね。

日本人は肩幅が狭いのでジャンプに有利だと言ったのはあの佐藤コーチ。
それから考えると高志郎君もショーマも、
大人体型への変化にジャンプを合わせていくのが大変時期なのではないでしょうか?


男の子は高校卒業してから最終的に男性としての体型が完成することが多いように思います。
成人式でゴッツくなっていたり太ったなと思う男子が多いのは
肩幅と身体の厚みが出てくるせいではないでしょうか。

身長が伸びる時期と身体全体ががっしりしてくる時期。
女子もですが男子も成長期にかかるとジャンプが安定しなくなる時がありますよね。


それにしても、あれだけ大きくジャンプでコケたショーマ。
怪我しなかったかというこちらのドキドキをよそに
堂々と最後まで演技をやり切ったあのフィジカルの強さ。
大コケにも腐ることのない丁寧な演技。
積み重ねた練習が向こうに透けて見えるよう。

昨シーズンが彼のメンタルをも大きく成長させたのは間違いないでしょう。


で、高志郎君も思ったような演技はできなかったのだと思うのですが
まあとにかく僅かに耳で拾えただけでも、ステファンの言葉の優しいことよ。

良い師匠の元で学ぶことの大切さがよくわかりますよね。


女子は第2グループを前に製氷が終わったところです。

さあ、この感染拡大の時期に行われる観客込みの全日本。

どうか皆が無事に


思い切り演技ができますように。





ロボット掃除機GoGoGo

姑の葬儀の後、高速で6時間ほどの道を帰ってきた。

こびっとを持ち込む余所者は帰れと、1泊で八つ墓村(笑)を追い出されたものの
オットも私も忌引きを有効に使わせてもらうことにした。

県外移動したことだし自主的に外出を自粛
土産がわりに持たされた、兄自慢の自家製米を食べている。



さて遅い朝食を食べながら見るともなしにテレビを見ていると
ロボット掃除機のコマーシャルが。

ほうほうなるほど、ゴミを吸いながら拭き掃除もしてくれるらしい。

オットはこのコマーシャルを食い入るように見た後、パソコンに向かった。
彼は家電のことを考えるだけで日がな1日過ごすことができるのだ。

ロボット掃除機については
先日友人からその便利さをレクチャーされたばかりだ。

「オススメは拭き掃除もできる上位機種よ!」

ところが私は家電オンチ。
我が家の台所に付いている食洗機は使われたことがなく、鍋収納になっている。
ロボット様にうちの床掃除などお願いできるわけもない。

以前から○ンバへの憧れを断ち切れないオットは
機会あるごとに機種の説明をしようとするが
彼にとって運の悪いことに
朝からCS東映チャンネルでは「マジンガーZ#61 宿命のロボット ラインXの歌」が放送されていたのだ。




第61話は「ローレライ」という名のアンドロイド少女とマジンガーZが戦う巻だ。

ロボット化した博士が生み出したアンドロイドの少女は、自分を人間だと信じて生きてきた。
兜甲児の弟シローが想いを寄せた可憐な少女が
自らの出自を父から聞いたのち
ロボットに同化し、マジンガーZを襲うのだ!

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アンドロイドの反乱、というより
機械でありながら父への忠誠心に散った悲しい少女戦士。

ロボット掃除機とローレライロボット「ラインX」に何の関係があるのか?

私の中ではあるんですよこれが。

だってね、歌うんですよ、この「ラインX」。
マジンガーZとの闘いに破れ死んだ後も。

かわいそうじゃありませんか。

ただでさえ最近の家電は音が鳴ったり喋ったりするのに。


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ラインXのこの部分のフォルム、今にも回転して床を磨きそう。


どっちも開発者の志に従って
一生懸命働いちゃうんだから。


車が喋ることに抵抗がないのは、

「ナイト2000」
このカッコ良さに今も痺れてるから。

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「ナイト2000」は買いたくても(高くて)手が出ない。
「ロボット掃除機」には床なんか掃除させてごめんね感がつきまとう。


我が家の家電が一向に未来に向かわないのは、
実はテレビのSF的なイメージが抜けない故のことらしい。








横溝正史風 ロマンス(長いです)

姑が亡くなった。

寝たきりになって10年の後
老衰での大往生。
90歳だった。

姑というか
オットの実家というのは
私には異世界すぎて
横溝正史風なドラマでも見ているようだった。

そしてその異世界には
リアルタイムで進行する
ロマンスがあったのだ。

姑が亡くなった今
その長いロマンスについて書いてみたいと思う。


想像していただきたい。

八つ墓村のように山に閉ざされた町。

商家の11人姉弟の7番目の娘だった姑は
悪魔の手毬唄で言うところの「お庄屋」だった家に嫁いだ。

商家とはまるで違う「昔の庄屋」のプライドの高さと
なのに「農家」という仕事の辛さ。
嫁ぎ先では随分厳しくされたと聞いている。

3男坊だった舅は戦争で兄2人を亡くし
戦後、一部残った土地(一部とはいえ今も田畑山林がどれだけあるのかその全貌を私は知らない)と実家を継ぐことになった。

本家とはいえ男性親族の多くを戦争で亡くした家は他に大きな後ろ盾も無く
舅と姑の時代になると
親戚内を牛耳るようになったのは
商家の後継になった姑の弟だった。

姑が産んだ子供は4人。
私のオットは3番目の息子だ。
2人の兄のうち長兄は公務員、次兄が後継になる予定だった。

オットと私が結婚し、続いて妹が結婚した時
兄2人はまだ独身だった。
当時既に30代半ばになっていた長兄への風当たりはそれはそれは大変なもので
私たちが祝福されればされるほど
兄は親戚の集まりごとで一同の前で吊し上げられサンドバッグのごとく早く身を固めろと責められていた。

兄には好きな女性がいた。

大学を卒業してすぐ、職場で出会った年上の女性だった。
互いに独身ではあったが
兄が22歳、彼女が31歳の時に始まった恋愛は
田舎の長男には到底認められないものだった。

特に頑として2人の結婚を許さなかったのが長兄を溺愛していた姑だった。
気の強い姉妹たちと比べれば優しい人だったが
兄の結婚のこととなると口をつぐみ
頑なに年上の彼女の話を聞こうとはしなかった。


オットと私が結婚した時には
2人が恋仲になってから既に15年が過ぎていた。

親戚うちの結婚式でも
毎年大勢の親戚が集まる盆暮正月にも
宴席の広間に長男として上座に座り
大人しく口数の少なかった次兄の代わりに率先してホスト役を務めていた。


口さがない親戚連中の言葉の矢に弁慶のごとく全身を刺し抜かれながら
兄はいつも母親(姑)の顔を伺っていた。

何故長兄がまだ結婚しないのかという皆の問いに
舅は無言で焼酎を煽り
姑はじっと俯いた。

そんなある日

突然死、というのだろうか
後継だった次兄が心不全で亡くなった。

あまりにも急に訪れた不幸に
夜中に車を走らせ駆けつけた私たちの顔を見て

「こんな思いをするなら、生まれてこなければよかった」
絞り出すように姑は泣いた。


通夜の晩、長兄は意を決したように
初めて家族の前で
「明日、あの人を連れてくるから」と言った。

多くの参列者に混じって現れた兄の恋人は
とても美しい女性だった。
そこらでは見ないような垢抜けた
けれど優しそうな横顔。

彼女は誰にも紹介されず
誰に話しかけられることもなく
1人焼香をあげ帰って行った。


歳を取るにつれ、姑の長兄への依存は目に見えて大きくなっていった。

兄は恋人の家と実家の間に1人住まいをしながら
仕事の傍ら毎日実家に顔を見せた。

後継を亡くした姑は
それでも兄と恋人の結婚を許さなかった。

兄の年上の恋人がもう子供を産めない年齢に差し掛かっていたからだ。

親族会議が開かれ
兄は家を継ぐことを拒否。
矛先はオットに向かった。

ところが我が家にも子供ができなかったので
オットが私と離縁し、後継を産める人と再婚するか
妹の次男を養子にするか
どちらかを選べと
今度は私たち夫婦が吊し上げられた。
「神社の境内の木に逆さ吊り」
気分はそんな感じ。

え?嘘だろって?

想像してください。
ここは横溝正史ワールドですよ。

仏間のテーブルに並んだ親類の前で

「子が産めないなら別れろ」

孫たちと家業の自慢が趣味の悪気無い田舎連中が行う親戚会議は
のちにオットが脳溢血で生死の境を彷徨っていた間に
私のお腹にいたゴリオの弟妹の堕胎さえ決定した。

彼らの総意は誰にも覆すことが許されなかった。

ここは長老たちが仕切る獄門島であり「家」が大事な八つ墓村。
屏風に書かれた俳句に見立てた殺人を産んだり
菊人形と首を差し替えられた死体を作り出さなくて済んだのは
ひとえにオットの家族のムラ社会への従順さと
私の心にいた金田一耕助と磯川警部のおかげだろう。


オットは私と別れようとも妹の息子を養子にすることもせず
兄は結婚できないままこう着状態は続き

ようやくゴリオが生まれた翌年、舅が入院した。

舅の病院の帰り道
一緒に行ったデパートで
兄は果物屋に立ち寄った。
よく熟したマンゴーとメロンを包んでもらった兄にオットが何事かと尋ねると
兄は私たちの顔をじっと見てから目を逸らし
「あの人、果物が好きで。乳がんの治療中でね」
そう言った。

それから程なくして舅が亡くなった。

もう後を継ぐも何も
家業を続けていくこともできず
そもそも「家」とはなんなのだ。

ただ建て直したばかりのだだっ広い農家に
姑は息子にも嫁にも孫にも囲まれることなく
ひとりぼっちで取り残されたのだった。


遠方に住む私たちの知らぬまに
兄は彼女と結婚し
彼女の看病をするために
2人で住む家を建てた。

お正月に帰省した私たちを
姑には買い物に行くと言って
兄は自分たちの新居に連れて行ってくれた。

ニコニコと出迎えてくれた義理の姉。
次兄の葬儀の席で見た美しい横顔のあの女性は
間も無く定年を迎えようとする年齢になっていた。

兄は姉のために二階建ての家にエレベーターまで取り付けていた。
年上で、しかも大病をした姉と生涯、最後の最後まで一緒に暮らしたいのだと
笑えるほど仰々しい家のしつらえに胸が締め付けられるようだった。

兄は実家と自分たちの家の両方を毎日行き来し
一人暮らしになった姑の世話をした。

何年も何年も。

決して一緒に住むことはなかった。

寝たきりになった姑は
兄夫婦がようやく探した介護施設で
このたび息を引き取ったのだ。


姑が亡くなった時
兄はガクガク震えて使い物にならなかったらしく
70代半ばになった姉は終始兄と手を取り合い
げっそりとやつれた兄を
姉独特のユーモアで笑わせていた。

21世紀で令和でコロナの時代になっても
斎場で葬儀を行うことを未だ元気に生き残っている親戚縁者は反対したらしい。
信じられないが、姑が寝たきりになってもう10年も誰も住んでいず、兄が通って掃除していただけの実家で料理を作って出し、葬儀を執り行えと彼らは言うのである。

兄は事前に斎場の友の会に入り
親戚内で初のこじんまりとした家族葬を執り行うことに成功した。

家族の中では理屈やで口が悪く、ぶっきらぼうな兄が
親戚の前で道化となって皆を笑わせながら
誰にも葬儀について有無を言わせなかった。

難しい性格で皮肉屋だった兄が
姉と顔を見合わせるたびに笑う。

驚いたことに
魑魅魍魎の親類ともすっかり顔馴染みになった姉は
うるさい爺さん方を軽いユーモアで上手にいなしていた。

未だ横溝正史ワールドの住人で居続ける親類に立ち向かい
兄は長男として立派に勤めを果たしたのだ。


私たちの車は県外ナンバーなので
誹謗中傷の上車に傷をつけられる恐れがあるとして
実家の車庫に隠すように入れられ
妹が斎場まで連れて行ってくれた。

さすが鬼首村。


私を「宇宙人」と呼んだ姑は

遺影の中で優しく微笑んでいた。

その元になった写真を見せてもらった。


兄夫婦に挟まれ
心の底から幸せそうに笑った姑が
そこには映っていたのだった。







「ミステリと言う勿れ」

恥ずかしながら

第二次漫画ブーム
それも

ブームに浮かされているんです。

昨年、もう抜けることはできまいと思った遣都の沼(林遣都さんのことです)が沼からサイダーくらいサラッサラになり、そちらからサッサと抜け出すことができたので
このところ漫画の深い闇の底を探究しています。


年寄りの冷や水と言いましょうか。
これね、「冷や水」って軽く言いますけど
意味は「自らを破滅に追い込むような行為のこと」ですから。

怖いんですよー。


今年に入ってから読んだり買ったりした漫画本を数えると
こんなに冷え込んでいる日本列島にいながら
冷や汗がかけるほどです。

この辺りでせめて
言い訳させてください。


ハマった漫画に鬼滅は入っていませんよ。

と言うわけで
久しぶりに読んだ漫画で圧倒的に面白かったのが


「ミステリと言う勿れ」
田村由美/小学館(月刊フラワーズ)
2020121510392822e.jpeg

主人公で探偵役のビジュアルがまずドドーンと来ますが
この人の名前がまた

久能整(くのう ととのう)

大学生の久能君、ある日近所で起きた殺人事件の容疑者になります。
このシチュエーション、ほんとなら最終回に持ってきても良いタイプの話なんですよね。

彼は任意の取り調べに、作ってきたばかりのカレーの行く末や
授業の出席を気にしながら付き合うんですけれども
警察相手にまあ喋る喋る。


とにかく喋るんです。

喋りながら取り調べの警察官の気持ちを読み解き
自分が何故事件に巻き込まれ
言い逃れできないほどの証拠が揃っているのか
謎を解いていくんです。

彼は特段探ることも偵察もしないので
この人を探偵と呼んで良いのかとすら考えてしまう。

事件だけでなく
犯人の心理状態さえ読み解いてしまうので
彼の前には「勧善懲悪」と言う単純な括りの結末はないんですね。
心理を読むにあたっても
深さの段階がいくつかあるので
読み手はそのたびに「うっ!」と段差に躓き呻きながら読むはめになるのです。

何しろチェーンの如く次から次へと事件と人が繋がって
彼を巻き込んでいくので
常に匂わせる黒幕の存在や
整(ととのう)君の生い立ちの謎にぐいぐい引っ張られて
もう読むしかない。


うんちくを語るだけのイケすかない大学生
そのイメージを
絵の力が見事に裏切って目が離せない。

面白い漫画が面白い実写映画やドラマになるかどうかはわかりませんが
この絵のインパクトは大きいのでアニメ化は大歓迎。

この漫画の続きが楽しみすぎて
メガネを新調した私は「自滅の老婆」(゚∀゚)




真央が行く!横浜編

真央が行く!「横浜編~パラ卓球&ボッチャ~」


浅田真央さんが訪ねるのは、横浜でパラスポーツに取り組む双子。

兄の齊藤元希さんは、「パラ卓球」期待の新星。弟の大希さんは、地上のカーリング「ボッチャ」に夢中。

車いす卓球ならではの超高速ラリー、高度な戦術が求められるボッチャの魅力を体感!パラスポーツと出会うことで前向きに歩み始めた家族の物語にも触れる。

コロナの逆境の中でも励む全国のアスリートへ、真央さんがエールのスケーティングを披露!



20201213200801984.jpegNHK番組サイトより


横浜の双子アスリート、齊藤元希さん、大希さん兄弟を紹介する「真央が行く!」。

番組再開第一弾は爽やかな横浜の海の青と真央さんの笑顔に癒されました。

真央さんは今回も車椅子卓球、ボッチャに挑戦し、焼き小籠包、マンゴーかき氷の食レポも美味しそうでした。


番組後半、双子の兄弟の間にあった葛藤について少し触れられていたのですが

彼らの話をじっと話を聞いている真央さんの表情が印象的でした。

真央さんなら、この兄弟の気持ちはよくわかるはずです。


天真爛漫な笑顔を見せたかと思うと
食レポの時は即興で歌ったりもしましたが( ^∀^)

この兄弟の核心に触れた時には
驚くほど大人の顔をしていました。


真央さんにあった苦難は
彼女を何ひとつ損なうことはなかったのだと
そう思います。

最後に
真央さんが全国のパラアスリートに感謝を込めて
「愛は翼に乗って」を滑りました。

人に感動を与える仕事。

それを仕事にするにふさわしい人だなと改めて思います。


サンコンさん(ニセモノ)の老後

おはようございます。

朝から上機嫌なのは
視界がちょっとだけクリアになったからです。


先日、またしてもアレルギーで目の充血が「森美也子」(八つ墓村参照)になり
視界がボヤけて運転も危ぶまれる事態となりました。
左目の奥が片頭痛なのでしょう、ズキズキと痛んで辛すぎます。
どうしよう、もう漫画が読めない!


ステロイド入りの点眼薬を出し渋る先生に

「もう何もかも見えないんですぅ」と泣きつくと

「視力の検査、し直しましょうよ」



左1.0
右0.75



この数字が他の方にとって特段悪い感じではないのはわかりますよ。

ただ、私にとっては大変なことだったことがこの後判明します。


独身時代、職場での私のあだ名は「サンコンさん」でした。

目が良いのと天真爛漫な笑顔で人気者だった外国人タレント、オスマン・サンコンさんの「サンコンさん」。

今も「サンコンさん」でググると
留学していたと言う「ソルボンヌ大学」より
「サンコンさん 視力」の方が上に出てくるんですから
まあその目の良いことには定評があったわけですね。


学生時代から視力検査のたびに思っていたのが

「2.0よりずっと先まで調べてみたい」

ほんっとに見えそうな気がしていました。

ま、ただの遠視でした。


そんな私の目が、目が・・・。

それもこれもみんな廊下いえ、老化のせい。


「じゃ、このメガネかけてみて」

近視の度数に合わせた「近眼用メガネ」をかけてみました。

遠近両用メガネは5つほど作ったのに
どれもこれも結局疲れるばかりなので引き出しの奥に埋葬しているメガネ貧乏(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
近視用メガネをかけるのは初めてです。

暗い診察室の中で
壁のカレンダーがくっきり見えます。

それよりびっくりしたのが
新聞記事の字がぼんやりですけど、読めたことなんです。

私の老眼鏡はすでに+3。
市販の老眼鏡なら殆どマックスの度数です。


そんなに進んでしまった老眼の目に
近視用メガネをかけたからってどうして小さな文字まで見えるのか?


「遠視の人が歳をとる時の典型ですね。近くもですが、遠くも、中距離さえ見えづらくなるんですよ。これくらいで新聞の文字がわかるんなら、落ちた視力を補うだけのメガネをかけた方がずっといいんじゃないですか?」

処方箋を出してもらい、その足でメガネ屋さんに行きました。


1番軽い、素っ頓狂な丸眼鏡(これ、若い人ならオシャレなんでしょう)に近眼用のレンズ。

「サンコンさん」が初めて近視用眼鏡をかけました。

このまま運転できるしパソコンもモニターから距離をとって短時間ならOK。

部屋の隅々の小さな汚れまでくっきり見えるのがたまにキズですが快適です。


アレルギー用と炎症を鎮める点眼薬のおかげもあって

肩、首、目の痛みも和らぎ・・・・・

って、どれだけ老人?


私には今、夢中になっている探偵がいるんです。

彼の物語をこれからも読むために
視力を温存しておかなくては!






Go to しない

Go to とか何とか言ったって
何だか面倒そうで

県を跨いだ移動なんてできるなら避けたいし

都内の真ん中に住んでいたって
親子3人、知り合いにまだ誰1人として
こびっとのヨウセイになった人がいないという友人もいるのに
私のように田舎町で1人の仕事をしていても
職場でクラスターが起きる人もいるわけで

テレビの情報や
場所による感染者の増え方にも
実感がなかなか伴わないものですよね。




そんなこんなで出るに出られず
でもじっとしているわけにもいかず

使える店舗が一気に増えた感のある

EATの方のチケットを買いました。

あれって要するに対象のお店の食事を2割引きで食べられるってことなんですね。
でも庶民にとってお得かといえばどうなんだろう?

たった20%でも何故か気が大きくなって
一品多く頼んでしまったり
お釣りが出ないからって
食後のお高いコーヒーを追加しちゃったり
まあ消費者側がうっかり乗せられることでお店が少しでも潤えばありがたいんですけど
実際どうなんでしょう?

主に休日の昼ごはんに使っているのですけれど、
経済を回すには地方住み庶民の力なんて非力なものです。

それにしても
どこに行っても混んでますよね。
私の住む田舎町さえ
小さな観光地なのに、何だよこれって感じの人混みです。


そこで市街地ではなく
車で行ける近場の

寂れた温泉街のカレーとか
小さな島の森の中で焼いてるピザとか
町おこしの一環で焼いてるパンとソーセージとか
山奥の養蜂場のベトナム料理とか
海岸沿いにできた町おこしのレモネードとか

ほとんどGo toの恩恵が受けられない上
美味しいんだけど軽食的なものばかり食べているんですが。


参考にしている雑誌が若い人向けなのがいけないんでしょうか
どうにも若い店主が多く(私たちから見るとみんな若いのか?)イシキタカイ感じ。


私が嫌いな独立系本屋の男性店主同様、
イシキタカイ店主のやってる店ではどこも
気持ちのよい食事は望めなかったのでした。


お客にツンケンするか偉そうにするのが
かっこいいなどと勘違いしているのか
それとも
オシャレな(つもりの)俺の店に似つかわしくない爺と婆の2人組だから?(゚∀゚)

ガッテン



なんかもう、コンビニのパンとコーヒーでも買って

20201206181012e54.jpeg

こんな山の上でGoもtoもせず
もしゃもしゃ食べてる方が

気楽でGoGoって気がして来ましたよ。














Updated compilation of 1st 3A

ジャッキー・ウォン氏のTwitterからお借りしました

ぜひ動画をご覧になってください




国際試合で跳んだ女子の 3Aの歴史が新たに更新されました。

樋口新葉選手のトリプルアクセルは大きく迫力がありました。
インタビュー中に「回転足りてない!」などとポロっと言っていましたが
大丈夫です、荒川さんのお墨付きですよ。



この4回転バージョンもこれからまた更新されていくのでしょうね。


動画で見ると、壮観です。



この中でただ1人
2004年のこの時から引退するまで
試合でこのジャンプを跳び続けようとした選手。

「回転不足」、「チートジャンプ」と
どれだけ言われ続けてきたでしょうか。


今、実況でも解説でもこの文言は聞かれませんね。
選手のメンタルにとっては
良い時代になりました。


浅田真央の3Aは
「跳んだ」からではなく「跳び続けた」ところに価値があると私は思っています。



重箱のすみをつつくようなジャッジと解説。
3Aを「拘り」だと揶揄される時期の方が遥かに長かった。

でも「跳び続けた」んです。


私は女子のフィギュアスケートのジャンプの回転数が増えれば増える程良いだなんて到底思えない石頭。

女性の身体にはどうしても制約がつきまとうからです。

自分の娘だったら、と考えてしまう。


そんな私にさえ
真央さんの演技は心に刺さり続けました。


大勢の観客と
鵜の目鷹の目のジャッジ
足元を掬おうとするメディア。

その中でたった1人で跳ぶ孤立無援のジャンプ。
なんと孤独な闘いだったことでしょう。


今多くの選手が解き放たれたように次々とこのジャンプを実戦投入できるのは
技術的な進化があったからばかりではないのではないでしょうか。

このジャンプを跳ぶのが
もう1人ではない
点数的にも狙い撃ちで落とされる心配がなくなった
そういうことなのではと。


そういう意味でも
樋口新葉選手のトリプルアクセルに
心からの拍手を送りたいと思います。












音楽と私だけ



NHK杯、女子シングルは
LIVE放送に間に合いませんでしたので
今朝からゆっくり観ています。

以下、素人の戯言な感想で失礼致します。


女子シングル_φ( ̄ー ̄ )


4位:三原舞依選手
舞依ちゃん、フリーで盛り返し4位に。
身体は細くなってもジャンプ、繊細な演技は健在。
NHK杯はサイトが充実していて
すぐに画質の良い動画がUPされていますので
放送されずに録画できなかった選手の演技もストレスなく観られました。

全日本でもこの方式で全選手の演技をすぐにUPしてくれれば
賑やかしのタレントやCMで放送から削られた選手たちの演技を観られますよね。
BSでも良いのですけれども。

3位:松生理乃選手
女子の演技を観ていて
1番しっくりきたのは
ジュニアの松生理乃ちゃんでした。

馴染みのある女子シングルらしい優しく柔らかなプログラムを
スケーティングがいいんでしょうね、軽々と滑っているように見えました。
成長過程だからこそまだできるコマのようなジャンプ、スピン。
点数が高く出るのも納得でした。

1位:坂本花織選手
優勝した坂本さん、流れに乗ったジャンプでマトリックスはやっぱり素晴らしかった。
ただコリオに施されたはずのアクセントがどうにも嵌ってないのが残念で。
上半身の使い方もなのですがせっかくのコリオが勿体ない気がします。


上位選手の演技を観ながら
スイスのステファンの元で学んでいる紀平選手のことを考えていました。
紀平さんはシャンペリーに行って良かったと思ったんです。

今の日本の多くの女子選手には
どうにもベースが欠けている、というか
優雅さ、それを表す時に必要な何かが足りないというか。


例えばアイスダンスの深瀬理香子さん、村元哉中さんの上半身の滑らかさ柔らかさ。
彼女たちの身体の動きからは音楽のリズムだけでなくちゃんとメロディーが感じられます。
哉中ちゃんはリズムダンスとフリーの時の身体の動かし方が別人のようでしたね。
とても魅力的でした。


紀平選手がこのあたりをシャンペリーで磨いてきたら
素晴らしいのではと思います。


ところで先ほどから始まっているエキシビションの放送に先立って
インタビューを受けた髙橋大輔選手が
目指すところをあのサッカーの
「キング・カズ」とフリップに書いていましたね。

髙橋選手がフィギュアスケートの「カズ」になるといいな
なんて思っていましたが
本人もそう思ってたんですね( ̄∇ ̄)


「音楽と私だけ」なんていう
表現を観たい。
それも試合で。

観ているだけの素人なんて、
贅沢でわがままなもんです。








NHK杯 無事終了

NHK杯のアイスダンス、村元/髙橋組、デビュー戦が無事に終わりましたね。

びっくりするくらい観客を入れていましたが
今後の競技のあり方がこの試合で見えてくる部分もあるかもしれません。



番組中、クリス・リードさんの追悼でクリスの軌跡を辿った数分間は
彼の足跡を追う選手たちが彼の夢を叶えるんだなと涙が・・・・・


大ちゃん哉中ちゃんのバレエ音楽に乗せたプログラムが思ったよりずっとずっと良くて
結果はともかくやはりすごいなと思いました。
髙橋大輔の王子様オーラ、哉中ちゃんのしなやかさ
素晴らしかった。



さて男子シングル、とても面白かったです。

観るのが楽しくて、やっぱり試合はいいですね。

印象に残った選手をメモメモ_φ( ̄ー ̄ )


5位:佐藤 駿選手
成長痛な試合だったのでは?
体つきが随分変わってきているのではないでしょうか。
演技構成点が伸びないのは彼の演技がというよりも
曲とコリオを見直した方が良いのかも?

4位:田中刑事選手
やーん、もうフリーの「シャーロック・ホームズ」好きなんですよ。
ジャンプはともかく見応えのあるプログラムはさすがでした。
怪我の影響も皆無ではないのかもしれませんね。


3位:本田・ルーカス剛史選手
素敵〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
男子には珍しい、流れるような演技をしますよね。
ジャンプもステップもドッスンドッスンしたところがなく
品の良い007に見惚れました。
フリーだけの順位は6位。
前半のジャンプの崩れを後半でよく立て直して3位に入って来たのはすごい。


2位:友野一希選手!
嬉しかったなあ、でも悔しかっただろうなあ、銀メダルです。
「ムーラン・ルージュ」のコリオ、何回観てもいい!
友野くんを見るといつも「この人引退したら真央ちゃんのサンクスメンバーに入らないかなあ」って思ってしまうんですよね。
私はきっと、この選手のスケートに対する情熱の具合が好きなんでしょうね。


1位:鍵山優真選手
良質な筋肉とバネ。
観ていて気持ち良い演技で本当に素晴らしかったですね。
フリーの衣装がユーグレナ?と思ったらそうそうアバターでしたよね。
膝の柔らかさ、上半身の伸びには目を見張ります。
ローリーのコリオだったと思いますが、さすが!



ああ、やっぱり試合っていいですね。


友人とその旦那さんからも
「スケート楽しそうで何より。声出して喜んでいいよ!」ってLINEきましたよ。

はいはい、お茶の間観戦、思い切り楽しめましたよありがとう。








NHK杯 村元・髙橋組アイスダンスデビュー

最近ツイてる気がします。

仕事を変わってからフレックスが使えるようになったので
NHK杯のアイスダンス、LIVE放送に間に合いました。

髙橋大輔、村元哉中組のアイスダンスデビュー戦。

大ちゃんが楽しんでいる様子がもう嬉しくて嬉しくて。

哉中ちゃん、ありがとう。
大ちゃんを次のステージに上げてくれた彼女に、もう感謝しかない!

ミヤケン先生が解説でしたが、
多分ミヤケン先生も緊張していらしたのかもしれません
途中から黙ってしまったので
なんかミスしたのかと心配になったほどでした。

観ているこちらも緊張しすぎて演技の詳細が飛ぶ飛ぶ(^◇^;)

ふーーーっ!

次の深瀬 理香子/張 睿中カップルの演技がまた素晴らしくて
ミヤケン先生も解説を始めてくれてよかったです^_^

小松原 美里/ティム コレト組は別格でしたね。

リフト、ツイズル、スピード。

楽しかった〜。

アイスダンスの競技カップルがもっと増えるといいなと思います。
今回開くことのできなかったペアも!

さあ、ご飯を食べたら男子シングルです。

こちらも楽しみ!


真央リンク構想

Number1015号、『私のスケート愛』第32回のタイトルは

『真央リンク構想。』

編集者さんがついていることはわかりますが
選手の練習拠点としてリンクが不足している状況を
批判を交えずわかりやすく書いてあるんです。

先日載せたネットの記事同様の内容でしたが
詳しく書いてある真央さんの言葉の印象が
なんかもうプロ、という感じですごい。

30歳の彼女が考える『真央リンク構想』には選手だけでなく指導者の視点、
競技の未来を真剣に考える人の視点がありました。

世界的に見てもこれまで元選手でスケートリンクを作ったのはミシェル・クワンとプルシェンコくらいだそうです。

『これは私の考えですが』と前置きはしていますが

これからのスケートの指導方法を

『ジャンプ、スケーティング、スピンなどをそれぞれ得意な先生が手分けして選手の技術を磨いていかなくてはならない』
そう書いているんですよね。

指導者が1人の選手の全ての指導者になることの弊害は
技術的な専門性が不足する可能性だけでなく
ハラスメントの温床になりかねなかったり
コーチ間の派閥争いのような(織田さん、どうなってるんでしょうね?)
マイナス面も多かったのではないかと思います。

ステファンのアカデミーも彼の信頼する仲間がそれぞれの専門性を活かして指導していますよね。


まずサンクスの区切りの時期が
未確定のようですが来年3月くらい。

アイスショーをきっぱり最後にしないまでも
4月からは『アイスリンク』に関して構想を進めて行きたいということです。

真央さんのすごいところはそこから先も
現在のサンクスメンバーの未来を考えているところ。

コロナ禍の今

未来に向けて自分のためだけではなく
後進の行く末を見据えている。

彼女が演じてきたプログラムを思うと

お姫様オーラを纏いながらどこかコケティッシュで
可愛らしいのに漢で勝負強い

そんな個性がそのまま生き方になっているようで。


先日、野球のホークスの筋トレ指導をしていらっしゃる方と
趣味の席でご一緒させて頂いたんですけれど
良い意味で抱いていた印象を覆されました。

結果を出していることに固執していないんです。
きっと『信念』だけじゃやって行けないんですよね。
強面で強固な一面と同時に
誰かと一緒に自らまだなお勉強しながら恥をかきにいこうとする。

この姿勢に真央さんと通じるものを感じました。

真央さんがこの記事でも書いているように
『私1人では無理なので、いろいろな人と繋がって実現させたいです。』

きっと真央さんなので着実に進んでいると思うんですよ。

真央リンクに協力するスポンサーにどんな名前が並ぶのか
楽しみです。





夢のリンク

浅田真央が都内に「真央リンク」を作る! 「子どもたちが私を知っているうちに、一緒に滑りたい」
https://number.bunshun.jp/articles/-/845882


Number Webに浅田真央さんがスケートリンク構想について語った記事が載っていました。

雑誌Number連載中の「私のスケート愛」にも詳しく載っているようですので
早速本屋さんに走らねば!

さてこちらの記事によると

○都内のリンクが全く足りていない
○夜中の3時や朝5時に練習せざるを得なかった

そこで真央さんが考えていることは

「場所は、スケーターのアクセスを考えるとやはり都内がいいのかなと思っています。都心は難しいと思いますが。今年発足した木下アカデミーのようにはいかないと思うのですが、子どもたちがワクワクしたりハッピーになってくれる場所ができたらなと。子どもたちが私を知っているうちに、一緒に滑ったりレッスンしたい。だからできるだけ早くリンクを作りたいんです」



サンクスツアーのその先に
大きな希望があるのかなとは思っていましたが

これはもう
みんなで大富豪にでもなって
スポンサーで協力〜〜〜〜〜〜!



レディー(89)

ここずっとニュースもろくに観ていなかったなあと
テレビをつけると

詐欺事件の続報が流れていました。

テロップには

『元生保レディー(89)』

89歳の元生保レディー。

レディー。

Lady‥‥89歳

電話でのやり取りが音声で流れましたが
まあその口調もしっかりしていて
いや話し方が強い。

憎まれっ子世に憚ると言いますが
ここまで来ると何なんでしょうね。

お年寄りの概念が覆るような出来事も多い一方で
まだ若い人が病に倒れることもある。



先日

結婚30周年の記念日を地味〜に祝ったんです。

最近『歳とったよな』が口ぐせのオットと
『もう先も短いし』とどんよりしている私。


生い立ち、趣味趣向、あらゆる面で共通点のない夫婦。
占いとかバイオリズム的なものさえ真逆。

そのせいか口に出さなけりゃお互いのことが全くわからないので
よくいろんな話をするんですが。

そのオットにも凹んでしまいそうだからと
言えないことが増えてきました。

例えば
闘病中の友人の病を
彼女の一番の親友に打ち明けるために集まる週末。


友達とご飯食べてくるね
そう言って出かけるわけですが。

家に帰って『みんな元気だった?』と
きっとオットは聞くでしょう。


げっそりとやつれた
友人の旦那さんの顔を思い出します。

聞いただけでもオットがショックを受けるのは目に見えているんですよね。
結婚して30年、彼女達ともそれなりに付き合ってきたんですから。


『元生保レディー(89)』

被害者の方々の心痛はいかばかりか。

とはいえ

その生命力を
どうか他者にも分けてほしい。

『みんな元気だったよ』と

笑って話せるように。









『最後の講義 映画とはフィロソフィー』大林宣彦

20201111160119ddf.jpeg
『最後の講義 映画とは〝フィロソフィー”』大林宣彦/主婦の友社

NHK『最後の講義』の完全ノベライズです。
番組ではカットされた部分も全て収録。


大長編『花筐』を撮り始めた矢先に受けた肺がんステージ 4の宣告。
病を『得た』大林宣彦監督が次世代に残した言葉の数々には
実に多くの映画人、作品の名が出てきます。

生きている人、すでに別世界に逝かれた人。
それはもう賑やかなほど。

その賑やかさは何かあの世とこの世を繋ぐ葬列のようなのに
懐かしさと愛しさで泣き笑いしながら読みました。



大林監督は映画『HOUSE』を『僕の中に潜む戦争』だと言います。

『HOUSE』の中に原爆を描いたとも。

公開当時日本人は気づかなかったそれに
アメリカの人はいち早く気が付いていたと。

私はこの映画を
リアルタイムで何度か映画館で観ているのですが(当時すごいヒット作でした)
夕陽の赤さえ怖い夏の奇怪なホラー映画だとずっと思っていました。

本書の後半に
写実で描いても一流だったピカソが『ゲルニカ』を何故あんな形で描いたのか
その考察を語っているのですが
大林監督の『HOUSE』はそれと同じやり方だったわけです。

これはすごく腑に落ちました。

やなせたかしさんの著書にも
その人生の根底にあった『戦争体験』が語られていて
胸打たれるものがありました。

それは水木しげるさんも同様でしたけれど
大林監督には大林監督の戦争の捉え方があって
優しいので救われるのですが
その語り口は声高な『戦争反対』よりも余程説得力を持って心に届きます。

9・11がもたらしたアメリカ映画の変化
ジョージ・ルーカスが9作品作る予定だった『スター・ウォーズ』を6作で降りた理由。

立川談志が語った『本気で日本人を生きた』時の儚さ。

『表現者は「ゆるキャラ」になってはいけない!』という一節には
私さえ身が引き締まる思いでした。

『大林チルドレン』と呼ばれる人たちの中にこう話す人がいたそうです。

『寅さんも好きで観てましたけど、寅さんを観て自分も映画がつくれるという気にはなりませんでした。でも、同じ頃に大林さんの映画を観ると、カメラさえ持っていれば映画を撮れると思えたんです。』156p

この『アマチュア』な感じがいかにも大林監督を表していて
大林さんもこれに対して
『アマチュアであるからこそ、好きなように撮ることが許されるのです。』と語っています。

番組から書き起こされたこの『口述』のような優しさが
大林監督の人となりを伝えているようでもいて
これはもう泣きます。










「浅田真央100の言葉」扶桑社

クリスマスシーズンに向けて、
次々に本が出版されますね。

速攻予約です^_^

渡辺さんが選ぶ真央さんの名言、何かな?

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日本のフィギュアスケートブームを長年牽引してきた浅田真央さん。本書は2003年から密着取材してきたフジテレビの膨大なアーカイブから、100の言葉を厳選。幼少時から現在までの写真とともに、波乱万丈の人生とスケートへの想いを、彼女自身の「言葉」と歴代ディレクターの回想から詳細に振り返ります。父と姉から初めて明かされる家族のあたたかなエピソードも必読です。



本書では、 地元名古屋で長年浅田家を取材している東海テレビプロダクション渡辺克樹ディレクターのセレクトによる「浅田真央名言集」も収録。 また姉の舞さんが初めて明かすソチ五輪フリー前の姉妹の会話、 今回初めて取材に応じた父・敏治さんが語る妻・匡子さんと真央さんのこと……。 原稿を読んだ真央さんも落涙したという、 一家の絆を物語るエピソードが満載です。

[ 今までの自分の言葉に目を通してみて、 改めていろいろなことがよみがえりました。
 これ以上ないようなプレッシャーや緊張など、 もちろん大変なことはあったけれど、 一つ一つ乗り越えてくることができたんだなと感じましたし、 スケートが好きという気持ちがあったからこそ、 進んでこられたんだ、 と思います。
 家族の支えもいかに大きかったことでしょう。
 本書で触れられていますが、 姉の舞の言葉は印象的でした。 バンクーバーオリンピックを前に、 「もう出られないかもしれない」と悩んでいた頃、 舞が声をかけてくれて、 とても助けられたのです。
 母の存在は言うまでもありません。 コーチと同じような関係で厳しく、 自分自身のことは後回しにして朝から晩まで尽くしてくれました。 たとえ喧嘩をしても、 私のことを助けてくれた。 母がいなければ、 私はここまで来ることはできなかったと強く思います。
 「言葉」を通じて私のスケート人生をたどったこの本を、 今まで応援してくださった方々にも読んでいただきたいし、 そうではない方々にも「こういう選手なんだ、 スケーターなんだ」と感じ取っていただく機会になれば嬉しいです。 ] 浅田真央(あとがきより抜粋)

■内容
第1章 天真爛漫な素顔
第2章 バンクーバーへの道
第3章 一からのスタート
第4章 限界との闘い
第5章 集大成のソチ
第6章 新たな挑戦
第7章 渡辺克樹セレクション 浅田真央 名言集

浅田舞   試合前、 弱気になる真央に私がかけていたある言葉
浅田敏治 親ながら、 すごいなと思う真央の姿

『浅田真央の言葉』フジテレビ スポーツ局・編 (扶桑社)より



https://prtimes.jp/main/html/rd/amp/p/000000588.000026633.htmlよりお借りしました

ターニングポイント

雑誌「Number」に浅田真央さんが寄稿している「私のスケート愛」も31回目。

今回は30歳の誕生日を迎えて「ターニングポイント」というタイトルでした。

スケート
親友
山田真知子先生との出会い。
銀メダルを経て
お母様が亡くなられる前後20〜21歳の時期が自分との闘いだったと書いています。

「愛の夢」を2シーズンにわたって演じていた頃かと思います。

「あの時諦めなくてよかった。あそこで自分に甘えていたら、今はありません。」



真央さんにとって「ターニングポイント」とは自分の意志でどうにかすることができるものではありませんでした。

なので現役引退もサンクスツアーの立ち上げも
彼女の意志で行ってきたことは「ターニングポイント」ではないと。

この若さで
自分の分岐点が自分のコントロールの外にあるもの
ある意味運命のようなものだと理解していることに心底驚きます。

彼女が過酷な運命に最も翻弄されていた時

人生で最も辛かったであろうその時にさえ

浅田真央が残したプログラムはそれまでにない美しさで進化していました。



全日本選手権大会2011
SP「シェヘラザード」

お嫁さんになりたい

今朝の朝ドラ「エール」も、すごく良かったですね。

地上波どころか、最近はBSもCSも
なんとなく観る気が失せている中で、楽しみに観ています。

今週はオペラのオーディションに意気込む音さんと
主人公夫妻の一人娘、華ちゃんの悩みのターンです。

お母さんの音から「好きなことをやっていいのよ」と言われますが
やりたいことなんて特に無いという華ちゃん。

作曲家の父に、今もオペラ歌手を目指して勉強中の母。

母の音さんと喧嘩して飛び出した先は叔母吟さんの家でした。

嬉しいことにそこにはまだ、あの戦災孤児だったケン少年もいました〜。

非凡な才能に恵まれた両親。
やりたいことをやれる環境にいながら
自分は平凡な人間で、特に夢もないのだと華ちゃんは吟さんにこぼすのです。

吟さんと華ちゃんのやりとりは
あの「栄冠は君に輝く」の回と繋がっている気がします。

誰もが皆華やかな舞台で勝てるわけでもなく
そもそもあの舞台に立てるのはほんのひと握り。

立派な夢がなくても
取り立てて才能がなくても
自分なりの楽しみや喜びがそこにはあって。

吟さんが、とても素敵な女性になりましたね。

「栄冠は君に輝く」ではコロナ禍で夢を絶たれた多くの人達と重なって
なんとも言えない気持ちで観ていましたが
今週も心に沁みるものがあります。

専業主婦だった吟さんはこの時代、
本来女子の王道を行くような人生を歩んでいたはず。

子どもに恵まれず
軍のエリートだった夫は戦後ラーメン屋になり
けれど他人尺度ではない
自分たちの幸せを見つけたのだと思います。


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ゴリオがガールフレンドの可愛ちゃん(仮名)と何やらあったらしく
ゴネゴネ言うので、よくよく聞いてみると。

転職したい可愛ちゃんは
「寿退職」(死語です)で今の仕事を辞めて転職したい。

なので早く結婚したいと言うらしく

「俺とのことを転職の理由にするなんて
そんなのおかしいじゃないか」

それがゴリオの言い分なんですよ。

まあごもっともですね。

でもね
可愛ちゃんのその思考回路は
私にはよくわかる。

長女であるから尚のこと
ご両親や祖父母の影響もあるだろうし
誰もが皆
前だけ向いてやりたいことに邁進しているわけでもなく

結婚が目標だってそれでもいいじゃないか。

ただしそれが可愛ちゃんの本当の意志ならば。

なーんてことを

ゴリオに話したんですけどね。

拙ブログのゴリオ日記は彼が中学1年の夏に始まっています。
10年も経たずに子どもなんてすっかり変わってしまいますよね。

私は結婚して長く子どもに恵まれませんでしたので
古い価値観の親類縁者に囲まれて辛酸を舐めました。


なのでゴリオにも親子でありながら
「預かってる」感じで育ててきましたし
「今だけ」という期間限定のつもりで暮らしてきたわけです。


結婚どころか自分の就活も見えないゴリオ。
ゴールに向かって邁進する可愛ちゃん。

私にできることは

かかりつけ医ヒデキの病院で
心臓に欠陥のあるゴリオの心電図とエコーの予約を取り

とにかく生かしておくことに全力を注ぐことくらいなんです。

平凡な自分が平凡なまま生きることこそ難しい。

ゴリオも可愛ちゃんも、そして華ちゃんもがんばれ。




金田一耕助 池部良さん版とショーン・コネリー




ここ数年のAXNミステリにはガッカリしていた私も
今回ばかりは拍手喝采滂沱の涙(´༎ຶོρ༎ຶོ`)大袈裟

年末にかけてテレビには頑張ってもらわなくては。

電子漫画に埋没して抜け出せない私をなんとか3次元に引き戻してほしい。

池部良さんの金田一耕助、ネットの画像でしか見たことがありませんでした。



なんて美しい金田一耕助!
女優さんも素敵!
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片岡千恵蔵版「三本指の男」
池部良版「吸血蛾」
高倉健版「悪魔の手毬唄」


楽しみです!


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この記事を上げてTwitterに戻ったら
ショーン・コネリーの訃報が。


「好きな俳優はショーン・コネリーよ。昔も今も、これからも。」

ドラマ「Sex and the city」でミランダが言った台詞が大好きでした。

私も好きです。
昔も今も、これからも。