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老嬢の鼻眼鏡

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400年前のビリー・ジョエル

『宇宙探査艦オーヴィル』 (The Orville) は、セス・マクファーレン(『テッド』の俳優さんですね)が製作し主演するアメリカのSFコメディドラマ。

スタートレックのパロディというか、オマージュというか。
シーズン1を見始めた時には『宇宙版お茶の間コメディー』と気楽に観ていましたが、これが侮れない深いテーマをバンバン扱っていくんですよね。
特に女性差別、マイノリティ、LGBTなどに関しては毎回様々な宇宙人を登場させて色んな角度で考えさせられるドラマです。
人工生命体と人間の恋愛を扱った回も出色の出来でした。→『宇宙で恋をしよう』
この記事は前半『荒川アンダー・ザ・ブリッジ』ですが中盤に『オーヴィル』について書いています。

『オーヴィル』はCGもTVドラマとはいえ美しく、スタートレック のパロディとしても愛が溢れていてとても好きです。
『宇宙大作戦』にも昔のギャング映画っぽい世界や1960年代のアメリカに乗組員がタイムワープするお話がありますね。
この『オーヴィル』でも製作総指揮セス・マクファーレンが懐かしいハリウッド映画や音楽で、現代の視聴者を楽しませてくれるのです。


今回のオーヴィルはシーズン2 第4話"戦士の報復"
"Nothing Left on Earth Excepting Fishes"です。

宇宙艦隊オーヴィルの艦長エドが、かつて倒した大量虐殺犯のクリル星人。
そのクリル星人の妹が、報復のため地球人の美女に化けてエドを宇宙への休暇旅行に誘います。

旅行の相談をするエドの部屋で2人が観ているのはユル・ブリンナーの『王様と私』。
クリル星人は地球の映画を知らないのですが、『次は君が映画を選んで』と言われて『タクシードライバーの映画とか。』なんて言って笑わせてくれます。

エド殺害のために旅行に出る出発のシーンで流れるのがビリー・ジョエルの『Don't ask me why』。
『誰の歌?』と聞かれてエドは『ビリー・ジョエル。400年前の地球人さ。』って答えるんです。



とても良いんですよ、宇宙空間に流れるビリー・ジョエルが!

結局敵の罠にハマって色々大変な目に合うエドですが、最後は自分を殺そうとしたクリル星人を逃します。

彼女の中の恋人の面影を追って、ドラマのエンディングに流れるのが、私に『朝ドラスカーレット』の八郎を思い出させる『She's Always A Woman To Me』。

切ないんですよ、とっても。

去って行く彼女は

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こんな感じのクリル星人ですけど、もうそこは関係無く、ほんとに切ない別れのシーンなんです。

問題意識も鋭い『宇宙探査艦オーヴィル』。
単なるパロディドラマを超える面白さです。



ベルベット

フィギュアスケート、チャレンジカップの男子シングルフリーが終わって、宇野昌磨選手金、田中刑事選手銀メダルの1・2フィニッシュ。

ショーマの演技。
誰もが息を止めて見入ってしまいそうな『ダンシング・オン・マイ・オウン』は素晴らしかった!
もうこれは演技だけで泣けます。
何も知らずに観ていたとしても心揺さぶられる演技だったと思います。

滑らかで淀みなく吸い付くようなスケーティング。
氷の上なのに、ベルベットのような感触。
サルコーが入って4回転3種を4回、コンビネーション込みで跳んでも、着氷は優しく、スピードは落ちない。

ステップはウィルソン姐のコリオがより明確に。
それでも主旋律、歌声に合わせられた振り付けを超えて、ショーマはピアノの音を捉えているかのように滑りました。

この演技を観終わって、思わず演技要素を確認しましたよ。

高難度ジャンプとコリオのより高い次元での結び付き。
いつかパトリックがインタビューで語った到達点に1番近い演技を見せてもらったと思います。
これはテレビの画質で観たい。

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4回転3種をコンビネーション込みで4回。
3Aも2回。コンビネーション込み。

ジェイソン・ブラウンのステップや繋ぎがどれだけ美しくても、これだけの演技と同列には測れないなと今回は思いました。

人生で何度あるかわからない『ゾーン』。

ステファンが嬉しそうで、感嘆するかのように表情を変える瞬間が素敵なキスクラ。

リンクしています→『宇野昌磨初V、鬼門の冒頭4回転サルコー突破に驚き』

宇野昌磨選手の演技はこちら→https://youtu.be/yO-iFtF_D7s

ショートプログラム(SP)首位の宇野昌磨(22=トヨタ自動車)がフリーもトップの198・70点を記録し、合計290・41点で初優勝を果たした。SP3位の田中刑事(25=倉敷芸術科学大大学院)が合計241・18点の2位となった。

演技を終えた笑顔の宇野が、サッとリンクサイドに目をやった。視線の先には年明けからメインコーチに就任した、06年トリノ五輪銀メダルのステファン・ランビエル氏(34)がいた。

練習であんな演技、1回もしたことがなかったので、自分もビックリしたけれど
『ステファン、どんだけ驚いているんだろう』って振り返って…。

本当に僕が1人だったら、サルコーは絶対に入れていなかった。そこの、あと一押し。この試合で無難な演技をしに行く必要はなく、試合前は『チャレンジを楽しんで』と言われました。本当に、それがそのまんまできた」


冒頭に組み込んだ4回転サルコー。前日21日から「恐らく失敗するので、失敗した後、ちゃんとまとめたい」と正直に語ったジャンプだった。だが、自らの予想を覆して2・91点の加点を導き、鬼門を突破した。

「いやあ、ビックリですよね。その後をまとめることを考えていたんですけれど、サルコーを降りた時に『降りるんだ』って笑いながら、次のフリップ…」

試合前から「特に跳びたい」と誓った4回転フリップも成功。続く4回転トーループこそ着氷が乱れたが、最終盤まで高い集中力を保った。演技構成点は5項目全てで9点台(10点満点)。収穫は数多くあった。

「たとえ運が良かったとしても、ちゃんと試合で降りられた。サルコーの苦手意識が、少しでも薄れたらなって思います。今回はサルコーが跳べたこと以上に、それ以外をまとめられたことが、練習してきたことの成果。『試合を楽しむ』『挑戦を楽しむ』ことが、できた結果かなって思います」

メインコーチ不在で臨んだ今季は、5季ぶりにGPファイナル出場を逃すなど苦しんだ。だが、3月の世界選手権(カナダ・モントリオール)を前に、ランビエル・コーチとの二人三脚で明るい光が差し込んだ。

「ここ2年間、世界選手権もあまりいい演技、いい結果が残せていない。いい結果を望むことはない。男子はレベルが高くて、僕がすごくいい演技をして、表彰台に乗れるかどうかのレベルだと思う。順位よりも、まずは練習をしっかり頑張りたい。試合は楽しんで、笑顔で今回みたいに(氷上から)帰ってこられたらなと思っています」




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この演技にPCS(演技構成点)は、チャレンジカップだからこそ出ないんでしょうか。
この試合だからこそ忖度なしに出すべきだったと思いますよ。
これでも充分高いPCSかもしれませんが、他のトップ選手と比べてしまうとそうとは思えない程の演技でした。


世界選手権がコロナウイルスの蔓延でも開催されるのかどうか。
期待は高まりますが、選手の安全第一で!




STAR

オランダ、ハーグで行われているフィギュアスケートのチャレンジカップ。

男子シングルの宇野昌磨、田中刑事両選手は日本時間の午前3時〜4時からの演技スタート。

寝てから観るか、観てから寝るかの時間帯でしたが、寝てから観ました。



その前に、あのシブタニ兄妹の妹マイア・シブタニのニュース。

平昌オリンピックアイスダンス銅メダリスト、アメリカ代表マイア・シブタニ選手。
彼女のインスタには正直な気持ちが綴られていました。
早期発見で手術は成功したとのことです。
オリンピックから2年。ジムでのトレーニングを再開したとのインスタでの投稿が記事になっていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200221-00105446-theanswer-spo
『腎臓がん公表シブタニ妹マイアがトレーニング再開 「力強さ戻らない」も復活へ第一歩』
2/21(金) 15:03配信

あの優雅で美しいスケートが戻ってくると信じています。まだ 25歳。これからです。


さて、オランダはハーグで開催のチャレンジカップ。

キスクラがオランダ感を醸している気がする。
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YouTubeのライブストリーミングでずーーーーーっと現地の様子が観られるようになっていて、それはそれは素晴らしい。

あまりに長くて宇野昌磨選手の方が先に演技スタートなのにどの辺を観れば良いのか最初は見当もつきませんでした。
私の方も朝4時過ぎ起きでまだ寝ぼけていましたので、自分の部屋でタブレット視聴できるありがたさが身に染みます。

動画ならではの便利さで、適当に時間を進めたり戻ったりしているうちに、6分間練習らしき映像に当たりました。

さあ、リンクにイン。
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タブレットの小さな画面で画質も悪く目も悪いのでハッキリと顔がわからないのですが、リンクの中にあきらかに1人だけ違う種類の生き物が紛れ込んだようにグイングイン滑っている男子選手が見えます。

これはショーマでしょ。

動画の時間をちょっとだけ戻して見直してみましょう。

ショーマは『名古屋とシャンペリーでトレーニングしてマス』とちゃんと紹介されていました。

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観客は少なそうなのに、ショーマにはすごい声援です。
日本人ファンが駆けつけたのかと思っていたら、刑事君の時とはあまりに違うので(´༎ຶོρ༎ຶོ`)どうやら日本人ファンではなさそう。

長いYouTubeの動画で、ショーマのグループだけはずっと観ていたのですが。

久しぶりにあまり知らない選手たちの演技を観てからショーマの演技を観ると、女子シングルを第一滑走の選手の中継から順に観たトリノ五輪(夜中から朝までずっと観ていました)を思い出します。
トップ選手の演技を当たり前のように観ていると分からなかったことがよく見えてきて、この競技に本当に取り憑かれたのはこの時だったのではないかと思います。

髙橋大輔が当時の華やかな男子選手たち(ショーマのコーチが現役でした)の中で、アジア人男子選手として身長などの見映え的にも、そして多分当時まだ白人選手中心だったフィギュアスケートにおいて、人種的にも不利な条件下でもがいていた頃です。

あれからフィギュアスケートの勢力図は変わり続け、今はアジア人スケーターであることは珍しくも不利でもなく、ショーマはヨーロッパの大会でさえキラキラのスターです。

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宇野昌磨選手、チャレンジカップでのショートプログラム、冒頭の4回転フリップは柔らかい膝を存分に活かして最高の出来ではないでしょうか。
2つ目のコンビネーションがステップアウトして付けられず。
3Aの着氷も堪えていましたがいい感じに演技をまとめました。

ショーマがリンクを出ようとするやいなや、フラワーガールが元気よくリンクに飛び出して行きます。
最後の女の子が転んだので『あー!』っと思ったら、エッジカバーを外し忘れたらしく、彼女は転んだままカバーを外して入り口にポンポン投げましたよ可愛い〜。(でも危ないから)

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振り返って『大丈夫?』って感じのショーマ。

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リンクに戻ってエッジを拾ってあげるショーマ。

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フラワーガールは立ち上がり、夢中でショーマに贈られたお花の回収に向かいます。

宇野昌磨選手の笑顔と優しさに、観客席はバタバタと撃ち抜かれていったと思います。

が、親しみやすいショーマが、ここから『STAR』のオーラを一瞬で纏います。

ステファンの横顔とショーマのキラキラの威力が凄まじい。

全日本の時は会場の異様な緊張感でそれほど気にもしませんでしたが、このキスクラの華やかさは同じ場所に座る他の選手たちとは当たっているライトが10倍くらい違うんじゃ。

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ショーマのキラキラが半端ないのは衣装のビーズの数のせいだけじゃないよね。

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魔術師が手を上げるだけで呪文でもかけてる気がしませんか。

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ショーマ、今日のグレスピからワールドに向けて課題を抽出中。(に見えます)

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画像の数字が見えにくいのですが、多分ショートの点数は91.71。

やはりショートは僅かなミスも許されません。

魔法使いとその弟子は、リアクションがシンクロしていて面白い。

スクショが上手く撮れないまま、刑事君の演技を探します。

6分間練習にリンクインした時には『ケンジ・タナカ』呼ばわりされていましたが、

演技の時には『ケジ・タナカ』表記。でもちゃんと『ケイジ・タナカ』でコールされました。

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『HIP HIP CHIN CHIN』のステップは手が込んでいて濃密。
音楽に合わせるだけでも大変なプログラムです。この中にクワドを入れて演技する刑事君。
ショートは思うような点数ではありませんでしたが、フリーも頑張って。

それにしても、刑事君も目に華やかな演技をします。

ひと昔前を思えば、こんな日本人選手が世界で戦っている姿を見せてもらえるファンは幸せです。


ステファンのインタビューはこちら→宇野昌磨、世界選手権で4Lo投入へ 新コーチ絶賛「チェンでもできない」技術とは

ステファンのインタビュー、ショーマのエッジのスペックはこちら

https://the-ans.jp/news/105465/2/

宇野の凄さは「エッジの状態でもスピードを落とすことがない

 ルッツジャンプにも意欲を見せつつも、実際に取り入れる可能性を示唆しているのは4回転ループだ。


「実際、より綺麗にできるよう、4回転ループにさらに磨きをかけています。ループはエッジジャンプで、現在の一流選手を含め多くのスケーターが4回転ループを達成できていません」と現状に言及したうえで、「ただ多くのスケーターとは対照的に、ショウマは何とかエッジのスピードを手にできています。なので、速く滑ることができており、エッジの状態でもスピードを落とすことがないのです。これはネイサン・チェンでもできていないことです。個人的には、彼の身体的な大きさもまたアドバンテージだと言えるでしょう。バランス感覚をより容易につかめるからです」と完成へ向けて太鼓判を押している。

 宇野は全日本選手権では4回転フリップ、4回転トウループを跳んでいたが、世界選手権では新たな姿が見られる可能性が高そうだ。

 最後に宇野の今後について、ランビエール氏は「ショウマには独特な個性があり、感情を持っているので、熱のこもったスケートに強みがあります。ショートプログラムでも同様です。熱いエネルギーを持っている人物です」と絶賛している。

 世界選手権へ向けた最後の実戦チャレンジカップのショートプログラムは21日(日本時間22日早朝)。ワールドへつながる舞台で、どんな演技が見られるか楽しみだ。

(THE ANSWER編集部)




え?

チャレンジカップのフリーでは4回転サルコー跳ぶって言ってましたよね。

ループの完成度を上げてルッツを視野に入れて。

ちょっとシャンペリー。

もうそこ?

日刊スポーツ松本記者のTwitterから



全日本でレベルの取りこぼしは全部取り戻したし、次はクワドのテコ入れを本格的にやるところに来てるんですね。
3A4Tかあ。
ウィルソン姐とブラッシュアップしたのはサルコーのためだけじゃないの?

スイスのリンクでは魔法使いの杖が振り回されてバシバシイナヅマが飛んでいるのかもしれませんね。

キラキラのキスクラにうっかり騙されてはいけません。

ワールドまでとにかく怪我なく頑張ってください〜。


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シンクロする師弟。

『 she's always a woman 』

今はビリー・ジョエルだってAmazon primeで聴くことができるんですね。

ネットでニュース記事を読みながら音楽を流していると、この曲がかかるたびにどうも歌詞が気になる。

ビリー・ジョエル『She's Always A Woman To Me. (アルバムは"The Stranger") 』


男性にとって、翻弄されるタイプの。でもとても魅力的な。
そういった女性を歌っているのだと思っていたんですが。

NHKの朝ドラ『スカーレット』の川原喜美子は、別れた夫の八郎にとってこういう女だったのかもしれないなと、ふと思ったのでした。

笑顔で魅了し目で殺す。みたいな。残酷に傷つけるし信用できない。自分で稼ぎ、負けずに生きる。これは直訳じゃありませんよ。

この歌詞、文字で読めばそうでもないのですが、歌っている声をじっと聴いていると、八郎さんの顔が浮かぶのです。

『僕にとって喜美子は女や』

危険なほど穴窯を高温にして信楽焼の自然な色を出そうとする喜美子に、八郎は心配と不安の余りそう言いましたが。

喜美子は結局自分の道を選び、成功しました。

ビリー・ジョエルが八郎なのか、八郎がビリーなのか。

ひえーなんだこれ。

あまり色気のない感じの喜美子さんですが、八郎さんにとっては、こういう風に見えていたのかもしれないな、とか。

『スカーレット』は脚本家のオリジナルストーリーでモデルはいないと公式ではうたっています。

ならば、喜美子と八郎は『もう一度家族に』なったっていいわけですし、武志の未来だって断然ハッピーエンドにしたって良いんじゃないかって思いますよね?

もうすぐ稲垣吾郎さんも登場するそうですし、もうお願いだからこの家族には幸せになってほしいと切に願ってしまいます。


それにしても。

毎朝BSであの『おしん』に続いて『スカーレット』を観ている自分が。
とうとうビリー・ジョエルの歌にNHKの朝ドラを重ねてしまうだなんてびっくりじゃないですか。

で、最近では田中圭さんが『はるたん』とは全く違うことに今頃気がついて、ようやくイケメンセンサーが発動したせいか、『ゴチになります』を録画して観るようにさえなったのでした。

更に読んでいる本で言えば。

遣都君が表紙のTV雑誌には手を出さず、遣都の沼の波及効果で、遙かに遠い星野道夫さんのところまで行ってしまってます。どこまで遠い。

朗読劇のチケットは取れなさそうですし。

遣都の沼を斜めにしか進めない、迷走ニワカファンなのでした。





当たり前だがスイスのお山は夏でも寒いらしい

こんな下らない話を『宇野昌磨』カテゴリに入れるだなんて。

ほんと、ごめんなさい。

今日も何かと運の悪い私は、うっかり交差点付近で車線変更したところでねずみ取りに捕まった。
確定申告で戻るお金は警察経由でまた元に帰るってわけだ。

そんなことなら横断歩道でベビーカーから子供を下ろしてその子にベビーカーを押させて駅前の混んだ交差点を渡る親子の方がよっぽど危険じゃないか。(切符を切られた直後にこの親子が!)

とりあえず確定申告の混み合う会場に戻る前に昼飯だ。

いつも行くカフェで大好きなカレーを前にホクホクしていると、

『あら、もしやもしや』という高い声。

パーカーのフードの裏地にフューシャピンク。

いつもはお洒落なスーツなのに珍しい。パーカーを羽織った小柄な姿は、私の大好きな恩師だった。

70台になっても現役バリバリの研究者である彼女の講義は、社会人になってもたまに聴く機会がある。

『一緒にいいかしら?』

そう言って私の前に腰掛けた先生の胸と腕には、『2020 Youth Olympic 』の文字が。

Lausanneとも刺繍してある。

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『先生、スイスに?』

『スイスに行ったのは去年の夏ね。すっごく暑かったじゃない。ジュネーヴも暑くて、山の方に観光に回るっていうからそのまま軽装で行ったら、ちょっと登っただけで寒い寒い。で、このパーカー買ったのよ。』

うん、気楽に言うけど、あなたそれ、国連の会議に出た時の話よね。
確かにヨーロッパ回ってたね。
去年ってアメリカでの会議にも行ったよね。

でも、私の口から出たのは、

『先生そのパーカーの写真撮らせてください!』

だってそのユースオリンピックの冬季の。
鍵山くんが優勝したあれよね?

で、ジュネーヴは暑くても、とっても寒いスイスの山のどれかには、ショーマもいるのよね?
あ、今頃次の試合で移動してるかな?樹君の写真みたいにいつも眠そうな顔してるのかな?


恩師のパーカーですっかり脳内がシャンペリーに。

今からスカイプで何かの先生と何かの意見交換するからあなたもいらっしゃ〜い〜と誘う恩師の声が遠くに聞こえる。

『私、今からまた確定申告に行くので失礼します!』


そう言って、ウキウキとYouTubeでショーマのグレスピを流しながらハンドルを握る。

『スイスのお山は夏でも寒い』

どうでも良さそなスイス情報も、ショーマ砂漠のココロには、染みるほど美味しい気がした。



税金の憂鬱に疲れ果て家路に着くのは、それから数時間後のことだった‥‥。

さあ、ショーマの動画観て元気出そう。

今日の交通違反も、1点引かれるだけだぜ。



優しい世代

確定申告に行った。

税務署の職員さんはとっても頭がいいのか、単に私が馬鹿なのか。
何しろ根気強く1から教えてくれる。
この職員さんが30歳前後だとすれば、平成生まれの可能性もある。(あら、線引きしちゃった)

これがひと時代前ならつっけんどんに書類を突き返されて終わりそうだが、今は違う。
職員1人が同時に何人もの納税者をさばきながら親切丁寧だなんて、こちらはありがたいが、あちらにしたらどれほど大変だろう。


おかげで我が家の納税には第三の選択肢があることがわかり、税務署には出直すことにして、ランチに向かう。

平日なので時間に融通のきくメンバーで集まる。

私は行かなかったので知らないが、彼女たちが行ったイベントの話から、シェアハウスに暮らす若者グループの話になった。


「1日働いて帰って来てさ。寒くて暑い古家で。赤の他人がいるのよ。私ならいやだわ。あの子たちを批判する気はないけど。」

「信じられないわよね。わたしなら1人で部屋にこもりたい。家に帰ってまで人に気を使うなんてやだやだ。もちろん彼らはあれでいいんでしょうけど。」

「それにさ、シェアハウスっていっても、それぞれ彼女ができたり結婚したら、その時あの家どうするのかしら。」

総じて不評のようだ。

「今の子たちって、たぶん個室を早くから与えられて、1人で過ごす時間が多かったんじゃないかしら。で、核家族でしょ。大勢でわいわいっていう家族に憧れてるんじゃないかって思うのよね。」

「でもきっと、いつかは1人の方が気楽、って思うんじゃないの?」

「なんなのかしら、あの男の子たちの草食な感じ。お洒落で向上心はあるけど。育ちがよくて、欲がなくて、女の子とも仲良しで。なんかこう、ギラギラしたものとかやんちゃなところがなーんにもないのよ。」

なるほどね。こっちの方がよっぽどギラギラしてるよね。恥ずかし気もないけど。

「あんなにフワフワ優しい安全な日本男子で大丈夫なのかしら」。


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ランチとお茶が解散になって、マツキヨに寄る。

「携帯にアプリを入れるとクーポンでお安くなりますよ。お時間ありますか?」

いつもならめんどくさいことはしないが、今の私には時間だけはある。

アルバイトらしい女の子はこれまたとても親切にあれこれ教えてくれて、おかげで結構な金額が浮いた。

「私、大学生なんで、ちょっとでも安いほうがいいかなって思っちゃって。」

可愛いな。ゴリオと同じくらいかな。

丁寧にお礼を言って帰ってきたものの、優しい世代のふんわり感に、昭和の記憶がチクチク痛む。
優しくされるととても嬉しい。
でも、優しい世界に生きてこなかった私にとって、掛け値なしの「やさしさ」はいつも胡散臭い。

//////////

先週末も数人でお茶しながら学校の道徳が評価対象の科目になってしまったことを嘆いたばかりだ。

「道徳に正解も不正解もあるもんですか。」

「でも、実際あることになるのよね。」

まあ、ゴリオの時も、すでに道徳の授業には正解があった。

学校の中にはまぎれもなく同調圧力があり。
社会に出てもそれは変わらない。

平和に生きるために牙を持たないことは、正解なのだろうか。

『カズ・ヒロさんは「日本の文化が嫌になった」とは言っていない~訳されなかった重要な言葉』
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70479

第92回アカデミー賞の「メイクアップ・ヘアスタイリング賞」を受賞したカズ・ヒロさんの記事。

カズ・ヒロさんの受賞インタビューの中で、何故かきちんと日本語訳されなかった言葉があるという。

「too submissive」

「服従的」、「従順」。

それも過ぎれば人は成長できなくなる。だから日本を出たのだという。

今どきの若者が「従順」なのか、単に「優しい」のかはわからない。


少なくともシェアハウスに集う若者たちに関しては、昨今のドラマやアニメを見る限り、よくある設定ではある。

そこにいる仲間に見せる顔が本物かどうかは別として。

仲間がいることで、自分の立ち位置が安定する。

「君ってこういうキャラだよね。」

そうした他人の承認を得ると、人は安心するのだろうか。

承認欲求と同調圧力って、根っこは限りなく近いのかも。

でもね。

これ、スポーツにだけは持ち込んでほしくないな。




顔が変わるほどのストレス

冷え込む日本列島。

今人込みにはなるべく行きたくない。

駅ビルのエスカレーターの下。

気のせいか普段より互いに距離を取ろうとするかのように段々に並ぶ人々の昇り降りを眺める。

たまたまだったかどうだか知らないけれど、誰一人としてエスカレーターの手すりにも触れていない。

だよね。

とうとう我が家のマスクも切れ、布製マスクを検討中。
でも布製マスクだって自分で作らない限り、今は入荷待ちなんだそうだ。

小雪の降る中、仕方なくヒデキの病院へと向かう。

ヒデキは我が家のかかりつけ医で口は悪いが腕は良い。
今日も待合室は椅子が足りないほど混んでいた。


「あれ・・・・・。なんか楽しいでしょ?毎日、楽しいんじゃないの?」

この忙しい時にも、ヒデキに普通の問診はできないらしい。

「さあ。家にいますし。特別変わったこともありませんけど。」

「いやいやいや。顔が違うよ。声も話し方も。別人だよ、まるで。」

「それ、会う人会う人言われるんですけど。自分じゃわからないです。」

「雰囲気が柔らかくなったよね。
嫌な人がいる職場に行かなくていいだけで、人って顔つきまで変わるんだねえ。」

なんだこのテンション。
私は一応愛想笑いを浮かべるが、内心このへんでちょっとキレる。そんな話はいいから早く薬だけくれ。

「仕事辞めた時には嫌な人なんて一人もいませんでしたけど。」

これは本当だ。プレッシャーはあっても、職場の人間関係は人生で一番良かった。

「いやでもその顔。ストレスですよ、ストレス。だってずっと血圧上がってないでしょ。」

確かに家にいる分には全く上がらないどころか、下がりすぎて薬を減らさなくてはならなくなっている。
こんなことならサンクスツアーを断念しなけりゃ良かったと、激しく後悔したほどだ。

仕事が一番大変だった時と比べると、薬の数は5分の1。ヒデキが驚くのも無理はない。


//////////


帰り道。
ヒデキも焼きが回ったな、と思う。
一応ここに追記しておくと、「とってもきれいだ」とまであのドSが真顔で言ったのだ。
今までどんな汚い顔してたんだよ、私"(-""-)"

私が見違えるように元気そうに見えるのは、仕事から解放されたから、それだけじゃない。

肝斑にきくビタミンとコラーゲンサプリを飲んだ上にお肌にビタミンCを導入。
シワを伸ばすとかいう美容液をたっぷり塗って、ひときわ明るい色のファンデーションにおてもやんみたいなチークをパフパフしたからに他ならない。


あのヒデキでさえ、患者が元気になるのは医者として単純に嬉しいんだろうな。

めんどくさいのでヒデキの話を遮るように席を立とうとした時、一瞬顔を曇らせヒデキは言った。

「まあね、厄介なウイルスのおかげでこれから大変ですけどね。あれだってある種の風邪なんだけど。厄介だよね。」

この人たちこそ、前線で戦っているのだ。

ストレスなんて、やわなものではない。

働くって生きることだ。

生きていくって、大変なのだ。





『すきになったら』

『すきになったら』ヒグチユウコ/ブロンズ新社

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絵本の帯が、ピンクとブルーの2色ありました。

おまけなのか、一筆箋がページの間からヒラリと。

ヒグチユウコさんの緻密なタッチが、今回猫ではなく、ワニに、遺憾なく発揮されています。


もうね、お高い絵本ですが、これは買いです。

2016年初版で、3年の間に9刷を重ねています。

ヒグチユウコさんの絵と、言葉のひとつひとつが手を取り合って。

ひらがなって可愛くてセクシーだとか思います。

私はこれを読みながら、遣都の沼に落ちてからの自分の気持ちを思い返してしまいましたが。

ラストに近づくにつれ、『いやここまでは行かない!行かないから!』と自分重ねはやめました。

恋は病い。

こんな病いに、罹ってみたいですか?


私は嫌ですよ。

///////


いえね。

バレンタインに、今年はちょっと素敵な焼き菓子を夫に渡したら。

すっごく嬉しそうな顔をされてしまって、胸やけしたんです。

ごめんなさい。

愛っていつかは終わるもの。

そして違う何かが生まれるんでしょうね。






花形・力石・岩清水

今回は著作権に引っ掛かりそうなほど、個人の写真で一杯です。

コワイわ〜。



かつての漫画愛好家(っていうのか?)にとって、梶原一騎の劇画を毎週楽しみに読んだ記憶は輝かしいものだったのではないでしょうか。

私は『巨人の星』はアニメで、『あしたのジョー』は後半リアルタイムで漫画、のちにアニメ、『愛と誠』は第1回から漫画で読んだ記憶がいまだにあります。

梶原一騎原作のこの3作品、主人公もライバルも、なかなかの悲劇で幕を閉じます。
強烈に熱い劇画作品群でした。

わかるんです。男子のロマンというのも。
でも未熟な私にとってその暑苦しさがまっすぐに笑いと結びついてしまったところから、私のツッコミ担当人生も始まってしまったのでした。

まずは花形満
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言わずと知れた『巨人の星』の主人公星飛雄馬のライバル、イケメンおぼっちゃまです。
エリートスター選手でありながら、何故か飛雄馬の姉ちゃんに恋します。

こちらが星飛雄馬の姉ちゃん、星明子さんです。『家政婦だから見てる』んじゃなくて、これが明子さんのデフォスタイルです。
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私にとって花形のヘアスタイルとキザッたらしさはリアタイ世代ではないこともあって笑いを呼び起こすものでした。
スポーツカーに野球帽。野球帽の下は野球選手にあるまじき不思議な形の長髪です。
てか、そのマッハゴーゴーみたいなスポーツカーな感じ、なんとかして。

念のため、マッハゴーゴーのお兄さんはこちら。
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なんか、花形満って意外にいい奴な感じのライバルですが、そのいい奴な顔が見えてしまうために、飛雄馬圧勝の予感しかしないという。


力石徹
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彼はボクシングだけでなく、ジョーの恋敵でもありましたね。

うーん、恋敵という感じじゃなかったですっけ?
まあ、ヒロイン的立ち位置は白木葉子さんでした。
女の趣味悪っ!と白木葉子を見るたび思ってましたけど。何故あんな妙な富士額を!

知らない方のために。
妙な富士額はこちら。剃り込みか!
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アニメ版の白木葉子さんはもっと不気味なヘアスタイルです。


力石だって、何もジョーにかかわりあったりしなければ、それなりの人生だったのではないかと思うのです。
でも力石徹はめちゃくちゃカッコよかった。ジョーをスルーできないところに美学を感じましたよ。
力石だけはネタにできない何かがあったんです。それって何だろう?言葉にできないけれど。
ストイックさに男女問わず惹かれるんでしょうか。
↑これはやっぱり死んじゃったからかなのか?力石の死の衝撃があまりに大きかったからか?
主人公のライバルとしては最高に永遠にカッコいい。


そして「愛と誠」の岩清水弘
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あの有名な「君のためなら死ねる」は今思い出しても最高でした。
あ、一応彼も主人公太賀誠の恋敵でしたが、岩清水君に至っては、なんというかもう、ストーカーと言っても過言ではない、圧倒的なお笑い担当でしたよ私の中で。恋敵としては最弱だったと思いますが、愛の強さにおいては最強の理屈っぽさでしたね。ああ、今こんな人いるのかしら?
あ、昔からいませんね、こんな人。
さあ、その岩清水弘を、あの斎藤工さんが演じたのが、2012年版映画「愛と誠」ですよ。

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『君のためなら死ねる!』

1970年代に人気を博し、西城秀樹主演で映画化もされた梶原一騎原作の同名コミックを、「十三人の刺客」「クローズZERO」の三池崇史監督のメガホンで新たに映画化。

主演は妻夫木聡と武井咲。

1972年の新宿。
良家の令嬢・早乙女愛は、幼い頃に危機を助けられた少年・太賀誠と運命的な再会を果たす。札付きの不良となっていた誠を更正させようと献身的に尽くす愛は、誠の後を追って不良の掃き溜めといわれる花園実業に転入。

誠が心を通わせていく由紀や、愛を追いかけて花園にやってきた優等生の岩清水、スケバングループのガムコら、それぞれの思いが交錯し、やがて学校全体を巻き込んだ大乱闘へと発展していく。

https://eiga.com/movie/56814/  映画.comより

2012年版『愛と誠』は、なんと昭和歌謡を歌いまくります。
始まって軽く1時間は呆れてものも言えず、ただ驚いて笑うしかありませんよ、正直。

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ところがです。

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笑っていられるのは「狼少年ケン」を歌う座生権太(伊原剛志)まで。


暴力シーンはともかく、ガムコが出てきたところで、私の脳裏にはあの劇画『愛と誠』の血生臭く凄まじい執着に似た愛と憎しみのどろっどろの記憶が立ち上がって来たのでした。
ガムコ役の安藤サクラさんの、全く原作漫画とは違うビジュアルにも関わらず。

こちらが本家ガムコさん。
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昔は大嫌いでしたが、映画で見直して改めて、ガムコの純情と、『また逢う日まで』(尾崎紀世彦のですよ)を歌って去って行くシーンに胸打たれるんです。

これは安藤さん、上手い。
ガムコの中の純粋さとある種の誠実さ(お馬鹿さんなりの誠実ですが、安藤さんが演じると汚くならない)をきちんと読み取って演じているからガムコがいじらしくなるんだと思うんですよね。


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この映画はリアタイ愛と誠世代が観ても最後にうっかり感動してしまう不思議なタイプの映画。
最後のシーンで出会う自分の感情に驚きましたよ。
だってあの妻ブッキーが額にキズの誠ですよ。

昭和歌謡ミュージカルシーンに『うがあああ!』と叫んで悶絶したい方にはイイかも。

で、感動ついでにふと懐かしくなって、岩清水君の盟友、花形満と力石徹を偲ぶのも、また一興なんです。


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画像検索で見つけたこの表紙。
そういえば昔持ってました。コミックス全巻。
こういう本を全部処分して結婚したんですよ。
勿体ないことをしました。

『愛と誠』の2人のビジュアル、今見ても良いですね。

これだけは実写化しても再現は難しいと思います。

だって、もみあげがこんなに長いイケメンって‥‥いる?




『日はまた昇る』

『日はまた昇る』アーネスト・ヘミングウェイ/集英社

小説にジェンダーは関係ないと言いたいけれど。
やっぱりあると思う。

この本は、というか、ヘミングウェイの小説は、やはり女性向けではない。

昔の名作って、ミステリでさえネタバレしてしまっているので大体結末の予想は付く。

この本に限っては、それでもこのテーマをどう完結させるのかという興味に惹かれて読んでいるわけだけれども。


第一次世界大戦後のパリ。
戦争で心身ともに傷つき、それでも何故か母国アメリカから戦地だったヨーロッパへの郷愁に舞い戻る若者たち。
洒落た酒場、カフェで過ごす無為な時間。
作家と英国の貴婦人(という名のビッチ)。
アメリカ人の主人公と彼の友人たちはパリからスペインの山岳地帯を抜けてフィエスタの闘牛場へと向かう。
祭りの熱狂。人いきれ。
闘牛士の誇りはアスリートのそれととてもよく似ていることに気が付く。
男と女。老いと輝くような若さ。
持てる者と持たざる者。
コントラストの効いた配置に、読み手の気持ちもジリジリと追い詰められていく。


私は女で。戦争を知らず。
ヨーロッパに生まれてもいず。
パリにもカフェにもお酒にも、スペインにも釣りにも闘牛にも興味はない。
そして色恋沙汰にも。
よってこの小説とは何の接点もない。

数十ページ読んでは寝落ちし、目覚ましにコーヒーを入れてはまた読み進め。
なんでこんなくだらない話を延々と描くのだろうと思いながら、段々と作者の手に囲い込まれている。
構成が巧みなのか単にくどいだけなのか。
最後まで読むともう一度主人公の気持ちを確認しに、最初のパリに戻るしかなくなる。

闘牛場にいる去勢牛のくだりは切ない。
ここをセンチメンタルに陥らせないところは流石。
フィエスタの熱狂から醒めて、現実がくっきりと見え始める。

主人公が愛した女ははじめこそ魅力的だが、途中から薄汚く見えてくる。
闘牛士ロメロの美しさと純粋さとの対比があまりにも鮮やかだからだろうか。
ヒロインのブレットは、女にとっては最悪の友人。
男にとってはミューズ。
私はこのタイプの女をよく知っている。女子校は女のサンプルだらけだった。

今となってみれば、そこも含めて、結局は彼らの苦しみさえ愛しく思えてくるのだから、不思議なものだ。


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昨日、友人のさっちゃんから動画のURLが送られてきた。

ミスチルの「Your Song」のミュージック・ビデオに出ている林遣都君が可愛いと言うのだ。

もちろん観ていたので、ありがとう、と返すと。

「若いって、いいわね~~~。。。。年寄か!?」

そう来た。

さすがさっちゃん。

私には彼女の気持ちがよくわかる。

輝くばかりの若さを観て初めて、私たちは自分の老いを客観的に知るのかもしれない。



訳者の佐伯彰一氏による解説を読んで、答え合わせをする。
ヘミングウェイの晩年。ことに最期について。彼にとっての「若さ」とは何かについて言及している。
なるほど。
初期の作品には作者のほとんどすべてが詰まっている。

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さて、「日はまた昇る」のスペイン旅行の描写を読みながら私が何を考えていたのかというと。

椋鳩十はスペインの山にあこがれ、山賊になりたいと願っていたという。
坂口安吾は大陸の馬賊にあこがれたそうだ。

賊になるには徒党を組まなくてはならないだろうに、何が彼らをそんなに惹きつけたのだろう。

憧れは想像力の限界を越え、妄想世界に足を踏み入れる。

作家の原動力って、その辺にあるのだろうか。


恋愛小説ってなに

先月の読書会でのことだった。

終了間際に次のお題を主催者が言い渡した途端、そこにいたメンバー全員が浮かない顔をした。

「来月のテーマですけど、今度こそ【恋愛小説】でいきましょうよ。せっかくのバレンタインなんだから。」

こちらの読書会は毎月決まったお題に沿って、各自がおすすめの本を持ち寄り紹介するという気楽なものだ。


がしかし常連メンバーは一筋縄ではいかない。

ミステリが好きなおじいちゃんはいついかなる時もミステリを持ってくる。
SF好きな青年は、「絵本」の回でさえ「SFっぽい絵本」を紹介して皆をあっと言わせた。
詩と俳句と短歌の女性は「今年出版された本の中で一番おすすめしたい本」の時も新しい詩の本を携えやってきた。
昨年専門書を出版した女性は常に新しい本を紹介してくれるが。
ファンタジー専門の女の子はファンタジー系の回以外は出てこない。
そして私はといえば、毎度へんてこりんな本に持ち時間の5分すべてを使って語り倒すのだ。

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「ほんと、うちの読書会に来る人たちって、みんな超変わってるのよね。」

書店の女性店主は本人を目の前にそうため息をついた。

次の読書会で紹介する本をどうしても決められない私は、書店の「相談コーナー」の椅子に座って女性店主の素敵なスーツに見とれていた。
彼女が主催者なので、ここに相談に来るのは最後の手段だった。

品があるのに気取らない彼女は人気者だ。

「で、今日は何をお買い上げくださったの?」

私より七つ年下だが、会うたび彼女とは人間としての格が違う気がする。
そのせいか私は自然と敬語になり、彼女はため口だ。

私がこの書店に通うのは、「なんでこんな本がこんなところに?」という驚きが必ずあるからだ。
古本屋にも図書館の開架書架にさえ今更置いていないであろう本が不思議と私の袖を引っ張る。

今日買ったのは星野道夫さんと忌野清志郎の本だった。

「恋愛小説、やっぱり選べないのね。」

だからこうして「相談コーナー」で相談しているんじゃないか。

あの本もこの本も、実は恋愛小説だよね、という話をひとしきりした後、彼女はにっこりと笑って言った。

「実はね、今度の読書会、まだ一人も参加申し込みがないのよ。さすがでしょ?」

・・・・・この読書会のメンバーは、なぜなんだろう。
恋愛小説を読まないメンツ。でも「ヲタクに恋は難しい」ならきっと読むメンツ。

ふと今読んでいる「日はまた昇る」は、もしかしたら恋愛小説じゃないかと気が付く。

どうりで退屈なわけだ。

ところで、私が最後に認識した最愛の恋愛小説は山田詠美の「ソウルミュージック・ラバーズ・オンリー」。

あれからもう30年以上が経つ。


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好きな本は出版社が変わり表紙が変わるだけで書い直す。
恋愛は、読むものじゃなくてするもんだ。

ひな壇芸人の国

アカデミー賞の話題であちこち賑わっています。

この動画は、文字通り、「明日にはみんなこのスピーチの話をしているよ。」

素晴らしいスピーチでした。



ホアキン・フェニックスのこのスピーチの詳細は英語と日本語でこちらに文字起こししてあります→
https://www.elle.com/jp/culture/celebgossip/a30846239/2020-92nd-academy-awards-joaquin-phoenix-best-actor-speech-so-touching-200210/

「僕は自己中で冷酷、一緒に仕事なんかできそうもない奴だった。」(意訳)
そんな僕にセカンドチャンスをくれた。

前半の差別や環境、動物愛護に対する持論まではそこそこ斜めに聞いていたのですが、後半、それまでの彼自身について言及したときはさすがにグッときました。

「ゴールデン・グローブ賞」のスピーチでも彼は似たようなことを言っていますが、Fワードの連発で、
司会のイギリス人コメディアンのリッキー・ジャーヴェイスにオープニングでこう言われたそうです。

「今夜もし受賞したなら、この場所を政治的なスピーチをする場に使わないでくれ。君たちは何に関しても人々に説教できる立場にない。君らは現実世界のことなんか何も知らないんだから。君たちのほとんどは、(17歳の環境活動家)グレタ・トゥンベリ以上に学校で過ごした時間が少ないんだから。もし受賞したら、舞台に上がって、小さなトロフィーを受け取って、エージェントと君の神に感謝して失せるがいい」

https://www.cinematoday.jp/news/N0113296
痛烈で、残酷ですね。
こんな世界で生きているからこそ、アカデミー批判もするホアキンのスピーチは人の心を打つのではないかと思います。
だって彼の言う通り、他にも賞に値する俳優や作品はたくさんある。でも日の当たる舞台に立てるのは限られた人だけです。

ネットではオスカーなどかすりもしない日本の現状に、『だから日本は・・・』という論調も多く見られますね。
メイクアップアーティストのカズ・ヒロさんのインタビューへの反応にもそれが伺えます。

日本映画は(林遣都さんの)沼の住人になってから真面目に少しずつ観ているのですが、こうして一人の俳優を追って日本映画を観る分にはとても良い映画もあると思うんです。

でも沼から出てみれば。
いつも思い浮かぶのは

「ひな壇芸人」

ワイドショーのコメンテーターだってある意味そうですよね。
壇が1段なだけで。

私はあの雛壇に座って大騒ぎする人たちには耐えられない。

今の日本のテレビ、ドラマ、映画に共通する印象は、あくまで個人の感想ですが、

「内輪受け」

これに尽きます。

観る側も同じ。

テレビの前で俳優のスキャンダルに腹を立てるのは良いのですが、つくづく「スターの不在」を感じます。

昔の大物俳優にはどれだけ家庭を破壊しまくろうとも、芸にものを言わせて黙らせる度量があった気がします。

スター不在でスタッフがちまちまと「内輪受け」する映画を撮る。

内輪受け作品には一定数の需要がありますし、とても良い作品だってある。

問題はその「内輪受け」が日本を代表してしまうところにあるんじゃないんでしょうか。

雛壇に座ってやんやと言うだけの関係者が、丸腰の俳優たちを使って自分たちの内輪だけで面白いと思う映画を作り続ける以上、確かに日本の映像はもうB級に徹していればいいんじゃないのかと思わないでもありません。

あとはアニメで勝負。

局とスポンサーが幅を利かせると途端に映像の質が落ちてしまうところも残念ポイント。

コンテンツを粉々にするテレビの功罪。

映像作品のみならず、スポーツだってそうでしょ?

四大陸のフリーでは、とうとう黄熊まで削って放送しましたよ。

「印象」でそのスポーツの面白ささえ自由自在になると思っている。

そんな局が主導することの多い映像作品に、オスカー級を望む必要もない気がします。





ひとり息子

昨日の「スカーレット」109話では大学に行った筈の武志が、今日は卒業して信楽に帰って来たというからびっくりしました。

旅立っていく武志の「ありがとう」に朝から盛大に流れた涙を返して。

「スカーレット」は【クライマックスよね、ここ】、そういうところをさっくり割愛するので、「あ、そう。そうなのね。」と観ているこっちがなんか勇み足みたいな恥ずかしさを覚える朝ドラです。

お母ちゃんのマツさんの大往生にも驚きましたよ。それ「矢吹丈」か。

そして今日は10数年ぶりだという久しぶりの八郎さんと喜美子の再会でした。

まあ、シリアスにばかりなると苦しいので面白いの入れとこ、というのはわからないでもないんですけど。
何しろ俳優二人の演技がいいので八郎さんに「ハックション」は蛇足かと思いましたよ。

それにしても武志役の伊藤健太郎さんは、画面に出てくると主役級のオーラですね。

てっきり女流陶芸家の話だと思って観てきましたが、どうもテイストが違う。

朝ドラマラソンにおけるラストスパートは武志に託された感があります。

そもそも地上波ドラマを普段ほとんど観ていないわけですから、私がこの先沿道から応援し続けられるかどうかは遣都の沼次第。
できれば完走を見届けたいんです。がんばれ武志。






ところでうちのひとり息子ゴリオは、2年間の一人暮らしを終えてもうすぐ家から大学に通うことになります。

怪しいほど美しいセンパイからのルームシェアのお誘いをあっさり断り、車通学を選んだのですが。

一般道なら一時間、有料道路でも40分近くを車で走らなくてはなりません。

いくつになっても「生きるか死ぬか」みたいな心配があるのはうちだけなんでしょうか。

生死の中には肉体的にもですけど精神的な生き死に、というものも含まれていて。

ひとり息子だからこそ余計に、距離感が難しい。


息子が帰ってくる。
とてもじゃないけどそれを素直に喜べない、春間近。








『翔んで埼玉』

最悪だった四大陸選手権の地上波視聴のついでに、何やら沢山映画賞を貰ったらしい(まだノミネートだけ?)「翔んで埼玉」を録画して観ました。

最初から最後まで数分おきにやってくる笑いの波。

B級をAの脚本とドストライクな俳優陣でやるとこうなるんでしょうか。

あの少女漫画雑誌「花とゆめ」に魔夜峰央が連載していた時代の漫画界隈。
BLというジャンルと宝塚の取り合わせからの腐女子の萌芽、そして関東圏以外の地方民までが埼玉を認識するようになった漫画ではありました。

少女漫画と言えば集英社一択でしたが、『パタリロ!』を読みたいがために白泉社に手を出したという後ろめたさが余計に魔夜峰央の存在価値を私の中で高めていました。

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映画化された「翔んで埼玉」は、まず配役の勝利でしょう。

この俳優さんを見るたびに魔夜峰央キャラを思い出すので、ご本人がこの映画に出てきた時には心の中で拍手喝采でした。
わかってる!
Z組の生徒役、加藤諒さんですよ。個性的で華があるんです。この華が、魔夜峰央キャラと被ってくるんですよね。
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画面にキャラクターが登場するたびに笑ってしまいました。
昭和感が半端ないのに全く古くないのがすごいです。

リンクはしてません→漫画『翔んで埼玉』のヤバい名言ランキングベスト15!豪華キャストで実写化
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/6693

こちらの記事、とても面白かった。
懐かしい魔夜峰央ワールドを紹介してくださっています。

二階堂ふみさんの壇ノ浦百美(だんのうらももみ)役。
魔夜峰央キャラの再現率90%以上。
思った以上に良かったですよ。

麻実麗(あさみれい)役はGACKT。
この映画、GACKTでなければここまで面白くはならなかったと思うんです。
最高のリアル魔夜峰央ワールド。
この『匂いで街の名を当てる』シーン。『芸能人格付け』の絶妙なパロディになっていて、GACKTさんがご本人よろしく演じているのが面白い。
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武田久美子の東京都知事夫人、これこれこの感じです。
おフランスで空虚な美貌と年下好き。もう出てきた瞬間笑った。
中尾彬との夫婦役もほんとぴったりです。

伊勢谷友介の「千葉解放戦線」リーダー役。
伊勢谷さんはその昔、超意識高い系イケメン俳優(個人の印象です)でした。
その彼の振り切った怪演だから面白いんですよ。

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そして埼玉デュークの京本正樹さんですよもう。
この役こそ彼しかいない。
GACKTを凌ぐ長髪カツラが似合う男は、京本さん以外にいないでしょ。

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埼玉と千葉の合戦で、ご当地有名人対決みたいなシーン、最高でした。
『反町隆史と竹内豊』。実にいいところをついています。
彼らのドラマ、『ビーチボーイズ』のあの突き抜けたオシャレ感。
私は当時からあれを面白いと思って(カッコいい素敵じゃなくて)観ていましたので、これを笑うところに使ってきた監督に1票入れたい。
しかも対決のラスボスが『家政婦は見た』の市原悦子さんです。

ラストはオリジナルなんでしょうか。
これはなかなか深いと思うんですね。
埼玉のような郊外型生活の良さがじわじわ日本中に広がっているのは考えてみると事実で。

それにしても、このタイプの映画が賞を獲る。
それが良いことなのかどうか、なんとも言えないところです。
個人的にはこの映画、実はAなB、という感想です。

埼玉をこうもdisることができるのも、今や別にダサくない県だからじゃないでしょうか?


この道はいつか来た道

このみちはぁ〜いつか来たみ〜ち〜。

嗚〜呼〜そうだよおーお。



っふううううううううっ。

すっごい既視感にぐうの音も出ません。

この道はいつか来た道。
そして、至極見慣れたやり口。


久しぶりにガッツリとプロトコルを見ずにはいられませんでした。

特にカレン・チェン選手。

素晴らしい演技でした。

今回開催国の選手を上げるために、アメリカ女子は割りを食った感じですね。

カレンちゃんの刺され方にはびっくりですよ。


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演技終了直後

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審議中1つ

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終わってみればこのプロトコル

演技終了から点数がだだ下がり、なんと技術点8点余りを差っ引かれました。

一方のカレンちゃんの上に来た某国選手のエッジエラーには僅かながら加点。

実際の演技と差っ引かれ方の剥離、他の選手との整合性の取れ無さに思わず。

『やりたいこと、やったもん勝ち』と、忍たま乱太郎を歌ってしまいました。
で、『100パーセント勇気』を出してこうやって書いているわけです。

はい、もうこの辺、わかる方はわかって下さると思いますので説明無しですよ。


この出来試合でも紀平さん、優勝できて良かったですね。
TV的にあのインタビュー、言わされたんでしょうけど、完全に上げに上げられた2位の選手と同等の扱いでした。

坂本さん、樋口さんが其々4回転、3Aに『挑戦できて良かった』と言ったのも、本来この試合がそのような試合だからでしょうよ。
それがウジにかかれば大した国際試合になるんですもの、こりゃ大変。



エテリ組には世界選手権で思い切り殴り込みをかけて頂きたい。

小細工しようのない、ねじ伏せるような強さで。


絶対に転んではいけないショート

四大陸選手権男子シングルSP。

ほぼLive中継ということで今日も地上波で観てしまいました。

以下個人的な感想ですので、書いている選手はかなり偏っています。

ほとんど転ばない演技が続いたショートでしたね。
20分程の時間のロスは短い方だったんでしょうけど、せめてハン・ヤン選手は映せよ、と始まりからオラオラしてしまいました。

気を取り直して。

鍵山優真選手、シニアの大会で素晴らしい演技でしたね。
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彼が良いのはスケーティングやスピンなどの技術の高さ。

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真央さんだと扇情的になるこのスピン、鍵山君のもすごく好き。

あのフワッと跳ぶクワド、柔らかい着氷。好きなタイプの演技です。
そしてエンターテイメント性ですよ。胸を開いて肩から肘を柔らかく使えるのは強みです。
全部。全方位良いですよね。
タケシ先生が嬉しそうに解説するのが耳に心地いい。
PB更新とはいえ、演技内容に対して点数は抑え気味でしたが、これから確実にトップ選手の1人になる筈の選手だと思います。フリーも楽しみです。

さてこの大会の雨男子。(アメリカの男子選手の意)

樋渡知樹選手のコリオ、素晴らしかったですね。
とても個性的で楽しくなる演技です。どうやら樋渡君にかかる重力も軽めのようで、衣装もですが、所々ネイサン並みの魅力を発揮します。

同じくアメリカのカムデン・プルキネン選手。デニス・テン君に捧げる『カルーゾ』。
しっとりした演技はランビの振り付け。泣けます。テン君を思ってくれてありがとう。
雨男子、なかなかやりますね。

ついでにここに書いておくと、ジェイソン・ブラウン選手。
今日プーの大群で荒らされた氷が当たったのは彼でした。ゴミ拾いしてからのスタート。
クワド無しで100点超えのナショナルに続いて、四大陸でも94点台に乗せてきました。
彼にとってこのやり方は決して間違いではないと思うのですが。
でもステップはレベル3。完璧だから点が出るって言いますけど、決して完璧じゃありませんからね。
ロヒーンさんの振り付けも素晴らしいんですよ。
高笑いする隣のB嬢がいけすかないのでキスクラGOEはマイナスに決まってるんです、私の中で。

さあ、友野一希選手です。衣装の上部のくすんだピンクはいいんですけど、この首回り、どうなんでしょうね?
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フィリップ・ミルズさんの振り付け『The Hardest Button to Button』。
これ、曲もコリオもとても好きなんです。
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こういう一瞬、胸からしっかり開いて肩を効果的に、肘まで使えるようになったら言うことないんだけどな。

個人的にショートで歌詞入りの音楽は好きではないので(なんか煩いんです)、こういう音楽の使い方は大好き。
4回転2本も決まって素晴らしかったです。
スピンとステップのレベルが勿体無いので全部レベル4で揃ってくると嬉しい。


最終グループ。

キーガン・メッシング選手は本当に素晴らしかった。
足の裏に滑る吸盤でもついていそうな、氷に吸い付くスケーティングはさすがカナダ選手。
思ったより点がしっかり出て驚きました。この情緒ある演技は今シーズンの彼ならでは。
こういう演技に演技構成点をこれだけあげられるのなら、いつもそうしてくれると良いんですけど。
それでもショート4位は厳しい。
誠実そうなメッシングさんの隣で往年のロッカーというかプロレスラーというか、そんな雰囲気の長髪のコーチが微笑む姿には、キスクラ加点をあげましょうよ。(注:キスクラ=演技後に選手がコーチと一緒に座ってる所。ここに加点はつきません)

ボーヤン・ジン選手。
ジャンプの着氷が乱れはしましたが、おかえり、ボヤン。
ボヤンの今シーズンのショートはね、切なげで素敵なんですよ。
『First Light』は歌詞入りですが、このプログラムは成功だと思います。
4回転ルッツ3回転トーループ、コンビネーションにして頑張りました。

このブログ、全くスケート関係では無い方もいらしてくださるので興味は無いと思いますが一応書いておくと。
今現在4回転ルッツはフィギュアスケートの単独ジャンプで1番基礎点が高い難しいジャンプ。(の筈ですけど、もし違っていたら教えて下さいね。私の記憶はいつもあてになりませんの。)
ボヤンはこれに3回転をつけて連続ジャンプにしたんです。
これでクワド(4回転のことですよ)無しのジェイソンと5点余りしか変わらないとは、加点って怖いわ。
ボヤンだって全てのレベルはしっかり取れてますし、何なんだ、この流れ。

完成度を高めた演技が認められるのはいいんですけど。

だったらロシアを抱えた女子シングルの方が余程過酷な競技ですよ。

正直言って男子が4回転跳び損になっちゃお終いじゃないの?
と、ちょっとだけ思ってしまった男子ショートでした。


あなたの知らない競技

昨夜のフィギュアスケート四大陸選手権。

放送開始からたっぷり1時間過ぎてから録画中のあの放送局にチャンネルを合わせると。

どうやら女子の演技はその辺からようやく始まったところだったようで。

え?それまで『女子シングル』にも関わらずナニヲ放送してたかって?
いや観てないので知りませんけど。

相変わらず安定の独特の仕様になっていたようです。

2Aをべた褒めしている荒川さん解説がツボですよ。

昨日の女子シングル、やれ3Aだ4回転に挑戦だとか言いながら、以前の放送ならあんなに凄技だった筈の3ー3コンビネーションの質が選手によってはそれほどでもなかったせいか、やたら2Aを褒めるのがもうwww

1番困るのは実況と解説にバイアスが掛かっていることで本来の技の難度や演技のクオリティが観ている側に正確に伝わらないことです。
競技をよく知らない人や世代がこんな中継を観ていたら、まず開催国が『フィギュアスケート女子の強豪国』だと思うんじゃないでしょうか。

『あの着氷に回転不足つかないばかりか加点て‥』って思って観ていても、『素晴らしいジャンプっ!』って荒川さんが言えば『そうなんだ』って、お茶の間は思いますもんね。

そこ狙ってやっているんでしょうけど、競技、駄目になっちゃいますよ。

そしてあのヨナキッズwww

ここは何ですか笑うところですか?
せめてキッズは進化してると言ってあげて。

それにしても。

フィギュアスケートはアイスダンスもペアもあるのに放送されないことが当たり前で。
女子シングルのフリー、そして多分今夜の男子の放送だってライブにも関わらず競技中の選手の演技は半分も放送されないだろうと思われます。



選手たちが一生懸命で良い演技をしていることが、やがて悲しき四大陸。



令和の「おしん」には信作がいる

「スカーレット」106話「炎を信じて」

今日の信作
「信楽のブルース・リーがきたで」

ブルース・リーの真似したり、頭に粉チーズを振りかけるふりをしながら喜美子の家から帰ろうとして、振り返りざまの変顔。
もうあれは一芸ですね( ̄▽ ̄)
とは言いながら実際の林遣都さんの年齢を考えると、あの演技は驚き以外の何ものでもありません。
おどけるおっちゃんの、もう『カワイイ』ではない年齢の、父親になった信作のその暖かさ。
15歳から笑わせ担当のおっちゃんまで、1人の二十代の青年が演じていくんですから、しかもあの美しさを封印して。


「年々ひどなってんな」
きみちゃんのセリフも含めてアドリブかもしれませんが、このひと時がなければ、「スカーレット」は中々シビアな物語です。

「喜美子陶芸作品 神山清子」

オープニングのその文字を見て、喜美子のモデルになった神山さんの物語を思い出していました。

ドラマの中で「めでたしめでたしの話」として回想シーンを語る時に喜美子が手に取るのが、「自然の色・自然釉」で生み出された生命力あふれる神山さんの陶器です。

「緋色のマドンナ」/那須田淳
この本によれば、神山さんは早い段階から出品した作品で次々に賞を取っています。
穴窯そのものを作り直したり、離婚後の困窮した生活は想像を絶するものでした。
その中でこんなに複雑で美しい作品を生み出していたのかと、テレビに映る陶器の艶と色を一時停止で眺めてしまいました。

ドラマでは夫の八郎さんがいい人過ぎて喜美子の陶芸への情熱が唐突に思えますが、実際のところこれって芸術家の物語なんだと思うんですね。ただその天才が女性だったというだけで。

この本に描かれた神山さんの人生は実に骨太で。
本にも写真が載っていたのですが、彼女の作品は型にはまらない伸びやかさそのもののようでした。

BSで朝7時15分から「おしん」の再放送があるので、このところ毎日のように「おしん」を見た後に「スカーレット」を観ています。

個人的な感想ですが、今見ると乙羽信子さん演じる「おしん」は、本当に嫌な婆さんですよ。

こんなに嫌味ったらしい台詞満載のドラマの何が楽しくて昭和の日本人は毎朝「おしん」を観ていたのか(私は小林綾子編しか見たことなかったので)すごく不思議です。

昭和の女性の物語に、信作・百合子はいないのです。

それは癒しとか息抜きとしての存在ではなく、リアルに釜焚きを支える家族やお母ちゃんのユーモアや、八郎と武志の手紙を取り持つ信作の思いやりだったり、そういったもの。

令和の「ヒロイン」には信作がいる。

私たちの周りにも信作がいたら、もっと楽しい人生なんだろうなと思わずにはいられないのでした。

福は内

今日のツイッターでもトレンド入りしているらしい#林遣都さんですが、画像、動画とも溢れていますね。

成田山で「チームスカーレット」が豆まきをした様子が、つべにも上がっていました。
幸せを今日もありがとう。


遣都君は体幹でも鍛えているんでしょうか、微動だにしない立ち姿は堂々としていましたね。
キラキラの粉を振り撒ける人は限られていると思うのですが、その時期もまた限られているものかもしれません。
遣都君は今まさにそのゾーンに入っているのだと思います。

先日映画「グッドモーニングショー」がCSで放送されていましたので観てみましたが。
私、この映画を観るのが3回目くらいなんですね。
遣都沼に入ってからは初めて観たのです。

見直してみてびっくりしましたよ。映画全編通して遣都君はたくさん映っているんです。
でもこれまでの2回、気が付きもしていませんでした。
どうやら私にはイケメンセンサーが付いていないらしく、長澤まさみさんばかり見ていたようです。

レビューを見てもあまり高評価ではないのですが、この映画とてもよくできていて。
テレビ局側から見る一般視聴者の浅ましさ、怖さ、大衆意識、諸々突き付けてくるのです。
さすがフジ系君塚良一監督です。
視聴者をどう見ているか、とてもよくわかりますね。

アメリカ映画「マネーモンスター」と比べても、私はこちらの映画が楽しめました。
基本コメディーが好きだからかもしれません。

テレビのワイドショーの制作現場がメインのドタバタ劇なんですが、制作側から見ると視聴者なんてこんな風なんだろうなというギラっとしたナイフが所々差しこまれてきます。

カフェで濱田岳さん演じる立てこもり犯に指名されてガチガチの防護服に身を包んだ澄田キャスター(中井貴一)が生放送中に現場に入る羽目に陥ります。
キャスターとしてトラウマになるほどの批判を浴びた過去、同じワイドショーのキャスター(長澤まさみ)の無茶苦茶なアプローチ、大学生の息子の彼女の妊娠、番組の打ち切りなど、問題山積の主人公澄田。

立てこもりの現場に彼が入る代わりに高齢男性が解放されるのですが、こんな緊迫した状況なのに入れ替わりざまにその男性、澄田キャスターに何の悪気もなく言うのです。

「いつも見てますよ」

視聴者あるあるですね。

中井貴一さんは何かと巻き込まれがちな中年キャスターの悲哀が面白いし。
立てこもり犯濱田岳さんも、ボタンの掛け違いでこんなことをしでかしてしまった普通の青年で。
長澤まさみさんは綺麗だけどちょっとおかしなキャスターを、これが素なんじゃないかと思うほど怪演しています。
吉田羊さんの奥さん役がとても印象的で、吉田さんのシーンが入ることでダレずに観られる気がします。
私の好きな松重豊さんは強面の警察官ですし。

そこまでは私も以前見たときには認識できていたんです。

で、映画の主な舞台であるテレビ局のまさに真ん中で、報道部のディレクターとして頑張っているのが遣都君でした。

どうして今までこの青年がキラキラの人だと気が付かなかったかな。

今日の「チーム・スカーレット」の4人を見ていて、つくづくブレーク前と後ではキラキラの具合が違うのかもしれないと思いました。4年も経てばこんなに人は成長するのかと驚くほどです。

いや、やっぱり単にセンサーが付いていないせいか見る目がないせいかも( ;∀;)

キーボードが恋しいの

タイムセールのお知らせがAmazonから届く。

早速サイトに飛んでノート型パソコンとタブレットPCのページを眺めてはリンクをゴリオ(息子です)に送信する。

『悪くないけど微妙』
『CPU大事』
『デスクトップならもっと安くでいいやつあるからなんとも言えない』
『メーカーは一概に言えないし』
『スペックと金額の兼ね合い』
『まってそのpc微妙かも』
『説明に矛盾点あるし』
『あとその商品cpuの世代が説明文と紹介画像で一致してなかったから』

これはと思う商品のリンクを送っても送っても、お許しは出ない。
新品を買えないゴリオは中古派なのだ。

今もオットのパソコンを修理して復活させようとしているため、新品を狙う私の立場は非常に弱い。

いつまでタブレットだけで生活すればいいの(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

安い。
15インチ以上。
DVD視聴可能。
8GB以上。
core i 7くらい?(もうこの辺で理解不能)
画像の何とかにRyzenのなんとか (ゲームしないのに)
SSD 。
Microsoft Office Home & Business 2019付き。
そして安い。

条件はたったこれだけなのに、うちのパソコン奉行は首を縦に振らない。

仕事を辞めてからキーボードに触れない日々が続く。

私は古い人間なので、初めてのブラインドタッチは英文タイプで教わった。
コンピュータとワープロは別のものだった。
まだ一部和文タイプが使われていた時代ですよ。
学生の頃からキーボードを叩き続けて35年余りが過ぎた。
ゴリオを産む前後を除けば、こんなに長くキーボードから離れたことはなかった。

ゴリオは私の壊れたはずのパソコンを修理して使っているのに、それを返す様子もない。

今では速度もずいぶん遅くなったが、何かを考えながらそのまま入力しては消して、入力しては消す。
その作業は楽しいものだ。
指を動かさなくなってボケたらどうするんだ。
このムズムズをどうすれば良いの。


ああ、こうしてタイムセールも、終わってしまう。




永井路子版『方丈記 徒然草』

今回も他所に保管していた感想文を移した備忘録です。

『永井路子の方丈記 徒然草』

落窪物語は漫画の出来が(編集の仕方が)思いのほか良くて大いに楽しみました。
でも方丈記は永井さん版で。

1方丈は京間の四畳半の1.12倍程の広さとWiki先生に書いてあります。
で、四畳半の部屋そのものは室町時代にできたとも。

『仏教においては方丈に全宇宙が内在しているという考え方が生まれ、そこから寺院の住職が生活する建物を特に方丈と呼ぶようになった。』

これこれ、まさに森見登美彦ワールドの『わたし』が言う所の四畳半の宇宙世界。
そこに『薔薇色のキャンパスライフ』を『並行世界』で繰り広げるという、何という下鴨ワールド。

方丈記は天変地異におののき、政治的にも揺らいだ時代。短い中にこれでもかと災難を見聞きし、体験してきたことが淡々とつづられます。

仏教と古典文学は切り離せないものだと、キリスト教とキリスト教世界の文学同様に感じます。
ケネス・ブラナー版『オリエント急行』の映画からはそこが切り取られていたのです。
この映画が楽しめなかった大きな理由はこれだったのだと改めて思います。

話がそれました。方丈記で胸にしみた部分は
『勝地は主なければ』。

抜粋すると
『またこの山の麓に、一つの柴の庵がある。これは山守のいるところで、ここに少年がいて、ときどき私をたずねてきてくれる。退屈しているときは、彼を友としてあちこちを歩いたりする。彼は十歳、私は六十歳、その年の差は大変なものだが、心はひとつ、楽しみを共にするのである。』

原典ならまたさぞかし美しかったのでしょうが、10歳と60歳が一緒に野遊びに興じ、山から景色を眺め、『楽しみを共に』するという章です。

教えるでも教わるでもなく、世代を越えて『共に』楽しむ。
この心を私も持っていたいと思います。


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『高尚な遊び』による金田一耕助

NHKが横溝正史の『犬神家の一族』を30分ドラマにしました。

こちらからNHKのサイトに飛びます。→シリーズ「横溝正史短編集Ⅱ」【会見動画】



あの『犬神家の一族』を30分で。

最初はデフォルメしたな、と思いながら観ていましたが、とんでもない。
舞台劇のような『犬神家の一族』、本当に素晴らしかった。

ヴィジュアルも、とても素敵。
『天井桟敷の人々』のようじゃありませんか。



松子役が坂井真紀さんだとは驚きで、スケキヨのマスクに笑い、菊人形やタライの中から突き出たあの足を観た時には拍手しそうになりましたよ。
ブラボーです。

【スケキヨのマスク】
実はこちらの方が真っ白いやつより原作により近いんですけど、大きさのせいでしょうか、笑えます。
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【スケタケ菊人形】
最初はこれが既に死体になっていた佐武とは気が付かず、えええええええ!死体が皆と一緒に座敷に立ってる。
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【湖がタライになった青沼静馬(スケキヨ扮装)】
きちんとパジャマのズボンを履いています。
タライて‥‥。
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Twitterからお借りしました。
仕事の速さに尊敬を覚えます。
このツイート、写真をそれぞれクリックすると、2020年『犬神家の一族』、斬新な『タライの死体』がイラストで見られます。


池松壮亮さんの金田一耕助は良かったですね。
元々金田一耕助は物語を導いては行きますが、役どころは地味な探偵なんです。

今回の金田一耕助はモードな黒マントに黒帽子。
先週の『華やかな野獣』みたいに歌って踊り出すかとヒヤヒヤしましたが、演出家が違うと流石にテイストがガラッと変わるものですね。

NHKの短編集シリーズは明智探偵の巻も好きでしたので毎回楽しみにしているのです。
前回の『横溝正史短編集 I』もとても好きでした。

今回の『犬神家の一族』を観る前に、アマプラで古谷一行版『金田一耕助の冒険』を観ました。
『冒険』は時代を映すパロディ満載の映画で、サスペンス劇場の古谷一行版金田一耕助とはひと味違うのですが、あまり出来が良いとは言えません。
オープニングの和田誠さんのイラストアニメーションは素晴らしかったのですけれど。

そこにこのNHK金田一耕助シリーズです。
『華やかな野獣』も思い切った演出でしたが、『犬神家の一族』は数多の横溝作品の中でも伝説になりそうな振り切り方でした。
何しろ犬神家が30分なのに、ほぼ原作どおりというのは看板に偽りなしです。
珠世の出生の秘密は入れ込んでも青沼菊乃のお琴の先生迄は無理だったようですが、そんなことも忘れて笑って観てしまいました。個人的には佐智と小夜子の歪んだ恋愛は好きだったので小夜子ももうちょっと出して欲しかったな。

和洋折衷でレトロで、何とも言えない不思議な味があります。

このドラマについて主演の池松壮亮さんが言うところの『高尚な遊び』とは言い得て妙。

こんな遊びならいくらでもお願いしたいと思います。

田辺聖子版『とりかえばや物語』


田辺聖子さんの作家としての構成力は『リアリストだから』と『古典の森へ』の中に書かれていますが、彼女は同時に宝塚を観て育ったロマンティスト。
お聖さんは小川未明が大好きだったそうです。

小川未明は『赤いろうそくと人魚』などで知られる児童文学作家。
我が家でも祖母から母、母から私へのクリスマスプレゼントになったのがこの小川未明の本でした。


さて、田辺聖子の手になる『とりかえばや物語』。

以前他所に書いて残しておいたものをこちらに移しておきます。
備忘録ですので、完全にネタバレです。

田辺聖子版、『とりかえばや物語』には、ハリーポッターにでも出てきそうな人物相関図がついています。

何度も人物相関図を見直しながら読みましたが、登場人物は絞られているのに皆どんどん出世していくため、『何とかの何とか』が誰だったか、どの東宮だったのかが、難しく。よくぞこの話をここまでわかりやすく現代語訳したものだとお聖さんに感服します。
話の展開の面白さとも相まって、ページをめくる手が止まりませんでした。

読むべきはお聖さんのあとがき。
ここにいつもの田辺聖子が現れ、強力な援軍となって読み手の『すごい話読んだっ!』という冷めやらぬ興奮を冷静に解説してくれるのです。

作者不詳で、お聖さんが学生の頃まで読むことができなかったというアラウンド源平時代に生まれたらしきお話。

源氏物語とはひと味違います。

女が男として生きた時、その立場から見える男のズルさ、浮気性、そして仕事の手ごたえに感じる充実感。

一方で女であるために起きる身体の変化、出産に伴う命がけの密かな決心。

『とりかえばや』は『転校生』や『君の名は。』と違って、前半は自分の身体のまま男女が入れ替わって、その人生を生きます。
けれど女として生きる男が、女同士として仕えるうち愛した人に子を産ませ、男として生きる女は無理矢理同僚の男の子を身ごもることで、其々の人生が暗転するのです。

男女が入れ替わったように生まれついた2人の兄妹は、其々の性にぶちあたった時、人生最大の危機に陥ります。

ざっと内容を書くと。

左大臣の2人の妻には、其々男の子と女の子が産まれましたが、男の秋月は女の子のような身なり、女と見まごう美しさで、お人形遊びが大好きな大人しい性格。
対して女の子の春風は男勝り。身なりも遊びもまるきり男のように育ちます。
前半は女主人公、春風が活躍し、男として帝に仕える華々しさ、男が仕事に充実していく何とも言えない誇らしさを感じる部分、秋月が女東宮の遊び相手として出仕するという煌びやかさの中に話は進みます。

世の習わしで、仕方なく春風は男として右大臣の娘、冬日を妻にめとります。勿論本当の夫婦にはなれないのですが、それなりに仲良く暮らします。ところがそこに春風の同僚、女好きの夏雲が冬日に横恋慕し、冬日は2人も夏雲の子を産むのです。

春風は女性ですから、嫉妬というより、人の世の儚さに『所詮しばらくの間の縁』と、見かけ上の妻にも、自分の妻を寝取った同僚にも優しく接するのです。

ところが一転、春風は同僚の遊び人夏雲に女であることが知れ、「夏雲の囲われ人」として密かに子供を産むことに。
究極の三角関係です。
一昨日見た、デンマーク王室の映画は王と王妃と元主治医の壮大なる三角関係でしたが、こちらは王にあたる春風も、王妃にあたる妻の冬日も子どもを産んでしまいますのでもう大変です。

その頃の春風の絶望感には、出家どころか、死をも覚悟した深い苦しみがあります。産んだ子供のためにその日その日を生きながら、男として生きた輝かしい日々と、自分の数奇な運命に涙するしかありません。
男として生きてきた故、表には出しませんが、夫となった夏雲の、人としての器を見切っています。
こんな男を待つだけの女に成り下がるくらいなら、死を選ぼうと決心します。
一方秋月は出仕した先で、お仕えする女東宮に男としての愛を感じ始め、東宮は人知れず秋月の子を産みます。
その頃人知れず子どもを産むために家を出て、夏雲に囲われた春風の行方知れずに胸騒ぎを覚え、人見知りの秋月は一大決心をして東宮の元から実家に戻り、春風を探し当てます。

ここからの後半、春風と秋月はこっそりと互いに生きてきたこれまでの細かな情報を交換して春風はこれまでの秋月の人生を、秋月はこれまでの春風の人生を、其々元の性として生きることにするのです。

そこから秋月は男として活躍し、最初の妻冬日とも寄りを戻し、春風は帝の妻となり国母となり大団円を迎えることになるのですが。

これまでの2人の兄妹、春風と秋月の男女入れ替わったような心の持ちようは左大臣の家に取り憑いた物の怪の仕業にされ、春風は帝の妻として、秋月は出世と女性達とよ色恋沙汰に華やかな人生を謳歌するのです。

作家不詳ということは、途中途中で改編されたこともあったはずかと思います。
この物語の前半で、春風が男性の雄々しさを気持ちに秘めながら
子どもを産むことで女性としての性に目覚めますが、その悔しさ複雑さは胸を打ちます。

ところが彼女、後半は『なよなよとした』美女になって終わってしまうのですね。
非常に聡明ではありながら、帝の人柄に惹かれ、その後の彼女の胸のうちは語られることはありません。

それは左大臣家がえらくご祈祷し、物の怪が消滅したからだと語られるのですが、この辺りは前半の『女であっても人間である』という春風の魂の叫びを全く無いもののようにしてしまっているように感じます。

後半はのちの誰かによって、男性にも都合良く書き換えられたとしか、私には思えないのでした。

それにしても殆ど一千年の時を越え、今も昔も人間はさして変わらないのかもと思います。
が、同時に貴族の話とは言え、色恋沙汰に命を燃やし、今以上のリアルな人間くささに圧倒されます。


と、長々と内容に触れましたが、この程度のネタバレではびくともしない面白さですので、ご安心を。

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余談ですが、山中恒の『おれがあいつであいつがおれで』は『王子と乞食』や『ジキル博士とハイド氏』などに影響を受けて主人公2人の入れ替わりが描かれたそうです。
でもこの本も、映画になった『転校生』も、男女が入れ替わる面白さが多くの人を惹きつけました。
『とりかえばや』は、氷室冴子も『ざ・ちぇんじ!』として書いていますね。
1000年も昔、こんな面白い話が書かれたことに改めて驚きます。

ネピアとスミセイ

スポンサーさん、ありがとうございますm(_ _)m

舞&真央さんの素顔っぽい表情が素敵です。


住友生命vitality #健康診断編




そしてネピアの、これはカレンダーの写真からでしょうか?
真央さんインスタからお借りします。

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ドレスも似合いますが、顔立ち的にも着物がとても似合いますよね。

『ひとりも、ええなぁ』

『スカーレット』も第100回。

今日は戸田恵梨香さんと大島優子さん2人のシーンが見せ場です。
2人共めちゃくちゃいいですよね。

炎に魅せられていく喜美子と、良き妻、良き母の照子の対比が上手い。

『お前や!』

照子の金切り声、そして喜美子のドスの効いた声。
女同士でなかなかこんな付き合いはできません。

『スカーレット』の魅力は、本当はここからなんでしょう。


サザエさん風の照子(大島優子)が3回目の窯焚きの準備を1人黙々としている喜美子のところにやって来ます。
八郎に謝って帰って来てもらうよう詰め寄ります。

『旦那があかん言うことをやることは悪いことや』


喜美子は激昂する照子に静かに語ります。

『ひとりも、ええなぁ』

誰にことわりを入れる必要もなく、薪を拾う喜美子に、吹く風は心地良かった。



焼き物の窯焚きを巡って『今は待て』と言う八郎の言葉を聞かず、八郎は家を出てしまいました。

ああ、これはつらい。

信作百合子はポパイとオリーブになってどうしたいんだー!
『笑われるのが役割』とか言ってましたもんね。

たけしも毎朝可愛いすぎて、こーんな可愛い小学生男子育てたことがないもんで、(うちのゴリオは昔、小学生のくせに腹筋も割れそうなほど鍛えられたちょーめんどくさい男児でした)羨ましい限り。

それにしても。
喜美子の気持ちが痛いほどわかる昭和生まれが山ほどいるんじゃないかと思いましたよ。

女を縛りつけようとするのは、実は女性たち自身だったりするんですよね。
姑や夫の姉妹、親類に言われてきた事を思い出してご覧なさいよ。

実は毎朝8時を待ちきれず、最近はBSで早めに観てしまう程楽しみにしているのでした。



プレスカンファランスに見るジェイソンの立ち位置

全米フィギュアスケート男子シングルはネイサン・チェンが圧倒的な演技で4連覇達成。

フリーだけ動画を観ましたが、やっぱり素晴らしい。
インフル明けで、どこに体力を温存していたのか、クワドキング健在でしたね。
ロケットマンのステップはいつにも増して踊ってました。

この全米のショート、フリーそれぞれの男子シングルプレカンを見ています。

プレカンではネイサンのイケボがたっぷり堪能できますが、まあ速い速い。
これ聞いた後は、Ice Desk at 2020 Toyota US Figure SkatingのFan Deskで語るマライア・ベルちゃんにありがとうと言いたくなる程。
このIce Desk at 2020 Toyotaーには長洲未来ちゃんが出ていて色々話してくれています。
ネイサンはやはり絶賛。ジェイソンもとても人気があるんですね。でもこのFan Deskでもジェイソンがコンスタントにクワドを入れるべきかどうかに喧々轟々でした。
完成度か高難度か。未来ちゃんは挑戦、のようです。

プレカンに話を戻すと、ネイサン何言ってるのかサッパリわからない、と投げたいのですが、ざっくりと印象だけ残しておこうと思います。
ネイサンはふっつーにアスリートな答え(かと思いますので)ジェイソン・ブラウンの印象です。

ショート後、ネイサンはいつもどおり顔色ひとつ変えることなく淡々と話しますが、ジェイソンは笑顔で答えても目が泳ぎますし、出来る限り調整を続け、チームで練習を重ねてきたことをちょっと言えばくどいほど必死で話すのです。
必死に見えてしまうのは、ネイサンとは余りにも対照的だからでしょうか。
ジェイソンが言葉を切った瞬間、その表情から笑顔が消える。
ショート後もフリー後もそうでした。

あんなに素晴らしい演技の後なのに、自信満々、には見えない彼の姿は意外と言っても良いほどでした。
4Tをひとつ跳んでも、構成を落としたネイサンはそれでも3種4クワドです。



行き着くところまで美しさを追求した演技です。

それでも、天才ネイサンの隣で、常に比較されることはやはり並大抵ではないのだと思いました。

フリーの後は特に長く記者の質問に答えていくのですが、フリープログラムの曲の内容に踏み込んだ質問をされているジェイソンとネイサン。
ジェイソンは『シンドラーのリスト』だから答えるのも難しいですよね。
『平和、それ大事』、そりゃそうでしょう。一生懸命答えようとするジェイソンは、やはり優しくて繊細に見えます。


一個人のざっくりした印象でしかありませんが、彼のフィギュアスケート選手としての苦悩(があるとしたら)。
それは完成度か高難度ジャンプか、という永遠の課題をいかにクリアし、圧倒的な演技でジャッジやメディアすら黙らせるしかないという、究極の競技に挑むトップ選手の1人であることそのものなのかもしれません。




『夢をかなえる力』

『夢をかなえる力ー私がスケートから学んだことー』浅田真央/新書館

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昨日、帰って来ると届いていましたヤッホー。

バレエ雑誌『クララ』に連載された記事が本になりました。

真央さんが練習着にチュチュを着て、トウシューズでポーズをとる姿が新鮮。

とにかく写真が素敵。
柔らかい記事にレッスン着の写真とは対照的に、サンクスでの真央さんの写真は別人のように妖艶で。

内容はジュブナイル向けですが、ストレッチの仕方や食事についてなど、参考になることが具体的に語られていて真似したくなります。
腰、おしり周りのストレッチは、座っていることの多い私たちにもとても気持ち良いストレッチで、私もよくやりますが、素人でもできるというのがいいですよね。


15歳から19歳くらいまでは真央さんでさえ体重のコントロールに苦戦していたと言います。
この経験が、今、食べることを大切にする真央さんの生き方に繋がっているのだと思います。

テレビではまるで食いしん坊のような取り上げ方をしますが、意味がぜんぜん違うよ、と思います。

14歳の時のインタビュー記事と天使のような当時の写真も載っているのは嬉しかった。
この頃も4回転の練習をしていたのですね。

真央さんが言う『双方向のサンクス』

『ファンの応援が力になった』と言う真央さんの言葉には、当たり前のようで当たり前でない重みがあります。

スケートやバレエ、新体操が採点競技であるが故の評価に、選手は時に苦しむこともあるのでしょう。
強い人だと思います。



三島由紀夫『レター教室』

『レター教室』三島由紀夫/ちくま文庫

装丁は安野光雅さん。緋色で『LETTERS』って書いてある色調が好き。


1966年(昭和41年)、週刊誌『女性自身』9月26日号から翌年1967年(昭和42年)5月15日号に「三島由紀夫レター教室――手紙の輪舞」として連載された。単行本は1968年(昭和43年)7月20日に新潮社より刊行された。文庫版は1991年(平成3年)12月4日にちくま文庫で刊行されている。
Wikiより



最初の人物紹介で戯曲かしらと思ったけれど、なんと女性週刊誌の連載だったというから驚いた。
ページをめくる度、これは残しておきたい、と思うところがあるので付箋を付けていったら。

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ピンボケですが、付けた付箋がこんなになったwww

こんなことは初めて。

当時としては言葉遣いも風俗も斬新だったのではないかと思う。
『C調』言葉、肯定文の『ぜんぜん』の使い方、テレビとオタク文化などの表し方。
全く古びていないことに驚く。


シリアスではないからと言って、この『レター教室』がエンターテイメント一色で語られるとしたら勿体ないので一応書いておくが、本の帯の『三島由紀夫の最高傑作』という文字は嘘じゃないと思う。

面白く幾通りにも読めて、しかも年代によって読み方が変わっていくという多重構造。

例えば

『女の投書狂や身の上相談狂は、たいてい、ものすごく大きな帽子をかぶっている女のようなもので、帽子で人をおどかし、また、その帽子で自分の顔をかくすことができるのです。』レター教室P -133



どうです?
毎日ネットに駄文を長々と書き連ねている孤独な歳を取った自分が、否応にも浮かんで来る。
ひゃー。
こうも自分の姿を的確に書かれては、もう帽子で顔を隠してふて寝でもしたくなる。

連載だった筈なのに、この構成力。
サラッと書いたように見えて、どの一節も読み飛ばせない深さ。
40歳そこそこで書いたというのが信じられない。
天才。

5人の男女が代わる代わる手紙を互いに書き送る、その中でストーリーが進んでいく。
手紙ほどプライベートなものはないのに、彼らは何故か自分が貰った手紙を他人にわざわざ読ませる。
その『濃密な中身』が5人の関係に波を立て彼らを揺るがし、大団円へと導く。

登場人物はこちら(この紹介はあくまでも私見。興味がある方にはWikiの客観的な人物紹介をお勧めする)

氷ママ子  
45歳の未亡人。悪女設定。
かなり肥っているが、美人らしい。英語塾の経営者。過去に若い男に入れあげて振られた経験あり。大きな息子が2人いる。

山トビ夫
45歳の有名ファッションデザイナー。
チョビ髭を生やし、痩せている。私見だが、横にカニ跳びする様子は、赤塚不二夫の『イヤミ』を彷彿とさせる。妻帯者だが恋愛は自由らしい。実は田舎の出身で、ママ子とは気のおけない親友。


空ミツ子
20歳のOL。ぴちぴちでぷりぷり。元ママ子の英語塾の生徒。 25歳も年上のトビ夫から誘いの手紙を貰う。彼女の肉体を褒めちぎり、自分と寝てくれと誘うトビ夫の手紙をタケルに見せた上、大事に取っている。歳を取った時に、その手紙が写真よりも雄弁に自分の若き日の美しさを伝えるものだと知っている。

炎タケル
23歳。イケメン。芝居の演出の勉強をしていて、演劇論をぶつのが好き。多分茨城出身。所謂好青年なのか、借金を申し込んでも返済無しでお金を貰えるし同性にラブレターを貰ったりもする。純情なのか図々しいのかよくわからない。


丸トラ一
25歳。空ミツ子の従兄。今でいうオタク。とにかくテレビが好き。
この物語では狂言回し的な役割を担っており、森見登美彦の「四畳半神話体系」の登場人物、小津のように結局は物語の中心にいるのは彼のように思える。
適度なバカと認識され『紙屑籠』呼ばわりされてさえいるのに、ある時は物をねだりそのために心中まで持ちかけ(読みようによっては、この心中に対する軽いパロディが太宰を思い出させる。どんだけ好きなんだ)、果てはスパイになり結局欲しいものは手に入れている。
テレビを見ながら食べているだけでなく、オタクならではの思考回路と観察眼で、氷ママ子の策略を見抜く。


作者の三島由紀夫は最後に現れ、読者に手紙の書き方の要点を教授。かなり気難しい。

若い人が読めば氷ママ子は策略家の悪女だろうし、山トビ夫はイヤらしい浮気オヤジだ。

でも氷ママ子よりずっと歳をとってしまえば、彼女は可愛いただの女と化し、山トビ夫は経験豊富なダンディーになる。

彼らは皆手紙を出すことによって嫉妬を煽り騙し騙され、罵詈雑言は裏返って愛の言葉になる。

恋愛倫敦のようにくるくると手紙は行き来するが、さすがに三島由紀夫はこれを『レター教室』として最後にチクリとこちらに書いて寄越すのだ。

『世の中の人間は、みんな自分勝手の目的に邁進しており、他人に関心を持つのはよほど例外的だ、とわかったときに、はじめてあなたの書く手紙にはいきいきとした力がそなわり、人の心をゆすぶる手紙が書けるようになるのです。』
レター教室 P -221



今のSNSの炎上だって、三島の手にかかれば、3行で片付く。


『手を抜かないやり方は好き』

滋賀から中継の土曜スタジオパーク。

その中で放送された『スカーレット』のお父ちゃん、北村一輝さんが語る林遣都君です。

『手を抜かないやり方は好き』


Twitterお借りします。
ありがとうございます。

昨日の土曜スタジオパーク。

演じていない遣都君をつべ以外で初めて見ました。 
収録後、人前で話すことが苦手だからと、事前に自転車で琵琶湖を1周して話題を作っていた話をされたそうなんですが。
そういう姿勢のある人には息の長いファンが着くと思います。
仕事に対して誠実というのはいいな。

ご本人はきっと大変でしょうけど。
inとoutのバランスは大事です。
滋賀出身の遣都君。
自分が生まれ育った場所を誇りにできるのは素敵なことだと思います。

大島優子さんが綺麗で可愛くて。
その隣で終始ちょっとこういう場所は苦手感を醸しながらニコニコしていた遣都君。

素敵でした。

『アドリブを常に用意している』



『スカーレット』で採用されなかったというアドリブシーン。

アドリブだけの『スカーレット』が円盤になったら、即買いかもしれない。

NHKアーカイブ 人×物×録
NHKのオンデマンドでこれまでの遣都作品が観られるようなので、購入するのもいいな。

https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0009071319_00000



Draw a line

人によって、コミュニケーションに対する感覚や考えは違う。

拙ブログに来て下さる方々から頂くコメントはいつも素敵で、こちらが拙いながら発した駄文に、それ以上のお気持ちを頂くのは有難いといつも思う。

ネット上であっても、礼儀は大事。
それはわかる。

でもみんながみんな、理路整然と自分が書いた内容を理解し、それに対して言葉を尽くして礼儀正しいコメントを残せるなどと、私はさらさら思わない。
自分がそんな事できないからだ。

誰かが書いた何かが自分の琴線に触れた時、その記事の本筋とはちょっと違うオマケの部分にあってさえ、反応としてコメントを残してしまうことはある。
感動は反射的に起こる。
理屈じゃないから、ネット上の見知らぬ相手にさえ思わず言葉を置いてしまうのだと思う。



でも、それは相手によっては、失礼になってしまうこともあるんだな。


I should draw a line somewhere.

このことは、深く心に留めておこう。

ちなみに拙ブログに頂くコメントは、本筋に沿ったものでなくても全然構いません(*^▽^*)

私を含め、一般にほとんどの方は、全く書いてもいない事について、余程でない限りコメントは残さない。(勿論例外はある)
本筋ではなくても、自分がわずかでも触れた事について頂く反応を、それが短い言葉であっても、礼儀に叶っていないことがあったとしても、私は出来る限り楽しみたいと思う。例外はあるが。

誰かが私が書いた事に良い意味で反応するとしたら、それは私の力ではなく、取り上げた題材や人物の持つ力なのだと私は理解している。良くない反応は私の責任。

どう返して良いかわからないコメントには、それなりにしかお返事できないとは思うけれど。



京都人の密かな愉しみ blue 修行中

このシリーズ、林遣都さんのナレーションが心にしみます。



再放送全部見終わってから感想書こうと思っていましたが、この笛吹き童子を残しておきたくて。

共演の趣里さん。ここではパン屋さんなんですね。
とても雰囲気のある女優さんです。

それにしても、林遣都演じる若林ケント幸太郎はハーフ設定。
カラコンしてるのわからなかったけど、まあ美しいこと。

前髪を上げると、若ケントが蘇りますね。

‘’京都で庭師の修業をしている苔マニアの青年”だそうです。

NHKのサイトに飛びます→
苔マニア」の庭師役に挑戦! 林 遣都インタビュー

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待望の第3弾!祇園祭の夏は恋の季節!
さらに目が離せない、せつない京都青春群像!

陶芸家見習いの釉子役にあたらしく吉岡里帆を迎え、庭師見習いの幸太郎(林遣都)、板前見習いの甚(矢本悠馬)、パン職人見習いの葉菜(趣里)、農家見習いでワケありな影を持つ鋭二(毎熊克哉)、それぞれのひと夏を描く。幻想的な宵山(よいやま)、荘厳な山鉾(やまほこ)巡行でクライマックスを迎える祇園祭は、熱き青春の恋の舞台。番組では今年1150年の節目を迎える祭を完全ドキュメント。ドラマとドキュメンタリー、虚と実を行き来しながら、若者たちの愛と涙が祇園祭の熱気の中で交錯する。

●ザ・プレミアム「京都人の密(ひそ)かな愉(たの)しみ 冬」
【再放送日時】2020年1月9日(木)午後2時45~4時44分 <BSプレミアム>

●「祇園」編29分版放送決定!
京都人の密(ひそ)かな愉(たの)しみ Blue 修業中
「祇園(ぎおん)さんの来はる夏」
(1)1月17日(金)午後7時00~7時29分 粽ものがたり編
(2)1月24日(金)午後7時00~7時29分 祇園囃子が聞こえる編
(3)1月31日(金)午後7時00~7時29分 祇園祭のカレンダー編
(4)2月 7 日(金)午後7時00~7時29分 祇園祭は恋の季節編



先週の第一話はパン職人見習いの葉菜(趣里)と農家見習いの鋭二(毎熊克哉)2人を中心にしたドラマでした。義母役江波杏子さんの姿が美しく、遺影がご本人の急逝と重なるように見えて、内容と相まって切なかった。祇園祭りのシンボル厄除けチマキを作る作業をしているドキュメントと一緒に、様々な思いで祭りを支える人々を描いています。

今日放送の『祇園囃子が聞こえる』は、ドキュメンタリー部分が中心で、お囃子の稽古に入って演奏する若林ケント幸太郎(林遣都)が緊張した面持ちで笛吹き童子()になっています。
京都の長い歴史の中で、戦争などで途絶えつつあった伝統文化を復活させながら続いている祭り。
お囃子の音に胸がざわめく、その感覚は土地柄は違えど同じだなと思いながら観ていました。






お金本

『お金本』左右社

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1冊読むのに2日かかった。

読み応えがあるといえばある。

90名の文豪、アーティスト、作家、漫画家の金銭に纏わる書編が集められている。

出版は左右社。

最近の読書会でも紹介していた人がいたが、私の周辺でこの出版社の出す本は面白いと言う人は多い。

まず表紙、装丁がいいし、『はじめに』もいい。
本編を読みながら、『出典はいるよな』と思っていたら巻末に索引よろしくしっかり載っていた。
巻末付録も力作だ。

目次のタイトルがまた好きな人にはたまらないようにできている。

I 『俺たちに金はない!』
II 『お金vsプライド』
III『マネー、マネー、マネー』
Ⅳ『出版社お金物語』
Ⅴ『借金の作法』
Ⅵ『男と女と金』
Ⅶ『金と共に去りぬ』


文豪達のお金に纏わる書簡は本当に読むのがしんどい。

太宰治の昭和十一年の手紙なんてそれはもう怖い。
『生涯いちどの、生命がけのおねがひ』としたためて五十円(今の価値だとどれ位だろう)の借金を申し込んでいるのだが、文面が本気で怖い。

夏目漱石は文豪達の書簡のそこかしこに出てきて自身が貧乏だったかと思えば、大作家となってからだろう、書斎に剥き出しの大金を置いていたりする。

芥川龍之介の書簡。所謂プロポーズを手紙に書いて送ったわけだけれど、こんなストレートでキュートな手紙を貰ってしまったら、しかもてんで生活力も誠意も無い男に。どうするよ。

坂口安吾は‥‥はあ?と声が出た程、短い書簡でも下衆な感じで、でも面白い。

1番コイツ!とムッとしたのは女の子大好き川端康成大先生。お金の話からちょっとズレても敢えてそこは載せておこうという編集意図が楽しい。


文豪と言われる作家達が互いに生活の困窮を訴え合い助けたり助けられたり裏切ったり裏切られたり。
彼らの個人的な書簡で全集などに納められているものをこうして引っ張り出してみせるとは。
編者としては『誰を選ぶか、何を選ぶか』は腕の見せ所だと思う。

石ノ森章太郎や、つげ義春、魔夜峰央の漫画も載っているのがツボ。

読んだことがあったのは忌野清志郎の『ロックで独立する方法』くらいだと思う。
何がいいって、清志郎の有名な逸話が一緒に載せてあるところだ。
思い出しても可笑しかった。
忌野清志郎が高校3年生の時、お母さんが清志郎の将来を案じて新聞に身の上相談の手紙を送り、それに羽仁説子・進夫妻が答えているのだけれど、その記事が写真で載っている。
お金とは直接関係なさそうなのにこれを載せずにいられなかった編者に心から共感する。

小川未明はお金というより、窮しても文学ひとつで生きていくという表明だが、その短い決意文でさえ凛として美しい。

やなせたかしは、梯久美子さんが書いたものなど3冊程彼に関する本を読んだけれど、良いところを持って来たなと思う。やなせさんの話は確か来年度から小学校の教科書で紹介されるのではなかったか。それだけの価値はあるのではと思う。

意外だったのはポンちゃんこと山田詠美だ。
お金に纏わる話は彼女とは反りが合わないのか、珍しく笑えず面白くもなかった。

一方やはりと言うべきか、人はいつまでたっても変わらないらしく、私は宇野千代の言い回しを読むと今でもプチプチと心にサイダーの泡が立つような擽ったさと愉しさを覚える。
おかしな着物を着て、ウナギを食べたせいで1ヶ月も電車賃を払えずに職場に遠道を歩いて通い、なのに顔だけは『ぱっちりと牡丹の花のようにお化粧して』いる若き日の宇野千代さん。
ほんと、こんなにおかしな女がお婆さんになってもちっとも変わらず飄々としているのが痛快で、私はこの人のエッセイをよく読んでいた。


1番笑ったのが村田沙耶香の『算数苦手人間』。1億円が理屈では理解しても感覚的に把握できず、『それは1円玉にするとどれくらいの量なのかな?』と尋ねる。どうやら1億円は1円玉にすると小さめのバス2台分程になるらしい。

北野武の『関係の問題』は泣ける。この人の物事を見遣る目には弱いところを握り込まれるようだ。
『友情が金で買えないのは当たり前だ。何故かといえば、そんなものはハナっから存在しないからだ。』
こう言っておいてこの先わかりやすくいいこと言う。ずるいと思う。

で、この北野武の後が村上春樹の『貧乏はどこに行ったのか?』だ。
この並びをわざとやったのなら編集も意地が悪い。
ほんと、北野武の後に読むと余計、いかにもハルキくさくて恥ずかしい。
恥ずかしすぎて最後まで読めなかったのは90人もいる中でこの人だけだった。

佐野洋子の『死ぬ気まんまん』には言葉も出ない。
彼女は病の再発の告知を受けた日、病院の帰りに車屋に寄る。
そしてイングリッシュグリーンのジャガーを買うのだ。

皆お金のために働く。

私は、何のために働くのだろう。






フィギュアスケートはもはやマイナースポーツではない気がする

今頃書くかって話ですが。
髙橋大輔座長公演『ICE EXPLOSION 2020』氷爆。
放送で観て録画でも観直しましたが、カッコいいショーでしたね。

群舞のPhoenixは素晴らしかったし大輔さん哉中さんのカップルダンスは想像以上に素敵でした。
で、ミーシャ・ジーが全く大輔さんに引けを取らずにPhoenixを滑り切っているのにびっくりしましたよ。
めちゃくちゃすごい。

さて、浅田真央さんは、ジュエリーベストドレッサー賞に入場しました。

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細い≠スタイルいい
真央さんのローブ・モンタントの時も思いましたが、やはりドレスを着こなすには鍛えた身体と姿勢が大事なんですね。
大体あの田中圭さんの隣で全くいつも通りキラキラ輝いて、並の女優さんと画面に入ると通常田中圭にしか目がいかない程旬の俳優さんなのに、引けを取らないあのオーラは何。

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品があって、誰よりも立ち姿が花のように愛らしいのに凛として。
あれだけ肩を出し、スリットも入ったブラックのドレスで清潔感が溢れてる。

挨拶も素敵でしたね。



全米では心配なニュースも入ってきました。

ネイサンが体調不良ということで、ジャンプの難度を落として全米選手権を戦うかもしれないとのことですね。

ネイサン、宇宙から来たけど地球人だったんだね(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

学業との両立がどれだけ大変か想像できないほどですが、無理はしないで怪我もしないで欲しいんです。

14、15歳、19、20歳辺りというのは心身共に一気に変わる時期。

ちょっと言えば人生のホーン岬みたいなものだと思います。

ただでさえ嵐の中で小さな舟をコントロールするようなもの。
生きてるだけで大変な年代で、自分を御することがいかに困難なことか。

メダルは北京で取ればいいんです。

そして欧州選手権ですよ。

まさかまさかまさかのケビン・エイモズSP 26位(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

そしてミハルが首位。

なんか、ラファエルコーチって、帯同できないっていうかしなかった時に限って教え子があっと驚く良演技をしませんか?
ジェフと真央の法則に則ればミハルは欧州の覇者になってしまうかも。

ああ、忙しい。

沼活(林遣都沼)で忙しい私に追い討ちをかけるフィギュアスケートのニュースに、この競技がマイナースポーツだと言われたのも過去の話になった気がします。


あいたい2人

信作『電話いややな。あいたいわ。たまらんな。』
百合子『うちも、たまらん』



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いやいや、たまらんのはこっちです。

今朝の『スカーレット』も可愛さ爆発で大変でしたね。
信作と百合子の赤電話と黒電話での2分割画面ですよ。

福田麻由子さんのキラキラが増してきて、信作の整った顔を凌駕しつつあるのがすごいんです。

いやもう可愛い。

『あいたい』がそのまま平仮名で聴こえますからね。

信作が百合子と電話中、2人で『あいたい』言いながら途中自分の胸をギューってやるやつは反則です。

笛ピピ鳴らしますよ。

百合子の電話を聞いてしまったお母ちゃんの富田靖子さんが、お父ちゃんとの若い頃の話をするシーンも大好きです。

それにしても穴窯の話をこんな風に伏線回収するとは驚きました。
Twitterでも脚本絶賛ですよね。

喜美子のひとり息子たけしの主治医として稲垣吾郎が出演すると情報が入っていましたね。


吾郎ちゃんの出演、よかったなと思うんですが。
たけしを思うとかなり辛い。

たけし君が毎朝可愛くて可愛くて。

もう、ギューってしたいのは信作ばかりじゃないんです。



フォトエッセイ『悠久のとき』

写真右『月刊たくさんのふしぎ イースター島 ちいさくて大きな島』野村哲也 文・写真/福音館書店
写真左『悠久のとき』野村哲也 写真・文/中日新聞社


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舞台『風博士』をネットで検索していて見つけたのが写真家・野村哲也氏のブログだった。
始まりは遣都物件だったけれど、私の関心は全く違う方に引っ張られてしまった。
同じ舞台を観た筈なのに、自分が書いてしまったものを消してしまいたくなる程それは美しく、臨場感あふれる舞台の感想だった。

不思議で素晴らしい写真の数々。
何より一緒に綴られる言葉の魅力に引き込まれてしまった。

図書館に行くと4類自然科学の書架には生き物の写真図鑑があり、星野道夫さんが写した動物の写真集はそこにあったりする。
アラスカの写真集なら7類芸術の書架を探せば良い。

星野道夫さんの写真集がどの辺りにあるのか何故か必ず把握しているのは、星野さんの本を眺めるのが好きだったからに他ならない。

『悠久のとき』の中で野村哲也さんは星野さんを師匠と呼ぶ。
星野さんの写す世界は終わっていなかったことを知って嬉しかった。

『月刊たくさんのふしぎ イースター島』には鳥肌が立った。
モアイの写真にはきちんとその名が記され、そのモアイの立つ場所なども教えてくれる。
モアイの向こうに広がる自然の美しさにページをめくる手が止まる。
野村さんはイースター島の歴史について、教科書に載っていた説を覆していく。
一緒に冒険しているようなワクワクに気持ちは浮き立つのに、野村さんの情熱は文字の上では静かで、自分が少し恥ずかしい。

裏表紙の『モアイ・トゥク・トゥリ』の写真の味わい深いこと。



一方『悠久のとき』は南米を中心に、アラスカ、日本、ネパールを旅した著者が中日新聞に連載したエッセイを写真と共にまとめたもの。
写真にも圧倒されるのだけれど、このエッセイが信じられない程素敵。
どれ程本屋に詣でても、ここまでの文章に出会えることは少ない。
エッセイというより、時々良質な短編を読んでいる感覚になる。
各章最初の一文がとても良いからだと思う。
年齢を重ねた人々のポートレートには愛情が溢れるようで、そこに添えられる言葉もストレートに優しい。

『聖石が眠る島』の章で野村さんが発見したイースター島の『聖なる石』の話は、そのまま『たくさんのふしぎ イースター島』に繋がっている。何度も何度も火山の中に単独で入って行って見つけた奇跡。
この2冊は一緒に読んでよかったな。
写真の美しさに写真には写っていない背景が重なって、この本を読んだ夜は朝まで眠れなかった。

フォトエッセイって書いてあるし、このエッセイの質と量なのに、この本国立国会図書館のNDCサーチで検索すると748写真集で出てくる。いまだに図書分類は謎だ。


沢木耕太郎を読んだ頃を思い出してぼんやりしてしまった。

あの時は若かった。

野村さんの自然と人間と神話を繋ぐ旅の本に2020年の今、出会えて良かったのだと思う。

私はもう少しゆっくり生きて良いのだと、自分を許すことにした。


兄・宇野昌磨

『兄・宇野昌磨  弟だけが知っている秘密の昌磨』
宇野樹 著/マガジンハウス

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編集協力がNumberでもおなじみだった松原孝臣さんです。

評判通り、素晴らしい本でした。
表紙のアイドル感に騙されてはいけません。
これまで読んだスケート関連本の中でも1番の良書です。

今朝ブログ記事を2つ書き終わり、出かけるつもりで服を着替えに自室に入ったのが運の尽き。
昨夜も今朝も、ショーマの演技と真央さんの仮面舞踏会をつべで観ていたのがいけなかったのか。
宇野兄弟の表紙から呼ばれるように、視界に入ったこの本を結局その場で一冊読んでしまいました。

宇野昌磨ファンはとっくに読んでいらっしゃるのでしょうが、これは浅田真央のファンこそ読んで号泣する本です。

「昌磨の素顔を伝えたかった」って最初にも最後にもありますけれど、今だからそうなのかもしれませんが、きっとみんな昌磨がこんな選手だって、知ってる。

メディアやSNSがどんなタイトルや言葉で昌磨について煽ろうとも、演技を観ればバレバレです(^-^)

でもその再確認をしていくための強力な裏付けがこの本には書き記してあります。

フィギュアスケーター宇野昌磨の弟、樹君が兄の昌磨について書いている本、という認識で読んだのですが、私の感想ではちょっと違いました。

この本が優れているのは昌磨についてより、昌磨を育んだ家族、周囲のスケーター、コーチ、そして樹君自身のことがきちんと描かれているところなんですね。
だからこそ昌磨がどんな人なのかがかなりダイレクトに伝わってきます。

『浅田真央ちゃん』、『たえちゃん』。

この2つの章には正直言ってとても心打たれました。
淡々と書いているんですよ。
普通の十代の語り口調で。
文字も大きいですし、特に入り組んだことは何も書いていないのに。
全然痛くないけどパンチがあるんです。

『See you again』に、そんな思いが込められていたなんて。
ここはもう涙が出て仕方ありませんでした。この大切なプログラムを、デニス・テンのためにも滑ったのですね。

樹君は全編通して見たこと聞いたことを素直に書いているだけなんですが、その言葉が意外に重い。
何でしょうね、これ。
彼が見てきた世界の重さ。
レジェンド級の人々を間近で見ながら自分を見失わない樹君こそ実はすごい。

樹君は見ていないようでよく見ているんです。大切なことを。

私は『○○の妹(弟)』という括りが嫌いで、ショーマを真央さんの弟、と形容するのもなんだかなと思っていたクチなのですが。
この本を読むと、あ、これは正真正銘弟ですね。
むしろこんな2人が互いに距離感を持ってベタベタしないことの方が不思議です。

サンクスのショーを観に来た時のショーマの恥ずかしそうな様子、きちんと礼儀正しい態度や言葉に、改めて2人の人となりが感じられました。

樹君が真央さんについてこの本に残してくれたエピソードは、主にお母様から聞いた話が元だとは思いますが、ショーマのスケートが氷に優しい、と感じるのは気のせいではなかったんですね。

真央さんは大須のスケートリンクがどんなに混み合って、思うような練習ができなくても決して舌打ちをしたり氷に当たることはなかったと言います。
その真央さんを見ていた昌磨も、腹を立てて氷を蹴ったことは無い。
真央さんの本当の良さを昌磨は良く理解して自分の糧にしてきたのだと思います。

で、樹君は昌磨の演技の魅力にも迫っていきます。

意外にも昌磨は陸のダンスはどちらかと言えば苦手なようす。
なのに氷に乗ると豹変するわけですね。
独特のリズム感がスケートにぴったり合うんでしょうね。
誰をも釘付けにする昌磨のスケーティング。
その上に表現を載せていくのがため息が出るほど素敵です。

私は真央さんのワルツが大好きで、特にフリーバージョンの仮面舞踏会が好きで今もよく動画を観ているのですが、真央さんの音に対する反応はまさに踊る人のそれだと思うんですね。
先日放送されたサンクスの番組で、ラフマニノフのクライマックス、音が一瞬タメる一拍、真央さんの脚はスケート靴で滑りながら、まるで陸と同じようにカツン、とエッジでアクセントを打ったのです。
競技の時にはなかったことでしたが、それを見た時、ああ、やっぱり、と思いました。
彼女は基本踊り手、なところがあるのです。
地上と同じリズムを氷の上で刻めるスケーターなんですね。
舞さんのインスタに、舞さんのプロ並みのダンス動画が時々上がっているのですが、真央さんも陸ではあんな感じで踊れるのだと思います。24時間テレビのタップだって、ツアーの合間に練習してあれですから、並みの踊り手ではないでしょう。

昌磨はその点真央さんとも大輔さんとも違います。
氷の上だからこそ発揮される彼の感性、身体の動き、彼だけにしかないタメ、伸び、リズム。
陸での踊りとは違うスケーティングによる身体表現の確かさ美しさ、個性。
スケーターとしての才能はそこが頭抜けているのかもしれません。

音楽の解釈も独特で。
町田樹さんとは真逆。
昌磨は余計な情報を入れず、自分の感覚で音を表そうとするそうです。
ここでは『月光』を演じた時のことが書いてありましたが、昌磨自身はあの曲からは『月光』を感じられなかったと言います。
でも、彼の『月光』は素晴らしかったですよね。キリキリと張り詰めたあの感じ。
アーティスト。全く礼儀正しいアーティストです。

自分が聴いた音をそのまま演じることが、実はとても勇気のいることだと彼は気がついていないのではないでしょうか。
凡人は常に裏付け(権威付けと言ってもいい)を求めるものですが、昌磨はそうじゃない。

山田真知子先生が昌磨を見た時、

『上手い下手は別として、品があるから育ててみたい』

そう思った、と書いてあります。

さすが真知子先生。これって名言じゃないかと思います。

兄昌磨について書いていながら、樹君自身の魅力がそこここに溢れていて、これは読んでおいて良かったと思います。

PIWのために日本に帰って来る昌磨。
うーん、観たい。

ショーマの近況を伝えてくれる係活動もありがとう、樹君。

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こういう人は、写真を撮りながら世界を回って本を書くと良いのに。




昌磨のお母様がお手本にしているという、あるスケーターのお母さん。
名前は書かずとも、それが誰なのか、わかる気がする。
そういうところも、私がこの本に泣ける理由かもしれません。

信作のプロポーズ

今朝の朝ドラ『スカーレット』。

『結婚してください!』

信作に3回言われて。

テレビの前で『はいはいはいはい結婚します。喜んで!』って心の中で呟いた視聴者は多分30万人。

『信作〜。えらいじゃーん!考えたんだね〜、えらいえらい〜(ToT)』
こう思った視聴者は推定500万人。

まあ、それはおばさんだからでしょと言われてしまえばそれまでですが、今日百合子ちゃんにプロポーズしたのは林遣都じゃなくて完全に信作でしたからね。

昨夜もNetflixで『火花』、paraviで『玉川区役所of the dead』の好きな回を観ていましたので特にそう思うのでしょうか。

遣都がプロポーズしてる!と思えばドキドキもするんでしょうけど、これが信作になると全然オカン目線になるんですよ。

これまでヘタレにヘタレてきた信作が色々思うところあって考えて、きちんと段階を踏もうとしてるだなんて。

正面に座って涙ぐむ百合子、後ろで息を殺して見守ってた父さん母さん、両方の気持ちで見られますからね、作り手も上手いなって思いますよ。

『春田さん、俺と付き合ってください』って言った牧凌太のちょっと物欲しげに欲を孕んだ、なのに諦め半分の、完全に春田に恋した瞳。
『俺を弟子にしてください』って神谷に頭を下げた時の徳永の、ちょっと口元が歪む癖、決して饒舌ではないのに物を言う不思議な眼の色。

どちらと比べたって全く別人ですから。

今日の信作もただそこでプロポーズしただけの林遣都ではなく、信楽でコミュ障なまま成長して役場勤めをする喜美子の幼なじみでした。

演じる人間1人1人の人生が見えるような演技。

観るもののハードルを上げ続ける役者林遣都の沼は深くて広くて忙しいんです。



オタよさらば

スケートネタですが、スケートの話ではありません。

自分の気持ちにも一区切りつけておきたくて書いておきます。

ブログランキングのタイトルを見ていると、また何かあった様子。



ハイハイ、そうね、あなた方の王者様はいつも大変な目に合ってるんですものね。

と思って記事を読んでみると。

これは一線越えてるでしょう。

とてもじゃありませんけど、こんなことをスポーツ選手相手に書くなんてどうかしてますね。

たとえ相手があの元絶対王者だとしても。

この人は一世を風靡したブロガーでしたが、こんなにまでなってしまうとは。

あ、読んでないから知らなかっただけか?

いやいやいや。

これは酷過ぎ。

これまで喜んでマオタの称号を戴くつもりでいましたが、こんなのと一緒にされるくらいなら、まっぴらごめん。


到底受け付けられず。

さよなら、スケオタ。





魔術師ステファン

ショーマの師匠がどんな風に魔法をかけるのか、その一端が動画でupされていました。

ロステレの時の魔術師ステファン・ランビエール。

後ろからのfancam動画が面白くて何度も観てしまいます。

最後の『♪ジャンっ』っていう音に合わせて顎を上げる、まあさすがに元貴公子でプリンスでってカッコよさですね。

動画お借りします。

後ろから



ステファンの怪しい動きを前から映した動画もあります。
こちらはショーマのリンクイン、グレスピまるっと1曲、キスクラと、その時のステファン全部が見られます。


ですがここではもうひとつ、1月11日に行われたというステファンのファンミーティングの40分にもわたる動画がupされていたのでこちらを拝見。

他のブログ様でも多分このファンミーティングの内容からと思われる情報がいくつも上がっていますね。


ステファンが日本について、ショーマとのコンタクトの取り方についても語っているのですが、ラトデニについて語る時とはちょっと違って言葉をポジティブな方に選びながら話すんですよね。

注目すべきは寝起きじゃないの?と思われる珍しくハネちゃってるステファンの髪。

全米も始まりますし、ワールドがもう待ちきれないほど楽しみです。

私の机の上は今ショーマのカレンダーとか本とかアーモンドピークのカードとかで溢れかえっていて。

先日真央さん舞さんが山に入ってタケノコ取ったりする番組を見ながら、幸せそうな真央さんの表情にこちらまで嬉しくなり。

以前よりは少しフィギュアスケートを楽しんで見られるようになったことに、しみじみとしてしまいました。





掃除婦のための手引書

『掃除婦のための手引書』ルシア・ベルリン/岸本佐知子訳/講談社

ルシア・ベルリン

ー1936年アメリカ生まれ。
ー鉱山技師だった父と共に鉱山町を転々としながら育つ。
ー祖父は歯科医で祖父、母、叔父、ルシアもアルコール依存症だった。
ー大学在学中に結婚。結婚離婚を繰り返し4人の息子の母となる。
ー高校教師、掃除婦、電話交換手、ERの看護師などの仕事をしながら引越しを繰り返す。
ー1990年代、アルコール依存症から回復し、サンフランシスコ郡刑務所で創作を教える。
ー94年にはコロラド大学客員教授となる。
ー2000年に大学を辞め、2004年68歳で死去。

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モデルでも女優でもなく、これが作者だ。

この美しい人の人生の断片が描かれていく短編集。

ときに胸を突かれ、笑い、しんみりしながら。

友達の話を聞くように読んでいく。

少女の頃、おかしな家族がいて、若い母親になって、でも死と隣り合わせで。
苦難の時は続き、でも気がつくと年齢もいっていて。

最低限の言葉以外には潔く付けられない注釈。
わかる人だけわかれば良い、というくらい、徹底したマイノリティーの描き方。

シングルマザーで、アルコールに依存しながら、それでも生きてきた。
身近に起こる様々を、受けのリアクションで描いていく。



私が1番笑ったのは『今を楽しめ(カルペ・ディエム)』。
更年期『ザ・チェンジ』に差し掛かった主人公は普段歳を取ったことをそんなに気にしない。(人ごととは思えない)
でもスケート選手の伸びやかさにはっと胸を突かれたりする。(益々人ごとじゃない)
200回目の引越しでボヤッとした頭のままカーテンやシーツの洗濯にコインランドリーに行くと、そこで毛むくじゃらの男の終わったばかりの洗濯物にコインを入れスイッチを押してしまう。(これは近未来の自分か)
主人公と怒れる男、コインランドリーの店員オフィーリアの3人しか登場しないごく短い短編なのに、味わい深く、ジワジワとおかしくてたまらない。

このユーモアのセンスが手練れの翻訳によって磨き抜かれた掌編となり。
大切な友人が1人増えたような気がする。

全米も始まるのに、私の目の前には次に読む本が積み上がっている。


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バッグには映画が公開された『屍人荘の殺人』。

昨日ミルンの『赤い館の秘密』の新訳を買ったばかりなのに今日は本屋さんに頼んでいた『富士』、『日々の泡』を買って帰って来てしまう。

当分本屋と図書館には出入りはよそう、と自戒する。


緋色のマドンナ

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『緋色のマドンナ  陶芸家・神山清子物語』
那須田淳 著/ポプラ社

ハードカバー1冊を、あちこち動き回りながら結局手放せず、夕食後そのまま一気読みしてしまった。
朝ドラ『スカーレット』のモデルになった陶芸家神山清子さんを描いた本だ。

普段読む本のために図書館を利用しないとはいえ、そこに行くのは好きだ。
昨年引っ越した先は以前のマンションから車で5分程。
こんなに近いのに行政区域が変わったため、お役所での手続き諸々は逆方向に車で走らねばならない。
ついでに地域の図書館の利用者カード位作っておこうと思い立ち、寄ってみた。

こじんまりとした可愛い図書館の新刊コーナーに並ぶ本を見ると、行きつけの本屋では見かけない新書が並んでいる。
面白そうだったので『お金本』、『緋色のマドンナ』の2冊を借りて帰ってきた。

毎朝観ている『スカーレット』の喜美子と神山清子さんはもちろん別人ではあるが、脚本は彼女の人生を朝ドラ向けにとても上手く描いていると思った。

何故上手いのかというと、モデルとなった神山さんの半生は、多分本来朝ドラ向けではない。
もっともっともっと、大変だからだ。

この本に描かれる戦争も、父の生き様も、女性への差別偏見も、結婚生活も子育ても。
そして陶芸そのものに対しても。スケールが違う。

この本の『マドンナ』の人生はより壮絶で、本1冊にはとても収まりきれない程濃いものだっただろう。

ドラマでは今後どのように描かれるのかはわからないが、最後あたりは涙に邪魔されて読み辛かった。

作者那須田淳の本は『星空ロック』しか読んだことはないし、どちらかといえばYA系作家だと思っていた。
決して難しくならず読みやすいのはそのせいかもしれない。

NHKは以前にも神山さんを取材した番組を作っていたし、那須田さんは元々、神山さんのご子息のことを本に書いたご両親を通じて神山さんの生き方を知り感銘を受けたという。
こうして朝ドラのモデルになったことも様々な縁が繋がれた結果だろう。

こちらは那須田氏のインタビュー。
朝ドラ「スカーレット」で話題! 女性陶芸家・神山清子の半生を描いた『緋色のマドンナ』作家・那須田淳インタビュー【前編】

ドラマ『スカーレット』の脚本の巧みさは神山さんの人生に大きく影響を与えた父親を魅力的に描ききったところにも見えると思う。
設定、人物を変えても、大切な部分は外していない。
本を読んでもドラマのネタバレにならないことは請け合いだ。

こころ朗らかなれ、誰もみな

『こころ朗らかなれ、誰もみな』アーネスト・ヘミングウェイ著/柴田元幸訳/スイッチ・パブリッシング

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この本、分厚いハードカバーとはいえ、税込2640円はお財布に痛かった。
私は基本図書館は利用しない。借りて読んで良ければ買い直すので、結局手間なのだ。
同じ本を何度も繰り返し読むし。

ヘミングウェイには学生の頃、挫折していた。
文学史にアメリカを選んだ時、まさかヘミングウェイから道を阻まれるとは思いもしなかった。
おかげでクーパーとバーグマンの映画(誰がために鐘は鳴るですよ、あの)すら未だに観ていない。
『キリマンジャロの雪』なんてグレゴリー・ペック映画だから観たし読みもした。
でも。取りつく島なんてなかった。
『陽(日)はまた昇る』『武器よさらば』?
映画は、オールスターのキラキラキャスト。でも原作は一回きり、読んで忘れ果てた。
当然、メルヴィルの『白鯨』も寝落ち、それもあって『老人と海』はスルーした。

ハードボイルドという括りなら、せいぜい『マルタの鷹』か『長いお別れ』で精一杯だ。
大体こういう系統は夏目漱石と同じく、基本男性の男性による男性のための本じゃないのか。

なのに選ぶ本が見事に似ている本屋さんに、この短編集を勧められた。

読んでみると、面白い。

まるで俳優が次々に登場し、一瞬の仕草、目線、口調、その佇まいでその人物がどんな人間なのかを観る側に植え付けては去って行くように。
ヘミングウェイの魔術にかかれば行間からその光景も人物像もたちまち立体感を伴って立ち上がる。
これはすごいな。
本の中の会話には『間合い』が無いなんて、そんなことは無かった。
ヘミングウェイの前に不可能は無かった。

ニック・アダムズという若い男が短編集のあちこちに現れては作家の面影を残している。

この短編集は翻訳の柴田元幸氏によって編まれ、2012年に出版された。
文体が軽妙で読みやすい。
『殺し屋たち』という短編の殺し屋なんて、『お前、全然喋りすぎなんだよ』なんて言う。
『全然』の使用法に驚いて初版がいつだったのか奥付けを確認した程。

ヘミングウェイの文章が『ドライ』だなんて誰が言い始めたのか。

決して乾いている訳ではなく無駄なくカッコいいだけ。

私が読むには早過ぎた『名作』を読み直す旅は続く。





成人おめでとう。

うっかり忘れるところだった。

友人達が息子や娘の成人式の写真を送ってきてくれる中、私のcloud上に保管されているのは、昨夜家族で一緒に食べたご飯とゴリオがプレゼントしてくれた1999年産のワインの写真のみ。

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みんなみんな成人おめでとう。

ゴリオはいかにも彼らしく、世間様と同じ道は歩かない。

成人式の代わりにいい加減何とかして減らさなくてはならない体重と向かい合い、ジムで汗を流し、家族で遠出のドライブをして夕飯を食べながら成人を祝った。

そういえば。

ゴリオって、ネイサンと同じ年。

そう思うとフィギュアスケーター、ネイサン・チェンがどれだけ人並外れてすごい競技人生を送り、素晴らしい人生を歩き始めているのかよくわかる。

だって20歳だよ。

ネイサンも、おめでとう。

全米が楽しみ。

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ブラッドベリかく語りき

『華氏451度』【新訳版】レイ・ブラッドベリ著/伊藤典夫訳/早川書房

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新訳版は文字も少し大きめで読みやすかった。
引越しの諸々で持っていた本をどうしても見つけられず、買い直したのは正解だったかも。


さて、wikiによれば

ブラッドベリ自身は『この作品で描いたのは国家の検閲ではなく、テレビによる文化の破壊』と2007年のインタビューで述べている



『華氏451度』のディストピア世界に、家族がそこに腰をかけ、夕暮れを愉しむ玄関ポーチは存在しない。

人々は情報を数字として認識し、それだけを覚えることでまるで自分が何かを知っていて物事を考えているように錯覚させられている。
受験戦争によってふるいにかけられる子供達はまさにそのように育てられる。これはやはり今の話だ。

この本の中の人々は物事を関連付けて考える事はしなくなり、物事の本質を表層でしか捉えられなくなっている。

今で言えばフィギュアスケートのOP金メダリストのファンが、その選手の演技後に黄色いぬいぐるみをリンク一面に投げ入れることへの批判を『浅田真央の時にはレゴがそのままリンクに投げ入れられていたのに自分達だけ批判されるのは我慢ならない』と言いたてる、そのありように似ている。

数字や画像の点と点を見ては『わかっている。知っている。』気になるのだ。

問題は自分達の都合ですり替えられる。
投げ入れの是非より、そのことによって引き起こされた他の選手のウォームアップへの影響を問題視されているのに。

この人達は物事にはそこに至る経緯があり、『事実』は切り取った画像や都合の良い伝聞によっていとも簡単にでっち上げられることを無視して憚らない。映像に残された『事実』は必ずしも『真実』とは限らないのに。
でも彼らにとってそれは心地よい伝聞であり、認めたくない事は受け入れられないのだから仕方ない。

さてそのような大衆の行き着く先を、ブラッドベリはどのように描くのか。


感受性を刺激するものは排除され、悲しみや痛みすら感じることのないようにターゲットにされたのが本。
歴史を繰り返すように焚書が行われるようになり、そのためのfiremanは消防士ではなく昇火士となった。

ここで面白いのは昇火士のターゲットにされるのが全ての本ではないという事。

コミック、或る種の雑誌、快楽を呼び起こすものは残されるのだ。

その代わり真っ先に焼かれるのは聖書に哲学書、古典と呼ばれる小説、歴史書。

本書の主人公昇火士のモンターグは妻のミルドレッドと暮らしている。

子供は面倒なので持ちたくはない。
ミルドレッドは日がな一日四角い箱と化したリビングの壁に映し出されるテレビの出演者と語り合い、劇を演じ、夜には睡眠薬自殺を図る。

この世界の焚書がこれまでのそれと違うのはテレビの存在があるからだ。

無味乾燥な四角い箱と化した家のリビングの壁四方はスクリーンとなり、一日中テレビ(文中では親戚連中とさえ呼ばれている)の中から設定済みの自分の名を呼ばれ、心地よい事しか与えられなくなっている。

そんな世界である日、主人公モンターグはクラリスという少女と出会い、自分が幸福でないことに気づく。

彼は昇火士一家に育った。純粋培養されたと言っても良い。
モンターグはクラリス、本と共に焼かれて死んだ老女や、学者のフェーバー、そして広野に住む男達に出会って行くことでこのディストピアの歪みをはっきりと知っていく。それまでに自分が一冊二冊と昇火活動の際に盗み貯めてきた本の意味を知りたいという欲求に抗えず、ついにその思いが爆発する。

モンターグの視点で語られる以上中々気がつかないが、実のところモンターグ以外の昇火士、ことに上司のベイティー、夫が戦地に赴く妻の友人、彼らは皆心の奥底に触れてはいけない『悲しみ』や『感受性』を持っており、それをあえて手放している。幸せだけを追い求め、その結果の今を受け入れている。
だから昇火士仲間は本をくすねるのは昇火士が1度は通る道だと言い、妻の友人はモンターグが読んだ詩篇に突然泣き出してその場を去ったりするのだ。

ところがモンターグは逆だ。
彼は最初からこのディストピアの住人であり、その世界しか知らない。
こののっぺりとした均一化された幸せだけの世界は妻ミルドレッドの容姿そのものだ。
その妻と、少女クラリスは何と違うことか。

モンターグが求めていたのは妻同様に幸福だった。
でも彼が求めた幸福はリビングの壁には無く、外の空気、もしかするとクラリスが差し出したタンポポにあったのかもしれない。

彼の逃避行は実に都合よく、逃避行のスリルそのものにブラッドベリの興味は無い様に見える。
車はどれもビートル、ワイヤレスイヤホンは『巻貝』と呼ばれるのに、ロボットの猟犬は時にスズメバチ。
物の呼び名さえその悍ましさを伝えるのなら、いつか原書で読みたい。

このディストピア世界で、本当に怖くて危機感を覚えるべきは『本』を読まなくなる大衆とそれを燃やす行為そのものではない。
人が人や自然に無関心になること。メディアの供する都合の良い、刺激的な情報、映像、音によって。

それをわかりやすく伝えるヒントは訳者あとがきにあると思う。
新訳版、訳者あとがきはとても興味深く、旧版を解説した福島正実氏の言葉の引用には感激。

『もちろんそれは、イデオロギッシュな怒りではなかったーというより、ブラッドベリの芸術至上主義的な資質は、マッカーシズムの持っていた盲目的、狂信的な反知性主義を許すことができなかった。』



更に福島氏は、『華氏451度』アメリカ本国初版巻末にあった作者ブラッドベリの言葉を書き記している。

長くなるので引用は控えるが、1953年に書かれた本書は作者によれば四、五十年先の世界を描いているつもりだったというのだ。
まさしく今の話だ。
けれど、1950年初頭、ビバリー・ヒルズの1組の夫婦連れが犬を連れ散歩している姿に、すでに作者は危機感を募らせていた。
妻の耳に差し込まれたラジオのイヤホン。
ブラッドベリはその妻をこう描写していた、と福島氏は訳してくれる。

(夫と散歩しながらラジオを聴く妻は)『夢遊病者よろしく、いないも同然の夫に腕を支えられ、歩道の縁石づたいに上がったり下がったりしている。これは小説ではない。われわれの変わりゆく社会に新しく生まれでた現象なのだ。』

そして『未来を描くには大変なスピードで書かなければならない、未来は立ち止まってはくれないぞと思った』と結んでいる。

あとがきや解説は、私にとって答え合わせの様なものだ。

私に伝えられた本の呟きが決して空耳ではなかったことを教えてくれる。

今回もあとがきのブラッドベリの『散歩する夫婦』の描写の中に、自分がミルドレッドの成れの果てであることを『正解』と言われたようなものだった。

『焚書』という行為ばかりに目が行きがちな本書だが、『昇火』は愚かではない不死鳥、人間の生まれ変わる姿でもある。
燃やしても燃やしても、人間が存在し続けるかぎり、記憶に刻まれてゆく本の中身は、不死鳥の如く蘇る。

何と、美しい小説であることか。



華氏451度

引き続き朝ドラ『スカーレット』での林遣都君の演技の『間』について考えていた。

ふと今夜の読書会のために読み直しているレイ・ブラッドベリ『華氏451度』に、実はこんな風な『会話の間合い』は存在しないような気がしてきた。

ページの合間に時折挟む混まれる一、二、三。四、五、六、七のリズム。
間合いではなく、リズム。

リズムを伴って本の中から連打されるのは、百花繚乱の如き華やかな比喩暗喩。

読み手はひたすら上を向いて舌を出し、降る雨を受け止めるように行間から落ちるそれを舐めるだけ。

まあここで実際にそんなことをするのはこの本冒頭に登場する『クラリス・マクラレン』だ。

『歳は十七で、頭がイカれてるの。』

十七歳の頃、この言葉がどんな意味を持つのか、全く分かっていなかった。

単に自意識過剰、いかにも翻訳物の言い回し、何を可愛こぶっているんだと正直思っていた。


読み直してみてゾッとした。

あの日17歳だった私は、自分がまだクラリスだったことにも気づかぬまま、ミルドレッドより老いて彼女の成れの果てになっている。

ブラッドベリが描いたのは未来のサイエンスなフィクションではなく、今、目の前に起こっている話だ。

リビング全部テレビ画面という世界で幸せだけを追求したら、本は焼き捨てることになった世界。
自分の頭では考えないようにされたディストピア。


初めてこの本を読んだ時、これは悲しく醜悪な世のcaricatureだと思った。

でも今読めばこれはまさしく今現在のドキュメンタリー。
しかも正確無比。


物語は三章立て。

其々がロマンスめいた物語の始まり、冒険、そして最後に仲間と未来と、違う様相を見せる。

どう読むかは人によって違うだろう。

章ごとに主人公モンターグの見せる顔が変わりブラッドベリの筆致さえ変わる。

モヤモヤとした比喩暗喩の未来世界から広野に逃亡した主人公に見える風景描写は、最後にはスッキリとクリアだ。


この内容で冒険活劇の顔。

哲学を体力仕事で全力疾走する感じ。

本は読み直してみるものだ。

名作なら尚更。

『頭の中に図書館を持った連中』
究極の図書館。

この概念はカンバーバッチシャーロックのチャールズ・オーガスタス・マグヌセンかな。
それともアカシックレコード?

蛇足だが、『華氏451度』で描かれる、主人公たちが目にした一瞬光を放ったのみの戦争。
少なくとも私にとっての湾岸戦争、9.11はそのようなものだった。
最初にこの本を読んだときにはまだ未来の出来事だった。
ライブ映像に映し出される追跡劇はウサマ・ビン・ラディンのあの映像を想起させさえする。
1950年代に書かれた本にも関わらず、だ。

現実は速度を上げてこの本に追いつきつつあるのに、その自覚すらない。


市街地が破壊されると思った次の瞬間、爆発の衝撃は主人公達をなぎ倒し、遠くにいた筈の戦争がいつ自分の頭上で、あるいはすぐ近くで起こり得るのか思い知らされる。

この辺りのブラッドベリは、読者を予定調和の世界から引き離す獰猛な作家だ。

爆撃の後、火を起こしベーコンを焼く男達の中の1人が、『不死鳥という愚かな鳥』と人間という不死鳥について語る。

本はただの入れ物で、それに意味はなくて、中身が大切だと言う。

これが紛れもない予言の書だということを、再確認。

そして私が読んだ【新訳版】に載せられた数々の出典から、この本そのものが本の歴史であり『記憶』であることを知るのだ。








ほっこり担当

フィギュアスケートのユースオリンピック、髙橋大輔のショー「アイスエクスプロージョン2020」、ペアでの演技も初披露、宇野昌磨に限界は無いという師匠の太鼓判。

スケートは情報が渋滞しているので、ここは脇道というか、私にとっては本筋の沼の話を書きましょう。

『スカーレット』も後半に入り、キュンキュンポイントだったハチと喜美子のシーンは、信作と百合子へと引き継がれて行きました。

林遣都が30代に入った(ですよね?)信作を、信作らしさを残しつつ大人な感じに上手いこと演じるんですよ。

福田麻由子が演じる百合子がまた可愛い。

2人は84話でついに結婚を多数決で(2人の満場一致で)決めます。
信作と百合子が2人して可愛くて、珍しいほど純度100%の初恋っぽさに癒されます。

信作の遣都君を見ていると、つくづく会話は間の取り方が肝心なんだなと思います。
わざとハズす、ずらす、相手の台詞にしっかり反応しながら次の自分の台詞に繋げる。
信作らしさはリアクションと会話の間に凝縮されます。


で、彼は自分のハンサム加減を微調整して演技に出せる特殊能力でも持ってるんでしょうか?
信作の場合、スカーレット前半はカッコイイ度数 13%程からのここに来て77%くらいまで引き上げてきましたからね。
信作的大人の包容力まで追加して。

今日はその林遣都君、大阪で舞台なんです。
真央さんのサンクスと日程がちょうど被っていて、大阪上空は今頃オーロラみたいな美しい何かで覆われているんじゃないかと思います。

さて『スカーレット』は陶芸家のお話なんですが、ここから特に芸術家っぽい世界に入っていくようです。

ハチはドッと色気を増しましたし、喜美子は驚く程綺麗な奥さんになりましたが、ここに来て物作り、アーティストとしての才能ある無しで2人の間には緊張が走っています。
ハチの苦悩が今日はちらりと垣間見え、人生で辛いところに来た感がひしひしと。

ドラマがシリアスになればなっていくほど、信作と百合子が画面に出てくると幸せ気分も5割増し。

実にバランスの良いストーリー運びに、朝ドラなめんじゃねーよと画面の向こうから誰かのドヤ顔が見える気がします。(誰のドヤ顔?)




感情労働

最近遣都物件で、とても素敵なブログを発見。

写真も書いていらっしゃることも、ジワジワ身に染みる。

真摯な生き方をしている人の姿を見ると、つい、自分を振り返ってしまう。

そして考えてしまうのだ。


何でもかんでも1つのブログに書くのはどうかと思っている。

でも、ちょっと書いておきたい。問うてみたい。


仕事を辞め、失業者となった私はハローワークに通う。

とりあえずはオットのおかげで衣食住は確保されている。

でも。

『働かざる者食うべからず』といった呪縛と、『勿体ない』という周囲の反応、事情を知る人からは『疲れちゃったんだね』という同情。

ハローワークでは親切な職員さん達が一生懸命私の行き先をアドバイスしてくれる。

疲れる。

まだ自分自身の整理がついていない。

『何をどう間違ってこうなった?』という疑問でグルグルしているのだ。

そしていくつかのキーワードを見つけた。

『感情労働』

『やりがい搾取』



もう自分には若さも気力も体力も残っていない気がして。

進もうにも進めず、身を置いていた環境を振り返る。

こんなふうに定義されているものを読んでみて初めて、そうだったんだ、と気づく。

「感情労働」は、近年注目されている新しい概念で、社会学者A・R・ホックシールドによる言葉です。

相手(=顧客)の精神を特別な状態に導くために、自分の感情を誘発、または抑圧することを職務にする、精神と感情の協調が必要な労働のことをいいます。

感情が労働内容にもたらす影響が大きく、かつ適切・不適切な感情が明文化されており、会社からの管理・指導のうえで、本来の感情を押し殺して業務を遂行することが求められます。

体を使った作業を賃金に変える「肉体労働」、頭を使って創出したアイデアなどを賃金に変える「頭脳労働」に対して、「感情労働」とはその名の通り、感情を抑えることで賃金を得ます。このように、対人の仕事につく人の多くが、決められた感情の管理を求められ、規範的な感情を商品価値として提供しているのです。




私は多分自分の感情を抑圧しすぎたんじゃないか、家庭でも、仕事でも。

だから隙間時間に簡易に手に取れる媒体に熱中し、ひと時自分の感情を開放してきた。

ただその開放先が殆ど仕事と重なっていたことで、行き詰まりも感じていた。

そんなところだろうか。

このブログに書いてきたことだって、所謂備忘録。
他人様にはわからないキーワードを、何度自分のブログから検索して中身を引っ張りだし仕事に使ったことだろう。

先日仲良しの本屋さんから『去年出版された本で、1番良かったと思う本はどれ?』と聞かれた。
私は迷わずこの本の名を挙げた。


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この本とは無縁の職種だったが、それでも藁にもすがる思いでこの本を読んだ。

頭では理解していても、気持ちがついていかない時。
私にはこの本の視点が必要だった。

そうして迷いながら続けた仕事だったが、結局身体が悲鳴を上げた。

今からまた場所を変えて同じ職種で働けるのか否か。

すり減ってしまった身体と気持ちの修復には時間がかかるはず。

なのにゆっくり家で過ごすことが怖くもある。

全く厄介。

さて、私はまだこの先、冒険する気があるのだろうか?







四大陸には友野君が!

https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2020/01/06/kiji/20200106s00079000286000c.html


宇野昌磨 四大陸選手権出場を辞退、練習拠点海外移行で 友野一希が出場
[ 2020年1月6日 18:10 ]


 フィギュアスケート男子の宇野昌磨(22=トヨタ自動車)が、四大陸選手権出場(2月、韓国・ソウル)を辞退した。理由は新コーチが決定し、練習拠点が海外となったためとしている。6日、日本スケート連盟から発表された。友野一希(21=同大)が代わって出場する。

 宇野は先月行われた全日本選手権で4連覇を達成し、代表に選出されていた。

日本スケート連盟を通じて
「年明けより、本格的にシーズン中の拠点を海外へと移したため、地に足をつける意味でもまずは新たな環境に身を慣らし、世界選手権に向けてジャンプ精度の向上と合わせて、ランビエール氏と共にプログラムの完成度を高めていきたいと考えており、今回はこの様な選択をさせていただきました。
四大陸選手権を楽しみにして下さっている皆様、スポンサーの皆様、そしてメディアの皆様、ご心配とご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。これからも今まで通り1日1日を大切に精進し、世界選手権ではシーズンの集大成となる演技をお見せできるよう精一杯頑張りますので今後ともよろしくお願いいたします」とコメントを発表した。

 友野は全日本選手権で6位に入り、四大陸選手権補欠に入っていた。



ショーマ、よく言った〜‼︎

申し訳ないなんてことないないない。

ショーマの演技を観る機会が減ってしまうのは寂しいですが。

プリンスアイスワールドと日程が近すぎるのも会場がそう遠くないからアリなのか?と思っていましたが、タイト過ぎるスケジュールからシャンペリーのお山がショーマを守ってくれるのならそれに越したことはありません。

さて、宇野昌磨公式サイトから、郵便も届いていました。


宇野昌磨よりメッセージが届きました。

こんばんは、昌磨です。

新年あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします。

本年より、正式に新コーチとしてステファン・ランビエール先生に指導して頂く事になりました。

新たなコーチ陣、そして新たなチームでの環境を迎えるなか、
スケートを楽しむ気持ちだけは絶対忘れないように、
今まで通り毎日を大切に精一杯頑張っていきます。
これからも、今まで同様に皆様の応援を頂けますように努力していきます。


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ステファン・ランビエールさん。あなた、スイスの貴公子でしたよね。
この写真の顔www
嬉しそうで良かった。


さあ、友野君にはビッグチャンスです。

しっかり調整して、頑張れ友野君!

ズボンから観る『教場』

全く個人の見解なんですけど。

遣都の沼に住んでいなければ。

全日本フィギュアが放送されなければ。

BSでさえ真央さんの番組が放送されなければ。

私は決してフジを見ません。

見たくなきゃ見るなというスタンスの局の番組はつまらないから。

とはいえ、『教場』は良かったですね。

狂気の林遣都はもう本当に素晴らしいですから。

あのビジュアルを封印してこれまで演じて来た役を振り返っても。
とても良いキャリアの重ね方をしているんだと思います。

1人目の退場者として危ない警察学校の生徒を演じた遣都君。



怖かった。

インタビューで遣都君は『教場』での役作りについて聞かれてこう答えています。


一見、内気で狂気的な部分を秘めている役どころだと思います。ですが、あまりそこに捉われず、どれだけの苦悩を経て生きてきたのかという部分に重きを置いて演じました。

ある事件が起こった時、“どうしてそうなってしまったのか”を想像して見ていただけたらうれしいです。



林遣都は短い出番の中で時間の経過や厚みを感じさせる時があって、平田役はまさにそうでした。
憐れまれることへの激しい怒り。宮坂(工藤阿須加)が無垢であればあるほど煽られる殺意。

工藤阿須加君が何しろ役にぴたりとハマっていましたから、余計怖いんですよね。

で、私的に今最も勢いのある大島優子さんがまたしても凄くいい。

都築役の味方良介さんも最後の見せ場、よかったですね。

そしてこの方。富田望生さん。泣きながら警察学校を後にする姿、旅館を切り盛りする初々しい笑顔が可愛かった。






さあ、ネットではめちゃくちゃ評判の良いキムタクがお好きな方にはごめんなさい。

私はあの教官の後ろ姿。歩き方。そしてズボンへの違和感が何とも納得いかなかったんです。

後半、歩き方はまだましになりましたけど、

何でめっちゃ強面で白髪頭の教官のズボンがあんなに腰高で細いかな。


工藤君はじめ、若手俳優の体型がガッチリしていて警察官の制服のズボンのウエスト位置もごく当たり前、ズボンの太さも適度なものだから余計に気になって仕方ないんです。

みんなあれ、何とも思わないんでしょうか?

狂気の遣都なんて背中から横顔から顔の動かし方ひとつ、もちろん歩き方からヤバイやつ。
制服のズボンのラインなんて気にもなりませんでしたが。

キムタク教官は全身が映るシーンが多いんで、ついあの変わらぬ体型丸出しのズボンが目につくんです。

演技が悪くないのは確かなんだから、せめてズボンの太さくらい考えようよ。

ああ、やはり私は地上波の視聴には不向き。

沼に帰るわ。


HERO

BSフジ 『浅田真央 HERO』
番組情報はこちら→『浅田真央HERO』

制作スタッフとして東海テレビ渡辺克樹さんの名前が出ているだけですが、実質東海テレビ制作の真央さん密着ドキュメンタリーでしょう。



今回も素晴らしい番組になっていました。編集もいいんでしょうね。
スタッフが働く姿、楽屋裏での気合い注入、漢なのに可愛い真央さんを支えるサンクスメンバーのインタビューは泣けます。



スタッフ、衣装機材全てあのチケット代で本当に採算が取れているのか心配になる程大所帯となったサンクスツアー。
どの会場にも女性ばかりでなく男性や子供の姿が多く見られて、ファン層の広さを感じさせます。

番組の見どころは満載。
ツイッターにはツボだったシーンが沢山上がっていて、どれもが頷くことばかり。

私の心に残ったのは、現役選手でもあるマラルさんがモンゴル代表として試合に出る時の葛藤と真央さんへの思いを語ったシーン。
現役の時に真央さんがどれだけ大変だったか、レベルは違っても今回試合の準備をしながらマラルさんが真央さんの凄さを改めて感じたと涙を零しながら語ってくれたインタビューにも泣けました。

伸び伸びと、力強い座長浅田真央の姿を伝える貴重な映像の数々。

それにしても、これだけの練習、公演、撮影、テレビ出演。
ものすごい仕事量だと思います。

公演中、公演後、インタビューを受ける間も真央さんはマッサージを受けながらなんですよね。
自分の身体のメンテナンスを行いながら、常にメンバーにも怪我のないよう気を配り。


私が観た公演から更に更に進化したサンクスツアーの真央さんは自信に満ち溢れ、しかも上手くなってる〜‼️

何公演分ものラフマニノフを映してくれたのもわかってるな、という感じです。
最後の方のラフマニノフのあの力強い迫力。
ショーなのに鬼気迫る、ゾッとするほどの美しさ。
ジャンプもステップも、全てがキレッキレじゃありませんか。
短いショットでそれが伝わってくるんですからまたすごい。


サンクスを観に来た時のショーマのインタビューがとても良かったので書き起こしましょう。

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『只々、真央ちゃんのスケーティングが上手かったっていう。

もう、練習が、このアイスショーににじみ出ていたなと。

僕が、人よりちょっと練習するようになったのも、真央ちゃんの影響があって。

現役終わっても、もしかしたら現役以上に練習してるんではないかというのが、スケートに現れていたので。

尊敬の言葉以外に出てこないですけど。

(サンクスツアーを)観に来て楽しいっていうか、嬉しい気持ちになりましたし。

僕も、こういう「存在」っていうか、こういう人になりたいなって思いました。』



さすがショーマ。
いちいち言うことが素敵すぎて困ります。


実は今週末のサンクスツアー大阪公演に行くはずだったのですが。
中々体調管理が難しく、今回は断念することにしました。

一緒に行く筈だった方にチケットを託し、ホテルも何もかもキャンセルするのには勇気がいりましたよ、ほんと。

でもこの番組を見てしまったからには、もう一度立ち上がるしかないでしょう。

最後の『愛は翼に乗って』。
ツアーの中でも歌詞を客席から見られるようにしてくれています。
演技中の真央さんの表情が素晴らしい。
真央さんの演技には嘘がない。

私はスケートにおける『表現力』と言う言葉は嫌いなんです。

『顔芸』を表現だと思っているスケーターもファンも多く、メディアもそれを『色気』だと持ち上げていた頃も、真央さんは正攻法で彼女のスケートを磨いてきました。
その果てに得たのが今の真央さんの顔。
心が全身から伝わるあの動き、あの表情です。


真央さんのあのスケートを観て勇気が出ないわけがない。

今回が駄目でも、また人生のどこかで、真央さんを観るチャンスは巡って来ると信じられる。

それまで、真央さんが滑り続けてくれると信じて。